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あなたは間違っている 7
扉を開けた瞬間、彼の重く口を閉ざした顔に出くわした。
マイも口をつぐみ、後ろ手に静かに扉を閉める。
オートロックのカギが下りるカチャリという音がした。
彼はいつもかける言葉をかけない。
「おかえり」という一言をかけない。
黙って、ただマイを見つめている。感情豊かな瞳に今込められているのは―――
自分が獲物で狩人に追い詰められているような心地になり、マイは目をそらした。
これは幻なのに、マイが作った幻なのに、どうしてこんな気持ちを抱かせるのだろう。マイの自己満足のために作った幻なのに、どうして嫌な気分にさせるのだろう。
反面、嬉しい気持ちもある。
彼ならば、こんな表情をするだろう。表情一つで、マイを追い詰めるだろう。
この幻が、マイが考えるマイにとっての彼どおりの反応を取ってくれた事が嬉しい。
「マイ」
記憶どおりの、アクセント。
ただし今は、哀れみとたしなめを強く含んでいた。
「謝らないよ」
キッと瞳を向けて、言う。
先ほどそらした瞳から、今度は逃げずに向き合う。
後悔するぐらいならやるな。それがマイのポリシーだ。
殺めた後、ぐだぐだ後悔して自己弁護に浸っている人間を見ると虫唾が走る。
マイは衝動的に殺したのではない。ちゃんと考えて、決断したのだ。きちんと先のことまで考えて、その上であの子どもを―――何の罪もない子どもを手にかけたのだ。
「僕は、後悔しない。あんたのためなら誰でも殺す。世界中の人間を敵にしたって構わない」
聞く人間によっては、感銘を受けるかもしれない。
少なくとも、一人の為に全世界を敵に回してもいいとそう思えるほど誰かを愛している人間は少ないだろう。
ただし、それも幻ではなく実物であるというのが大前提だ。
一度は感銘を受けた人間でも、相手が実物ではなく幻だった時点でその感情ははかなく砕け散る。実物と幻の違いはそれほど大きい。
シュレイルはゆっくりという。
「自分のルールを揺るがすな―――俺はそう教えたな、マイ?」
「…………」
「口に出していったわけじゃないが、お前は俺の、一番優秀な弟子だった。言葉にしなくとも、お前は俺の姿勢からその事を学び取った。お前のルールは俺のルールをコピーしたものだ。だからこそ、俺たちは長年仲間としてうまくやってこれた。お前のルールと俺のルールがぶつからなかったから」
彼の手が上がった。
一瞬、殴られるかと思ったが、その手は優しく横顔を包んだ。
「まっとうな人間に迷惑かけるな。俺は、お前にそう教えたはずだ」
見返した彼の瞳の色は、深い。
「一度言い訳すれば、次も自分に言い訳するようになる。お前は罪悪感を抱き、ルールの改訂を余儀なくされる」
大きな手に頬を包まれたまま、マイは主張した。
「……何とでも言えばいい。僕は悔やまない。後悔しない。何度だって同じ事をする。シュレイルのためなら何人だって殺してみせる」
「それで?」
促しに戸惑った。
何を聞きたいのか判らずに見上げる。
「それで、一体何をする?」
「……」
理解して、マイは絶句した。
「石が、お前の身体をどんどん侵食していくぞ。逃げて、逃げて―――それで一体何をするんだ?」
答えられないでいると、彼は頬から手を引いて、距離をとった。
二人がいるのはホテルの一室だ。金銭は少年から奪った金で足りた。これを普通の良識ある人間は強盗殺人という。
数歩離れて、彼はかぶりをふりながらいった。
「マイ、お前は間違ったんだ。せっかくのやり直すチャンスをつぶした」
幻のクセに、どうしてこんなことをいうのだろうこの幻は。
「お前は間違っている」。
他の誰に言われるよりも、こたえた。
「そうだよ、間違っているよ。でも石を渡したら、あんたはもう会えないじゃないか。だったら僕は捕まらないよう逃げる。石のことも教えない」
つかまったとき、手荒い尋問を受けたのは彼らが石に魅力を感じていたからだ。
万能の石。
何でも願いがかなう石。
そんなものを前に、誘惑されない人間がいたら見てみたい。
魅力を感じない人間はいないだろうし、たとえ危険だといわれたところで、その言葉は聞いた人間の中でこう変化するはずだ。「危険ならば危険のないよう使えばいい」と。
マイは現在唯一の、複数回石を使ったといえる人間であり、その経験は非常に貴重だろうし、そもそもマイは石の生態について異様に知っている。
石の現在の所有者にして石についてよく知る者。
石について詳しく知って石を利用したいと望む人間なら、そんな人間をすぐには始末できない。無罪放免にもできないだろう。聞きだせる限り聞き出したい。そう思うはずだ。
それに……ここは日本である。
拷問を受ける際の、周囲を取り囲んでいた人間の罪悪感でつぶされそうな顔を思い出す。
超能力者といっても、日常的に殺人をこなしているわけでもなければ人を傷つけているわけでもない。どんな超能力を持っていても人間なのだ。
普通の日本人が、情報を聞き出すために拷問なんて行為をする。
受けるマイにとっても地獄だったが、悲鳴を聞き、見ている側も足が震えるほど恐ろしかったろう。
血の匂いのしない拷問であり、罪悪感が少なくとも、そうなのだ。
見ている人間のうち、誰か一人が逃げ出せば皆そうしていただろう。誰もそうしなかったから、彼らはそこにいたのだ。
「―――マイ。わかっているのか、石は……」
「もう、手遅れだよ。昨日までなら皮一枚剥がせば剥がせた。でも今はもう、無理」
奇妙に朗らかな顔で、マイは言った。
左腕の上腕を撫でる。
昨日まではあった瘤のような膨らみはもうない。
体内に入り込まれた。それが代価だったのだ。
「侵食を続けられれば、マイは……」
マイはかぶりを振った。
「もう、手遅れだよ。僕は子どもじゃない、約束事なんて平気で破る大人だから、判っている。……わかるだろ?」
これまで、間違っているとわかっているのにその道にすすむ心理が理解できなかった。でも今は理解できる。
何の罪もない子どもを殺した手を見下ろし、マイはかぶりをふった。
もうやり直せない。やり直す気もない。
言い訳は見苦しいから、それもしない。
マイは彼の腕を引いて、袖に顔をうずめた。
「世界が滅びるより、あんたがいないほうが、つらい」
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2006 7/8 up
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