
| 〜カノンのパーティの楽しみ方〜 前編 |
カノン・ヒルベルトは、女性に好かれる。 気難しい老女からほんの幼女までとその範囲はいたって広いが、女性に好かれるのと同じぐらい女性のあしらいがうまい彼は、それで何かのトラブルを起こしたことは一度としてなかった。 そのときまでは。 ◇ ほっそりとした首元には繊細な彫金が施された白金の首飾り。葡萄の葉と薔薇の花をかたどった凝った細工のそれは輪も太く、地金だけでも百万はくだらないだろう。まして、葡萄の葉の一枚一枚の葉脈、からみあう蔦の一本一本に至るまで細かく細工されたそれはどう安く見積もっても、数百万はいく代物だ。 細い蔦の連なりからできてる部分など、人が指に力を込めればひしゃげてしまうだろう繊細さである。 肘の上までの絹繻子の手袋を身につけ、耳元に大粒のエメラルドのイヤリング。胸元を開けた真っ白なドレスは豊かな胸元と深く抉ったウエストを強調する。高めのウエストからは何枚もの薄い紗が広がり、ウエディングドレスのようである。しみ一つない首すじには豪奢な白金の首飾り。腕と肩に絡めるようにピンクのケープを身にまとい、たたずむ結崎ひよのは文句なく可憐だった。 そして今宵、その手をとりエスコートを許された幸運な男は、カノンヒルベルトという。 同居を始めて二年以上がたつ。 その間、ひよのは名が売れ、公式のパーティに招待されることも多くなったが、欧米などでは男女一組が普通のワンセットだ。彼女をエスコートする人間が必要となる。その役割は常にカノンが担ってきた。 そしてそれを、周囲は当然のことと認めている。 ひよのの情報操作の結果マスコミにこそ出てこないものの、未成年の結崎ひよのがカノンと同棲(世間は親戚でもない男女が二人で一つ屋根の下住むことをそういう)していることは上流階級の間では公然の秘密というものだったし、カノンは非常に見栄えのいい、頭の回転の速い少年で、ひよのと同じ年頃でもある。 軽妙で洒脱な受け答え、気品あるふるまい、言葉遣い。臨機応変に客の言葉に受け答えし、ひよのをエスコートする彼の姿は、壮年以上の年齢の人間ばかりのパーティで少々若すぎるということをのぞけば、どこからも文句のつけようがないものだったのである。 贅を尽くし様々に趣向をこらす女性たちの装いに比べれば男性の正装はバリエーションが少ないが、ひよのが英国の一流ブランドで採寸して作らせた古典的ともいえる正統派燕尾服は、古風な優雅さを持つカノンによく似合っていた。 今はもうすっかり珍しくなったイブニングテール。白のドレスシャツ、黒ベスト。ジャケットは丈が短く、裾が三角に切れる。その下のトラウザースは彼の長い足をことさらに引き立てた。 男性のフォーマルはおおむね黒が基調だがカノンの燕尾服も例外ではなく、その古典的黒燕尾服とひよのの白のドレスは隣り合うとお互いよくはえた。 ひよのはパーティのとき大抵髪をほどいていく。本日もそうで、肩の上に散る亜麻色の髪は耳にかけられ、背に流れていた。 装いあでやかなひよのの艶姿に、カノンは毎度毎度懲りずに見惚れてしまうのだが、本日もそれは変わらない。 装飾品とメイクを終えて現れた少女の姿に、カノンは幸せを噛み締めながら目を細めた。 わずらわしいパーティの、二番目の楽しみがドレスアップしたひよのの姿である。 「……今日も本当に綺麗だ」 カノンほどの美少年に、とろけるような顔で言われると、さすがのひよのもすこし照れる。お世辞でもなんでもなく、本心から言ってると、わかるだけに。 ひよのは少し赤くなって頷くと、カノンを上から下まで眺め回した。よく、似合ってる。……が。 「……そろそろ新しいの、仕立てましょうか」 「僕はスーツでいいけどね……」 今時パーティにイブニングテイルコートなど着てくる人間はいない。大抵スーツだ。カノンはそういう意味で非常に目立つのだった。 「イヤですよ、似合ってるのに。カノンさんはまだ顔が幼いから、スーツはあんまり似合わないんですよね」 19歳の少年のスーツは、どうしても背伸び感がつきまとう。あるいはホストか。 これが老け顔というのならともかく、カノンは長身のほかは年相応の年齢に見える顔立ちである。日本の少年があまり持たない「気品」だの「落ち着き」だのを持ちあわせているが。 カノンは肩をすくめた。 「ひよのさんがそう言うのなら」 「慌てなくてもスーツが似合って着こなせるようになったらスーツにしますから。……ほんとはずっと今のままでいて欲しいなあと思うんですけどね」 たとえばドレスだらけの場所に着物を着て乗り込むとする。 注目は当然浴びるだろうが、悪い注目ではない。 カノンの燕尾服はそれと同じで、目立つけれども悪目立ちではないのだ。 カノンは微笑んでひよのを見下ろし、おとがいに指を絡めて上向かせる。 ひよのも察して目を閉じる。 ピンクのルージュが落ちないほどの、空気のように軽いキス。 パーティ会場までは車で30分。 タクシーで乗りつけ、まずカノンが下りる。周囲に視線をめぐらし、危険がないことを確認してから、ひよのを下ろす。 どこにでも、危険があるということを忘れてはいけない。カノンが守らなければならない少女は、国内外問わずどんな企業も目の色変えて欲しがる頭脳をもった類稀なる少女なのだから。 エスコ-トの仕方で重要なのは「女性優先」。この意識だ。こまかな手の位置などは人や国によって正しいとされる位置がころころ変わる瑣末事だ。 姿勢、誘導、女性優先。これがエスコートの基本で、それ以外は無視しても差し支えない。 カノンはパーティ会場で先にドアをあけ、ひよのを招き入れる。 姿勢の延長に歩き方。 背筋を真っ直ぐ伸ばし、扉を閉めて、ひよのの手をとる。お互い微笑みあって、歩みだす一瞬、カノンは自分たちに集まる無数の眼を意識する。 ひよのが招かれるパーティというのはまず年齢層の高い重要なパーティで、ひよのが唯一の若年者として招かれてるケースがほとんどだ。 そこに現れる見目麗しい人形のような一対。注目を浴びるのは慣れっこだった。 しかし、本日は例外らしい。注目を浴びるのはいつもと同じだが、出席者の年齢がいつもと違って若い人間も多かったのだ。 三十代、二十代、十代もいる。 今日のパーティは、さほど格式ばったものではないのだ。ひよのが開発したロボットの好調な売れ行きを祝って、ひよのが勤める会社が主催するものなのである。 他の企業や学会の招待はよほど重要なものでないと出向かないひよのだが、さすがに長年のスポンサーの主催する、自分の開発品のパーティは避けられない。 立食式の自由に動き回れるパーティ。本日の主賓と言っていいひよのはたちまち取り囲まれ、壇上で挨拶をすることになる。カノンは離れたところからそれを見守った。 「ねえ、キミ」 薄茶色のドリンクを注いだグラスを片手にひよのを見守っていると、いつものようにカノンに声がかかった。 カノンは振り返り、涼しげな目元を和らげ、口元の印象を優しくする。 美少年の上品な微笑に、相手は目に見えてどぎまぎした。 「あ、……名前、なんていうの?」 「カノン・ヒルベルトです」 まだ若い。自分と同じぐらいの年頃の少女だ。 精一杯化粧しているがその化粧の下から吹き出物が見える。髪は色を抜いた茶色の髪のショートカット。眉が太く、少々頬や腕がふっくらと太り気味だが、容姿は普通といっていい。装飾品は、……ひよのと比べてはあまりに可哀想というものだろう。首から下がるペンダントネックレスはチェーンは下手したらただの金属、トップは良くてプラチナ、悪くて銀にダイヤをはめ込んだ小さな十字架。青いピアスはサファイア。どれもこれも安物で石も小さく質も悪い。トータルでも三十万とはいかない。ドレスもせいぜい五六万。 一瞬でそれだけの値踏みをして、逆にカノンは感心してしまった。 それだけの値踏みができるようになった自分と、自分と「ふつう」の感覚の違いに。 これがパーティに出る普通の十代の少女の装いだろう。これまで自分たちが出ていたパーティでは、とてもこんな安物の装飾品やドレスは見られなかった。着たら笑われただろう。カノンが着ている燕尾服は、女性のドレスに比べれば笑ってしまうような値段だが、それでも4、50万はした。正確な値段はひよのが「カノンさんが気に病むから」といって教えてくれないが。 そのひよののドレスや装飾品は、カノンとはケタが違う。トータルで一千万は優にする代物だ。 「カノン? あ、目の色緑だね。へえ。日本人じゃないんだ」 カノンの彫りの深い顔立ちや、緑の瞳にやっと気づいたのか、少女はいう。 「よろしければあなたのお名前をお教えいただけますか?」 にこ……と。上品な微笑は崩さない。意識の半分は背後のひよのに。残りの更に半分は会場全体に。最後の残りを、目の前の少女に向ける。 「私、安達恵子。ケイコって呼んでいいよ」 カノンは微笑む。もちろん、呼ばないが。 英国人のカノンは名前を呼び捨てにされることにも呼ぶことにも抵抗がないが、郷に入っては郷に従え。日本では女性のファーストネームの呼び捨てが非常な親しみの表現であると学んでいる。ひよのですら呼び捨てははばかられるのに、どうして初対面の親しくなる気もない少女をファーストネームで呼ばねばならない? もっとも、カノンがひよのをファーストネームで呼びすてにしないのは、親しさが足りないのではなく、彼女がカノンにとって貴すぎる存在だからだが。 つづきます。 |
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