生贄募集 2
朝。
マイはニワトリならぬダチョウの声で目が覚めた。
この辺りの地域では、家畜としてダチョウを飼育している。
はじめて見たときはびっくりしたものだが、何でも知っている百科事典なみの頭の相棒いわく、
「ダチョウは家畜に向いている」
のだそうだ。
肉うまい。
皮、上質。
羽毛、上等。
飼料効率がいい=少ない飼料でめきめき大きくなる。
ほとんど鳴かない(マイが聞いたのは稀な声)。
飼いやすい。
以上、ダチョウの利点はかなりあるのだそうな。
ダチョウ農家にむけて歩きながら、ふと思い至る。
(そういえば、この世界原産の生きモンって、見ないなー)
この世界に来てずいぶんたつが、今気がついたが、この世界にあって、マイの世界にはない生き物というのをマイは一つしか見ていない。
魔物だ。
異世界というからには、もうちょっとこう、オリジナリティあふれる生物があふれても、と時々……思わない。
その一つがあれば十分である。
その日の朝。
起き出してきた相棒に、マイは農家から貰ってきたダチョウの卵を見せた。
「もらってきたよー」
屈託なく笑う、よく日焼けした肌の健康的な美貌の青年をその相棒はちょっと見て、それから苦笑ぎみに口元をほころばせた。
マイは、食べ物をよくもらう。
太陽の色の肌をした細身の美貌の青年に笑顔で「実は僕、こう見えても良く食うんだよー」と気安い態度で言われたら、気のいい人間ならちょっとおまけしてやろうかという気にもなるし、下心のある人間は人間でプレゼントしたくなるだろう。
ダチョウの卵は大きい。マイの掌より少し小さいぐらいである。厚みは三倍以上だ。
「ニワトリ卵なら丸呑みだけど、これはゆで卵がいいかな?」
「パン買ってくるから、焼き卵にしよう。パンの上に乗せて食べた方がうまい」
半熟状態の卵をパンの上に乗せる。パンが白身の多すぎる水気を吸い取ってくれて、なるほどと感心した。その上に塩を掛けると、パンのうまみに卵のうまみが加わって、実にいい感じだった。
普段より豪勢な朝食を終え、さて、とマイは切り出した。
「どーしたい、シュレイル?」
話の内容はもちろん決まっている。
昨日の生贄制度をやめたいだどーのこーのだ。
シュレイルは普段どおりの顔で言った。
「俺たちは部外者だ。かかわる必要もなければその気もない。この町の事情に、首を突っ込む気はない」
―――俺たちはよそ者だ。この世界の事情に関わる気はない。
終始一貫、変わらぬスタイル。
「ふむ、まあ、それが妥当だよね」
僕も賛成、と返して、それで解決だった。
正直言って、たまたま寄っただけの愛着もなく関係もない町の問題に介入したくないのだ。
ただでさえ、他の世界に一方的に呼びつけられたのだから、この世界の面倒ごとをこれ以上担わせるなといいたい。
―――結局のところ、行商人がどれだけ正論を連ねようが、関係ないのだ。
ふたりとも関わる気は無い。
マイもシュレイルも、旅人だ。
そして旅人は、優先順位をはっきりつける。つけなくては生きていけないからだ。
お互い、優先順位の第一位は自分自身で、それに次いでお互いがある。
見知らぬ他人のために自分が死ぬようなことがあってはならない。それほど安い命ではないし、それほど自身を粗末にもしていないし、自分をいとおしむ心が少なくもない。
マイは扉に目を向けた。
それから数秒して、声がする。
「あの……入ってもよろしいですか?」
応えたのはシュレイル。
「どうぞ」
入ってきたのは、粗末な麻布のローブを頭からつま先まですっぽりかぶった女性(所作からそれとわかる)と、その手を引く三十前後の男性だった。
「失礼します」
礼儀正しくそう断りを入れる。
テーブルはひとつ。椅子は二つ。
マイは座っていた椅子を立って、シュレイルの隣に立った。
シュレイルは座ったままだ。たずねてきたのは向こうなのだから、そこまで譲る必要を認めない。
男性は女性を椅子に座らせると、単刀直入に切り出した。
「お願いします。私たちを、リ−ベントの街まで連れて行っていただきたいのです」
マイは脳内でぱっと地図を広げる。徒歩だと、かなりかかる距離だ。
マイとシュレイルの二人なら健脚にものを言わせて無理もできるが、素人二人を連れての道のりは、相当かかるだろう。
シュレイルが穏やかに問う。
「報酬は?」
そう聞くと、戸惑ったようだった。
「あの、グローブさんから、あなた方は快く手助けしてくださると……」
人に無断で勝手なことを吹聴するな。
昨日あんたの話は聞いてやったが、何かをすると約束した覚えは無いぞ。
「それは彼の考え違えです。われわれは報酬で動くのであって、それ以外はありえません。彼の元へ戻って話が違うと抗議してきてください」
シュレイルのにこやかな笑顔は時折強固な壁にもなる。
笑顔のままぴしりと言った。
「ではお帰りを」
男性は声を上げてすがった。
「ま―――待ってください! 私の話を聞いてください! 我々はこの町で次に生贄になると決まった人間なんです!」
―――やっぱりね。
うすうす感づいていたので、驚きはしない。
それより、その一言で同情を買えると思っているほうが哀れになる。
シュレイルも同感らしく、冷静に言った。
「だからなんですか?」
「な……」
「旅人なんてやっていれば、いろいろなことを見聞きします。我々自身が訪れた村で生贄にされかけたことは枚挙に暇がないほどですし、これから生贄になるんだという人間も見ました。魔物の食事中に行き合わせたことも数限りなくありますし、魔物に襲撃されている最中の町も、滅ぼされた町も、見たことがあります」
シュレイルはとどめをぐっさりさす。
「生贄制度は今回が初めてではないでしょう?」
その通り。
普通に考えればこれ以前にも生贄になった村人はいたはずだ。その人々を見殺しにしてきた彼らが、今度は自分の番だからといって、他人の同情を得て当然だとは思わない。
紙のように青白い顔色がすべてを物語っていた。
シュレイルは微笑する。
「それに、あなた方がいなくなれば、また別の人間が生贄になるはず」
揺るがしようの無い、それが現実。
唇を結んで、彼はうつむいている。
年はシュレイルよりも上だが、相手が悪い。シュレイルの前では大抵の人間が子どもに見える。完全に、貫禄で負けていた。
「それを正義といえるでしょうか? あなた方にとって大事なのが自分たちのように、我々にとっても、正義や悪よりも、大事なのは目に見える報酬です」
そのとき、細い声が割って入った。
「―――では」
マイは、今まで口を開かず黙していた女性に目を向ける。
「では、差し出しましょう。私たちに差し出せるすべてを」
隣の弟に眼をやる。
「……姉さん、でも」
「出さなくては、駄目よ」
「……わかった」
並べられたのは、銀貨十枚。
庶民の半年分の収入に相当する額だ。
女性は促す。
「ほかにも」
「……ん」
気が進まない様子で、それでも言われたとおりに男性は一枚の書面を差し出した。
「この銀貨はうちの家畜のすべてをグローブさんに買ってもらって作ったお金。そしてこっちは、うちの土地の権利書です」
「換金不可能だろう、それは?」
生贄候補がいなくなれば、他の村人が犠牲になる。
その事実が揺らがない以上、逃亡のうかつな手助けをして自分が生贄にされたくない村の人間は、生贄の土地など買わない。
「グローブさんが買ってくれることになっています。約束、しました」
この町の人間にとって、行商人は作物を買って運んでくれる大事な大事なお客様だ。シュレイルたちとはわけが違う。
グローブが土地の権利書を買い取り、その権利書の権利を主張したとしても、文句はいえないだろう。
「いくらで買ってくれることになっている?」
「家具、施設すべてこみで銀貨22枚」
うっわー、びっみょー。
……というマイの声が聞こえたのかは知らないが、細い声がした。
「それと……わたし」
「姉さん!?」
ぱさりと、フードを下ろす音とともに現れたのは、ぬばたまの髪と雪のように白い肌をした、驚くほどの美女だった。
ちなみに、マイもシュレイルも感慨はない。いろいろなところを旅してきた彼らはもっと美人を知っているし、マイは女性だしシュレイルは堅物だし。
勇気を振り絞ったらしい震える声でいった。
「わたしをあげます。好きにして下さい。奴隷として売るもよし、あなた方の欲望の処理に使うもよし」
「人身売買は後味悪いからやらないことにしている」
「では、端た女としてお使いください」
「マイひとりでことたりる」
シュレイルは物柔らかに言った。
えー、あのー、その。
マイは、そういう視線が集まってくるのに指先で額を押さえる。その仕草は彼らには「照れ」にみえたろう。
男色家はどこの世界にもいる。
そしてマイは、細身の美形で男色家でない男でもどきりとさせられる色香があり、いかにもという外見をしている。
姉弟はすっかり彼らのことを男色趣味なんだと納得したようだった。
……そういうこというのなら一度で良いからまともに手を出せといいたいが、こらえる。
シュレイルがマイを盾にするのは今に始まったことでもないし。
「私が持っているすべてを差し出しますから、どうか、弟を無事な場所に届けてください」
「姉さん! 駄目だよ、二人で逃げるんだ。逃げるんなら、二人でだよ!」
ウツクシイ兄弟愛が繰り広げられている一方、マイたちはうんざりしていた。
まだこっちは引き受けるとは一言も言ってないんですが。
シュレイルがたずねる。
「……マイ、どうする?」
「あーうー、うーん。ほっといてうっちゃってどっかいきたいなーとか僕としては思うんですが、ここで見捨てたら後味悪くなりそうだねえ……」
「娼館に売るにしたって後味悪いし、奴隷商人に売るのはもっと後味悪いし……」
あの美貌だ、奴隷商人に売ろうものなら、真っ先に商人自身が手をつけるだろう。
いや、別になれちゃえば平気だけどね? こっちから楽しむ気になれば楽しいモンなんだけど。
マイは自分が「慣れる」までの日々にちょこっとだけ思いをはせる。
目と口で相談しあい、結論を出す。
シュレイルは言った。
「グローブに、交渉してください」
「え……っ?」
「彼に、ご自慢の荷馬車をひく馬を貸してくれるよう頼んでください。二頭」
「で、でも私は馬に乗れませんけどっ?」
「俺もマイも、人間一人かかえて乗れます。ご心配なく」
異世界に来てから、必要に迫られて技能がいろいろと増えたマイは黙って頷く。
「で、でもあの人にこれ以上迷惑を掛けるわけには……」
シュレイルは目を合わせる。
女性の息が、はっと止まったのが伝わった。
彼はゆっくりと言う。
「人を助けるには、そうしようと他人に薦める人間には、犠牲を払う義務がある。真っ先に犠牲を払う義務がある。少なくとも、自分ひとり安全な場所で、黙ってみているなんてことは許されない。あなた方の土地を買い取る値段も、特に高値ではない。彼は我々を焚きつけ、あなた方に嘘を吹き込んでここへよこした。彼には犠牲を払う義務があると判断する。彼に泣きついて、乗り物を提供してもらってください。馬二頭。決して少なくない犠牲だ。彼がそれでもあなた方を助けるというのなら、俺は彼の本気を認め、その意思を尊重しましょう」
「……本気、ですか」
「人間が本気で他人を助けようとしているのならば、それに応じるぐらいの義侠心の持ち合わせはある、ということです」
シュレイルはしなやかに、机の上で手を組む。
「―――俺は、人間の美しいところも醜いところも、どちらも見てきました。大抵は醜い。でも、中には美しい部分も存在している。その美を俺は尊重し、貴重に思い、素晴らしいと感じています。彼が、同じものを俺に見せてくれるのならば、多少の損は覚悟して、あなた方に助力いたしましょう」
おおよそ完璧に見えるシュレイルにも、悪癖というものがある。
それは、人間の中の美しいものに弱いということだ。
時としてほだされて、採算度外視大損の行為すらそれに免じてやってしまうので、マイとしてはちょっぴり頭が痛いが、もっとどうしようもないことにそういうところも好きなのでしょうがない。
これ以上の譲歩を引き出そうとしてか、女性がマイに視線を移す。
すがる目が言っていた。―――助けてくださるでしょう? こんなに可哀相で美しい私なんですからと。
「でも……あの人は行商人です。馬がなければ動けません。商売もできない。それに、私たちと同時に馬が消えれば、誰もが理解するでしょうあの人が私たちを逃がしたと。村人はそんな彼にひどいことをしないでしょうか?」
「する可能性は高いですね。だからこそ、価値があるのです」
「そんな……そこまでの善意を要求するのは、傲慢というものでしょう!?」
マイがのんびりと口を挟んだ。
「盗まれたって思うとおもうよ?」
「マイ、盗まれるまではいいとして、馬が戻ったことをどう説明するんだ?」
「魔物は馬食べないから、人間が襲われて馬だけ飼い主のもとに戻ったってストーリーにすれば?」
「―――そういうストーリーで、グローブを説得なさい。それで彼が頷けば、俺たちも今回の仕事を引き受けましょう」
これ以上の譲歩は無理だと、悟ったのだろう。
涙がいっぱいにたまった黒い瞳が、二人を見つめて、そしてうなだれた。
§ § §
マイは二人が出て行った後、椅子に座るシュレイルの髪を軽く引っ張る。
「シュレイルのもろ好みじゃない?」
「俺の? どこがだ」
「顔の良さと、黒髪と、髪が長いところ」
「…………マイ、この世界の美人の女性はすべてそれが該当すると思うぞ。この世界に黒髪以外の人間いないし、女性で髪が短い人間は滅多にいないし」
「リィーネさんと同タイプじゃん」
「馬鹿いえ。俺の好みは厳しいんだ。あんな内面腹黒の毒狐はお断りだ」
「あ、シュレイルもやっぱそう思ったか」
マイはうんうんと頷く。
「自分は病弱だからって全部弟に押し付けて弟を悪役にして自分は綺麗でいる根性がひん曲がった人間は好みじゃない。あと、こんなに美人で病弱な自分をいたわれ、いたわらないほうが変と思っている女はもう問題外」
人を見る目には自信がある。
マイは自分の鑑定とシュレイルの鑑定がほぼ一緒だったことに頷いて、くすくす笑う。
「グローブは本気でただ助けようと思っているのかな? それとも女狐に騙されて惚れてるのかな?」
「さあ? どっちにしろ、馬二頭俺たちに預けるのはリスクが大きい。それだけの覚悟があるのなら、助けてやるさ」
「まったく、シュレイルは人がいいなあ。ま、その人の良さのおかげで助けられた僕が言うのもなんだけどね」
そこで、マイは、あけすけに聞いてみた。
「シュレイルさあ、あんな美女に言い寄られて、ちっともよろめかなかったの? ホントに?」
「……俺の好みは」
背後から、首元に手を回してだきつく。
耳元で吐息に含ませて囁いた。
「厳しいのは知ってるけどさ、彼女はそういう風じゃなくて、性欲処理の道具としてでいいって言い方じゃん。てか僕に手を出さないというのがそもそも変」
シュレイルは額に手を当てた。
「真性の男色家かなと思ったこともあったけど、男を相手にしている空気とかも感じたことないし。性欲処理どうしてんの? 僕がいつでも喜んで相手してあげるよ?」
「マーイ!」
「そうやってはぐらかさずに。僕は真面目に聞いてんの。一体どうして三大欲求って呼ばれてると思うの? 食欲や睡眠欲と同じぐらい、ないがしろにできない大きな欲望だからだよ? 処理を誤ったらたいへんなことになるんだよ?」
イミ。
欲求不満の相棒が、「登山直後の男はすべての女が美女に見える法則」によっておかしな毒女に引っかかったら困ります。
遠まわしの意味は、頭脳明晰なシュレイルにはちゃんと伝わったらしい。
「……不自由感じたことも欲求感じたことも無いから安心してくれ」
「そこが不思議だ。したくならないの? シュレイルは。特に戦闘のあととか」
高ぶった血を鎮めるために―――マイは決まって男を誘って寝る。シュレイルをイの一番に誘うのだが、乗ってくれたことは一度も無い。
「ならない。……俺はそのあたり変なんだよ」
シュレイルの声のトーンが変わる。
「子どもの頃から、俺はそういう意味で他人をほしいと思ったことがない。身体的には正常だ。けれど頭のどこかにスイッチがあるような、そのスイッチが入らない限り絶対その気にならないような、そんな感じだった。よく不思議がられたけど、無闇やたらと欲情している友人たちの方が俺には不思議だった。それは今でも変わらない。―――ってことでいいか?」
「うーん。了解ということにしておきましょう」
する、と首に巻いた腕をほどく。
「じゃ、リィーネさんにはスイッチが入ったわけだ?」
「そう」
「以前スイッチが入ったのはどんな女性?」
「女性とは限らない。性別で差別はしない主義」
マイは硬直した。
慌てて聞かなかったことにしようと脳が提案してくるがもう遅かった。
しっかりばっちり聞いてしまっていた。
「……ってことは」
シュレイルは性格の悪さなど微塵も感じさせない笑顔で言った。
「男も、女もいたよ」
人生ほんとに、知らない方がいいことというのはあるもんだと、マイはしみじみ実感した。
つづきます。多分次でおしまい。
2007/05/28 up