性分化後の混乱 イールバージョン
シンが立っていた。
長い髪は光の粉のように輝く新雪の色。風のいたずらに任せるまま揺れている。傍らには大木。樹齢数百年の大きな木。
抜けるように白い肌。女の性別を選んだ誰よりも肌理がこまかく、ほくろもしみも吹出物一つない陶器のような肌。
イールはぽやーっとして幼なじみの姿を見ていた。……美人…だなぁ。
立っているだけで、それすら絵になる。風に吹かれまといつく髪を指で払いのけるしぐさ、髪をまとめる仕草の一つ一つが優美だ。
「―――イール、どうかした?」
じいっと見ていたら、さすがに不審に思ったのかシンが尋ねた。
「あっ、う、ううんっ! なんでもないっ」
最近、妙にシンがきらきらしい。
美人だという事も、華やかだという事も知っていた。でも、こうまで彼は美しかっただろうか。否応なく人の目と、心までも奪うほど。
視界の隅に入っただけでも、体は勝手にその姿を追い、焦点はいつの間にかシンにぴたりと合わさっている。
シンが心配そうに覗き込んでくる。
「……なんか、最近、変だよ?」
そりゃそうだろう。
イールはため息をつくと強引に視線を引き剥がし、立ち上がった。
「悪い。ちょっと、気持ち悪いから寝るよ…」
病気など滅多にない丈夫さを知っているシンはやたらと心配したが、振り切って寝室に行った。
「イール。シンが心配してたぞ。病気だって?」
声にはからかう口調がある。
「……キールぅ……」
イールは待ち望んでいた兄の帰りに、毛布を剥いで体を起こした。
事情を聞いたキールは一言。
「………………恋か? あれはやめとけと」
「ちーがーうっ! キールは同じようなことない?」
「あるある」
キールはくすくす笑っていた。
「でもそれはシンが変わったんじゃない。俺たちが変わったんだよ。性別ができるっていうのはそういう事」
キールは弟の額を指で弾いた。
「性的欲求をもって、相手を見るようになる。お前、シンを抱きたいと思ったんだろ。だからきらきらしい」
―――。
赤裸々な言葉にイールは真っ赤になった。布団の中にもぐりこむ。
が、ある事に気づいて頭をだした。
「……キールもそうなんだろ?」
「お、よく気づいたな偉い偉い。視界にこれまでなかった色が足されたように鮮やかになる。んー、はっきり言ってしまえば性的誘惑を理解できるようになるし、性的欲求を感じるようにもなる」
「……僕は、シンが好きじゃない」
「別に、かんけーないの。そういうのは。あいつに対してきらきらしない奴はいない」
「キールも?」
「……いやにからむな。なるよ。でも俺はあれだけは勘弁したい。…シンの肌、白くて綺麗だよな。肌理が細かくて、すべすべしてて体毛が薄い。あの肌に触れて、唇で味わって、体の下に敷いたら気持ちいいよな。それにあの顔。抱いたらどんな風に顔を歪めるのかな。体中傷だらけにして苦痛に喘がせたら。快感と苦痛を、どんな風に受けとめるのか、見てみたいと思うね」
「……キール……。よくもまあ……」
「なんで? お前、思わない? 力ずくで抵抗ねじ伏せて無理矢理犯してやったら、どんな風に鳴いて、あの悟りすました顔がどんな風に変わるのか、俺は見てみたい」
「……あああああっ! シンごめんっ」
頭の中で膨らんでいく妄想にイールは寝台につっぷして謝った。
そんな弟にキールは意地の悪い微笑を浮かべている。
「おまえ、シンに迫ったら? 割合簡単にあいつ落ちるぜ。お前の事好きだから」
「やだシンに悪い。僕はシンが好きじゃないのに」
「……即答したな、えらいえらい。お前はいつまでもそのままでいてくれ」
「……キール、シンにまさか…」
「あのな。あれが大人しく犯される奴かっつーの! だいたいあいつと寝たいのなら貸しを盾に抱けばいいだけの話だろ。俺はあいつに…八つか。貸しつくってるし」
「…それもそーか。でもキール。これから、ずっとこうな訳? 僕はシンに軽蔑されるのやだなぁ」
「別に、イールが自分に欲情していると知ってもあいつは冷笑で済ませると思うけど」
「そ、れ、が、嫌なんだよっ! 友情は感じているし放棄もしたくない」
「遊び相手としちゃ、あいつ極上だけど。体も顔もいいし、上手いし」
「だーかーらぁ! ……なんでそういう事を平然と言うんだろぉなあ…」
「反応が可愛いから」
がくりとイールは首を折った。
「……シンもこうなのかな?」
「ちがうと思う。体を投げ出してくる相手には生まれてこの方不自由したことないだろうし。何より、……あいつ、誰かと肌を合わせたいって思った事、生まれてから一度もないだろうな」
「……確かにシンがさかってる所って想像できない」
流れる清水のように綺麗で、優しいのにどこか冷たい感触がする友達だった。
「ともかく、それが大人の視点なの。性的欲求を持つようになって、そういう視界で、人を見るようになる。一生変わらないから、覚悟しとけ」
キールはふとイールをながめ、言う。
「、……イール、俺と一緒に娼館来る?」
言葉が理解できるまで、結構かかった。
「………なーるほど」行ってたのか。
「娼婦抱くのが嫌なら、誰か口説けば? イールは俺の自慢の弟だし、絶対誰かひっかかると思う」
「…この顔で?」
「……まあ、顔はおいておいて」
他人ならひどい言い草だが、同じ顔のキールなら許される。双子は、客観的に見て、決して酷い顔ではないのだが、幼少から近くにいた人間が最悪だった。
どれほどの美人でも、幼なじみと並べば芋や大根の根菜になってしまう。
イールは、シンと比べた時の自分の醜さしか知らなかった。キールもだろう。
ついでに言えば、美の基準もたいそう狂っていた。町一番の美人も、双子にとっては緑黄色野菜だし、容姿への誉め言葉を貰っても彼らの置かれている立場と己れの容姿の不出来さを考え、おべんちゃらと取っていた。そしてそれを見る人々は謙虚と受け取り、否定せず……誤解が誤解を招き、誤解を振り撒いていく一例である。
「キールはもてるのに、なんで?」
「面倒臭い。一度寝ると付け上がるし、それに、悪いだろ。こっちは体の欲求晴らしたいだけなんだから。それぐらいなら金払ってスッパリその場かぎりの関係の方がいい」
「あ、…確かに。じゃ、僕も行く。もちろん、おごってくれるよね、キール」
「…いーけどね」
そういって苦笑するキールは明らかに「お兄ちゃん」の顔をしていた。
イールバージョンということは、当然もうヒトカタのバージョンもございます。
2002 6/6 up