あなたは間違っている 41



 彫像と化した麻衣が動いた。
 額に手をあて、そのままの姿勢で物思いにふけっているようだった。
 やがて、その唇が開く。
「信二君」
「はい?」
「一つだけ、聞かせてくれるかな? どうして君は信じたんだ?」

 確かに……別人が言えば信じなかっただろうし、麻衣から聞いてもしばらく迷った。
「あなたは……僕が信じなかったら離れていくだろうと思ったんです」
 信二は正直に伝える事にした。
 麻衣は表情を変えない。
「それに、あなたは僕に冗談だといいましたから」
「……逆じゃない? 冗談だといったから信じないのが普通だよ」
 信二はこくっと頷く。
「はい、いかにもあなたがやりそうなことだと思いました。でもほんとに冗談ならあなたはもうすこし引っ張るだろうなと。ぎりぎりまで僕を騙して、完全に信じさせてから嘘でしたと言うだろうなと。それなのに、冗談を言った直後に、僕がまだ信じてもいないうちにそんなことを言うのはおかしいな、と」
「……うん。成程」

 麻衣は滑らかな動きで立ち上がると、伝票を手に持った。
 目の前で見ていても、動きのしなやかさに目を奪われて、反応ができなかった。
 麻衣は伝票を手に持ち、ひとりごちる。
「知らなかった。大人になると、泣くのが難しくなるんだね」
「え……?」
 麻衣は信二の方を向いて、微笑む。見るものをはっとさせる笑顔だった。
「ありがとう、信二君。信じてくれて。最後に一つだけ、いいかな?」
「え?」
「君は―――どうして僕が君から離れると思ったんだ?」
「え……わかりません。ただなんとなくそんな気が……」
 自分でも説明しづらい感覚だった。
 人の眼は正面を見ていても、正面以外の部分も見える。視界のサイドで何かが動くのが見える。
 それと同じで、自分の心の一部分が「それ」を感じ取った。

 麻衣は微笑む。先ほどのものとは違う、形式的な口元をゆがめただけの笑顔。
「ありがとう」
 彼女は、颯爽と去っていった。

    ◇

 信二は残されたコーヒーカップを眺めて、額に手を当て、息を吐き出す。
 いろいろなことを考えて、考えて、考えた末に、信二は携帯電話を取り出した。
「……うん、いいから、それより。……そう、渡辺さんから連絡があった。おまえちょっとこい。え? ……うん、あとな、心の準備だけはしとけ」

 十分後という驚異的な早さで店に現われた同級生の少女を、信二は迎えた。




2006 11/19 up

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