彼らのそのころの日常


 俗に人殺しを人でなしと言うが、人殺しには人間らしい情緒が擦り切れてまったくないかといえばそんなことはないわけで。
 「ぐっちゃぐっちゃ」の死体が散乱する地獄絵図のなか一息ついて、ふと目に入った沈んでいく夕陽の、その史上最大の炎の塊が地平線に沈んでいく様に見とれるぐらいの感受性の持ち合わせぐらいはあるのである。

 そうして青年が太陽を見つめていたのは三四秒。
 意識せず口元をほころばせようとして、頬の辺りの皮膚がひきつれる感触に、返り血を盛大に浴びたことを思い出す。
 あたりは凄まじい有様だった。血臭、胃液臭、臓物の匂いが立ちこめ、四頭立て馬車がすれ違えるほどの幅のある街道いっぱいに人間の死体が広がっている。
 ざっと数えて十人ほどか。全員、息絶えていた。
 その絵図をつくりあげた当事者の一人である青年の姿もなかなかのもので、赤ペンキをひっくり返したように真っ赤だ。
 服は血で肌に張り付き、動くたびに湿った音を立てる。

 現状最も効率のいい移動手段の音がして、青年は顔を上げる。
 馬の蹄鉄の音―――馬に乗った旅の仲間だった。
「マイ、逃げ出した連中は追いかけて始末した。そちらは?」
「問題なし。全員処理済」
 手を広げて、周囲を示す。

 馬からひらりと下りて、仲間は言う。
「怪我はあるか? ……あいかわらず盛大な血だな」
「全部返り血。怪我はないよ、ありがと」
 首を振る、それだけの動作でも、皮膚に張り付いた血の薄皮が嫌な感触を伝えてくる。早く洗い流さなければ、髪についた血は凝固してなかなかとれなくなる。
「シュレイルの仕事が速かったおかげでまだ首謀者の首を狩ってない。やろう」

 死体をひとつひとつ転がして顔を確認し、相棒に首謀者の首を狩ってもらい、二重になった袋に入れる。
 すぐに持っていけば、塩漬けにしたり酒漬けにせずとも顔の判別はできるだろう。
 その作業を終えて、相棒が声をかえてきた。表情はいつものままだ。毎回戦闘のたび似たような会話をすれば慣れもする。
「マイ、川にいこう。早く洗い流さないと取れなくなる」
「生臭いな〜血の匂いがぷんぷんする」
「少しは返り血をかわすことも覚えろ」
 そういう彼はほとんど血の染みが見えない。
「多人数相手だと、返り血かわすと、余計な動作が大きくなってその隙に背後の連中にバッサリ殺されるんだよ。そのぐらいなら返り血浴びた方がマシだって」
 その抗弁もいつものこと。
 そしてそれも事実なので、結局いつも返り血を洗い流すことで決着となるのだった。

 荷物を馬にすべて積み、馬を引いて川に移動する。
 五分ほど歩いて、川に到着した。
 血まみれになった服を網でくるんで川の中に放り込む。もちろん流れていかないよう、紐で固定した上で。
 躊躇なく衣服を全部取り払って川に入る姿を、もう一人はやや微妙な顔で―――かつ周囲を警戒しながら見る。
 一人は行動、一人は警戒。これが2人組で動くときの基本だ。
 流れのある水はどんなに暖かい日でも体温を奪い、通り過ぎていく。肌についた血をあらかた洗い流した時には、肌は血の気を失っていた。
 悪鬼のごとき姿から血を洗い流した姿を見れば、たいていの人間は感嘆の声を上げるだろう。
 しっとりと、露を含んだ黒髪が滑らかな頬に寄り添い落ちる。切れ長の瞳は鋭く、迫力とともにその存在を印象付ける。
 美貌―――そう呼んでいい容姿である。

 相方が放ってくれた予備の服を着て、熾してくれていた焚き火にあたる。火と、暖かい服に包まれて震えが消えた。
 ほう、と意識せぬため息が炎をゆらした。
 その横顔を、仲間が一瞬見て、目をそらした。
 髪の長さは襟足がかろうじて肩につくていど。全身がすっきりとしたフォルムであり、細身だ。しかし弱弱しくは見えない。ばねのような緊張感が全身に満ちていて、猛々しい力を感じさせるためだ。優男なのではなく、鍛え上げられた無駄のない身体なのであるとわかる。
 そしてそれでいて、どこか線の細さを感じさせるのは―――彼が、彼ではなく「彼女」であるためだ。
 本名は渡辺麻衣。この世界では、ただマイ。
 れっきとした、女性である。外見は男にしか見えないが。
「……マイ。もうちょっと恥じらいを持て。男の前でそうぱっぱと服を脱ぐな」

 マイは仲間の方を向き、かすかに頬をゆがめて笑う。
 寝るのも食べるのも一緒という運命共同体の関係だ、全裸を見ることも見られることも数限りなくある。
 だが、そのたびに彼は同じことを言う。
「え? 催した? じゃ、やろうか?」
 きらきらと輝く瞳で言うと、相棒はため息をつく。
 予定調和。これまで何十回と繰り返された会話。
 マイは、この相棒と愛の行為をすることに異論はまったくないのだが、相棒の方が「必要ない」といって譲らない。譲ってくれればイロイロと楽になったり便利になったりするのだが。

 たんたんと、的確な動作でマイは行動する。まず血まみれになった服を川から引き上げた。
 川の流れに洗われて、大分綺麗になった服を、さらにこすってなんとか着れるレベルにまで戻す。
 この作業の途中で、陽はおちた。
 川のほとり、火にあたりながら、さらに剣を取り出して手入れを始める。
 剣は―――「実用品」である剣は、消耗品だ。

 どんな名剣でも、鉄でできている限り、一回使って一回手入れを怠ればたちまち錆びる。次のときは鞘から抜くこともできない。鞘の中で血と錆びが凝り固まってしまう。
 毎回毎回、不断の手入れが必要なのである。面倒だと思うが、相棒のように規格外の剣を持っていない限り、絶対に必要なことだ。
 そしてまた、どれだけ手入れをしていても―――人体を切れば欠けるし歪むし刃こぼれする。これもまた、鉄である以上どうしようもない。
 結局、片手で数えるぐらいの回数もてば御の字、頻繁な交換が必要になる。
 しかし、マイが剣を買ったのはほんの数回。
 あとは戦場で相手の剣を分捕って使っている。

 剣を鞘から抜き、ざっと眺めてため息ひとつ。
 金具をはずし、トントンとゆすって柄と刀身をばらし、荷物をまさぐって砥石(旅人必須アイテム)を取り出すと、川から水を汲んで研ぎ始めた。
 武器の手入れは命と直結している。
 生きるためにはあらゆる努力を惜しまない、というのがマイのモットーであり、生き抜いてきた秘訣だった。

 マイが研ぐのを見て、焚き火にあたりつつ、周囲を警戒しつつ、相棒はつい、といった風に声を漏らす。
「上手だな…」
「本職の研ぎ師には及ばないけどね」
 サシュサシュと砥石の上で前後に剣を動かしながら、マイはそこで、ふと気になって聞いてみた。
 この相棒は、意外と何でもできるのだ。聞いてみると、とても変な技能まで持っていたりする。
「シュレイルだってできるっしょ?」
「できるよ」
 さらりと言われた言葉にやっぱりと思う。
 シュレイルの剣は拭くだけのお手軽手入れだから研いでいるところを見たことがないが、彼ができないはずがない。
「でも、マイほど上手にやる自信はないな」
 マイは研ぎ終えた剣を目の前にかざして微笑む。
「お褒めの言葉、ありがとう」
 刀身に指先で触れて、さあこれは研ぎ師に出すかどうかと少し考える。
 マイの腕は玄人はだしだがあくまで素人だ。玄人には遠く及ばない。
 しかし町で玄人に出すと、カネがかかる。
 この剣の質からして、あと1、2回使えばオシャカになるだろう。後は直す方が新品を買うより金のかかる状態になるに違いない。なら、そんな金を使うべきかどうか。

 常に貧乏旅暮らしの2人の旅人にとって、金勘定は頭に染み付いている生きるための知恵だ。
 マイは結局研ぎ師には出さないことに決め、刀身に柄を取り付けて、鞘に収めた。
 仲間の隣に座ると、木を削った椀に入った鶏肉入りの粥を差し出される。
「おつかれ。ほら、食事」
「ありがと」
 受け取って、すする。昨日町で仕入れたばかりの塩が実に舌に嬉しい。これが町が滅ぼされて食料の補給が予定通りにできなかったりすると、塩気のする葉っぱに変わり、塩気を含んだ土に変わり、最後にはなにもなしになるのだ。
 見張りをしてくれた仲間に声をかける。
「休んで良いよ。見張り変わるから」
 昼も夜も、すくなくとも街を取り囲む城壁の外にいる限り、突然の襲撃に備えていなければならないのが旅人だ。
 昼間殺したような盗賊。
 そして―――魔物。

 夜間の見張りは欠かせない。
 人間の盗賊が、焚き火のあるところに人間がいると知っているのと同じぐらいに、魔物もそれを知っているからだ。かといって、人間は夜は目が見えないので、焚き火を焚かなくては襲われたとき応戦もできない。
 しかし、一人で昼夜起きていては体がもたない。だから旅人は集って、交代で見張りをする。

 マイは見張りをかわって、焚き火が絶えないよう、炎が大きくならないよう適度に継ぎ足しながら、頭の中で今後の金勘定をした。
 町で依頼された夜盗の始末は終えた。
 夜盗の首謀者は町でよほど繰り返し悪行を働いたらしく、克明にその人相を覚えている人間が何人もいたので、顔の確認は問題ないだろう。―――町の人間が代金を払い渋って虚偽をいわないかぎりは。
 契約を踏み倒そう、金を払いたくないという人間はいくらでもいる。
 そうなったらどうするか、難癖つけられたらどうするか、そうならずにすんなり入った金をどこにどう使用するか―――思いつく限りいろいろな可能性と対処を考えて、マイはふと笑う。
 人によっては嫌になってしまうような思考遊びも、マイにはとても楽しい。

 すぐ近くに盛大な死体置き場があるのだから、魔物はそちらに行くだろうと思った予想はあたり、平穏無事に夜が明けた。

     ◆ ◆ ◆

 城壁のあるなしが、街と、町を分ける絶対的な(文字通り)壁だ。

 頻繁に魔物が出没するこの世界では、どんな事業よりも真っ先に着手しなければならないのが、魔物への対策である。
 武器は食料と並んで決して暴落しない商品だ。安定した需要があり、鉄、くず鉄、金属類も右に同じ。
 武器屋は粉挽き屋とおなじほどありふれてどの町にも存在し、自警団はどんな小さな村にでもある。
 そして、資金に余剰のある町は、城壁を作った。

 城壁があると、そこは安全がある程度約束されるため、人があつまる。移住を希望する人間も多くいるし、行商人も旅人も城壁なしの町より城壁で守られた街のほうがいいに決まっているので立ち寄る頻度はあがる。
 しかしまた、城壁は作るに莫大な金がかかるのも事実。
 さらに、城壁を持つ街は、内部に農耕地などほとんどないのも事実だ。
 ぐるりと街の周囲を取り囲む城壁は、囲む面積が大きければ大きいほど、建築にかかる費用も増える。
 最初たとえ農地ごと城壁で取り囲んでも、城壁内部の土地は限られている。移住を求める人の要求に応え、農地を切り崩し、切り崩し、切り崩し―――そしてさほどの年月も必要なく、農地はさっぱりと消えてなくなるのが常である。
 となると、食料の供給地は外に求めざるを得ない。

 そんな供給地にして、城壁を持たない集落を、村もしくは町という。
 城壁がないといってもそんな集落はいくらでもある。城壁さえあれば街と変わらぬほどの規模の町もあるし、人口が50人程度の鄙びた村もある。その両方を一緒の呼び方では支障があるということで、呼び分けているのだ。
 今回2人が立ち寄り、夜盗討伐の依頼を受けた町も、そんなところのひとつだ。

 規模としては町とよぶか、村とよぶか、迷うようなところである。
 人口は200人程度。大きな村とも、小さな町ともいえる。
 武器屋に粉屋、パン屋、鍛冶屋、靴屋と一通りの店舗は揃っていた。
 家畜の鳴き声、ただよう糞尿の匂いは、食料の生産地ではつき物のものだが、それを理解できずに嫌うものも多い。食糧の自給ができずにおんぶにだっこになっているくせ、プライドばかり高い街の人間がそうだ。マイは豚を見ればよだれがでるという(この世界では)一般的な思考回路の持ち主なので、そうした匂いは生き物なら当然のことと気にならないが。
 今回の依頼人は、町の長である。
 こうした小規模な町では、問題が起こってもそれを解決するために動く専用の機関が行政ぐらいしかないので、自然な流れだった。

「ご依頼の品、持ってまいりました」
 机の上に生首を広げ、マイはにっこりとわらう。
 ここは町長の家の一室である。
 マイの隣にはシュレイルが立って、傍観の構えだ。

 依頼して、翌日でかけ、その翌日に帰ってこられて首を見せられた町長はしばらく言葉がなかった。
 いくら殺人を依頼しても、生首など見る機会はそうない。そんなものを見せられた一般人の当然の反応である。
 それでも震える声でこういった。
「お……お早い対応、ありがとうございました……」

 城壁内は安全でも、食料を入手しないわけには行かない。
 食料を村から街へ、届けるルートが必要だ。それが昨日盗賊を退治した街道だった。それらをつなぐ行商人は魔物相手に戦いながら荷物を運ぶため、危険も高いが利潤も大きい。しかしその利潤を掠め取ろうとする盗賊もまた存在する。
 見返りは大きく、やりがいもあるが、行商人は常に命の危険と隣り合わせであり、数は少ない。
 こうした村にとって、一人の行商人が盗賊に襲われて来なくなるだけでも大損害である。
 いつ決まるかわからない次の行商人が来るまではとても待てない。村から誰かを立てなければならない。しかしそんな危険な役目を引き受けたがる人間などそういない。無理やり任命するにしても、魔物や盗賊に襲われないよう、護衛だのなんだのと村から屈強な男手を何人も出さなければならないのだ。
 高い手数料を支払ってまで、行商人に荷物の運搬を頼むのはそれだけの理由がある。自分の村から運搬人を出すより、結局は安上がりなのだった。
 だから村は盗賊の掃討を依頼した。
 盗賊さえいなくなれば、過日被害にあった行商人が再び来てくれる約束になっているのだ。

 引きつった顔の町長、一方、生首などすでに見慣れているマイ。
 この時点で七割勝負は決まった。交渉の主導権はこちらである。
「ご覧の通り、依頼は完了いたしました。この生首を良く見てください。頬に傷、吊り上った目、極太の眉、唇は暗褐色普通程度の厚さ、額はやや広く、髪の生え際は交替ぎみ、三白眼―――はこれではいまいちわかりませんね〜」
 眼球が飛び出ていたので、指でつまんでひょいと元に戻す。
 うぐ、と空気を呑み込む妙な音がした。
 マイは意味ありげな目線で確認をとった。
「……こちらが、依頼のあった盗賊でよろしいですね?」
 強圧的に、白目をむいた生首ごしに、マイはたたみかける。
 こくこく、と首を縦に振る町長。
「では、依頼の料金の支払いをお願いいたします。なお、特急料金として、別途一割上乗せしてお願いいたします」
「そっ……それは話がちがう!」

「一日、作物を送れないごとにこの町では街に払う借金がかさんでいくはず。ちがいますか? それを考えれば、さして高い金額でもないでしょう」
 情報は武器である。その辺のことは甘い笑顔とキス一つで町の住民から聞き込んでいた。
 たいていの町であることだが―――この町では、作物の出荷先の街で、「掛け」で買い物をしている。掛けというのは、その場で商品代金を支払うのではなく、後から支払う約束で買い物をすることだ。当然、期限が区切られていることが多い。そして期限はもう過ぎていた。

 マイは微笑む。
 背筋に震えがくるような笑みだった。
 男なのに妙な色気のある美貌―――と町長はとっただろう顔は、こんなとき相手を取り込むのにも役に立つ。
 町長はもう、生首よりもマイのほうに視線を吸い寄せられて離せない。
「おととい、依頼して今日、ですよ? 物事は迅速にといいますが、これほど迅速にしてもらえるとは思っていなかったでしょう。こんなに早く処理してもらって、いろいろと助かることがあるでしょう?」
 町長の目が動く。
 一割増しの報酬額と、これだけ早く片付いたことへの利益―――その天秤の計算をしているのだろう。
 ぬるい。そういう表情をすれば、図星だといっているも同然だ。
 そしてマイは、町長の頭の中で計算が終わるまで待っていた。その計算が「利益」方面に傾いたのも察しがつく。
「それに、これだけ腕の立つ旅人を敵に回すというのも、あまり賢い選択ではありませんし」
 脅しはピリ辛程度で抑える。でもその一言が引き立つのだ。
 マイは止めを放つ。
「僕らとしては、この先何度かこの町に立ち寄ることですし、これからもいろいろと、この町と良好な関係を築いていきたいと思っているんですよ」
 これだけ腕の立つ旅人はそういない。この先何度も往来してくれるのならばまた、何事か頼む機会もあるだろう。そのときのための初期投資と思えば、損でもない。長期的な視点だ、そうだこの旅人をひいきしているからじゃない……。
 そう、町長の選択を正当化する「理由」を与えてやり、艶冶なとろけるような微笑みを付け加えると、おちた。

 帰途。
 マイは歩きながら、もらった手土産のパンにかぶりついた。
 隣のシュレイルがいう。
「危なければ介入しようかと思ったけど……、その必要なかったな」
 もぐもぐと口を動かしながら、マイも答える。
「僕も危なかったらシュレイルに頼もうかと思ったけど、その必要なく済んでよかったよ」
 シュレイルに期待した役割とはなだめ役だ。
 やあやあそこまでいったら言いすぎだろう、この程度で良いんじゃないか? という落とし所を作る役目だ。
 しかしその必要もなくカタがついた。
 マイはけろっという。
「色仕掛けってよくきくなー」
「マイを見ていると、俺もまったく同感だ」
 半分以上本音の口調で、シュレイルはいいはなつ。
 手持ちの交渉札が一枚多い分、交渉ごとはマイのほうが巧い。

 報酬はきっちり現金払いで支払ってもらった(現金の少ない町では最後の現金かもしれないが、旅人にとっては現金しか意味がない。支払いが現金でというのは、最初からの条件だ)。もちろん、別途1割ましで。
「じゃ、シュレイル。僕は今夜ちょっくら町長のとこいってくるから心配しないで」
 シュレイルの反応は平素どおり。
「明日の昼までには帰ってこいよ」
 そりゃあここで焼餅やかれても困るんだけど、たまには妬いてくれないかなあ、とマイが思っても無理はない反応であった。

     ◆ ◆ ◆

 分担作業は、口に出さずともお互い絶対の了解になっている。
 負担はお互い平等に。それが共同生活で人間関係をうまくやるこつだ。
 マイが交渉をうまくやって割高の報酬を勝ち取ったのだから、その報酬で準備をまとめるのはシュレイルの役目だった。
 乗っていた馬は、この街の貴重な財産だ。ちゃんと返却し、保存食を肉屋とパン屋で用意して、町の住民たちに次の目的地の情報を聞き込む。
「すみません、メルトゥの村まで行かれるんでしたらお願いしたいことがあるんですが……」
「はい、何でしょう?」
「手紙を届けていただきたいんですけど……」
 笑顔で快諾し、他の人間からも、届け物をいくつか頼まれた。手数料を受け取って引き受ける。
 魔物が出没する世界では、街や村の往来が難しい。
 「街」だと旅人の連絡所のようなところが必ず設けてあり、旅人用の仕事や目的地別の頼まれごとが集まるようになっている。たとえばイルネーの村に行く旅人がそこを覗くと、イルネーに届けてほしい荷物や手紙を預かり、代わりに仕事を達成したら料金を貰えるようになっているのだ。
 こういう小さな町には、残念ながらそんなシステムはない。
 よって次の目的地の情報を聞きこむことによって、偶然頼まれるのを引き受けるぐらいだった。

 シュレイルは見た目が優れているので、こうした土地でも受け入れられやすい。少なくとも一方的な敵意と拒絶だけを向けられたことはなかった。
 人間が見た目にたやすくだまされるのは、マイにころりといかれる連中を見ると良くわかる。
 マイと同衾した男はシュレイルが知っている人間だけで十指にあまる。マイに一方的に入れ込んで冷たく捨てられた男も山と知っているし、そのうちの何人かは敵に回った結果、マイに斬り殺された。
 マイは、シュレイルよりよほど冷酷だ。
 見た目どおりに快活で愉快な人間だと思ったらしっぺ返しをくらう。
 容易に人を信じないし、人を自分の心の中に入れない。にこにこ笑いながら楽しく人を斬殺できる人間だ。

 遊びと割り切れる人間ならともかく、そうでない人間があんなあぶないものに手を出すな。
 シュレイルは心底そう思っている。
 遊びと割り切っているうちなら、マイは気軽で後腐れのない理想的な相手だが、相手に一片の情も持っていないので斬り殺すときも利用するときも容赦がない。考慮になるのは敵か味方かで、相手と寝たことがあるかないかではないのだから。
 ところが相手の男はそうは割り切れないので、躊躇する。躊躇して……その間にためらいのないマイに殺害されるのだ。

 準備が終わって宿に戻るともう夕方だったが、まだマイはもどらない。
 今夜のマイの相手はこの町の町長。
 どうか本人のためにも、マイのことは一夜の戯れと思ってくれることを祈る。
 遊びと真面目の区別はちゃんとできる相手なので、昼までには戻るだろう。
 戻らなかった場合、アクシデントが起きたということだ。
 そのときは、迎えに行かなければならない。仲間を助けるのは当然のことだ。

 安宿に、蝋燭などというものはない。完全な夜になるまえにさっさと布団に入ってシュレイルは眼を閉じる。
 助けることも、助けられることもあった。
 お互いに寄りかかって生きている。
 シュレイルは、莫大な額の懸賞金つきで追われる異世界人の一人だ。
 そして、マイもまたそうだ。

 お互いが異世界人である以上、裏切られて密告される心配はない。そういう意味でも能力的な意味でもおよそ理想的な仲間だが、とシュレイルは村長の家のほうを一瞬だけ見る。
 嫌かどうかといわれれば嫌に決まっている。
 それでもシュレイルがマイを止めないのは、止める権利がないからだ。止めたときの代償を払えないからだ。ついでに……止めたらマイが何を言うかも一字一句予想がつくからだ。

 マイの性格からして、素直に従わない。そもそも従ういわれが、ない。よく回る口でこう言って追い詰めてくるに違いない。
 ―――シュレイル、あのねー、人間には性欲って言うものがあってね、我慢するのは良くないし我慢しきれるものでもないんだよ? 高まったら発散するのが一番、溜め込むのは体に悪いし、それがいやだっていうんなら代わりにシュレイルが相手してくれる? そんならそれでいいよ?
 にんまり笑う表情も何も全部予想がつく。

 仲間の、プライベートな行動を邪魔するんなら、それなりの代価を払え。
 正論である。否定するのは難しい。
 だから、シュレイルはマイの行動に何も言わない。マイの要求する代価は、シュレイルには支払えない。

 長い旅路を共にしてきた仲間にして信頼できる相棒。
 そういう関係のまま、恋愛関係にせずに別れるのが、最良の選択。





2007 4/15up


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