「在りし日を夢見るさまよい人 24」




 願い事の一つ目と二つ目を言うと、神さまは驚きはしなかったが首をかしげた。
「魔物、本当に消しちゃっていいのかな?」
「ええ」
「うん、ならいいけど」
 髪がゆれると、華やかな金粉が飛び散るようだった。
 白い肌は、天上の園に咲く花のようだった。
 彼が手を一つ打った。
 ―――それでまったくすべてがおわりだった。

「はい、おしまい。次の願い事は、食糧だっけ」
 これも、手を打つだけで終わりだった。
 まるで魔法の杖を手に入れたようだと、茘枝は心ひそかに思う。
 どんな願い事も一振りするだけで叶う、ごちそうも、綺麗な服も、暖かな家も現れる。ふしぎなふしぎな魔法の杖の童話を思い出す。

「じゃ、最後の願い事を言ってごらん?」

「―――その前に、お尋ねさせてください。あなたは、茘枝様のお父上ですよね……、この世界に、とどまっていただくわけには、いきませんか?」
「何の為に?」
「この世界に生きるすべての命の為に」
「それは、僕がこの世界に留まる面倒と引き換えになる理由じゃないなあ〜」
「……では、どんな理由でしたら?」
「僕の興味を引ける理由だったら。それだったら考えてもいいけど、そんなのじゃね」
 茘枝は、強く息を吸い込んだ。
 心のどこかでほっとしていた。よかった、と思った。
 罪悪感は、消えた。
 有り余る力を持ちながら、力の使い道を何も知らない。

 ―――気まぐれの一言で、古の大魔術師に永劫の呪いをかけた神族。
 ―――気まぐれから、魔術師にドラゴンを育てさせた神族。

 彼らの行為に、禍福の基準はない。
 ただ、己の気まぐれと興味が全てだ。
 強い力を持つ者ほど、厳しい掟で縛られなければならないと、茘枝は思う。自分の気の向くまま、心の指し示すまま。普通の人間ならば、それでもいい。でも、神は、それでは駄目なのだ。
 大魔術師は、何度も繰り返し、魔術を行使するものに説いた。
 ―――力は、自分よりか弱いものを守るためにある。
(……罰はすべてこの身に受けましょう)

「最後の願い事は……」
 茘枝はゆっくりと、言う。
「どうして、茘枝様は亡くなられたのですか? 教えてください」
 神は目を見張り、続く言葉は、茘枝の耳に届かなかった。

 ―――危険だ、と主張したのは、クルーノの眼。
 神族との契約を破棄すれば、どんな罰が下るのか、予想もつかない。
 厳格に罰は下るだろう。神族が残酷なことは、遊びで虫の手足をちぎる子どもに似ている。彼らは相手の痛みを斟酌することがないのだ。

 だから、茘枝は二つの意味でこの質問をした。
 ―――契約の範疇で、代価を支払えないのならば?
 破棄をしても、それを咎められる事は少ないだろう。
 この神は、大魔術師が死んだことを知らなかった。死因も……いまはもう知っているかもしれないが……知らない可能性は高い。
 ―――また、罰として、不老不死が与えられた時の為に、それを解除する方法を知ること。

 茘枝は、かつての大魔術師がどうやって安寧を手に入れられたか、知らない。
 この地上の誰も、知るものはないだろう。
 神が為す行為以外にも人の行為に奇蹟が存在するのならば、それは確かに奇蹟の名に値することだった。
 ほんの、髪の毛一本ほどの確率の偶然が百も積み重なって、長い時を生きつづけた魔術師に、死という安寧を与えたのだ。

 神様は、首をかしげてみせた。
「悪いけどね、知らないんだ。ほかの望みにしてくれないかな」
 予想の範囲内の答え。茘枝は頷いて、話を続ける。
「私は、あなたがどうしてあの町を訪れたのか、調べてみました」

 どういうことだ、とでもいう風に。ほんの少し、彼の表情が動く。
「そして、見つけました。あなたが探していたものを」
 茘枝はゆるやかなローブをまとった手をあげる。布地がさらさらとすべりおち、光に当たって白く荒い布目を浮き上がらせた。
 不思議と、呼吸音は緩やかだった。茘枝は自分でも自分の冷静さに驚く。―――不老不死に比べたら、どんなことでも耐えられる。
「クルーノの眼は、渡せません。この品物でこれまでの願いの代価としてください」

 差し出した手に、つられるように神様の手が上がる。それは、茘枝に触れる直前ぴたりと停止した。
「―――どういうことかな?」
「なんのことでしょう?」
「僕が探しているもの? 何の話だい?」
「この品をお探しではなかったのですか?」
 手の甲を上に。
 彼女が握るものは、見えない。
「僕は何も探してやいないよ?」
 それはそうだろうと、内心おもう。
 探すまでもなく、彼は何もかもすべて手に入ったはずだ。
「君が何を勘違いしているのか、知らないけど。この程度の策略で、僕を封じようとするのは、かなり甘いよ?」

 手首を握られ、裏返された。
 茘枝が握っていたのは、透明の水晶球―――しかし、疑念の表情が彼の顔に浮かぶ。
「ヘプライト! いまよ!」
 茘枝が背後に向かって叫ぶ。
 反射的に振り返った彼の手に、茘枝はクルーノの眼を押し付けていた。


 空前の容量をほこるクルーノの眼ではあるが、無限ではない。
 無限の容量なんていうものは、この世に存在しないからだ。
 そしてドラゴンひとりだけで、クルーノの眼は一時的に機能停止に陥った。
 ならば、もう一人の神は、絶対に受け入れられない。

 永遠不変の物質といっていい、クルーノの眼を破壊する、唯一の方法。
 それが、許容量以上のものを、飲み込ませることだ。

「―――やってくれたね」
 神様はあざやかに微笑んだ。
 そしてその隣には、彼と良く似たそっくりな神がたたずみ、目を伏せていた。

 ヘプライトのいた街を探っても、何もでてきはしなかった。
 神様はあくまで、気まぐれであそこに行ったに過ぎなかった。
 ただし、あったように誤解していると、そう思わせる事は可能だった。

 茘枝が握っていたのローブのたもとには、そっくりの水晶球と、クルーノの眼。
 正直な話、茘枝ですら見間違えそうな品だが、神ならば確実に一目で見抜くだろう。茘枝が魔法を使っても見抜けなかったクルーノの眼の構造を、見ただけで言い当てたのだから。

 ただしそのかわり……

 茘枝は悼む眼差しを、床の上に転がる透明な破片に向けた。
 神すらも封じる、人の作った最高傑作。
 芸術的なまでの完成度をほこったこの世でただ一つの魔法道具、クルーノの眼は、破壊された。


2006 1/24 up


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