あなたは間違っている 14



 嵯峨の一族の青年は、礼儀正しく頭を下げた。
「こんにちは、探索のお手伝いに参りました。嵯峨仁美ともうします」
「こんにちは。よく来てくださいました。ありがとうございます」
 青年を受け入れる側も、微笑みを浮かべて頭を下げる。
 しかし彼らの表情はどこか暗い。疲労と、……失望すら浮かんでいる。笑顔で歓迎と感謝をのべていても、内心はちがうということだ。
 探索系の能力者がきたら、居場所を突き止めてしまうかもしれない。居場所を突き止めたら、向かわなければならない。
 ……向かったら、大怪我をするか殺されるかもしれない……。
 その気持ちが探索系の能力者の到着を歓迎できない理由だった。

 シンジのむごたらしい死に様と、水和の死、そして一人の重傷者は、小さくない波紋を投げかけていた。
 水和の両親は、事情を知らない人間からは狂ってしまったように見えた。
 何もないところに話し掛ける人々。時折、笑いすらする。
 そして他方では、遺体は放置されている。
 両親は遺体から目をそらし、他の幻に捕まった人々も同様。
 「死」などなかったかのように振舞う人々と、置き去りにされた遺体。
 死の尊厳というものを、真面目に考えた事のない人間にすら考えさせる光景だった。

 死んで、水和のようになるなんて冗談じゃない。肉親や友人にすら死を悼んでもらえず、肉親や友人は幻にからめとられ……親しい人々が罪悪感にかられながらも幻に心を癒されるなかで、「死」は誰にも顧られないまま放置される。
 死ぬのはもちろん怖いが、死の尊厳、死後の安寧すら奪われる。そんなの真っ平御免だ。
 超能力者である以前に、彼らは日本人だった。

 そんな微妙な空気は、助っ人として嵯峨の一族からやってきた仁美にも伝わる。
 なるほど、確執を踏み越えて頭を下げるだけの事はあると、納得した。
 これだけ士気が落ちてしまったら、回復させるのは至難の業だ。
 この場に一人として、心から純粋に探索の成功を願っている人間はいないだろう。
 現場の誰一人として発見を望んでいないのだから、捜索も当然手抜きになり、当然報告されるべき重要情報も隠匿される。

 仁美は、探索の対象者を思い浮かべる。
 探索にあたり、写真と経歴を教えられた。探偵に調査させたものらしく、探偵社のロゴが小さく入った調査報告書だった。
 超能力による探索は、探偵による調査と同様、対象者の情報が多ければ多いほど精度は高まる。
 実物に実際あったことのない分、精度はやはり落ちる。「誤報」がそれだけ多くなるのだ。

 能力による探索は、「質」がものをいう。
 素人でも火風水土木の五要素については聞いたことがあるだろう。
 探索の能力者の順位付けは極めてシンプル―――同時に何要素絡めば察知できるか、である。

 最も下位とされているのは、火風水土木すべてに同時に対象者が触れたときにだけ居場所を察知できる能力者だ。
 火に触れながら風に触れながら水に触れながら土に触れながら木に触れている人間しか探知できない。
 あたりまえのことながら、そんな状況は滅多にない。
 大抵の能力者は、二〜三要素がからんだとき発見できるものだった。
 仁美自身を例に取れば、土と風に同時に対象者がふれたとき、居場所を察知できる。

 そういう誰にもわかりやすい基準でいけば当然、最も上位は0要素―――常にどんな条件下でも居場所を察知できる者のことだが、そんな人間はここ千年生まれておらず、存在自体疑問視されている。実質的に「最上位」と呼ばれているのは、対象者が一要素に触れたとき探知できる能力者のことだった。
 この最上位は、近年では一人生存が確認されていた。
 ……先日までは。

 土に触れただけで対象者の居場所を察知できる土の寵児は殺された。
 その事を思うと、仁美は喉の奥に笑いがこみ上げてくるのを感じる。
 探索系で二要素の人間は他にもいるが、要素の相性が悪い。
 火と水などは同時に触れる人間はまずいないため相性が悪いとされるのだ。
 その点、土と風は最高の相性である。風はエアコンから出る人工の風は含まれないが、人が大地に触れているとき、そこにはまず決まって風があるからだ。
 対象者が植木鉢の土にふれただけでも察知できる水和には及ばないが、その人間は死んだ。
 現状で最も優れた探索系の術者は、仁美だといえるだろう。

 わざわざ死を願い工作するほどの悪意はないが、彼が死に、その名誉が転がり込んできた事はもちろん喜ばしいことだ。
 むろん、表に出さないだけの良識はあるし、わずか14歳で死んだ少年の事を思うと不憫にも思う。
 しかしそれは、手中に転がり込んできた幸運を喜ぶことを禁じるだけの力は、ないのである。

「どうでしょう……?」
「そうですね、術はかけ終わりましたから、後は待ってください。二三ヶ月もすれば察知できると思います」
 後は、麻衣が土と風に同時に触れるのを待つだけである。

 もっとも―――と、仁美は周囲の人間を見回して思う。
 死を恐れ、その恐れを踏み越えてまで行動する度胸もない、そういう面ではいたって普通の日本人である彼らに、恐らくは人殺しを日常的にやり、殺し殺される殺意のただ中を六年にわたってかいくぐって生き延びてきた渡辺麻衣の前に立てというのは、中々酷な事である。

 その時になれば面と向かって反抗する勇気もないので上の命令に従うだろうが、及び腰の態度になるだろうことは、想像にかたくない。



2006 8/20 up

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