あなたは間違っている 12



「能力的な面でいっても、人格的な面で言っても、付け入るのが難しい人間だ、という印象を受けた」
「……ほお」
「自分の求めている事をはっきり知っており、ある種の『答え』を持っている人間。迷いがなく、揺らがず、強い。たとえ人殺しをしても、それが自分のなかの正義ならば、いささかも迷いは生じないだろう、―――という印象だ」
 首を傾け、端的な感想をのべたのは、宇多である。
「まるで褒め言葉だな」
 他の二人も同意見らしいことは目の光でわかった。
「君の意見を聞いていると、まるでこの人物に好意を持っているように聞こえるぞ。不謹慎だ」

「率直な評価を言ったまでだ。人格評価と好意を取り違えられてはたまらない。悪意を抱いているからといって、嘘八百の貶めた評価を述べろというのか。―――そちらの方がはるかに愚かというものだ」
 歴然と、火花が散る。
 もともと、情報を隠匿していた清和に対して他の三人の当主は決して好意を抱いてはいない。
 宇多は更に火を大きくする。
「今しがただけではない。先ほどから、ずっとだ。君はこの人物を過大評価してばかりいる。私にはこの人間は普通人の単なる女としかみえない」
 口元が大きく歪む。
「確かに、この人物が凡庸であれば捕らえられない君の恥も大きくなろうというものだな」
「その通りだ」
 率直に肯定する。意表をつかれて三人が身じろぎした瞬間に、続けた。
「この人物が凡庸であれば、とうの昔に我が一族で捕らえていた。どうにも手に負えないと判断したからこそ、こうして恥を忍んで打ち明けているのだ。この人間を低く見るのは勝手だが、かしこい行いとはいえない」

 この意見はほんのわずかだが三人の意識を変え、目を開かせるに足りたようで、彼らは探偵の調査報告書に目を落とす。
 そこに、清和の淡々とした声がひびく。
「力を借りたい。探索系の能力者および、知りたい情報を自由に聞きだせる人間だ」
「どういうことだ? シンジはわかるにしても、そちらには土の寵児がいるじゃないか。あれこそ探索系の最上位―――…」
 怪訝そうに顔をあげた陽成の顔が気づいて強張った。
「殺された。もう二日も前だ」
 清和の表情は苦い陰に満ちている。シンジのときのような演技ではなく、こちらは本心からのものだ。
「なぜ通報しない? 警察に追わせればいい。捜査能力は我々の数段上だ」
「できない。―――水和は石の能力の貴重なサンプルとなった」
 そこで、清和は幻についてかいつまんで説明し、こうしめくくった。

「幻を見る人間の聞き取りをしているが、実に興味深い。しかしその現象は、警察に通報した瞬間に消え去る。少なくとも研究が終わるまでは、警察には言えない」
「お前ならばそう言うだろうが、両親はよくそれで納得したな?」
「親も、幻に捕らえられた側だ。反対どころか諸手をあげて賛成した」
「土の寵児はいまいくつだ?」
「十四だった」
「……その年の子どもを、平気で殺せる人間な訳か―――。厄介だな。この世の底辺みたいな国に売り飛ばされてよほど酷い暮らしをしてきたんだろう」
 清和も頷いた。
「同感だ。少なくとも、殺した数は十や二十ではきかないだろう。快活な笑顔のまま、人を殺せる人間だ」

 その一言が重くのしかかる。
 人殺しを食事と同じぐらいの重さでできる人間など、この日本にいる限りお目にかかる機会などないはずだった。まして、そんな人間と敵対するなど。

 すでに、二人殺されている。
 人殺しに禁忌を抱かない人間を追跡するのは、日本人には気が重い。
 清和が決断したのもそこで、士気が著しく下がっているのだった。見つけたら逆に殺されるかもしれない相手を探すのだ。怖気づく人間を責めるのは酷だ。

 三人が提案した。
「いっそ、石に構いつけるのはやめたらどうだ?」
「そちらはもう二人殺されているんだろう? そして、このままいけばさらに犠牲者が増える可能性が高いからこそ打ち明けたんだろうが……、うちも、現在は例の化物騒ぎでめぼしい攻撃系の能力者がやられてしまった」
「石に願う事が大切な人の復活と言うのなら、別に放っておいてもいいんでは?」

 清和も頷いた。
「石の欲得だけなら、私もその案を考えた。しかし石に寄生された人間が、異界への門を開き、化け物を呼び出してあの惨事の二の舞をするとなれば、放ってもおけまい。しかも今度は、屋敷の中ではなく、街中でだ。あのような化け物が跳梁する世の中にしたいというのなら、話は別だが」
 言葉が一瞬にして途絶えた。

 めいめい、開きかけていた唇を閉ざして思考にふける。
 あの惨事が、街中で起こったときのことを考えていたのだ。
 少なくとも「常識」は崩れ落ちる。
 最初は否定しても、コンピュータゲームもどきの化け物の実在を世間が認めるまで、そう長い時間はかかるまい。街中で化け物が出現すれば、警官の手に負える相手ではない。民間人の手に負える相手でもない。自衛隊の出動まで化け物は荒らしまわるだろう。また、自衛隊は勝手な判断では出動できない。
 自衛隊は役所からの要請がなければ出動できない。そして役所のお役人はそんな前例のない出動要請をしたがらず、責任回避のため上司に相談し、上司はさらに上司に相談し、時間ばかりが刻々と過ぎ、その間に被害は拡大の一途を辿るだろう。大震災のときと同じだ。
 重い沈黙が一分近くつづいた。
 嵯峨がしぼりだすようにいう。
「……その根拠は?」
「ないに等しい。石の現在の所有者―――渡辺麻衣の言葉だけが根拠だ」
 希望を見出したかのように目を輝かせ、嵯峨が食らいついた。
「ならばそんなことにならない可能性だってあるんじゃないか? でたらめだということだって」
 清和は頷いた。
「もちろん、ありえる。―――だが、そうではなく真実だという可能性もある」

 清和はテーブルの上の料理を見下ろす。贅を尽くした料理はすっかり冷えていた。

「―――正攻法以外の方法ではどうだ? たとえば渡辺麻衣から買いとるとか……」
「それは考えた」
 頷いて、つづける。
「しかし、どうやってその交渉をする?」

 日本全国、どこにいるのか判らない相手にどうやってその申し出をするのだ?
「新聞に載せるにも、普通の都市では最低でも二三紙が流通している。総計では100をこえるぞ。その全てに載せるのか? それに、逃亡生活をしている人間が新聞なんてものを読むだろうか?」

「家族がわかっているのなら、楯にして脅迫すればいい」
「……さて、それが通じる相手なのかは怪しいが……」
 清和は首を傾けた。
「問題点は、何も変わっていない。脅迫は有効な手段だが、どうやって相手にそれを通知するのだ?」
 馬鹿馬鹿しいような、根源的な問題である。
 どこにいるのか判らない相手に、脅迫を、どうやって通知する?
 脅迫の文言なんて、買い取りの文言と違って新聞にも載せられやしない。

 誰かの吐き出したため息が、うつろに響いた。

 口火を切ったのは嵯峨だった。
「―――探索系の術者は、貸し出そう。ただし、相手と決して対面はさせない」
「私としても、そのつもりだ。二度と水和の轍は踏みたくない」





明日も更新です。


2006 8/13 up

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