生贄募集 

 
 生贄募集。

 そう書かれた立て札を眺めている二人の青年がいる。
 種類は違うが、ふたりとも衆目をひく美形である。

 普通より頭一つは高い、ずば抜けた長身の青年はその身長にそぐった体格で、知的なまなざしと整った顔立ちは若さにそぐわない落ち着きをただよわせている。端正な面立ちは穏やかで優しそうだが、気弱げには見えない。
 年齢は二十代と見えるが、三十代後半といっても通用するだろう物腰だった。

 もう一人の青年は鋭利な刃のような雰囲気を漂わせている細身の青年だ。
 一見してその華やかさに目を射止められてしまい、なかなか目を離せなくなる人間がまれにいるが、典型的だった。
 つややかな黒髪、潔癖そうなラインを描く頬。
 もう一人の青年が穏やかさでくるみこむタイプなら、これはその逆。刃で人の心を切り裂いて離せない危険な魅力にあふれていた。

 良くも悪くも一目を引く二人の青年が見ている立て札は、生贄募集の札である。
 このあたりの識字率は、高くもないが低くもない。
 だいたい半分ほどだ。
 そのため、看板には字のほかに、絵で内容を示していた。
 人間のすがたと、等記号と、銀貨三十枚が書いてある。
「銀三十ね……」
 細身の青年がつぶやく。
 つい皮肉っぽい口調になってしまったのは、いけにえ募集という内容のせいではない。
 そんな立て札ならいくらでもある。
 元の世界の知識と、つい符合してしまったせいだ。

 隣に立っていた仲間が、ちらりと視線を送った。
 もちろん意味はわかっている。―――うかつなことをいうな、だ。
 この世界でキリストの値段を知っているのは、異世界人だけなのだから。

     § § §

 安価な食堂を町の人間に聞くと、彼らの姿にうっとりした顔をしたあと、こころよく教えてくれた。
 店に入り、安くかつ量のある料理を聞いて注文する。注文をとりにきたのは男だったが、細身の美貌の青年の笑顔に頬を赤く染めて、去っていった。
 細身の青年―――マイはいう。
「通貨が共通で、助かったね」
「ああ。どこまでつづくかな」
「価値、暴落だもんね。屑にはならないけど」
 銀貨や金貨には、本物の金銀が含有されている。
 しかしその量は、貨幣の価値よりずっと低いのだ。
 持っている通貨が使用されていない地域に入った場合、貨幣の価値はなくなる。しかし、金銀が含まれているので、不純物の多い銀塊、金塊としての価値は残るのだ。
 通常よりかなり量の多い料理が運ばれてきた。
「うん、美味しい」

 マイは嬉しそうに口をつける。その顔は心から幸せそうだ。
 見ている側もお腹がすいてくるぐらいに美味そうに幸せそうに食べるその姿は、好ましいものとして大抵の人間に目に映る。
 相棒の青年も同感だったようで、目がやわらいだ。
 ぽつりという。
「……生贄、か」
「珍しくもないじゃん」
 マイは気軽に言い放った。
 本当に、珍しくもない話だ。

 さてここに一匹の魔物がいます。戦っても勝てません。魔物はえさを要求します。
 えさとなるのは人間です。魔物は人間をさらって食べます。そのたびに町を襲撃して、町の壁は壊れ、家は壊れ、人間が傷つき、死んでしまいます。死ぬのは大事な働き手の男ばかりです。
 えさとなるのは男でも、女でも、若くても、年寄りでも、いいのです。人間なら。
 だとしたら―――町を壊され、怪我を負わされ、大事な働き手を殺されるより、何の役にも立たない人間を差し出したほうがいいのではないですか?
 大家の主人が殺されるより、奴隷が殺された方が良いですよね。

 人間がそういう風に命の値段を勘定するかぎり、生贄という考え方がでるのは時間の問題だったろう。
 マイはたずねる。
「募集要項は?」
 マイは文盲で、字が読めない。相棒のシュレイルは読める。
 絵だけでも大意は伝わったが、細かなところはやはり字の読める人間でないとわからない。絵で示せる情報は限りがあるのだ。
「体重が60ダースン(約五十キロ)以上の人間。複数でも可。年齢、性別問わず」
 複数でも可というのは文字通りだ。
 年寄り二人でも、子どもが五人でも、合計して規定の体重以上ならいいということだ。
「魔物一匹殺してもってこようか?」
 魔物は、人間と魔物しか食べられないから、人を襲う。
 魔物には魔物なりのモラルがあって、人間よりよほど倫理観が発達しているらしく、よほどの場合以外魔物は魔物を襲わないのだ。
 些細なことで仲間同士簡単に殺しあう人間よりよほど人間もとい魔物ができている。
 しかし、それは生きている間だけで、死骸となったら魔物は仲間の死骸も食べる。
 つまり、魔物の肉は人肉の代用になる唯一のものなのだ。

「そうだな、路銀も足りないし」
 どこぞのよくあるRPGのように、「生贄要求する魔物を退治して万事解決」という発想は二人にはない。
 以前マイはそれを提案したことがある。ここではない町で、初めて生贄の話を聞いたときだ。
 大抵の魔物には勝つ自信があったので提案したのだが、意味がない、と切って捨てたのはシュレイルだった。
 大きな丸をひとつと、その中にちっぽけな点を書いて、言った。
 ―――マイ、この大きな丸が魔物の勢力圏で、この比較にならない小さな点が人間の町。勢力圏内に魔物はひしめきあっている。この町の魔物を殺したとして、魔物の勢力圏から別の魔物が来るだけだ。その魔物も殺すとして、その次は? さらにその次は? 延々この町に縛られて、どこにも行けなくなるぞ。
 考えてみればその通りだった。
 生贄を要求する魔物が一匹だけのゲームとちがって、この世界に魔物はいくらでもいる。一匹殺しても、また次が来るだけだ。

「魔物は雲霞のごとくだからな」
「もっと強い武器とかあればいいのにね」
 マイは夢想する。―――たとえば。銃、大砲、戦車を擁する自衛隊なら、魔物と戦っても負けはないだろう。
 マイが剣で渡り合えるぐらいなのだから、銃や大砲なら間違いなく勝てる。
 シュレイルも同じことを思ったのか、頷いた。
「そうだな。……でも、それはこの世界の住民が選んだことだ」
「そうだね」
 ここは食堂なので、表現はそんな程度だが意味はちゃんと伝わった。
 ―――異世界人を迫害しなければ、シュレイルや、他の異世界人が、銃の製法を、火薬の製法を伝えていただろう。
 シュレイルは以前マイの目の前で銃の基本的な構造を図解したことがある。
 とにかく身についた教養の深さがハンパではない。
 古今東西、彼が知らないことはなさそうで、一体どういう脳みそをしているのかと思うが、これだけ鉄があり、火薬の材料もあれば、銃を作るのは簡単なのだという。
 もっとも、シュレイルにもマイにもその製法を明かす気はまるでない。
 異世界人ということがわかれば、殺される。
 それは時々見るこの世界の人々の異世界人に対する嫌悪を考えれば十分に理解できた。もちろん、向こうは世間話のつもりだったのだろうし、彼らが異世界人だとは夢にも思っていなかったのだろうが。

 マイは料理を口に運びながら言う。
「でも、生贄募集の看板ってさ、誰が応募するんだろうね?」
「困窮する一家の母親が子どものために応じたり、年寄りが応じたりするのが普通だな。あとは、奴隷商人」
 この町のように、人体というのは場合によっては高く売れる。
 しかし、マイもシュレイルも、自分が殺した死体を持ち運んだことはない。
 腐るからだ。
 重いわ、腐るわ、病原菌の巣になるわ……持ち運ぶだけで自分が疫病にかかるようなものを持ち歩くのは絶対ごめんである。
 人体を持ち運ぶのなら、生きているうちが一番いいのだ。
 奴隷商人が、別名人肉商と呼ばれ、忌み嫌われている原因はそこにある。

「じゃ、路銀稼いで……どうする? しばらくここで路銀稼ぎする?」
「いや、早くサーボの町まで行きたい」
 それはここから街道沿いに、三つ先の町だ。
 マイは食器でかつんと皿を弾いた。
「じゃ、これ食べ終わったら外行こうか」
 至って気軽に言う。もちろん、演技も含まれている。
 シュレイルのほうも、当然という態度でうなずく。もちろん演技だ。
 ふたりとも、こちらを見る目線に気づいていた。

 人目を引く容姿の二人を見る人間など珍しくもないが、それとはちょっとちがう。
 「値踏み」の眼差しだった。
 食事を終えて、立ち上がったとき、声を掛けられた。声を掛けやすい雰囲気を作ってやったのは言うまでもない。

「少し、お時間をいただけますか?」
 そういったのは、深い眼窩の奥に、油断ならない知的な眼差しをした髭の男だった。
 年齢は判らない。
 顔中もじゃもじゃと、黒い髭が覆っているせいだ。あらわになっているのは鼻と目の周りと頬の一部しかない。
 マイはふうんと思う。
 髭というのは、人相を隠すのにうってつけなのだ。
 なにしろ、覆面と違って人前に堂々と出て行けるという強いメリットがある。不審がられないというのは、欠点すべてを帳消しにできる、強い利点だ。
 それでいて、髭をそったら別人になれる。

「あ、お時間をとらせる代わりにといっては何ですが、こちらのお食事代は、私がもちますので」
 深みのある重低音。それでいて発音は綺麗だ。
 こういう人種を、マイは知っていた。
「行商人ですか」
 シュレイルが穏やかな微笑を貼り付けて聞く。
 相手はすんなり認めた。
「そのはしくれです」

 町と町の物資の輸送を担う行商人は、魔物に襲われる確率が低くて高い。
 行商人の荷馬車は、旅人と違って魔物に襲われにくい。それは公然の事実だ。
 町同士の物資の流通が滞って人が餓死する事態になると魔物にとっても損なため、襲うのを手控えているのではないかと推測されている。マイたちはそれが事実だと知っていた。
 しかしその一方で、行商人ほど町の外によくでる職業は他にない。そのため、一般人よりずっと、魔物に襲われる可能性は高い。

 何はともあれ、行商人は連絡網が断絶したこの世界で唯一といっていいほど、他の町の噂話に通じた職種だった。
 先ほど立ち上がった席に腰を下ろし、行商人に同じテーブルの隣の席をすすめる。
「お名前を当ててもよろしいですか? シュレイルにマイ―――ですね?」
 シュレイルははにかむような笑顔を見せる。
「光栄です。私たちの話は、いろいろな町で流れているようですね?」
 シュレイルが会話相手を務めてくれているので、マイは相手の反応を観察するのにつとめる。

 シュレイルの顔には、穏やかな微笑がある。マイ以外の相手と接するときは、いつもそうだ。
 美形でむっつりした相手より、多少不細工でも明るく、笑顔を絶やさない相手の方がずっと好感度は高い。だから彼は笑顔を常に浮かべている。
 シュレイルが口を滑らせるなんてことは想像もできないし、任せていて安心な相手なのでマイは喜んで傍観役にまわっていた。
 シュレイルは言う。
「お名前を伺っても?」
「ああこれは失礼。グローブ、と申します」

「グローブさんですね。私はシュレイル。そしてこちらがマイ」
 マイは胸元に軽く手をあて、微笑む。
「お二人のことは、よく聞いております。町から町へ、巡り歩いている非常に珍しい旅人にして、それでいて命を落とさない、非常に強い旅人だと」
「俺もマイも、それでメシを食ってきた人間ですから」
 うかつな謙遜は逆効果。自分は弱いと思わせたらかさにかかって食われる。こっちは二人だけなのだから。
「その腕をお借りしたいのです」
「妥当な金銭の代価があれば、貸すこと自体に異論はありません」
 その返答はせず、グローブは話題をずらした。
「この町の入り口にあった看板をご覧になりましたか?」
「あれは見ないようにするほうが大変でしょう」
「その通りです。……野蛮極まりないと思いませんか?」

 マイの感想は、
(……どこが?)
 というものだった。

 もちろん表情には出さずに、いかにも同感そうに頷く。
 シュレイルも同意の表情を浮かべかけ、節度からそれを制止する、という演技をした。
「この町にはこの町の事情や、ああいう制度を設けなければならない面があるのでしょう。無責任に通り過ぎるだけの旅人である私としては、非難は差し控えなければと思っています」
「それは逃避ではないですか?」
 攻撃的な言葉だ。
 シュレイルはその言葉に心動かされたような表情をする。
 沈黙するシュレイルに、相手は言う。
「すみません、不快にさせてしまうことは百も承知ですが、あなたがたには力がある。それもまれに見るほどの力が。あなたならこの悪習をやめさせることができるのにそうしないのは、怠慢ではないですか?」
 ……瞳には熱心な光がある。
 とても巧妙な演技とも、本心からの言葉とも取れる。
 マイは影の位置から冷静に値踏みした。

 シュレイルはこんなときの自然な反応を装う。不快げな顔をしたのだ。
「それは、あまりにも一方的な言葉でしょう。それに我々になにができるというのです?」
「少なくとも、この町で生贄なんていう風習をやめさせることができます」
「どうやって?」
「魔物を殺し、こんな風習を作り上げた町長を説得すればいいのです。簡単でしょう?」
 シュレイルは冷静に返した。
「魔物の勢力圏は広いし、魔物の数は雲霞の如しです。一匹倒しても、すぐさま次の魔物が来るでしょう」
 こんな話をする目的は?
 本音は?
「その魔物は、町を襲撃するでしょう。柵は壊され、田畑は踏みにじられ、そして、必ず一人以上の人間が傷ついて、一人以上の人間が攫われるでしょう。人間は、目の前に魔物を見て、愛しい人間が攫われるというときに、黙っていられるものではありませんから」

 グローブも負けてはいない。言い返した。
「ですが、今の現状は、まかりまちがっても正しくない。シュレイル。あなたならご存知のはずだ。生贄制度のなかで、どんな存在が真っ先に対象になるのか」
「……」
 ―――筆頭は投獄中の罪人。次に奴隷。その次に貧しい存在へと矛先は向けられていく。
 追記するのならば「旅人」だ。

 たまたま町を訪れた旅人が、生贄になる話は数多い。……実は、二度ほどされかけた経験もちである。
 グローブは瞳に炎をともし、吐き捨てる口調で言う。
「今この町で、生贄候補として名前の挙がっているのは誰かご存知ですか。この町で最も貧しく、最も力のない一家ですよ。病弱な姉を、弟が頑張って支えている、たった二人きりの一家です」
 そんな環境では、満足に太れないだろう。50キロの基準をクリアできないのではないか。
「……ふたりとも、ですか?」
「ええ。そうすればこの町は金を支払わずに済む。たとえ今回あなた方が魔物を退治して差し出してしのげても、次回に候補者がいなければ殺される。町の人間のために、大義として死んでくれといって。そんなのは、正義じゃない。絶対に、正しいことじゃない。なのに、この町はすでに彼女らを『次の生贄』として、暗黙の了解のうちに見ているんです」
 シュレイルが細い声で言った。
「自分でなくてよかったという安堵感と、優越感とともに―――ですか?」
「そうです」

 そこで、グローブは感情が激していることに気づいたのか、注文した飲み物を一口飲んで呼吸を整える。
「人が……人の命を選別するのは、おかしな話です。シュレイル、あなたは先ほどこの町の人間ではないから何も言うべきでないとおっしゃったが、ちがいます。間違っているといえるのは、この町の外から来た、あなたとわたしだけだ」
 マイはグローブへの評価を改めていた。夢見がちな理想主義者と思っていたが、いやなかなかどうして、いい言葉を吐く。
 シュレイルがたずねる。あくまで、冷静なほど穏やかに。かけらほどの感情の揺らぎも見せずに。
「生贄制度をなくすべきだと?」
「ええ。人が人の命を天秤に掛け、どちらが生き残るべきかを選ぶなど、道理に反しています。必ず、庇ってくれる身寄りのないもの、貧しいもの、力のないものに矛先がいく。人は、どれほど良い人であっても、愛しい人や自分の命と他人の命とでは、愛しい人のほうを重くなるのですから。あなた方とて、お互いの命と他人の命ならば考えるまでもないでしょう?」

 これには異論はない。少なくともマイは、100パーセント、同意見である。
 マイは相棒の命を助けるために100人殺しても平気な顔で笑えるし、相棒の方もご同様だろう。それぐらいには好かれている自信はある。
「でもそうすれば、被害はより大きくなりますが」
「ええ。でも、大きな利益があります。人の心です。生贄制度をとっている町の多くが、どこかすさんでいるのは私の気のせいでしょうか? 魔物の襲撃によって、人が攫われたのなら、人は自分の心をなぐさめ、整理をつけ、嘆き悲しんでもあきらめることができます。でも生贄制度で死んでしまったら、遺族は町をうらみ、家族を犠牲にしてのうのうと生きている町人をうらみます。そして次の生贄を目でさがす。無言のまま、目がさぐるんです。旅人に対して飢えたオオカミのような眼差しを送る村人たちの心を、あなたがたはすさんでないといえますか?」



つづきます。


2007/05/21 up

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