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あなたは間違っている 39
カチャカチャと、金属と陶器がぶつかる音がさっきから鳴っている。
信二が心を落ち着けようとスプーンでコーヒーをかき混ぜているのだ。
その手は震えている。
無理もない……。
麻衣は深く同情した。
異世界だの、化け物だのという話は、フィクションの中にだけあるべきである。
心の平安の為にも、世の中の秩序の為にもだ。
麻衣の場合はそんなことを言ってられない状況だったので否が応にも順応するしかなかったが、信二はちがう。
自室の扉を開いたらいきなり砂漠で、さ迷い歩いて化け物に食べられかけた、なんて状況では「非現実的」だの「馬鹿馬鹿しい」だのという言葉の方が非論理的だが、信二はそうではないのだ。
それに、信じてしまうことが彼の人生にとってプラスかというと、そうとは限らない。
信じてしまったら、彼は気づかされるのだ。自分が今まで当たり前だと思っていた生活が、実は紙のような薄氷の上に乗っている危ういものだったということを。
だから、麻衣は、こんな助け舟を出した。
「うそだよ」
信二が顔を上げた。
「え……」
麻衣はにっこりと笑う。男女問わず、魅力的と思うだろう笑顔だ。
「騙されたね。実は僕は、そういうトンデモ話をして騙すのが大好きなんだ。だから、そういうトンデモ話をよく作っては、大真面目な顔をして人に聞かせるんだよ。僕の経歴からいって、真面目な顔をして、そういう話をすれば大抵の人間は悩むから」
「だって……」
「失踪は本当。でも、まさか本当に異世界に行っていたなんてヨタ話、信じたわけじゃないだろう?」
年齢以上の余裕を見せ付けて、麻衣はゆったりと諭すように微笑みかける。
テーブルの上に右手を置いて、首を傾けた。
「あんまり君が素直に信じてくれるものだから、罪悪感が湧いて」
信二は、宇宙人の電波を浴びたような顔で硬直していたが、ぎくしゃくと頷いた。
「そ……う、ですよね。ほんとにあるわけないですよね……」
「そうそう。全部真っ赤な嘘」
信二も顔のこわばりを解いて、滑らかに頷く。
「いや、渡辺さん嘘が上手いですねー。うっかり信じるところでした」
朗らかに、二人とも頷きあう。
と。
テーブルが揺れた。
コーヒーカップが皿と接触して硬質の音をたて、焦げ茶の水面にさざなみができる。
「―――ってまさか僕が言うと思ってるんですか異世界帰りの渡辺さん!」
信二がテーブルを殴りつけたのだ。
正直に言う。
驚いた。
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2006 11/10 up
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