とある平和で平凡な一日 ぱーと2



 結崎ひよのは、そのペンダントを見た瞬間、とっても嫌な予感にかられた。
 ダイヤモンドとおぼしき輝き。ルビーと推定される華やかな赤。本物の宝石と予測が立つ反射率。
 たとえそれが生まれて五年もたっていない幼児の胸にかかっていようと、それが子どもに大人気のキャラクターをかたどっていようと、幼児がそのペンダントの価値をちっとも判っていないようであっても、嫌な予感はますますいや増すばかりだった。

 落ち着けと胸を押さえて、情報を集め……嫌な予感は完全に的中した。夫の銀行口座からは、およそそのペンダントの代金分の金額が、引き出されていたのだ。

 そこで、ひよのはやっと怒りの矛先を夫に向けた。
「カーノーンさーん!」
「なに?」
「どこの阿呆かと思っていたら……、全国規模で親ばかを知らしめたのはあなたですか! 五歳にもなってない幼児にこんな高いものプレゼントしてどうするんですか!」
 ひよのが指しているのは「ハ×ーキティのペンダント」。
 つい先日、全国ニュースでこのペンダントが売られた報道がされたばかりの品である。

 ひよのは「娘のために……」と買ったというそのニュースを見たとき思ったものだった。
 親ばか一匹。

 ……まさか、自分の家にその親ばかが生息していたとは思わなかった。

 カノンはけろっとしていう。
 そのかたわらでは幼い子どもが無邪気に笑っていた。その胸元には燦然とダイヤモンドが輝く本物の高級宝飾品が下がり、……ああよだれが。
「いいじゃないか。君の金じゃなくて僕個人のお金だし」
「そのペンダント、いくらだと思っているんです? 見かけこそファンシーグッズですけど、中身は本物の宝飾品ですよ!? 577万なんですよ!」
「もちろん。知ってるよ。札束抱えて行ったからね」
 そういえばニュースでは現金で即金だったとも言われていた……。

 ひよのは深くその報道に感謝した。顔写真だの、名前だのが報道されなくて本当に良かった。
 個人情報がうるさい昨今、犯罪者でもあるまいしモノを買ったぐらいで報道されたら問題だが、この家に親ばか一匹と喧伝する事はない。

 カノンは可愛くてならない様子で、カーペットの上、積み木で遊ぶ子どもを見守っている。その目は糸のように細められ、にやけていた。
 ひよのは額に手を当ててたずねる。
「……どうしてまた」

「この子が欲しがったから」
 きっと、テレビで特集があったときに指差して「きれいー」と言ったとかその程度の事だろう。
 まだ理路整然とおねだりできるような年ではないのだ。
 そして、その一言で、カノンは預金から大金引き出して新幹線に乗り、開店直後の店にとびこんで買ってきたのである。

「僕は、自分にできるかぎりのことはしてあげたいよ。この子の為に」
 現在、二人の間に子どもは一人。カノンの執念が勝ったのか、女の子である。ひよのの娘である証の色素の薄い髪をもつ、ひよのの幼い頃を見ているように生き写しの娘だった。

「いやー、子どもっていうのがこんなに可愛いものとは思わなかった」
「……際限なく子どもを甘やかしたら駄目な子になっちゃいますよ!」
 ひよのだって自分の子どもが可愛くないわけはないのだが、カノンがあまりにも猫かわいがりに溺愛しているので、どうしても制止役になってしまう。

「いいじゃないか。僕は、親の愛情に縁遠く育った、なんていうよりも、親ばかの親だった、と子どもに言われたいよ。……可愛いなあ。自分の子どもってものが、こんなに可愛いものだとは思わなかった」
 ひよのは天を仰いだ。

 カノンは無責任に通りすがりの人間がペットを鑑賞するように言っているのではない。
 ほぼ育児のほとんどはカノン任せである。人間を育てる大変さを身をもって知りつつも、可愛いを連発しているのだ。
 そして、育児をまかせきりのひよのはその弱みからカノンに強く出られない。
「……カノンさん。参考までに聞きますが、あなたその子が学齢になって学校に上がっていじめられたらどうします?」
「もちろん興信所に依頼して犯人を探し出し、ぶち殺すぞと脅しを―――」
「こらこらこらこら!」

 ああ、冗談だったらどんなにいいことか!

「じゃあその子が将来結婚相手をつれてきたら?」
「……うっ」
「うっ、じゃないです。うっ、じゃ! いいですか、その子は将来必ず私たちのところから巣立っていくんですからね! ボーイフレンドを半殺しにしたり、影で脅しをかけるんじゃありませんよ!」
 カノンは―――娘を抱きしめた。
「……ひなた、お母さんがいじめるよー」
「ぱぱをいじめちゃ、だめなの!」
 娘はやっぱり手をかけてくれる父の味方。

 ひよのは母の威厳で言う。
「ひなた。これはパパに必要な教育的指導です。さがってなさい」
「……いじめない?」
「いじめてません。こらカノンさん!」
 娘の影に隠れる夫をひっぱりだすと、夫は開き直った。
「だってひなたはこんなに可愛いじゃないか! この子のおねだりは世界を駆け抜けるよ! 親としてそれをかなえてやりたいと思って何が悪い!」
「限度ってものがあります! あーなーたーは。将来ひなたがあなたに本格的におねだりしたら、ヨットでもマンションでも買い与えてしまいそうで怖いですよ」

「僕の貯金はそれほどない。だから大丈夫」
「……いまの貯金は、でしょう。将来それだけの貯金がある状態で、ひなたが『パパ買って』っと言ってきたらどうします? はねのけられますか?」
 正直者のカノンは目をそらした。
「……まあ、人生万事塞翁が馬というし」

「いい加減なことわざを使って誤魔化すのはやめなさい。まったくもう……」
 子ども特有の、絹のように柔らかい髪を撫でる。

 自分のおなかを痛めて産んだ子供だ。ひよのだって嫌いなはずはない。
 自分の夫が娘を溺愛していることにだって、その逆を思えば不満はないのだ。無関心より、ずっといい。
「まま、ぱぱとけんかしてるの?」
「ちがいますよ」
 ひよのは抱きあげて、どんな天鵞絨にも勝るその頬に顔をすりよせる。
「ママは、ひなたが大好きだから、パパとお話し合いをしているんです」

 カノンの血を引く証の翡翠色の瞳。ふっくらとしたほっぺもぷっくりしたくちびるもどれもキスしたくなるほど愛らしい。
 抱きしめて頬擦りしていると、隣から冷静な声がかかった。
「ひよのさん。そういう君こそ将来ひなたがおねだりしてきたら拒絶できるんだろうね?」
「…………」

 結局のところ、ひよのもカノンのことを言える立場になかったりする。
 娘にめちゃくちゃに甘い、若夫婦であった。


 こっちのニュースをみて思いついたお話。カノンがもしこの親だったらこんな感じになるだろうなーと。親ばか爆発です(笑)。
 なお、親ばかのカノンが書きたかった、それだけで作ったキャラなので、ひなたは今回限りの登場です。


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