あなたは間違っている 28



 長い髪を揺らして、麻衣の部屋の前で、その人物は振り返った。
「こんばんは」
 耳に響く、奇麗なイントネーションの日本語だった。

 その態度に動揺が見られないことから、麻衣は納得する。
「何の用ですか?」
「渡辺麻衣さんに、聞きたいことがあって来たものですが?」
「人を訪ねる時刻じゃないですよ」
「それは失礼。ですが、あなたはそんなことは気にしない方でしょう? どうやら、例の一族とも休戦協定を結んだようですし」
「ああ、そう。カインから聞いたんだね」

 驚愕に、見開かれる瞳。
 もうちょっと用心深くなりましょう、に一票。
「……何のことです? その人のことは知っていますが、関係はないですよ」
「秘密。教えてやらない。でも、カインとあんたらの繋がりは知ってるよ。別にあの一族にばらす気なんてないけどね」
 答えは、ミイラ男がでてきたら普通はぎょっとするし、相手が誰だかとっさにはわからない、だ。
 尾行はありえない。
 ということは、カインがこいつらと繋がっている、というのが最もありえそうな答えで、そして麻衣はカマをかけたのだった。

「で、もう一度聞くよ。何の用? 僕には君達に悪意を抱く理由こそあれ、なごやかに話をする理由なんてないんだけどなあー? 僕とここでやりあって、34人目になりたい?」
 目に凄みを込めると、相手は一歩後退しかけ、しかけた自分に気づいてぐっと踏みとどまり、怯えた顔を相手を蔑む醜い顔に変えて見つめ返した。
「そういう態度は、あまりいい結果を生みませんよ」

 麻衣は表情を顔面から消失させる。
 無表情の面は、無言の殺意をしめす。砂のように無味乾燥の声音でいった。
「……そんなに、死にたい?」
 凍った鉄のように触れたものを張り付かせる、本気の殺意をこめた。
 こいつがいるせいで、部屋に入ることが出来ない。邪魔者だった。
 下手な返答一つで、その首を切り落とす。それで部屋に入り、ぐっすりと安眠できるのなら安いものだった。

 相手が息を呑み、動けなくなる。
「い、……」
「十、数える。そのうちに消えろ」
 いーち、にーい、と数え始めたときだった。
 やっと喉の絡まりがとけたのか、叫び声を上げた。
「ひ……人質! 人質がいる!」

 麻衣は数をかぞえるのをやめた。平易な瞳で、見返す。
 相手は、その態度で生気をとりもどし、息を吹き返したように並べ立てる。
「人質がいるんだ! あんたがこっちに逆らえば、人質の命はないぞ! それでもいいのか!」
 圧倒的優位にたてる人質というものをとり、そのつもりで会話をしにきたら脅され、腹が立ったのと怖いのとで切り札をあっさりばらし、それをふりかざすことでこっちを服従させようとやっきになっている―――。
 涙が出るほど、矮小な人間だった。
 そして彼の思惑通り、へへーわるうごさいましたーと平伏して見せるほど、麻衣は慈悲心に溢れた人間ではない。

 無関心を絵に描いたような声で言った。
「家族がどうなろうと、僕の知ったことじゃないよ。勝手に殺せば?」
「ちがうぞ、家族じゃない。お前の知り合いだ。い、いいのか本当に殺すぞ!?」
「……きみ、おばか?」
 麻衣は一歩足を踏み出し、素早く片手で首を掴んだ。呼吸の間を読んだ動きだった。相手が気づいたときには、もう喉笛をつかまれていた。

「そういう脅しはさ…………、いや、メンドクサイ。脅し方のレクチャーなんてしてやる義理もないし。とにかくさ、身の安全を確保してから、やんな。次に生まれてきたときにはね」
 そう言う風に掴んだので、声帯は動かない。
 そのまま手に力を込めようとして、唇が動く形に気がついた。

 ―――クサナギシンジ。

 麻衣は手を止めて二秒ほど考える。
 喉をつかんで声帯を封じたまま、にっこり笑って言った。
「僕がシャープペンで、暴走族を撃退した事あるって言ったら、信じる? 信じない? でもほんとだよ。最初、財布を取り出すふりで筆箱出して、シャープペン出して、すぐ隣の暴走族の目をさ、ぐりっと。やってあげたわけ。目からシャープペンを生やした天才的マジシャンの姿にみんなして凍りついてさあ、その間に、もう二三人の目をぐりっとやって。誰も彼も凍りつくか、悲鳴上げて逃げ出すかのどっちかで。ま、全員一人も逃しゃあしなかったけどね。日本人はさあ、殴る蹴るそれがいきすぎて殺す、はできても、なんでか目玉をえぐることはできないみたいなんだよね。
 ……ねえ? 君で、同じ事しようか? それとも全部話すのと、どっちがいい?」



2006 10/17 up

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