白青緑9
天然石よりも木材の方が、ずっと値段としては高価だ。
その総木材づくりの風呂に肩まで全身をつけながら、キールは込み上げてくる不快感と後悔に顔をしかめていた。
彼は外見だけ見るならば、まだほんのひよっこ、卵の殻にまだ片足を入れているぐらいの年齢であり、子供の体格であるのだが、その中身と外見がつりあっていないこと、はなはだしかった。
彼の幼馴染みはその逆の極致ともいうべきもので、周囲が見るところその非凡さは中身より外見に集中していたが、どちらがより価値が高いかは評価が分かれるところだろう。
キールなぞは、自分の中身が非凡であることも、他人が高い価値を値札に貼っていることも知っていたが、その非凡さによって彼が死者の列に加えた人員はこれまで三桁にのぼる。
誰一人幸せにしたことのない中身の非凡さよりも、見るだけで人を幸せにする外見の非凡さの方が、キールは価値が高いと思っているのだった。
キールは頭まで湯ぶねにつかり、呼吸をとめて体を丸めた。自己嫌悪と後悔の粒子が、どこからともなくキールの心にやってきて、その色で染めていくようだった。
彼はやや後悔していた。
自分を取引の材料にしたことに、である。
そしてその結果他の人間の道具と成り下がって、二人の人間を殺傷してしまった。
シンあたりが聞けばあてつけ半分に驚くだろうが、キールにも良心というものが存在していた。ただしその良心は、キール自身にとって枷、戒めとして存在するものだったが。
自分に危害を加える人間以外、殺してはならない。キールはそう自分に鎖をかけていた。それに家族に危害を加える者、が付け加わったのは、彼が信じる彼の存在理由の一つに家族を守る、という一文がある以上、自然のなりゆきである。
それが、家族でもなければ命令を受ける謂れもない人間の道具に成り下がって、二人の人間を殺めたというのは、考えるごとに思考に重い成分が沈殿していくのは止めようもなかった。
一介の皇族が自分に身の程知らずにも取引を持ち掛け、それを鼻でわらっていればいいものをうかうかと乗ってしまった大馬鹿者。
キールの内心を端的に表現すると、こんなものである。
乗ってしまった理由の多くは、自分の個人的な関心にあるだろう。
ふと、現段階でシンを死なせるのは惜しいと思ってしまったのだ。
成人し、その容姿の非凡さにふさわしく中身の非凡さが釣り合ったなら、どんな人間になるだろうかと考えてしまった。
相手の容姿の非凡さがキールの気を引いた部分は相当あると自覚せざるをえないところで、まったく、自分にしてからが判断に外見の要素を完全には取りのぞけないのだから、外見に惑わされるのは、視覚を持つ存在には永遠に乗り越えることのできない旧弊となりそうだった。世の中の人間たちはシンの外見にさぞ面白いように惑わされることだろう。
複合的に原因をまとめたところ、原因は盛大なる気の迷いというべきもので、シンの口車にのってしまったのは後悔の種だった。
いずれ彼は百以上にものぼる運命の分岐を踏み越えて、この時の決断を全く別の心境から俯瞰し、別の結論を出すことになるのだが。
キールは非凡ではあっても未来を自由自在に手に入れる能力はなく、現時点では後悔の種でしかなかった。それは後年自分の行動を振り返っての回想の時のみ特権であるのは、凡人と変わらなかったのだ。
後悔という、人間には不可避の感情でありながら不快な感情をキールは切り替えた。
思いいたすのは、現在いるこの場所の一角に、自分と同じ瘴気浄化能力者がいる、ということだった。
全員つれて逃げ出す、というのは空想的にはいい冒険譚だが、多くの意味で現実主義者であるキールはそれを振り払った。
三人もの人間を生涯面倒みることなどできるわけがない。なにしろ相手は瘴気浄化能力者なのである。
キール自身ははぐれ=殺人者などという偏見は抱いていないが、この際問題となるのは、彼らが追われる身であるという一事だった。
ナギやイールが同じ目にあおうものなら万難を廃してでも救出に乗り出しただろうが、正直なところ、そんな見たことも話したこともない相手にそんな無謀な労力をかける気はない、というのがキールの正直な本音だった。
瘴気浄化能力者の家族をなくす皇家の方針は、ものの見事に人のどうしようもない心理の側面をついている。
もしもキールが自然児でなく、抗議を申し立てる家族が一人もいなければ。
もしもシミナーの能力を持っていなければ。
もしも、キールが生まれるときの事件がなければ。
キールは今頃、この皇宮の片隅で物質的には何ら不自由しないながらも閉鎖された空間と人生を味わっていたに違いない。
―――何のために生まれて、何のために死ぬのか。
キールは生まれてからずっと、その言葉を考えてきた。考えない日は一日もない、と言っていいほどに。
自分がありえない存在だと言われるたび、逆説的に、「ならばなにか理由があって生まれてきたのだろう」という考えがわき起こった。
そして結論はまだ出ない。
いずれ、出る時がくるのだろうか。たとえば神様が突然現れて「お前は〇〇をするために生まれてきたのだ」などとおぬかしあそばして?
キールは水中で、こみあげてきたおかしさに頭を出した。現実的に、そろそろ息が切れてきたこともあった。
二つの命と、十四の犠牲。
キールは自分がそれによって命をあがなわれた事を知ってはいたが、だから何だ、というのが心境だった。
なにせ本人は、自分が幽閉された場合と比べ、格別自由でよかったと思ったこともないのである。これには必然的に深刻な理由があって、キールは自分が幸せだと実感できた瞬間というのが、これまでの人生において皆無なのだった。
キールの歓心をかい、ご機嫌をとって手なづけようという人間は幼少のころから今まで(といっても今でも世間一般では幼少なのだが)くさるほどいたが、キールはそのよく見えすぎる目によって相手の意図がわかるだけに好意を抱ける余地がなく、キールの頑なな心に入りこむのに成功したのは一人だけだった。
ナギである。
もう一人、イールに対しては、キールはむしろ進んで入り込むのを許したといっていい。
もっともこれらの人事は、多分に、キールの恣意が入っていた。キールは彼らを自分の大切で不可欠な人間として扱うのを決めていた、のだ。
赤の座に指摘されたのは事実で、キールはナギが隠していた事件のことを、ほぼ正確に、知っていた。
この事件の前提として、予習しておかなければならない情報がある。
まず、一つは自然児の誕生は非常に稀だということ。星全体で、毎年十人弱しか生まれない。
そしてシミナーに対する殺傷行為はどんなに過小であれ死罪であるということ。(ナギはよくキールを打擲するが、あれをもしキールが訴えればその場で死刑場直行なのだ。その覚悟をこめて、ナギはキールをひっぱたくのである)。
三つ目、シミナーの家族を殺害した者もしくはそれに手をかした者も、死罪であるということ。
四つ目。キールが生まれる一年前から、不穏な噂が広がっていたこと、などである。
キールの両親、キールを作成した二親、正真正銘キールの実母と実父は、もうこの世にいない。
十三年前、その命は無残に刈り取られた。
キールの母が懐妊し、それが判明し、二ヵ月生育をまち、母体の安全のために双子が人工子宮へ移された直後の惨劇だった。
往々にして、自然児の両親はいびつにゆがんだ嫉妬と憎悪の標的となる。人は自分にはできないことをした人物に対して、やっかみ混じりの嫉妬を抱かずにいられないからである。
そしてそのような酸鼻な前例による教訓から、自然児の夫婦には懐妊が判明すると同時に護衛が送られるはずだったが、この護衛はなんと、その日全員が休日で留守だったのである。草の民への潜在的な反感と怠慢が引き起こした明らかな手落ちだった。
殺人事件は、当初は殺人の予定ではなかったのだろう。レイオスでの殺人事件の特徴である。
計画性の欠如、瘴気の存在、無数の物的証拠から、犯人はすぐに見つかった。
十一人によって二人を暴行しその末殺害にいたらしめた、この事件はすみやかに閉廷した。犯人全員の処刑という幕引きによってである。
レイオスでは、多数が少数を虐殺した場合、多数だからといって罪は分散され軽くはならない。むしろその逆で、一対一の殺人ならば数十年の懲役、後は分数の問題である。
被害者と加害者に三倍の差がついた時点で、死罪が宣告される。ちなみにレイオスでは男女の区別はない。力の差がほとんどないので、考慮もされないのだ。この場合5・5倍なので、異論なく死刑であった。
そして一方、ずさんな護衛の代価はどうなったかといえば、それを指示した官僚は直後に懲戒免職。
これは草の民の反感と敵意の的となった。この官僚が草の民の夫婦の護衛を軽視し、その結果二人の命が失われたことは明白だったからである。
そして四ヵ月後、罪状追加により死罪が適用された。
レイオスにも法の遡及適用はない。
しかし、罪状の発見もしくは追加ならばありえる。
人工子宮に保護された赤子が、シミナーであると判明した翌日のことだった。
彼はシミナーの家族を殺害もしくはそれに手をかした者は死罪。この法が適用され、半年後に死罪が実行された。
前例がない、という言葉はこの後キールの人生を蝿のようにたかることになるのだが、とりあえずこの直後、第一回目が唱えられた。
すなわち、シミナーの養育権を誰に帰するべきか、である。
殺害直後、すでに赤子たちの養育者は、殺害された夫婦の唯一の近親者であるナギと決定していたが、シミナーとなると話は別である。
なにせナギは、年も若ければ(このとき三十代。若年である)、普通、子を望む者ならばしている貯蓄もない。突然の事態に心構えも準備もなく、いきなり放り出された状況に雄々しく適応しようと努力していた最中だったのである。
誰が見てもシミナーの養育という難事を任せるには、不安があった。
しかし、一旦決まった養育者を変更するなど前例がない。シミナー管理局でその論議がされていた。
そしてその話がまとまらないうちに、もう一つ爆弾が投下されたのである。
瘴気浄化能力者。
当初、それがシミナーの赤子のことだとわかった者は皆無であった。せいぜいもう一人の赤ん坊か、もしくは同期に生まれる赤子のことかと考えていたのだ。
しかしその考えは続報に木っ端微塵に砕け散り、後の一ヵ月は、その知らせの裏をとるために費やされたようなものだ。
数百、数千の検査にも赤子は頑固に自分の能力を検査機に示し続けた。
それから先は法律家と、シミナー管理局と、そして精神治療者たちとの三つ巴の話し合いになる。
シミナーたちが作った精神治療者協会では、同胞に対する愛情など小麦粉を小指ですくいあげた程にも存在しなかったが、利害はあった。
ここでシミナーである同胞の権利が侵害されたならば以後、これを契機にシミナーに対する権利の削減をはかられるのではないかという恐れがあった。
何しろ、シミナーの保有する特権とはかように極大なもので、前々から縮小の意見は根強いものがあったのである。
一度それを失うことを看過してしまったら、後は坂道を転げ落ちるがごときであろう。
シミナーたちは団結して抗戦を表明した。
一方法律家とて言い分がある。
瘴気浄化能力者は一律幽閉。それが法の基盤であり、殺人者の極小の一因である。逆にいえば瘴気浄化能力者の解放および放置は、殺人者の激増へとつながると主張した。この主張の正しさは、これまでのキール・スティンの人生が血で描かれるごときものであった事を考えれば、明白であるとしか言いようがない。
キールがこの時その場に居合わせれば、いつもの冷笑を唇にうかべて「その通り」とでも言ったことだろう。たとえその事で自分が幽閉の運命となったとしても、惜しむべき何物もない。それがキールという人間だった。
最後にシミナー管理局においては、これは精神治療者協会の傀儡、最大限に好意的に表現してもシミナーたちの代弁者というのが周囲の見るべきところであったので、主張には大差なかった。
そして永らくつづいた討議は一人の乱入者によって決着する。
ナギである。
ある日の、私と姉の会話。
姉「なんつーかあんたの文章固いのよねー」
私「……。(よーしならとことんまで固くしてやらぁっ!)」
というわけで、今回、文章はかっちんこっちんに固いです。
そしてちょっとおたずねしたいんですが……。
文字の大きさ、後書きのと、本文のと、どっちがいいですか?
小さい方が、なんか、見やすいかなーって思って、今のこの大きさから、変えたんですけど。不安になってきました。
ご意見ください。多数派意見にひよろうかと思います。
掲示板もしくはメールにてお願いしますね。
最後に一つ。
悩みましたが、「確率」、その他いろんなところで言及されていた、キールが生まれたときの大騒動を、書くことにしました。
いずれ、ナギが主役の話として書き下ろそうと思っていたんですけどあはは。予定変更は、私の小説では珍しくありません。
長かったこのお話も、次でラストです。