白青緑 3
Q 大きなとても美しい宝石を拾いました。あなたの手の中に宝石があります。あなたは一体その宝石をどうしますか?
イール 宝石で何を買おうかいろいろ考え、自分にはさして欲しいものなどないことに気づいて、その美しさをしばらく観賞してから落し物係に届ける。
ナギ しばらく自分で保管し、名乗り出る人間がいなければ、何かあったときのために、換金して貯金しておく。
キール 厄介ごとを恐れてさっさと届ける。
シン 宝石を自分で鑑定して本物と判断したら、さっさと換金する。偽物だったら、拾ってすぐ捨てる。
シンは黙って目をすがめ、キールを見た。
その透き通るような肌は、今、より白く、より眼差しは鋭く、キールを射抜いている。
硬く、冷たく、結晶して、透き通る。
絶世の美貌の少年の表情は水が凍るように凍てつき、その唇は本人も意識しないうちに、一つの微笑を作り出した。
「精霊には人の情報を探るという発想がない。だから、正直なところ、精霊は緑の座がどんな能力を持つか、ほとんどわかっちゃいない。でも俺は、お前のことなら多少は知っている。お前は、同衾する相手のことを調べずに放って泣き暮らすような可愛げとは、無縁の人間だ。ちがうか?」
彼らは同類だった。
そしてそれゆえに、お互いのことを、ひょっとしたら自分よりもよく、理解していた。
人の体温というものは、気持ちが悪い。
初めてそう感じたのはいつのことだったか、忘れたいと思う記憶ほど鮮明に覚えているのは、人のさがというべきか、神の悪事の一つというべきか。
しかし、それにも良きことはあった。
回想すれば、胸にいつでも憎悪を沸かすことができ、憎悪は人を動かす、とても効率のいい感情だったからだ。
夢路をたどるのには、一秒も要らない。
あの時、自分はまだ子供だった。とはいえ、今も子供だが。
レイオスで子供というときは、性的に未発達……両性であるという意味が含まれる。
十五歳になり、性別を選択するまでは、未成熟ながら女性器、男性器、双方備わっている。
肌に他人の手が触れて、不快な感触に身震いし、身をよじったり大声をあげたりと抵抗したが無視され、女性器に男根をねじこまれ、純潔を失った。
屈辱という意味を、彼は自分の身をもって知ることになったのだ。
皇族であるという誇りは、幼いながらに、あった。
自分の意思が完膚なきまでに無視されること、自分が涙を流したこと、行為を強要されたこと、正当な抗議が、不当な力でもってねじふせられたこと。
どれ一つをとってみても、心が燃え立つような憎しみに包まれる。
……あの頃、自分は本当に子供だった。精神的にだ。
大人が睦みあう意味も、そういう事をするのだという事すら知らなかった。
自分があまりに歳若かったから、兄が意識的に情報を遮断していたのだと後で気づいた。
自らの身で体験したあと、そういう目で見てみると、皇宮には、そういう情報が氾濫していたからだ。
そして自分が、その対象とされやすいのだという事も、自覚させられた。
そんな扱いをされても仕方が無いほどに自分は弱く、そしてそんな扱いをされたくないのならば、強くなるしかないのだと、思い知った。
力があれば、不快な人間の、ほしいままにされなくても良い。
そうして力を欲しがったが、自分の内には武器となるようなものは一つしかなかった。
人生で最大の屈辱を覚えさせられたことを、力を得るために、繰り返す。人はそれを滑稽というだろう。しかし、彼にとってそれは、選択の余地無い二者択一であったのだ。
その行為を繰り返すうちに、胸には静かに重く着実に、軽侮の念が積み重なっていった。自分に触れる相手に対しての。
憎悪はおぼえたこともない。
憎しみは、対等の相手としか発生しない感情であったからだ。
彼が憎んだのは、一人だけだった。後は誰一人、憎んだことはない。競争相手の兄姉には、憎しみは感じなかった。
皇宮、しかも皇族においては、刺客を送られるということは、憎しみを生むものですらない。ただの日常雑事の一つに過ぎないものであり、お互い様という言葉ですべてはくくられるものだった。
篭絡したなかには、それなりに尊敬していた相手もいたが、落ちた瞬間、軽蔑がとってかわった。
弱肉強食。皇宮では、力がすべてだ。
力がほしかった。もう、誰の力にも屈せずに済むような。
シンは顔を上げた。
唇は彼自身、意識しなかった嘲笑で鮮やかに彩られている。
「断る」
疑問の余地すらなかった。
改心しないかと、自分で自分に呼びかけてもなお微動だにしないほど、それは強固だった。
それは、言葉にするならば皇族としての責任感とか、そう呼ばれるものだっただろう。しかし、正直なところ、名づけなどはどうでもいい。
キールの公平な取引を拒絶させたもの、それは、彼という人格の一部を形成しているものだった。
キールは予期していたのだろう。悔しそうでもなく、爽やかな笑顔を見せた。
背を向けた。
シンもそれを追わずに、見送った。
キールが充分離れたところで、シンは踵を返し、いきなり走り出した。
森を疾走するには独特のコツがいる。なによりもその森をよく知悉していなければ、全力では走れない。
獣道には舗装の石などはないし、木の根は盛り上がり、足場は踏み固まっていない。脇から木の枝が伸びていて、それに足を引っ掛けると転んでしまう。
シンとキールの間には、いくつかの秘密の符牒がある。
枝を折る、はその一つ。
その意味は、「誰かがいる」。
会話はわからない距離、要注意、という程度の警告だが、キールはともかくシンにはそれでも充分、まずかった。
転移には痕跡が残る。振り切らないと、帰れない。
キールに協力を求めても無駄だということが判らないほど、シンはキールに対して無知ではなかった。
シンは息が切れてきたので一旦足を止め、樹にもたれかかって呼吸を整えた。
シンにはいきなり一目ぼれされ、後をつけまわされた経験など両手の指に余るほどある。そういう素人ならば、いいのだが、玄人だと大いにまずい。
……ここで、死ぬかもしれない。
人をたくさん殺した。
育ててくれた兄も裏切った。
ここで死ぬのは、正当な報いかもしれない。
シンは唇をかみしめた。
でも、死んでなどやらない。
問題は、相手の位置がさっぱりわからないということだった。
目立つ気配を提供してくれるほど、相手は親切ではないらしい。
かといって、自分は草の民ではない。この森のことを、隅々まで知っている、というほどのものではないのだ。
「―――シン? どうしたの、そんなとこで……」
声にはっとして顔を上げる。
信じられない、という気持ちをこめて。
「イール……」
キールと卵のようにそっくりな双子の弟が立っていた。罠等をいれた商売道具袋を背にたすきにかけている。
イールが何かに納得した、という風に頷いた。
「ああ、さては、また、キールと喧嘩したね。僕からキールに何か、言ってあげようか?」
「い、いや、いいんだけど……」
かすかな、違和感。
何故?
イールはにこ、と笑うと、「ちょっとごめん」と断り、シンが壁にしている樹に手をついて、覆い被さってきた。
はたから見ると、まるきり口付けだが、実際はイールはシンの耳元で囁いてきた。
「……誰か複数でじっとシンを見てるけど、誰? シンの護衛かなにか?」
「ちがう……。たぶん、敵だと思う。イールを巻き込んだらキールに殺されるから、ちょっと離れて」
言った瞬間、自分で額に手を当てた。
キールだったら、「ああそうか、自分の火の粉は自分で払え」とさっさと行くだろう。あれは間違いなく自分と同じ種類の人間だ。
大切なものと、大切でないものを残酷なほどはっきりと分ける。
大切でないと、境界線の向こう側と決めた相手が、死のうが生きようが、きっと、何とも思わない。そして自分は、間違いなく、「大切でない」側に分類されている。
しかし、イールに対しては逆効果だ。
「……シンからみて十二時の方向に一人、三時の方向に二人、六時の方向に一人、十時の方向に一人。完全に囲まれてるよ」
太陽も見えない森の中、東西南北で言われても、不慣れな者に森の中で方角を知れという方が無理だからだろう。イールはそういう言い方をした。
草の民はそろいもそろって気配にさとい。
森にも通じている。
イールはシンには分からなかった敵の人数と方角をぴたりと当てた。
「僕はこの森を隅々まで知ってる。この森は狭い無効地域と隣接しているんだ。そこまで行くよ、走れる?」
「走れるけど、方角を示してくれれば後は一人で行く」
シンはイールの目を見てきっぱりと言った。
「僕の力はあてにならない? 役に立たない? ちがうだろ。だったら頼ってよ。少しは。全部一人でしようとしないで。命がかかってんだよ? シンがそういうの嫌いなことは分かってるけど、ちょっとの間それを甕にしまって蓋しといて」
まなざしは真剣だったし、熱意にこもっていた。
シンには間違っても持てないものだ。
人の心をうつ、暖かく熱い感情は、皇宮では決して育たないものの一つだ。
貴重だ、そう感じてしまう自分は、たぶん、イールのようには絶対になれないだろう。
心の端で、惨めではない不思議な敗北感と寂寥感をかみしめつつ、シンは表情はいたって冷静に言った。
「……悪いけど、手出しはしないでほしい。これは、僕の、喧嘩なんだ。自分の始末ぐらい自分ひとりでつけられないようじゃ、この先どのみち死ぬよ。だから」
イールはその先を言わせはしなかった。
「い、や、だ、ね。ここでシンと別れて、それっきりだったら? 僕は友達を見捨てるような最低の人間だと、自分で自分に思わなけりゃいけなくなる」
「イールを巻き込んだら、僕がキールに殺される」
「あんの馬鹿兄貴には、僕が釘刺しとく。それでいいだろ。いいかげんにしないと担ぎ上げて行くよ」
ちょうどシンもそのときその案を考えたが、やめておいた。
イールを倒すには関節の二、三箇所もへし折ればいいだろうが、キールにそれがばれたら、絶対殺される……。
様子を窺っていた敵が行動に出る気配がして、シンは口論をそこで終わりにした。
「わかった。イール。行こう。先導して」
救いは、相手が「無関係な他人」を巻き添えにすることをよしとしない相手だ、ということだった。
イールと出会い、口論していた間、殺そうと思えば、二人とも殺して皮をはぎ、お祈りして食事にするぐらいは十分あった。
そうしなかったのは、「無関係とおぼしき、草の民の少年」が突然現れたせいだろう。
イールが木立の影の獣道に入り、なれた様子で走る。シンは外からはまったく分からなかった道を熟知している幼なじみに感心しながら、その後を素早く追った。
一番小型の砂時計を一回ひっくりかえすほどの時間、神経を要する障害物だらけの道の全力疾走をして、シンは木の根に足をひっかけて転びそうになった。
「シン、かつぐよっ、いいねっ!」
許可を取っている暇も惜しいのか返答を求めずにイールはさっさと背中を見せた。
しょうがないので首に腕を回し、体重を預ける。
とたんにイールは走り出す。
早い。
そういえば、水汲み、獲物の移動、作物の収穫……等々、草の民の日常は力仕事ばかりだ。
にしても、敵が「影」だといいのだけれど。
イールと一緒に仲良くしているところを見られた以上、捨て置けない。
影ならば主人登録を抹消して書き換えるだけで済むが、心のある人間だったら、死んでもらわなければならない。
シンにはそのことに関して罪悪感は、何もない。
あくまで勝ったとき、の話であり、負けたら同様の運命が自分に降りかかるだろう。となれば、どちらが死んだところで文句を言う筋合いもないものだった。
森が途切れ、薄茶色の褪せた線が見えた。
「……イール、崖」
おしゃべりは体力を消耗させる。
だからこれまでじっと黙っていたが、こればかりは聞いた。
シンは脳裏の地図をひっぱりだす。
森が、崖の稜線とつながっている部分はなかったが、たしか川は一本通っていた。
それが大地をえぐり、崖をつくったのだろう。……ただし、どう少なく見積もっても数千年前に。
草の民の領域の地図は、これだからいやなのだ。実に大雑把で。たしかに、町の人間には草の民の土地の様子など関わりないことだが、馬鹿にするなと言いたくなる。
まあ、暗記した自分の努力を返せっ。
……シンの怒りは結局この一言に収斂されるのだが。
「崖だよ。この下が無効地域。なーんも術使えないから、ちっとは有利になるでしょ」
魔力が使えぬ地域というのが稀にある。そこは不便なため、ほとんどの場合草の民の土地として開発もされずに手付かずになっている。
鉱石の鉱脈の磁力のせいだの、太陽と精霊の働きによるものだとか言われているが、定かではない。(精霊の働きは太陽によって活性化し、術無効の地域は太陽の日差しが非常に強い地域ばかりのため)。
まだ子供の自分たちは、術が下手だ。
だから術無効の地域までくれば、多少は有利になるだろう。
「ありがとね、イール」
シンはひらりとイールの背から降りて、首の後ろを手刀で一撃した。
くずおれた体を受け止めて、大地にやさしく下ろす。
「……巻き添えはいらぬ、とのことですか? 高貴な身分にふさわしい、潔い心構えでいらっしゃいますな」
それを待っていたかのように、木立から出てくる人間たちがいた。
「……」
口が腐る。
高貴なる皇族の若君は無言で、蔑みと示威の混ざったいつもの微笑をくちびるにのせた。
気圧される気配。
周囲を威圧する覇気、天与の美貌、人の視線を集め離さない呼吸。
シンはまちがいなく、場を読み、支配し、人の心を自分の意のままにする秘密を知る人間の一人だった。
相手は六人。
円環状に立ち、油断なくこちらを見ている。
これが影ならもう命がないところだ。
威圧も脅迫も通じない、機械のような無言の人間こそはこの世でもっとも恐ろしい。
まあ、六人もの影を自分ひとりに裂くのは、なかなかに難しいことだろうが。
「……」
「だんまり、ですかな。まあ、私めはそれでもなんら構いませぬが、せめて遺言なりとも残されてはっ!」
途中で言葉が途切れたのは、刃物が喉笛を切り裂き、続けざまに額の頭蓋骨を貫き、横に切り裂いたからだ。
皇族が武器を一瞬たりとも自分の身から離すなどありえぬことだ。手のひらほどの、小ぶりの刃物。接近戦では、それで充分。
一斉に飛び掛ってきた五人の関節、首筋、眼球を重点的に狙った。突きだし、手首をひねってえぐるように抜き出す際に組織に致命的な損傷を与える。
もちろんその間に何回も切りつけられたが、何のために皇族が馬鹿高い服を着込んでいるというのだろう。
皇族を傷つけることができるのは、影もしくは皇族だけだ。
皇宮では秘中の秘。皇族にとっては、常識である。
「ま、まて! これをみろ!」
シンは手をとめた。
その全身は吹き出した血で、雄雄しく華々しく点々と赤くなっていた。
二人が、気絶したイールの喉元に手をあてていた。
「それ以上何かすれば、こいつの喉をかっきるからな」
―――はっきり言おう。
脅迫には、事前の下調べが不可欠だ。
こいつらが、シンとイールの関係を知ったうえで脅迫をかけてきているのならば妥協か降参しか道はなかったが、ただ単に、さっきからほんの少しの間、一緒にいたところを見ただけだ。
彼らがナギ家との交際を知っているはずはない。シンはこの件が自分の弱点であることを充分に承知していて、隠蔽には全力を注いできた。
知っているのは、兄と、父だけだ。
そう、シンにはイールは絶対に見捨てられない。それを、彼らは知らない。
シンは一瞬だけ目を閉じ、開けた。そして笑った。
憎しみすらわくほど傲慢で、おごりたかぶった顔。
言葉よりはるかに雄弁に、それは、「そんな一般庶民、どうとでもすればいい」と言っていた。
「……どうぞ? ただし、それが誰なのか、知っているのか?」
引きつり笑いをしながら、その人間たちはイールの顔を見た。
「は……だれだっていう……、げっ!」
「知ってるのか?」
「き、キール・スティン……し、ししし、シミナーだっ!」
動揺している心の間隙に付けこんで、シンはたたみかけた。
「そうだ。シミナーを殺す度胸があるのか? シミナー殺しは大罪中の大罪。皇族ですら罪はまぬがれない。地の果てまでも追われるだろう。お前の雇い主も、連座はまぬがれない。さぞ面白い叱責があるだろうな。お前の行きすぎのおかげで私までも身の破滅だ、約束の賃金などあるものか、といったところか?」
「く……」
「で、でも、このままこいつをさらっちまえばいいじゃねぇか。シミナーの身柄なんざ、いくらで売れるか……」
「ばかやろー! シミナーにはな、ごまんと護衛がついてんだ。そんなことをしてみろ、明日にでも俺たちの死体が発見されらあ!」
ご名答。
ただし、それをするのはキールだし、あいつは死体の原型をとどめておいてくれるほど、優しくもないが。
シンを睨むように見て、しかし人質は離せない。
シンも余裕を装い、平然と構えているが、手は出せない。
相手は二人いるのだ。シンが一人を殺しても、次の瞬間もう一人がイールに害を及ぼすだろう。
シンは膠着状態を打開する策を口に出した。
「金貨、三百」
ぱっ、とシンは手の中に皮袋をとりだし、中身の黄金色をみせた。
ごくり、と生唾を飲む音が聞こえてきそうだった。
「お前に仕事を命令した者の名と、お前たちの命を買おう。言えば逃がしてやる。言わなければここで殺す。……誰だ?」
「……モ、モルスター伯爵……」
少々意外な名である。
「……なるほど」
シンは皮袋を二三度手の中で弾ませると、十歩ほど離れたところに投げた。
袋は木にあたり、金属がこすれあう響きをたてて落ちた。
「だましたな!」
「貴様のような下賎な者と一緒にするな。約束は守るものだ、高貴な者にとってはな。金が欲しければそこのシミナーの子供から離れろ。そして二度と私の前に現れるな」
視線がからみあう。
氷のように冷静な微動だにしない眼差しと、焦りと欲と恐怖で濁った眼差し。
勝負は決まっていた。
「……お前は金を拾え。俺はがきについてる」
転移は戦闘には向かない。
発動から発効まで三十秒はかかる。その間まったくの無防備になるからだ。
だから転移で金を拾うのは馬鹿のやることだった。
「私の言葉を、正しく理解していなかったようだな」
「へへ……っ、失礼ですが、俺の経験では高貴な方ほど平然と大嘘をこきやがりますからね」
「殺すこともできない切り札、脅しとわかりきっている脅し。そんなものに意味があると思うか? そんなものに後生大事にしがみついて、折角の私の気まぐれを無駄にするのか? 私は今、かなり気分を害したぞ。この場でお前たちも一緒に殺そうかと――思っている」
シンはにやりと笑った。
相手の、何度も修羅場をくぐりぬけてきたのだろう額に大粒の汗が浮かぶ。
これは、極限での駆け引きだった。
「……何といわれても、これだけは妥協できませんな。口約束なんてものほどあてにならねぇものはねぇ。でも、貴方様は今じっさいに攻撃をなさらねぇ。それは、俺がこの子供を抱えているからだ。ちがいやすかい? さ、拾いにいけ」
「え、でも……」
「いいから拾え!」
「わ、わかったよ」
拾いに行く、といっても、たった十歩ほどの距離だ。非日常の場では長くとも、日常では五秒もしないうちに届く距離にすぎない。
二人が一人ずつになり、金袋を拾った瞬間、シンは動いていた。
投げた刃物が金を取ろうとした人間の延髄に突き刺さる。
間をあけず、もう一人の相手の間を一瞬でつめて、喉元に刃を柄まで。切り開くように横に滑らせる。
とどめに、額を一撃。
「……賢かったな。その通りだ」
シンは死体を地面に放り捨てて、死後のはなむけの言葉を贈った。
陥穽にひっかからなかった相手に対する。
高貴な人間の約束ほど、あてにならないものはない。
しかし、イールから引き離せなかったつけは、高くついた。
血しぶきが顔に飛んで、イールがまぶたを震わせる。あわわわ、と思いつつも、できることはなにもない。
イールが目をさまし、ゆっくりと体をおこして……真っ先に目に入ったのは、苦悶の表情の死体。
「……なにこれ」
のどかな、場違いともいえる言葉だった。
イールが周りをみれば、死体がほかにもごろごろしていた。
血、血、血。
目を見開いて、動かない人間たち。
「……シンがやったの……?」
誤魔化そうにも、この服ではどうしようもない。
うなずいてみせた。
しかし目は、冷静に観察していた。その一挙一動を。
「なんでっ!? そりゃ、正当防衛だけど、そりゃ、負けたらシンが死んでたんだけど、そりゃ、……僕が、気絶させられていたんだけど……。一人で六人も相手にする羽目になったシンには、手加減する余裕なんて、なかったよね……ごめん……」
手加減する余裕もあったし、イールを気絶させたのは自分なのだが、シンは黙っていた。自分の弱点を知られた以上、生かしておけなかったのだ。
はっとイールが叫ぶ。
「シン、あぶない!」
銀色の光がシンめがけて一直線をえがき、イールが手と足で跳ぶようにしてその軌道に入り込んだ。
「ばかっ!」
とどめを刺す暇がなく、最初に倒した四人の中に生きている人間がいたのだ。イールがシンをかばわずとも、シンは無傷だっただろうに!
刃は左肩に突き刺さり、イールはそのまま後ろに倒れた。
後ろは、崖である。
とっさにシンが手をのばして落ちるのをとめようとしたが、自分と同程度の体重を左手一本で支えるのは無理があった。
関節に軋み音がしたその半瞬で、シンは自分の腕がもたずにイールが落ちることを察知する。決断は即座で、わずかの迷いもなかった。
シンは自分も地面を蹴ってイールを胸に抱き込むと、諸共に落ちた。
下は大人数千人分の背丈の、空白である。
いつもはここには何も書かないんですが、あんまり2との間があいたので……。
あいたっつっても二週間ぐらいですけど、こーゆー続き物では、間の間隔が命ですからねぇ……。
先の予定はだいたい立ってますが、実際の枚数に換算するとどれくらいかは分かりません。なんせ、パソコンで打つ初めての小説なのです。あーしんど。
指使いがー、ちがうー。変換ミスがー。確定キーと変換キーが見事に逆なんですー。確定しそこねたり、変換しそこねたりー。ああーっ。
という状態なので。
でも、遅れた最大の要因は、
「すみません。サバッシュ2が遂に復刻され、遊びほうけていたなどとは言いません」