あなたは間違っている 6



(まったく、若は甘すぎる)
 憤然と、彼は考えた。
 あんな、得体の知れない信用も出来ない人間の反省した言葉なんかを真に受けて、こっそり家から連れ出した上、ホテルをとってやるなんて。
 ……まあ……大切な人を生き返らせるためだという事情には同情しない事もないが……、あの苦痛に耐えて一言も口を割らなかった精神力はたいした物だと認めないでもないが……、魅力的だと思わないでもないが……。
 しかし、それとこれとは話は別だ。
 たとえいずれ上に行く事が確かであろうと、今は清和水和は力のない子どもだ。上にこんなことが知られたら、ただではすまない。なんとか、知られないように内密に処理しなくてはいけない。

 自分の権限はないにひとしい。若に個人的好意を抱いている人間をかき集め、事情を口止めした上で耳打ちして、協力をとりつけた。
 いくらマイが半日以上にわたった行為で消耗していても、相手が相手だ。自分ひとりだけでは心もとない。
 取った部屋は安ホテルの上層階。消防法を無視しているのか脱出ルートは扉からしかなく、清和水和がそこを見張っている。いかに甘くても、最低限の用心はしているのだ。
 カインらはその部屋に屋上からロープを垂らし、窓から突入した。

 入ってすぐ、寝台に横になった少年を見つけて胸の内で唸った。
 やっぱり。
 こうなると思ったのだ。
「逃げた。追ってくれ、頼む!」
 内密に済ませるのはもう無理だろう……苦い思いに胸を浸しながら、同僚にたのむ。頷いて、扉に向かう彼ら。
 カイン自身は寝台の上の少年に近づいた。
「あんな奴を信用するからですよ、若!」
 おそらく、渡辺麻衣は扉からのルートをふさいでいた少年を気絶させ、逃走したのだろう。
 気絶させられている少年の肩に手をかけ―――思考が凍りついた。

 ―――ナゼ、コノ身体ハコンナニ冷タイ?

 薄い布地越しの体温は、冷えていた。
 それからしばらくの記憶が、すっぽり抜けている。
 再び記憶が接続したとき、カインは屋敷にいた。

 あの化け物によって壊された屋敷ではない。
 この地方の分家の館である。ここしばらく、渡辺麻衣の捜索の拠点としていたものだった。
 仲間に肩を揺すられ、はっと気づいたら、場所が変わっていた。
「……カイン!」
 呼びかけられて顔を上げると、知人はぎょっとした顔をして一瞬呼吸を止めた。
 そして息を吸い込み、カインに話し掛ける。
「―――どうする?」
「どうする……って、なにが?」
「今、水和さまの両親に連絡を入れた。ふたりとも急いでこちらにくるそうだ」
 カインは思い出す。そうだ、この国は強力な治安維持組織があるのではなかったか?
「けいさつ、は……」
 いいかけた言葉が終わる前に、相手は首を振った。
「通報はできない」
「……なぜ?」
 まだ思考の速度が戻っていない。ぼんやりと問う。
「できないんだ」
「え……? なにをいっている?」
「―――恐らく石と、取引したんだろう」
「なにが……なにがあった!?」
「……聞かないほうがいい」
 顔をそらす相手にカインは詰め寄った。
「なにをしたんだ!?」

 清和水和の元護衛という共通項のほかは、何もない、親しいとはいえない相手だった。彼はそらしていた瞳を戻してカインの目を見る。その表情は、苦い。
「……幻影だ」
「な、に?」
「メモが置いてあった。清和水和に会うことを望むものは幻が見えるようになる―――と」
 殴られたような衝撃を感じて、カインはよろめいた。

 どこまでも苦い顔で、かつて清和水和の護衛であり、彼に個人的好意を感じていたためにカインの連絡に駆けつけてくれた相手は言う。カインのためではなく、あの少年の為に力を貸してくれた相手だ。
「遺体を前にして、生き返って欲しいと望んだ者は、幻が見えるんだ。俺も……若が起き上がってくる幻が見えた。だからお前は……絶対に見るな」
 麻衣一流の、皮肉である。

「……でも、じゃあ、どうするんだ。若のご両親は―――」
 苦い顔で頷きがかえる。
「さすがに……連絡しないわけにはいかなかったんだ。だが、会わせるわけには……いかないだろう。上の判断まちだが。事情は両親にも連絡してある」
「でも……でも、だからといって、警察へは、いいんじゃないか? 警察が若に個人的好意を抱くとは思えない」
「―――俺には駄目だ」
「え?」
「幻が、消える。警察に連絡すれば」
 カインは目を見開く。
 気の遠くなるような眩暈とともに、軽やかな少年の声が聞こえた気がした―――。
 僕を消さないでください。警察に連絡すれば、僕は消えてしまうんです。
 カインは苦渋に満ちた仲間の顔を見つめる。
 少年の訴えに、動くに動けず、少年の幻に心を癒されてしまって―――。

「××××ッ!」
 短い悪態をついて壁を殴りつける。
 脳裏をめぐるのは、かつてないほどに煮詰まった殺意と憎悪だ。
 渡辺麻衣のせせら笑いが聞こえた。

 大切な人の復活を望むのが罪だというのなら、自分でその幻を消してごらん―――。



2006 7/5up

オリジナルのページに戻る

まえへ  トップへ行く