「在りし日を夢見るさまよい人 16」
茘枝の指示通り、黙って目を閉じていたヘプライトだったが、その辺で我慢できなくなった。
聞こえてくる声は、忘れようにも忘れられない、あの日の記憶そのままだった。
ヘプライトは目を開け、そこに、美の化身を見つける。
あの日、崩れ落ちた廃墟の中でたたずんでいた、青年だった。
あの日、初めて見たときの事を思い出す。
―――美が突出しすぎていて、人でない事はすぐにわかった。
魔物が横行する世界だ。「ひとならざるもの」が存在する事は誰もが実感としてある。人に似た、人ならざる生き物だと、すぐにわかった。
金縛りにあったかのように、動けなくなった。
美の極みのような青年は、蛇の前の蛙のように硬直しているヘプライトを見て訝しげな顔になる。
「あれ? 滅ぼしたはずなのに……どうして生き残っているんだろう?」
ヘプライトに話し掛けている言葉ではない。自問している言葉だった。
「え……あ……」
美の毒は、思考力までも奪っている。いわれた言葉の意味も把握できなかった。
何を言われたのかわかったのは、青年が姿を消した後だ。
青年はその場から唐突にいなくなり、疲労感にがくりと膝を突いたヘプライトは記憶を思い返して―――やっと、何を言われたのか、理解した。
あの青年が、あの人間ではない存在が、この町を。
魔術師を探したのは、それが理由だ。
魔術師でなくては、あの青年に対向することなどできないと、わずかな接触の間に直感的に理解したためだった。
―――仇が目の前にいた。
頭に血が昇った。視界が赤く染まる。
それでもすぐさま襲い掛からなかったのは、ドラゴンのときの失敗が身に染みているからだ。
ドラゴンは仇ではなかった。間違えて、ヘプライトはこの世界を守ってきた神を殺してしまったのだ。
美しさの毒は、頭を満たした怒りに抜け落ちた。
「なんで……なんでオラたちの町を!」
叫び声に、茘枝がはっとしたようにヘプライトのほうを見る。
「ちがうの!」
初めて聞く、彼女の、切羽詰った声。
「違うの、違うのよ! あなたの街を滅ぼしたのは彼じゃない!」
「……え」
ヘプライトは驚いた。
茘枝は知っている。明らかに知っている。ヘプライトの町を滅ぼしたのが誰なのか、はっきりと知っているのだ。
「……誰だ?」
茘枝は自分の失言に気づいて、口をつぐんだ。
ヘプライトも譲れずに見つめ続ける。
彼女を困らせている自覚はあった。なんといっても、神の接客中である。
しかしこれだけは譲れなかった。
その神は、興味がないわけでもないけれどもどうでもいいといった顔で二人のやり取りを見ている。どう転んでも、彼にとって大した意味を持たないことだからだろう。
このまま黙っていて、また会話に乱入されたらたまらないと思ったのだろう。茘枝は意を決したように言った。
「……同じ、人間。人間同士の争いで、あなたの街は滅んだの」
こんな長くてつまらん話を最初から読み返しちゃうような奇特な人はまずいないでしょうが、読み返すと色んなところに伏線があります。
2005 12/10 up
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