あなたは間違っている 46



 麻衣がシュレイルのことを思い出すとき、まっさきに思い出すのはどうしてか、さびしげな表情の彼だった。

「俺が、怖くないのか?」
 そう聞かれて、麻衣は率直に答えた。
 そのころは既に異世界に落ちて四年がすぎ、神経もすっかりナイロンザイルもしくは自動修復機能が標準装備となっていたから、答えもその神経の太さにそぐったものになった。
「別に。便利だと思うけど?」

 この返答に、シュレイルはどうしてか沈黙した。
「マイの世界では、瞬時に人間の傷が治ったりしないだろう?」
「そうだけど。だって怖がる理由がないし」
「……マイ。これでも、怖くないのか?」
 シュレイルは自分の剣―――そのころは彼の剣だった透明な刀身の剣を首元にあてた。
 首を刃が通り過ぎる。
 赤い筋が一本できて―――すぐ消えた。それだけだった。
 マイはまっさらな目でそれを見て、見終わって、言った。
「便利だね」
 朝だね、というのと同じなだらかな口調で。
 そしてそのまま、数秒たった。

「……それだけか?」
 脱力した様子でシュレイルは言う。
「それ以外に何を言えって? 悪いけど、シュレイル怖がるほど僕は余計な神経もってないっての。化け物怖がって他の生きた人間怖がってそれで怖がる神経は容量いっぱい、手一杯なんだから」
「化け物だとかは思わないのか?」
 首を切断しても数秒たったら元通り。
 普通の神経ならそんな人間はゾンビ扱いだろうが、マイの神経では「便利」の一言でおしまいになる。
 というかそういう神経でないと異世界におちて生き延びられない。

「全然。そういうことを聞くって事は、シュレイルの世界でもそれって普通じゃないわけ?」
「……あんまり普通じゃない。マイは怖くないのか?」
「いや? 便利だとは思うけど。僕もそういう体質が欲しい」
 シュレイルは、自分の特異能力が他人の目にさらされることを忌避していた。
 この世界で超能力者と判れば、それは絶大なる不利益となるからだ。
 その一方、シュレイルはときどきこうしてマイに自分の「へんなところ」を見せた。しかし掛け値なしに「へんな神経」の持ち主であるマイからすれば「便利」でオシマイになっていたが。
 ……シュレイルは、化け物といわれることを、恐れているようだった。

 マイはかけらもそういうことを思わなかったが、シュレイルの能力を見てそういう風に言う人間がいるのは理解できる―――というかそっちのほうが普通だろう。
「故郷で、誰かに言われたの?」
 マイの質問にシュレイルは少し考え、かぶりを振った。
「マイ、その質問には一つ欠点がある。化け物といわれるからには、俺はこの能力を誰か普通の人に見せなきゃいけない」
「そりゃそうだ」
「俺はこんなのを軽々しく人に見せるほど馬鹿じゃない。生きている人間の中で知っているのは、マイとあと1人だけだ」
 マイはにっこりと笑う。
 シュレイルの特別な人間のなかに入っているのは、とてもうれしい。

 でも、距離が近くなればなるほど、気づかされるのだ。
 シュレイルの顔は浮かべる表情や角度、まとうムードによって、見え方がかなり違う顔だ。望めば気品漂わせる顔立ちにも見えるし、野性味溢れる肉体労働者にも見える。
 顔は細く、日に焼けている。頭身は八頭身以上ある。日焼けした肌と日々の労働によって鍛えられた体の厚み、余計な肉が削げ落ちた精悍な顔は黙って立っていても「力」を感じさせた。

 そんなシュレイルの眼差しがときおり緩む。
 もちろん、自分の内心など語りはしない人だ。軽々しく自分の心に踏み込ませない人でもある。
 でも、マイには確信があった。
 そういうとき、彼は故郷のことを考えているのだ。

 自分では彼が残してきた故郷のかわりにはなれないのかと、物悲しい思いで眺めた横顔。
 ―――それを、マイはシュレイルを思い出すとき一番に思い出す。

    ◇

 シュレイルが、故郷でそれなりに幸せにやっているだろうことは、絶対的に確信できる。
 そういう人だ。
 失ったものに拘泥しない。なくした物はなくした物。見極めて見切りをつけて、気持ちを前へと向けて手持ちのものでよりよく生きようとする。
 恋を失っても、だからといって心中なんてしない。また別の恋をしようとする。あるいは恋ではなくても埋めるものを見つけようとする。
 そんな、本当の意味で強い人だ。
 ―――そういう人だからこそ、これほどまでに愛した。

 そしてマイも、(内心けっこう面白くないが)それでいい、と思う。


2006 11/27 up

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