「在りし日を夢見るさまよい人 15」




 人の形をした神さまは―――こうした形容が当てはまるとするなら、だが、男性で、人の基準で二十代ぐらいにみえる青年だった。
 光の粒から出来あがった青年は、光の金粉を撒き散らしながら頭を振る。

 白い肌に、鮮やかな金髪をしていた。
 瞳の色は、―――茘枝の方を見た瞬間わかった。鮮やかなブルー。
 間髪いれず、彼女は叫ぶ。
「あなたはあなたの望みを言い、私は私の望みを言う。さあ遊戯を始めましょう!」

 そういった茘枝を見て、彼は、訝しげな顔をする。
 彼は、ドラゴンに、あまりにもよく似ていた。ドラゴンのように右目を隠していないので、印象はかなり違うが、ドラゴンのもっていた「男性的な厳しさ」ともいうべきものを抜いたらそっくりだ。
「……まさか、知っている人間がいるとは思わなかったなあ」

 のんびりとしたそれが、その神さまの、第一声だった。
 そして、美しかった。
 蜂蜜色の髪は光を凝縮させたようで、白い肌は処女の柔肌のようで、その造形は、美の極致だった。
 絶対的なまでの美しさ―――それが、神の特徴。

 人は神により神に似て作られた。
 人は、粗悪な偽造品でしかない「人」は、「本物」である神を見たとき、それを美しいと感じずにはいられない。

 己の存在そのものを揺るがす魅力。
 それが、神だ。

 声すらも魂を震わせる魅力にみち、茘枝は責務も義務も、言うべき言葉も全て忘れ、ただ彼を見ていたい衝動を堪えるのに必死だった。
 思考力を失ってはならない。自分の双肩にかかるものの重みをもし忘れれば―――茘枝はこの先一生自分を許せない。

 ドラゴンのときは、古の大魔術師の記憶があったから耐えられた。かの大魔術師にとって、ドラゴンはただ可愛い養い子であり、さんざん手荒におもちゃにしてきた相手だったからだ。
 その記憶を見ていた茘枝は、苦労することもなくドラゴンを見ていられた。

 神さまはのんびりという。
「あの子が他人にその言葉を教えるとは思えないし……ああ、そうか」
 茘枝が胸から下げている、布に包まれた球体を、見る。
「なるほど……君が、その珠の継承者なんだ。そして、あの子の記憶を、見たんだね?」
 茘枝は一瞬迷い、やがて頷いた。

「……はい。茘枝様の、お父様」
 青年の顔に、興じる色が浮かぶ。
「いいだろう、のろう。君と契約を交わそう。ただし、代償は、その宝珠だ」

 予想の範囲内だ。
 茘枝は硬い顔で頷く。
「わかりました」
「ところで、あの子は一体どこにいるんだい? あの子の気配のする場所を捜し歩いているのに、ちっとも見つからないんだよ」
 茘枝は驚いて顔をあげ―――やがて納得して頷く。

 ヘプライトが彼に出会って既に一年以上がたっている。
 何故か?
 神族は人と、時間感覚が違う。ドラゴンは神族の中でもかなり人間よりだ。人間に育てられたせいだろう。
 神さまの感覚からすると、数ヶ月など「丸一日寝たぐらい」だろう。
「ドラゴンは……この珠に封じられました」

「ドラゴン?」
 怪訝な顔を、彼はする。
「え、あ……クルーノ、のことです」
 ドラゴンなどという種族名ではわからないかと思い、言い換えた茘枝だったが、彼女は間違えていた。
「ドラゴン? ……ああ、あれか。へえ、封じられたんだ。で、あの子はどこ?」
 茘枝は悟った。
 「あの子」というのは、ドラゴンではなく……。
「茘枝様は……亡くなられました」

「え?」
 青年は一瞬だけ驚くと、すぐに頷いた。
「へー。あの魔法をまさか人間が解けるとは思わなかったなあ。それにこの珠も……見事なできばえじゃないか。君もそう思うだろ?」
 にこ、と笑いかけられて、どう反応していいものか、わからない。
「あ、あの……あなたは、茘枝様と、ドラゴンのお父様……ですよね」
 彼女の中にある記憶は、そういっていた。
「茘枝のほうはともかく、ドラゴンの方は、お父様になったおぼえはないなあ。それはあの子にくれてやったんだから、あの子が父親だろう」
 「それ」=ドラゴンの卵だと気づくまで少しかかってしまった。
 人の上に超越して存在するドラゴンを、物扱いする存在がいるとは信じられなかったのだ。

「……育てられたのは茘枝様ですけど、ドラゴンの父はあなたでしょう?」
 声に責める調子が入らないようするのがやっとだった。
「あれを育てたのはあの子だ。当然、父親はあの子じゃないか」
 不思議そうな声に、ドラゴンの声が重なる。
 ―――私は人間が好きではないが、茘枝は人間だと思っている。彼を人間以外のものとして考えることこそ、彼の誇りを傷付けることだ。
 この青年と、ドラゴンの言っている事は本質的に同じだ。
 どう生まれたか、ではなく、どう生きるか。
 神は、それを判断基準とするのかもしれない。

 この神は―――ドラゴンを自分の子どもとして遇さなかった。だから自分は父ではないといい、古の大魔術師が父親だという。

「久しぶりに、あの子に会いにきたんだけどなあ。ずいぶん周到に姿をくらましていると思ったら、死んでしまっていただなんて残念。でもまあ、あの子が遺した綺麗で見事な宝珠を見つけられたからいいか」
「そ、その宝珠なのですけど!」
 茘枝は必死で言い募る。
 ドラゴン一体を飲んだだけで、機能停止寸前にまで陥ったクルーノの眼。
 クルーノの眼の容量は大きくとも、無限ではない。
 無限の容量、なんてものは、存在しないからだ。

 この世で唯一の神殺しの道具といえど、二人の神はさすがに封じられまい。
「ドラゴンを誤って封じてしまったんです! どうか救い出していただけませんか!?」
「なんで?」
 あっさり。

 素早い反応に呑まれて、とっさに言葉に迷う一瞬に、彼は言う。
「どうして、ドラゴンを救う為にあの子が作ったこんな見事なものを壊さないといけないの?」
 茘枝は鼻じろんだ。

「……なんで、って……」
 青年はさも愛しげに目を細め、茘枝の胸元に下がる珠に顔を近付ける。
「見事だねえ、ほんとうに綺麗だ。あの子は人間なのに、こんな精妙なバランスで力が組み上がっているよ。あの子は人間なのに、あの子の作ったこれは神ですら封じられるよ。ドラゴンを助けようと思ったら、この珠の構造からして壊さなきゃいけない。あの子がいない今となっては、二つとないこんな見事なものをだよ? これはあくまで人間のあの子が作ったからこそ価値があるんだから僕が作っても意味がない。こんな立派なものを、いったいどうして破壊しなきゃいけないんだい?」

 潔癖なほどまっすぐな価値判断基準を持ち。
 自身の正義を信じ。
 魔術を磨き、自分の強さを磨き、自身の義務と権利を理解し、正しくあろうと生きてきた茘枝は、今徹底した混迷の中にあった。

 目の前の存在は、明らかに自分より強い。それもはるかに、比べ物にならないほどに力のある存在だ。
 なのに、なんだ?
 このいい加減さは。

 運が悪かった、というべきだろう。
 ドラゴンは、彼女にとっても理解可能な「神」だった。主にそれは人間である魔術師に育てられたせいだが、人間嫌いになる心情も理解できた。
 しかし、神さまという存在にとっては、そんなドラゴンの方こそイレギュラーである。

 考えてもみて欲しい。
 有り余るほどの力を生まれながらにして持っている存在、というやつは、別にその力に感謝なんぞしないのである。その力を得る為に努力したわけでも苦労したわけでもないからだ。
 男尊女卑のこの世界で、それこそ誇張でなく血の滲むような努力をして、「誰にも馬鹿にされない力」を身につけた茘枝とはそこが違う。

 運が悪かったとしか言いようがない。
 神さまに会うなんて非常に低い確率にもかかわらず、彼女は出会ってしまった。
 そして神さまというのは、強さの反面の義務を強く意識する彼女のような人間にとっては、存在自体が許せないような相手なのであった。
(……冷静に、冷静にならないと……)

 ここまでのやりとりで、この神さまが「心底自分とはソリのあわないムカつくことこの上ない相手」という事を認識しつつも、そこは相手は神さまである。
 機嫌を損ねるようなことは絶対につつしまなければならない相手である。
 かちかちかちんときている癇癪の虫をなんとかなだめていた。

 孤独な、自分との戦いであった。


2005 11/18 up


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