あなたは間違っている 32



 麻衣は思い切り呆れた顔を作って、糾弾に移る。
「つまり? 僕は脅迫されて連れてこられた挙句、『もういいよ』で帰されるわけ?」
 声には怒りよりも、呆れの色が濃い。が、もちろん非難もたっぷり篭もっている。
「僕には用がないから、もうお帰りくださいと、そういう事情?」

 もちろん、演技である。
 非難する態度をしていれば、立場が上になるだろうという計算の元だ。
 麻衣に、損をする要素はまったくないのだから。

 傷を治してもらったし、何日もただ飯を食わせてもらった。
 多少脅迫のやりとりが最初にあろうと、無償でこれだけしてもらったのだから、何事もなく「もういいです」というのは感謝こそすれ非難はまったくない。
 麻衣の非難の眼差しをうけると、田中はさらりといった。
「いいえ。とんでもない」
「ふうん、じゃ、僕を欲しいと思う個人が、いるわけだね?」
 まったく間をおかない切り替えしに、田中は空気を喉に詰まらせる。

 麻衣は畳み掛けた。
「そういうことだろ? 君たち組織としては、今混乱状態。でも僕は欲しい。つまり、誰かが個人として、僕の力を必要としているってことだろ?」
「…………不見識をお詫びします、渡辺様」
 何を思ったのか、深々と、田中は頭を下げた。
 その次の言葉をいう前にさえぎって、麻衣はひらひらと手を振った。
「見直し、不要。馬鹿だと思っていてくれたほうがやりやすいから」
「かといって、見直さないわけにはいかないでしょう?」

 麻衣は唇をゆがめる。
「僕は、馬鹿だよ。ホンマものの、天下一品の馬鹿だ。自分が賢いと思っているバカほどたちの悪いものはないっていう生きた見本。危険性を知らないならともかく、知っててそれで、自分の欲求のままに石の誘惑に乗ったんだから」
「……」
「それで? 僕に何を求めるわけ? 君を寄越した『個人』は?」
「―――どうやって、33人もの能力者を殺める事が出来たのか―――です」

    ◇

「ふむ」
 と、口に出していって、麻衣は腕組みした。

「内通者のせい……じゃだめ?」
 七三に撫で付けられた頭が、かぶりをふる。
「一族は、生き残りの能力者全員を調べました。決して嘘のつけないようにさせて、聞き取り調査をしたのです。裏切り者がいないかどうか……。皮肉にも、騒ぎで能力者のほとんどが死に絶えていたので、大した手間でもなかったようです」
 一族の人間の数はかなりにのぼる。だが、能力者はそのなかの半数ほど。それも「兆しがある程度のもの」も入れての話だ。
 実用になる能力者は少なく、さらに二つの出来事でほとんどが死んだため、生き残った能力者はごく少ない。調べるのは、さほどの手間でもなかったようだ。

「裏切り者がいるとすれば、能力者以外……。ですが、能力者以外の人間が裏切ったところで、どうして33人もの能力者が殺せるでしょうか?」
「うん。まあ……妥当な推理だね。僕としても、内通者なんて嘘は混乱すればしめたもの程度のつもりだったし」
「―――ではやはり」
「うん。僕一人でやった。ぜんぶ」

 軽く頷く渡辺麻衣を、ごくわずかの間だが、化け物でも見るような目で田中は見た。
 伏せていた内心の感情が、表出してしまった瞬間だった。
 麻衣はクス、と笑う。
「……恐怖するのは恥じゃない。人間なら殺人者を恐れるのはとうぜんのこと。でも、こういう場ではそれを見せるのはやめておいたほうがいい。恐怖は弱み。僕は今はつけこむ気がないけど、普段ならこのタイミングで示威行為にでるね」
「……殴ったり、ですか?」
 それは招待者の少年を麻衣が殴ったからだろう。非難の色合いがにじむ口調に、麻衣は平然と返した。
「あるいは目の前で大きな音を出したり、ものを壊してみせたり、殺意の言葉を吐いてみたり、ね」

 どれも本気の敵意や殺意を込める。そうでなければ脅しの効果が上がらない。だが、実際に麻衣がそれを行動に移すかというと、話は別である。
「力で怯えない人間は稀だ。怯えてくれれば、やりやすい」
 脅しや暴力も交渉手段の一つであると麻衣に教えたのは、六年間に出会ったろくでもない人間達だった。
 そこで恐怖に怯えきり恐慌状態に陥った人間がいかに御しやすいか、身を持って教えられた。被害者の立場で。
 かつて被害者として、怯えた経験が、麻衣に教える。
 どれほど恐怖が人を縛るか。
 恐怖は人の思考力をいちじるしく削ぎ落とす。
 骨の髄まで恐怖を教え込まれた人間は、たとえ鍵のかかっていない部屋からでも逃げられない。そう言う風になってしまうのだ。

「気をつけることにします。それで返答は?」
 麻衣は顎に手を当て、苦笑した。
「……んー、あのさ、もうちょっと、ズルい方法、つかってくれない? 僕がその質問に答えなきゃいけなくなるような、そういう方法。土壇場に追い詰めるやり方。今の状況じゃあ、僕が『んな質問に答えたくない』っていったら終わりじゃん。そういうのって、傷を治す前に選択させないとだめだよ」
 にこにこ笑いながら、まるで不出来な生徒に教師が教えるように、麻衣は言う。
 完全に会話の主導権を握られていた。
 田中はそれに気づいて深呼吸する。落ち着け。まだ、取り戻せる程度の劣勢だ。
 相手を完全に甘く見ていた。それは認める。
 思ったより百倍も、やりにくい相手だ。交渉をよほどたしなんでいるのだろう。タイミングも、相手を呑む表情も台詞の選択も、見事だ。
 一連の会話で、彼女は完全に田中を「格下」と定義づけてしまった。その空気を作ってしまった。教え諭す態度を作ることで。
 なかなか見事だといっていいだろう。
 だが、ここまでだ。

「……では、こういうのはどうでしょうか。あなたの作り出した死体について、一族では隠す方向へ進んでいます。ですが、その方向をかえることが、私の雇用主には、容易です。残り少ない人生を、犯罪史に名を残す殺人者として、家族まで不幸にして終わるのか、それとも……」
「ムリ。ムダ。はったりはもうちょっと隙なくつくろう」
 一言の元に麻衣は切り捨てた。
「だいたいさー、僕が殺してからもう数日たつよ? 今更警察呼べるわけないでしょ。なんで通報しなかったんだって痛い腹さぐられたい? 死体の数数えたってことは、現場見回って検証したんでしょ、君たち。世界に冠たる日本の警察なら拾える証拠がごろごろおちてるよ。きっと。血の上に落ちた髪の毛、指紋。どういいつくろうわけ? 第一発見者はうたがえっていうのが基本だよ? しかもその第一発見者は死体を見て驚くどころか広い屋敷を見回ってうろついているんだよ? しかも複数でしょ。警察はどっちを信用すると思う? 僕がたった一人で屈強な男もまざった33人全員無傷で殺したって言うのと、死体を何日も放置していた複数の第一発見者が複数人で殺していったっていうのと」
「…………」
 冷静な状況判断に、正直、舌を巻く思いだった。
 その通り。
 今となっては通報するにも遅すぎる。逆に警察の疑惑の目はこちらにむく。

「当日ないし翌日に、決断すべきだったね。そう思ってずっとテレビつけてたけど、報道しなかった」
「……では、あなたが食べた料理の代金を請求するというのはいかがでしょう?」
 麻衣は顔をしかめた。
「前にもやられたけど。そういうの、やめて欲しいなあ……。でもさ、そんな程度で、ほんとに、僕が話すと思う?」
「思いません。ですが、こうは思います」
「ほほう」
「この数日で、あなたはこの生活を堪能されたはず。これからずっと、同じ生活を死ぬまで提供すると言ったら?」
「……ふむ。結構、マシな条件になったね」
 麻衣は頷いた。

「まだちょっと切羽詰ってないし、ギリギリ感が足りないけど、まあオマケでいいとしよう。ただし、同じ生活を死ぬまでっていう部分。君は約束を守るの? 守る保障はどこにある? それを一体どうやって僕に納得させるわけ?」
「第三者立会いの上、正式に、現金を贈与するのではどうです? 一千万ほどで足りると思いますが」
「……まあ、ギリギリ合格にしておこうか」
 麻衣は微笑して、甘めの合格点をだした。
「なにより、安易に人質路線を選ばなかったあたりは評価できる」

「参考までに、もし私がそうしていたら?」
「そういう脅迫するときには、自分が脅迫の材料に使われない事を確信できる状況でするのが絶対条件。田中さん縛り上げて監禁してオッケーでしょ今回。向こうに人質いるけどこっちにも田中さんっていう人質できましたってことで立場は互角」
「……肝に銘じます」
 深々と、頷きながら思った。

 日本では交渉といえば暴力抜きが基本だが、それは日本限定ルールだったようだ。交渉は、口先と、暴力もフルに使う戦いらしい。
 そして渡辺麻衣は、そういう暴力を効果的に使う方法も、熟知していた。



2006 10/25 up

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