あなたは間違っている 15



 第一印象は、想像していたのよりずっと知的でスマートだった。

 何人も殺した猟奇殺人者というので、さぞ血に飢えた獣のような猛々しい雰囲気をまとっているかと思いきや、職場の人間と談笑しながら歩いている。
 その表情は笑顔で、相手の顔も笑顔だ。
 渡辺麻衣は大口を開けての笑いではなく、唇を笑みの形に刻んでの笑顔。しかし、無理に笑っているという感じはせず、自然な笑顔だ。
 顔立ちは事前に写真を渡されていたから知っていたが、人目を引く華やかさは写真には写らない。
 よく日に焼けた赤銅の肌、バンダナをまいた額に黒髪がかかる。筋肉がつき引き締まった四肢、すっと通った鼻梁、きらりと意志の力を宿して輝く瞳。
 美形だが、精悍すぎて美貌というのはいささか語弊があるかもしれない

 彼が人並みはずれて姿のいい青年である事はこの際とても運のいい事だった。
 容姿と華を兼ね備えた彼の姿に、周囲の人間は何人も視線を吸い寄せられている。その一人のふりをすれば、彼に目を向け、観察していても疑われる事はないだろうし、周囲の聞き込みもしやすい。
 ぽーっとした顔で彼が立ち去るのを見送った女性に、素早く近づき、同じような表情を装って尋ねる。
「ねえねえ、あのカッコイイ人、誰かな? 知ってる……?」

     § § §

 居場所を突き止めるまでに、二ヶ月を要した。

 四家の中から、今もっとも有能な攻撃系の能力者を多数揃えた。
 今、とあるのは、化け物騒ぎの際にめぼしい人間は皆死んでしまったからだ。
 一番手が死んだ後の、二番手三番手ばかりだが、それでも現時点で最も優秀な能力者をできるかぎり揃えた。
 結果は―――悲惨なものだった。

 毎日、麻衣は日雇い労働に出かけていく。
 朝は朝で人目が多い道。
 帰りは帰りで仕事の同僚と一緒である。
 仕掛けるチャンスがないのだ。
 チャンスをうかがっているうちに、ある朝突然麻衣は雲隠れした。
 気づかれたのだ。
 そして、全ては最初に戻った。

 ……かと思いきや、そうではなかった。

 ひとりが麻衣が仕事に出かけている隙を見て、発信機を荷物につけていたのだ。
 渡辺麻衣が用心深く、いつでも逃げられるよう荷物をまとめてあったのが幸いした。
 荷物はタオル、地図、そして着替え一そろえ、水筒、ティッシュ。
 実に簡素で、小作りにまとまっている。探検に行くのではないのだ、必要なものは現地で買い揃えればいいという考えが透けて見える。
 現金は巧妙に複数箇所に隠されていた。
 その荷物にしかけた。

 渡辺麻衣の次の居場所は、発信機のおかげですぐに見つかった。
 移動したばかりの神経が張り詰めている時をずらし、麻衣がその街へ来て三日後と決めた。
 麻衣がやっているのは大抵日雇いの肉体労働で、手馴れている上に若く体力もあり売り込みもうまい彼女は、職を見つけるのに苦労はしていないようだ。移動してその日のうちに職を見つけ、面接という名の売り込みにいき、その場で採用され、そのまま仕事となる。
 仕事振りは真面目で、同僚との関係もまずくない。給料はその日の夕方、現金で手渡しされる。そしてその足で夕食を買い、買い物があればして、住処に持ち帰って食事にする、というコースだった。
 三日のあいだ、見ていたが職場の行き帰りのほかは、ほとんど外出がない。ずっと家に篭もっている。何をしているのか不思議なほどだった。
 狙うのは、麻衣が疲れているだろう職場からの帰りと決まった。

 麻衣は、絶対にひと気の少ない道を通らない。遠回りしてでも、人が多くいる場所を通る。それを逆手にとることにしたのだ。
 見たところ、麻衣は慎重に、警察沙汰になる事をさけている。
 彼女としても、優秀さでは諸外国にその名が通る日本の警察を敵に回したくはないのだ。
 そして、こちらは、超能力というアドバンテージがある。
 周りを取り囲むと同時に超能力で体の自由を奪い、肩を貸す素振りで周囲の目を誤魔化しつつ連行する。

 その作戦を示されて、怯えた様子だった清和の能力者もその気になった。
 相手は普通人なのだということをやっと思い出したようだった。
 そう、所詮は普通人。恐れるほどのものではない。
 不意をついて体の自由を奪えば、無能力者になす術はないはずだった。

 そこまでの準備を整えたのを見届けると、朝霞(あさか)由美はその仕事を終了した。
 朝霞は一族の出だが、苗字はもらっていない。能力の発現はないが、能力の実在については身近に接してきたので知っている。ほとんどの日本人が超能力を架空のものと信じる中で、その実在を知る極少数のひとりであり、その系譜に連なる身であることはほんの少し重荷であると同時に誇りだった。

 ある日、「上」から召集されて、この人間の調査を依頼された。一族ひろしといえど、実際の探偵業に職業としてついている人間は彼女ぐらいのものだったので、納得のいく依頼だった。
 手順を踏み、きちんと着手金をうけとり、報酬についても契約をして、仕事として調査を依頼された。すこしだけ違うのは、絶対の守秘義務がかせられたこと。
 普段の仕事でも守秘義務はかせられるが、……「やぶれない約束」をさせられたのだ。もし、秘密を洩らしたら、朝霞の顔は醜い傷跡と一生同居することになる。
 前任の探偵社が出した調査書をはじめ、あらかじめある程度の情報を与えられた調査だった。調査は細心の注意をはらって行った。もし気づかれたら、すぐ逃げられるという事は警告されていたからだ。
 そしてこの一事だけでも、この調査対象者のことを考察する材料には充分なる。

 すぐに逃げるという言葉はイメージが悪いが、少なくとも対象者がある種の用心深さを持っているのは間違いない。
 また、ある程度その地域で生活の基盤をつくってからでも気配を感じただけで逃げるということは、決断力に優れている、ということだ。普通の人間は住居も用意し、職も得、安泰に暮らせる基盤をつくった場所を中々移動できない。気配を感じても、気のせいと思う。……いや、思いこもうとする。
 はっきりした証拠を見ない限りは、居つづけようとするのが普通の人間だが、そうではない。そして手遅れになるのだが。

 対象者の性質を考え、慎重策をすてた。
 相手はたとえ気のせいであっても何か気配を感じただけですぐ居場所を変える人間だ。確認などの時間を食っていれば、逃げられる。
 探索の能力者から居場所を聞いてすぐ動いた。

 その地域を少し探しただけで、目立つ相手はたちまち見つかった。
 仕事からの帰り道を尾行し、住んでいる場所を確かめ、盗聴器を設置した。
 翌朝対象者が仕事にでかけるのを見計らい、侵入する。
 部屋のカギは普通のカギだったので、十秒足らずで開けられた。自然な様子で中に入る。もし誰かに見られても、その部屋の住民だと思うように。
 ほんの少し期待していたが、誰もいなかった。

 窓の外の盗聴器により、話し声が察知されていた。ただし、渡辺麻衣一人分だけ。そして、清和の一族がみる幻。渡辺麻衣の目的が死者の復活だということ。
 これだけ揃えば答えは出る。
 渡辺麻衣の「大切な人」の幻は、どうやら本人限定らしい。

 居場所を発見し、得られた情報を全て譲り渡し、襲撃の準備が整った事も知ると、朝霞は晴れ晴れとした顔で今回の仕事を終了とし、成功報酬を受け取った。
 襲撃は明日だ。
 屋敷は広く、熱のあがる実行犯のいるあたりと、自分の責任と仕事を果たしてほっとしている朝霞が間借りしているあたりはまるで温度がちがう。

 屋敷には明日まで滞在して、すこしこの街を観光した後、自分の家に帰るつもりだった。




2006 8/31 up

オリジナルのページに戻る

まえへ  トップへ行く