あなたは間違っている 43



 異世界におちて、シュレイルとマイは一年を生き延びた。
 これは、稀有といっていい。
 そして二年がたち、三年がたった頃には彼らはすっかり順応していた。
 化け物にも、この世界の風俗風土にも。
 生きることに精一杯なうちはそんなこと考えるゆとりもなく、余裕ができるとヨコシマな願望がうまれるのは古今東西どこの世界でも変わりない。

 この世界で、シュレイルと一緒に暮らしたい。
 そんなヨコシマな願いをもつようになったマイは長い時間をかけて、少しずつシュレイルの家族について聞きだした。
 怪しまれないよう、質問には最低一月以上の間をあけた。
 シュレイルの元の世界に戻る意欲となっている存在を知り、対策を立てようと思ったのだ。
 最初耳に入ったのは、彼が父親をとても尊敬していること。
 次に、その父親はもう死んだこと。
 母親ももう昔に鬼籍に入っていること。
 兄弟はいないことなどを聞き出した。

 血縁親類縁者はほとんど死に絶えていることを聞いたときにはこれはいけると思ったのだが、そこでデカイ石につまづいた。
 友人。
 マイにとって、正直どうでもいいような存在だったものが、シュレイルにとってはとてつもなく重いのだ。
 異世界に飛ばされても、それでもその人の不幸を思い、胸を痛めるような絆をもつ友人などマイにはいなかった。マイにとっては家族>>>>友人だ。
 マイはそんな自分が特別だとは思わない。
 高校生の女の友人関係などそんなものだろう。

 だからそんな自分を基準にしてモノを考えて、シュレイルが故郷で待っているのは「家族」だと思い込んでしまったのだ。(人間自分を基準として考えてしまいがちですが気をつけましょう)。
 渡辺麻衣は、旅を始めてわりと初期に、自分がこの優しいけれども決して甘くはないハンサムでどこか冷たい異世界人に恋をしていることを自覚していたので、その辺の望みは自然発生的に生まれたし、そのための努力する事にも躊躇はなかった。
 麻衣のモットーは人生前向き、である。その中には「善い方向へ進む為に努力は惜しむな」というものもある。
 シュレイルが自分を見てくれるように、自分を馬鹿にしないでいてくれるように、自分を仲間として見てくれるように―――我ながらいじらしく、一生懸命になって、人殺しの腕を「実地」で鍛えたものである。おかげで麻衣の扱いは、麻衣の「役に立ち度」に伴って目ざましく変わった。

 ところがテキは「友人」だった。
 しかも、シュレイルがその友達を裏切らない事は聞かなくても判る。旅を始めた最初の頃、偶然聞いたワンフレーズが、いつになっても脳から離れない。
 血を吐くような叫びで、彼は言ったのだ。どんなことをしてでも、元の世界に戻ると。
 シュレイルが旅を続ける理由。誰を殺めてもどんなことをしても元の世界に戻ろうと固執する理由、この世界に決して溶け込もうとしない理由のほとんどが唯1人に帰結するというのは、シュレイルに恋愛感情を持っている身としてはまったくもって面白くなかった。

 あの世界は、慣れれば悪い世界じゃない。
 自然は豊富だし、大気も土も星空も汚染とはかけ離れ、シュレイルの世界はおろか麻衣の世界でも見れなかったほどに清浄だ。そのぶん持つ牙も鋭いが。
 シュレイルは麻衣とは違い、使い物になる実用知識を山ほど持っていた。
 紙の作りかたも知っていたし、土木、灌漑の知識も持っている。
 図面も引けるし、農業の知識も持っていた。

 異世界人ということを差し引いてさえ、シュレイルがその気になれば安住の地などいくらでも見つけられたはずなのだ。実際、魔物が日常の一部となっている世界において、腕の立つ剣士のシュレイルは何度も引きとめの声をかけられた。
 そして、そのすべてを断って旅を続けた。
 頑固に、シュレイルはあの世界に馴染む事を拒絶し続けた。苦行の合間のほんのわずかなひととき、楽しい時間を楽しむことにさえ罪悪感を感じて、馴染みそうになる心に壁を隔てていたのだ。

 そうして見つけた、方法。
 元の世界に戻る方法は、異世界人を殺すこと。

 それを知り、シュレイルが麻衣を殺そうとし、殺さなかったとき、麻衣は少しはうぬぼれてもいいかもしれないと思った。
 夜中、ふと目覚めると殺意の眼差しがあった。
 闇の中で、そこだけが異様な密度をもっていた。
 あの世界の闇は、かざした自分の手すらも見えない闇だ。その中で麻衣ははっきりと感じ取った。殺意を。
 視線の圧力。
 空気がたわむほど、凝縮された殺意。
 隣に寝る、この世界に落ちてきた最初からの道連れにしてただ1人信頼できる仲間が自分を殺そうとしている。
 麻衣は抵抗しなかった。殺すなら殺せばいいと、無防備に横たわり目を瞑って、眠りを装っていた。

 麻衣もまた、シュレイルを殺せば戻れる。
 それを知っても麻衣にとってそんなのは論外だった。
 すぐ否定して、手すさびに殺害方法だけ頭の中でこねくりまわして考えてみたがあっという間に投げ出した。
 ―――どうやって殺せというのだ、あんなシロモノ。
 多少傷つけても瞬く間に傷は治るし、不意打ちしたって反射的に身体をひねってかわして致命傷にしないだけの反射神経があるし、致命傷でなければあっという間に治るし、大体寝込みを襲っても敵意ある人間が近づくだけで目が覚めるぞあの人は。
 麻衣と違ってシュレイルは滅多に傷を負わないが、長い間一緒にいたせいで麻衣は数回シュレイルが傷ついたところを見たことがある。どれもすぐさま治癒した。
 ちなみに、治癒するところを運悪く見た人間は麻衣以外全員口をふさがれた。

 麻衣は早々にシュレイルを殺すことを選択肢から除外したが、シュレイルの方はそうではなく、かなりの葛藤があったらしい。
 それでも最終的に、殺さない道を選んでくれたときには嬉しかった。それが一時保留で他に異世界人が見つからなかったらやっぱり殺されるのだとしてもだ。

 帰る道。
 二人してそれを求めて旅をしながら、そのうち一人は見つからなければいいなんてことを思っていたのだ。矛盾した道中。
 旅の間中、小さな悲しみはいたるところにあったし、嫌なことやつらいこともあった。

 でも、幸せだった。



2006 11/21 up

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