白青緑8
確率学の無謬の象徴。
皮肉をこめて、キールはそう呼ばれている。
もしも確率などというものが絶対的に正しいのならば、キールの存在は前提条件から覆されてしまう。
仮に、彼が誕生するに至った経緯がもしも圧倒的大多数の同胞と同じく人工受精による発生だったならば、キールは否が応にも遺伝子操作の結果のこどもという見方をまぬがれえなかっただろう。
なにせ、自然に発生したと考えるには恐ろしく無理のある確率だということは事実であり、遺伝子操作という技術を考えたほうが余程信憑性があるのは事実であったので。
けれども彼は、人と人の交わりから肉のぬくもりに包まれて誕生した。人工子宮の、堅く冷たい壁に包まれてではなく。
それはそれで、運命論者のもっともらしい解説をまぬがれえなかったが、とにかくも、彼はここにいる。
キールは、事実は人の勝手な想像や推理とは無関係に存在し、確率学というものが所詮確率に過ぎぬということの生きた証拠であった。
シミナーと瘴気浄化能力を兼ね合わせる、その、天文学的な確率。
しかし実際に生命の誕生はその天文学的な確率で行なわれ、その結果人は存在するのだが、それは棚に置かれ忘れ去られ、後には喧々諤々たる理論の応酬が残った。
何人もの検査員と、何十台もの検査機が用意され、何百となく検査にかけられた。
そのほとんどが「有り得ない」確率を実証することになり、うち、一回のみ確率学を手助けする結果を出したが、こちらこそが誤検査であった。
そしてどうやら本当の本当にそうであるらしい、となった時、今度は問題となったのは法律上の不整合である。
シミナーの法は、その人権を不可侵的に確立している。
同時に、瘴気浄化能力者に対する人権を、法は否定している。
ならば、その双方を兼ね備える赤子に対する扱いはどうすればよいのか。
決定にいたる事情は事件と驚きにみち、紆余曲折ということばを体現するものだった。
最終的に、彼が現状においての自由と権利を獲得するに至る複雑にして奇異な過程では、二人の犠牲と、十四人の命が必要だった。
二人の犠牲とは、彼に命を与えた両親である。
そして十四人とは、それに関わった者たちのことだった。
瘴気浄化能力者は普遍的にみな、幽閉される運命となる。例外はない。
何故ならば圧倒的大多数……九割九分九厘まで、人は人工受精により人工子宮で発生する。その後、七ヶ月目あたりで能力検査がなされ、そうして瘴気浄化能力者は引き抜かれて残りが希望する親の元へ送られるのである。
つまり、瘴気浄化能力者は、親もなければ兄妹も、もちろん子供もいないのが常であった。
人数も少ない。最小のときは一人。最大の時でも七人。現在は四人である。
百年に一人の確率でしか生まれず、三百年の命で死ぬ彼らは、史上もっとも多産の世紀でも七人どまりだった。
人道主義の発露には、被害にあった人数が大きく関係してくるのは、紛れもない事実である。
瘴気浄化能力者に対する運命はだれもが知っている。しかし、誰も何もいわない。要するに、誰も興味を持たなかったのである。
人は愛する者のためにならば利害を考えずに皇家と対立することもできるが、まったく自分に関わりのないことに、義憤を燃やすことができるものだろうか。相手は、強大な権力持つ皇家なのである。
しかも、瘴気浄化能力者の災厄は広く知られていた。
はぐれ。
脱走した瘴気浄化能力者の通称である。
幽閉されている瘴気浄化能力者の中には、当然ながら脱走を夢見る者もいた。そしてそのうちの極少の者は実際にそれに成功し、人々から恐怖の的となった。
レイオスでは殺人は滅多にない。それは、瘴気が関係していることは疑いえない。
実行すれば必ず見つかる。また実際には瘴気を受けた者の姿が身近にないことから、死者の念への本能的な恐れもあった。
しかし、瘴気浄化能力者には、その制約はない。
閉ざされた一角で、彼らがどのような事を考え、どれほど世の人々に恨みをため込み熟成させていったか、想像にかたくない。
自分たちだけを犠牲にし、その一方でそれに目をふさぎ、安逸に日々を暮らしている者たちへの怒りと憎悪。あるいは、それは正当な怒りであり、恨みであるかもしれなかった。
そしてその恨みを晴らす機会が訪れたとき、彼らはもっとも直截にそれを晴らす方法を選択したのだ。
はぐれの犯した大量殺戮は、はぐれの死亡によってあっけなく終わるのが常だ。
だが、その事件は人々に瘴気浄化能力者=恐ろしい殺人者、という印象を与えるには充分すぎた。
しかもそのようなはぐれは、一人ではなかったのだ。
「殺人者」との印象は、瘴気浄化能力者全体への蔑視と、幽閉されて当然という結論へと行き着く。
はぐれの手により愛する者を殺された人間にしてみれば、瘴気浄化能力者などという人殺しをしてもわからない危険な人種は、全員厳重に牢屋に監禁しておくべきだというのが彼らのいきつく意見ところだった。
キールが人々から無条件で尊崇を受けるシミナーでありながら、何かとずさんな扱いを受ける理由は、一重に彼が、瘴気浄化能力者でもあったことだろう。
ない護衛、届かぬ情報、粗い対応。
もっともこれらの内少しは、キールの責任も混ざっていた。
シミナーの養育者であるナギは、キールの健やかな育成の義務を帯びている。そのため、護衛がないことに当初迷ったが、高圧的な態度の窓口と、また平穏無事に日々が流れたこと、そしてシンという子供の存在から最近はすっかり思い出すこともめずらしくなっていた。
身分の高いこの子供には、幾人か護衛がいて、目立たぬように守っているという。しかしナギはどこをどう探しても、シンの護衛を見つけることができなかった。
しかもそれでいて、シンが危険に陥ると本当にすぐさま現れたのだ。
ナギは驚き、それをキールにも当てはめたのである。護衛の姿が見えないのは、影から見守っているからであると、一人合点したのだ。じつは本当に、ただいないだけ、なのだが。
そしてキールは、自分についているべき護衛がいないことも、それが何に起因しているかも、どうすればそうでなくなるかも皆知っていたが、丁度いいとばかりに何もせずに放っていた。
キールに護衛をつける指示をしなかった相手は所詮個人的な反感から行動しているにすぎず、シミナーのキールが、その人間の上にいる者に直接掛け合えば、すぐさま護衛が派遣されたことだろう。
しかし、シンについているぐらいに気のきいた護衛ならばともかく、普通の護衛はキールにとってひたすら面倒くさいばかりだった。
だいたい、誘拐されたところで、キールはすぐさま皆殺しにして戻るのが常で、キールに手をだした組織が行方不明になるという情報は、全員を容赦のかけらもなく始末しているために表には出なかったが、裏にはもうすでに出回っていた。キールはそれを知らなかったが、知っても噂の伝播を止めようとはしなかっただろう。
キールはあくまで、必要だからやっているだけであり、そのような噂は歓迎した。いわく、キール・スティンには頑丈で強い護衛がついている。いわく、キール・スティンには最強の護符が渡されている。
そのような訳だったので、むしろ、気軽に出歩けるキールを瘴気浄化能力者として扱い、シミナーの一員とは見ずに見下していた官僚に、感謝したいぐらいだった。
人々もまた、迷っていたのである。
キール・スティンにシミナーとしての姿をみるべきか、あるいは、瘴気浄化能力者としての姿をみるべきかを。
キールは、恐らく史上で最も多くの人を殺した殺人者だが、その能力ゆえに、恐らく決してさばかれる事はないだろう。
狡猾にして計算高く、冷徹。
そして唯一、その行状を知るキールの友人は口を閉ざす。
キールの現状に至るまでの過程を、彼は、おそらく死者をのぞいて最もよく知っている人間であっただろう。
過保護ぎみの兄は、弟の遊び相手の家を徹底的に調べあげた。その中には無論、キールの生まれる前の大騒動も含まれていた。
その事件の経緯、もつれた糸。当事者すら知らないことも、シンは知っていた。
二つの命と、十四の命であがなわれた自由。
だが、キールは、果たしてそれに値する人間であっただろうか。
世間的には、キールは非のうちどころがない。人当たりよく、温和で、よくできている。無料奉仕をやる唯一のシミナーのため、人望と名声と認知度はシミナーのなかでもひときわ高い。
シンはこう評する。
キールは冷酷であり、計算高くはある。殺人を食事のよう軽々とこなし、いささかの後悔も見えない。だが、私利私欲で殺めたことは、ない。と。
もしもキールが殺人快楽者であったならば、たとえシミナーであろうと、シンは告発しただろう。しかしキールの殺害はほとんどが正当防衛の枠に入るものだった。誘拐犯を全員抹殺し、誘拐事件そのものを無かったこととするのである。
そのため、シンは沈黙をつづけている。
これには、キールとシンがよく似た価値観を共有していたことも挙げなければならないだろう。
人を傷つけようとしたならば、殺されても当然だ。彼らはそういう主義の信奉者であり、実践者でもあったのだ。
§ § §
「その取引を受ける前に、聞いておかなければならない事がある。……きみは一体何者だ? そして、青の座とどういう関係にある?」
「俺のことは、俺よりもあなたの方がよく知っているでしょう? 皇族なんですから」
「史上はじめて、精神治療者と瘴気浄化能力者を兼ね備える能力者であるということぐらいだ、きみについて知っているのは」
「そうですか。俺は俺について、さして知りません。俺が生まれたときの事件についても」
行政側の失策が惨事をまねいた、近年まれな大事件を持ち出されて、赤の座は顔をしかめた。
「俺の養育者であるナギはもちろん当事者の一人ですけど、当事者であるからこそ、俺にはなにも話してくれません」
「……けれど、きみは知っている。そうだろう?」
「ええ。知っています」
子供はそれ以上、語らなかった。
話を別のものにすり替えた。
「あなたは、シンを美しいと思ったことがありますか?」
その口調は自然なもので、力みも何もなかったために、話の移行は自然な流れに聞こえた。
「あれを美しいと思わずにいられるのは、盲(めしい)の人間ぐらいのものだろうな」
「おれも、まったく、同意見です。では、その青の座と、寝台で仲良くしたいと思ったことはおありですか?」
「私を幼児趣味の性異常者にしたいのか? 仮に青の座が成年で、世の中にあの者だけになったとしてもごめんだ。青の座の噂を私が知らぬとでも思ったか?」
少年は全身で頷いた。
「ああやっぱり。そりゃ、そーですよね。噂にならないはずがない。
……あなたは賢明だ。火には近づかない賢さと用心深さを持っている。あの火は、おれの目から見てもちょっと眩しすぎて無視はつらいんですけどね。……でも、世の中には美しいものに目がないという人種がいることは、ご存じでしょう? そしてそのような輩に、青の座が目をつけられるのは必然だった、ということも」
「……ああ」
「おれとシンの付き合いは、五歳からです。シンがそういった輩の一人に誘拐され、解放されたあと、それを保護したのが、おれの父親で。ナギはシンを家につれかえって、おれと対面させました」
「……解放?」
単語のひとつを聞きとがめて、彼はたずねかえした。
青の座の容姿は自ら光り輝くようで、誘拐という暴挙にでる相手の心理もある程度理解できる。しかし、そういう暴挙に出たら最後、破滅まで決して手放すまい。
「解放。……シンの身柄を確保しておく必要のない者だったのですよ」
「……!」
それの指し示すものの大きさに、さしもの彼も息をつまらせた。
「これが、おれとシンの関係です。お分りですか?」
「……わかった。その取引に、応じよう。しかし、青の座はきみの友人ではないか?」
「友人……?」
キールはぷっと吹き出した。
笑顔は年相応の可愛らしい表情だったが、笑いをおさめて見返した瞳には、年齢を越え、冷たさすら感じる知性があった。
「……友人などという関係になったことは、生まれてこのかた、一度もありませんね。シンもまったく同じように言うことでしょう」
言葉は同じでも……違うのは、青の座の言葉がおそらく照れや強がりからのものであるのに対して、この少年の場合は、心に思う事実を言っているということだろうか。
皇族の気性からしてみれば、相手が自分を友人だと思っていないのにもかかわらず、自分が相手を友人と思っていることなど、到底許容できるものではない。
「おれとシンの間にあるのは、利害だけです。おれが望んでいるものを与えてくれるのなら、誰でもいいですよ。そして、シンに期待するより、あなたに期待するほうが、率はいい」
「そしてその期待するものというのが、待遇改善か?」
「ええ。……瘴気浄化能力者の、とはつけません。彼らが世の中に出れば、法の秩序がくずれることは、おれにだってわかります」
「自分だけよければ、と?」
「その言葉、そっくりそのままあなたにお返ししましょう。おれは唯一公式にも自由な瘴気浄化能力者です。でも、……瘴気浄化能力者は、外にいるべきではない」
……大人びた子だった。
子供のような感情論は影も形もうかがえない。その思考形式には、世の理をまっすぐに見据えて目をそらさずにいる明晰さがうかがえた。
赤の座は、これまで子供のシミナーに出会ったことがない。シミナーに出会ったことはそれなりにあるが。
……百年に一度の誕生確率。
だからいま、この年ごろのシミナーは、目の前の一人だけだ。
彼は口を開いた。
「……取引の保障はどのように?」
「そうですね……。約束してください。緑の座にあなたがつき、至尊の位を得たならば、約束をはたすと」
やはり子供か。
そのとき彼が思ったのはその一言だった。
立会人のない口約束など、あてになるものではない。
しかし、御しやすいのは、いいことだ。
「約束しよう。……青の座はいずこに?」
少年はちいさな肩をすくめ、言った。
「あちらに」
子供が右奥を指で示した瞬間、音がした。
にぶい、肉を棒で叩くときに出るような音。
ばっとそちらを振り返り、ぎんっ、と凍りついた。
最初、ほんの一瞬…彼はそれが何なのかわからなかった。
白い布をつけた大きな何かにしか見えず、それが動いた瞬間、各部の情報が一瞬で整合され、答えが出た。
両手と両足を切断された、人体。
「……セグメンティア!」
戦慄は愛情によって吹き飛ばされた。
そのせつな、彼は注意を払うのを忘れた。
時間にすれば、ほんの三つ数えるぐらいだっただろう。彼が背を向け、まったく無防備な状態で、床に倒れた愛する相手に駆け寄ったのは。
そして暗殺者は、その隙を逃しはしなかった。
とす……っ。
背後から、攻撃する角度を冷静に見定めて、興奮にも焦慮にも無縁の頭で剣を振り上げて下ろした。
手応えは、致命傷だった。
間髪入れず引抜き、横に薙いだ。
「……さようなら」
首を失った体が、どう、と倒れた。
「あ、あ、あああっ……!」
両手と両足を失った彼女は、その死に様を至近距離で見た。愛する仕えた主人が後から不意打ちをうけ、その頭部が胴体から離れて転がるところを。
彼女の愛児、彼女の大切な人間の血が、彼女の顔や衣服にも降りかかった。
愛する者の両手両足が失われた姿を目にして、平常心でいろという方が無理なことだろう。赤の座の行動は人として、自然ともいえることだった。それを非難することができるのは、人を愛したこともない人間だけにちがいない。
しかし、それに付け込んだ相手、彼女の大切な相手を殺した人間は、その人として当然の行動につけこみ、その命を永遠に現世から離れさせたのだ。
「あ…ああああっ!」
他の言葉など出てこなかった。いや言語中枢自体が、現実の前に色を失い仕事を忘れてしまっていた。
キールは剣を死者の衣でぬぐうと、セグメンティアを助け起こした。
「はなして! はなしてよ! 人殺し! 卑怯者! ひとごろし……!」
シンあたりが聞いたらまったくだ、と全面賛成することだろう。
彼女は赤の座の乳母であり情人でもあった。
生まれたときから赤の座に仕え、長じてからは望まれて褥にはべった。
赤の座は、深く彼女を愛していた。素の感情を見せられる、皇族にとって宝石よりも貴重な人間。
振り払おうにも手足はなく、言葉による鞭しか彼女は使えなかった。しかしこの相手は、言葉の暴力で傷つくような、薄い面の皮ではなかったのだ。
少年は床に膝をついて抱き起こした状態で、話しかけた。
その口調は人一人を殺した直後でありながら上擦る気配もなく、興奮も恐れも微粒子ですら含まれてはいなかった。
「おれは、罪のない人は殺したくない。そして、あなたには些かの罪もない。記憶をふうじることにうなずいてくれれば、両手と両足も戻すよ。痛みも、ないだろう? おれはあくまであなたを利用しただけで、ここで起きた一切のことは、あなたの咎ではないし、あなたに恨みも持っていない」
そうまず前置きして、少年はつづけた。
「えらんで。俺はあなたをここで殺すか、あなたの記憶を奪い取る。記憶を奪う場合は、あなたの手足は元通りにすると保証する」
「かえして……! あの人をかえして! なんで殺したのよ!? なんで!」
「彼が、人殺しだったからだよ。恨まれて、死んだ。彼を恨んだ人が、俺に依頼した。それだけ」
「あなただって人殺しじゃないの……!」
「そうだよ。だからいずれは同じように死ぬだろうね。ところで、どっち? 殺される方がいい? 記憶を失うほうがいい? 悪いけど、俺はそう記憶操作が得意じゃないから、生まれてきてから今までの記憶、ぜんぶ失う。それでも命はあるからやり直せるよ。どっちがいい?」
「あなたなんて、死んでしまえばいい……! 私をいきなりさらって、私の手足をうばって、私の……っ! セイクーヴァを奪った……! 殺してやる! 呪ってやるわ! 私を殺しなさい、私の呪いで苦しみ抜いて死ねばいいっ!」
「んー……。たしかに殺すほうが楽なんだけど。ほんとにそれでいいんだね」
ざくっ。
生命維持系統を一息で掻き切って、キールは立ち上がった。
「……終わった。シンにそう伝えろ」
姿の見えない影にそう命ずると、キールはしばらく待った。
扉が開いて、シンが入ってきた。
二つの死体に目をあて、次にキールを見る。
「ありがとう」
殺人の代価に礼をいう人間。
それに、キールは無性にばかばかしさを感じて、唇を歪めた。
シンは床を見ていう。
「赤の座……と、彼女は?」
「赤の座の大切な人間。お前にとっての兄貴。兄貴にとってのお前。俺にとってのナギやイールだった人」
「ころしたのか?」
非難の響きを感じ取って、キールが何かを言おうとした前に、シンはかぶりをふった。
「いや、非難するのは筋違いだな。丁重に弔いはしよう。……大丈夫か?」
「なにが?」
「疲れているようで…」
シンの珍しい気遣いの言葉に、キールは横柄に答えた。
「あたりまえだ。皇族一人殺す手間暇と誘拐犯百人殺すのと、どっちが楽だって言われれば誘拐犯百人とるぞ、俺は」
運よく一撃で致命傷与えることができたからいいものの、かわされていたり、深手でなかったら、こっちが危険だった。
キールの得意技は不意打ちで、いきなり攻撃して一撃で反撃不可能な損傷を与えることだったが、皇族相手にその戦法はかなり無理がある。
言うまでもなく、皇族がまとう結界がその要因である。
だから、キールは一本の剣を持ち込んだ。名剣とはまちがっても言えないごく普通の剣だが、結界を七枚着せて、強引に相手の結界を突き破ったのだ。
それでもなお、回避される確率が高かったので、逃げ道をつぶした。
不意打ちせずにわざわざ長話をしたのは、時間をかせいで逃走経路の封鎖をするためと、こちらの身分を暴露するためだ。シミナーに対する殺傷をためらわずにいられる人間は、いない。
そして事前に、セグメンティアの身柄を拘束して両手両足を切断した。痛覚を麻痺させたのは、キールの最後の人間らしさのあらわれだろう。
何とも思っていない人間だろうと、そんな姿で目の前に現れれば普通は動揺する。まして、大切な人間がそんな無残な姿で突如として現れて、動揺しない相手がいれば、ぜひ見てみたい。いい人間研究の材料になる。
そしてその彼女を、戸棚に押し込んだ。
つまり、キールは、相手の動揺をさそうためだけに生きた人間の手足をもいで、道具としたのである。
人は、自分の利益のために、どこまで冷徹に、どこまで人の尊厳を無視できるかという生きた実例の所業だった。
相手が完全に我を忘れる時間が、一秒あればいい。それで深手をおわせてみせる。もし万が一仕損じても、逃走経路は塞いである。
この辺り、キールは用心深く慎重であり、シンがいうところ「他人を罠にかけるためには労力を惜しまない」人間だった。
不意打ちをし、ただ一度の機会に全てをかけるよりも、キールは確実性をとった。
シンにそう指示されたわけではない。それはキールの持って生まれた性向であり、派手さより堅実さを重んじることの現れだった。
こういう人間が敵に回ることこそ恐ろしいのだ。
キールがもし誰かを邪魔に思ったら、おそらくは、地道に着実に陰謀の罠を仕掛け、年単位で相手の周囲を落し穴だらけにして、相手を突き落とすことだろう。
救いは、キールは他人を好くことも稀だが、嫌うことも同じぐらいに稀だ、ということだった。
「いや、そういうのじゃなく。精神的に」
「ああ……。お前、従僕の一人が両手両足なくした状態で転がっていたら、どうする?」
「どういうつもりで誰がやっているのか、離れたところで観察する」
シンは即答した。
「だよな。じゃ、兄貴が同じ状態で転がっていたら?」
シンは言いよどんだ。
「わからないが……近寄るんじゃないか? 手当てをしないといけないし……」
「どんな時でも冷静かつ慎重。それが皇族のとりえだよな。動揺しても一瞬で気持ちを立てなおすことができる。なのに、赤の座は駆け寄った」
「……大切なひとだったんだな……」
しかしその声には感慨は含まれていない。
シンの声の調子は愛惜だが、含まれた感情はなにもない。
ましてや後悔は。
皇族間では殺し合いは当然の事だった。涙など、ながそうと思っても流せないというのがシンの真情だろう。
「一応、道は問い掛けたのにな…。シン。つかれたー。食事と寝台」
「わかった。事後処理があるから、先行っていてくれ。影、私の棟の四棟に案内しろ。キール、影を殺すなよ」
「わかってるよ」
「どうだか」
一見して普通の友人間のやりとりだが、目の前に死体が二体あるという状況での会話としては、異常すぎる会話だった。
……あともーちょっとだ……。
ほんとうは今回で終わるといーなーと、甘いもくろみを立てていたのですが……。
いやあ、世の中そう簡単にはいきませんねぇ。←…というか、単なる枚数不自由能力。
次回、もしくはその次、もしくはその次で終わります。
つーくづく思ったのですが、私、枚数制限ないと駄目です。
だらだらだらだら長くなります。
んでもって、手元においておくのも駄目です。推敲をくさるほど繰り返して、作品の完成度を低めます。
作品を手元に置いておくとですね、付け加えたくなるんですよねー。
でも、付け加えると、そのぶん、当然、削んなきゃいけなくなって、頭をヴーむヴーむと沸騰させつつ、削ります。
でも削る前の方が良かったと思っても、そのときにはもうデータは上書きされていて、残ってないんですよ……。後の祭り。
今回キールの毒にあてられました。毒毒小説はもーいい……って気分です。さわやかーな小説をえがきたい。
このシリーズ、はっきりいって、悪人ばーっか。
書いてるこっちも精神衛生上非常に悪いです。
救いのプリティーエンジェルもいねーし、一般人は、「不幸度ナンバーワン」の彼女しかいねーし、その彼女も極悪非道のキールによって不幸な末路をたどるし……。
これを書き終わったら、きまぐれオレンジロードのような、さわやかな物語を書くんだっ。
そしてそのために、願わくば、白青緑が次回で終わりますよーに……。