弓張月 3
ヒカルの部屋の前に来るまで2人は一言も口を利かなかった。
バタンッ、という音ともに背中からきつく抱き締められる。
ヒカルの体が知らず緊張に強ばる。
顎を持ち上げられ、キスされると分かった途端びっくりして思わず顔をそらした。
だから、気づかなかった。塔矢がひどく傷ついた表情をした後、自嘲するように唇を歪
めたのを。
グイッと体を引っ張られ、いつのまにかベッドに横たわっている。
そのまま首筋を舌がすべり、下に降りていく。
鎖骨のくぼみにたどりついて丹念になぞり上げ、かりっと噛み付かれて、体がピクリと
緊張する。その後、また丁寧に舌を這わせられ、それと同時にシャツの裾から手が侵入す
る。それにまた体が強ばるが、無視するようにその手は脇腹をなぞり上げ、胸にたどりつ
き、頂きを円を描くように撫で始める。
そのまま今度は逆の手がヒカルの着衣に手をかける。
上着をはだけ、シャツのボタンに手をかけたところで、とっさにヒカルはシャツを握り
締めていた。手がわずかに震え、それは身体全体に広がる。他人に触れられる恐怖を勝手
に身体が反応を返すのだ。それをなだめるようにそっと握り込んだ拳に手を這わせ、やん
わりはずされる。続けてその手が器用に片手でボタンをひとつ、ひとつ外していく感触を
いたたまれない気持ちで感じていた。そしてその手が身体をなぞるように襟元にかかり、
肩からすべり落とすようにはだけられる。知らず身体全体が緊張で硬くなり、ヒカルはあ
えぐように息を乱し、ぎゅっと固く目をつぶる。
閉ざされた視界の中で身体中を丹念に手がすべるのをただ感じる。それに気をとられて
いていつのまにか上半身がすべてさらけだされていることに気づかなかった。
そこにいきなり、胸の先を生温かいものに舐められて思わず声が出る。
それに慌てて口を手で覆う。
しかし、アキラはそれを許さなかった。
片手で両手をやんわり握り締め、そのまま伸び上がるように進藤の手のひらに舌を這わ
せ、指を嘗め上げる。最初に触れたココはどこも皮膚がやわらかかった。それが今では人
差し指と中指の先が固くなり、爪が磨り減っている。それはそのまま自分を追ってきた歳
月の証のようでことさら愛しげに愛撫する。空いた片手は脇腹から胸をすべり、胸の頂き
を撫で上げる行為を執拗に繰り返した。
口を塞ぐことを取上げられたヒカルは必死に唇を噛み締めた。指を嬲る舌にムズがゆさ
を感じ、飽くことなく胸を辿る手に次第に胸の蕾が存在を主張し始める。それはそのうち、
ピンッと硬く隆起し、嬲る指先を弾くようになった。
その時、いきなり指から口が離れたと思うとだしぬけに蕾に濡れた感触がし、歯で挟む
ように齧り上げられ、たまらず、高い声が上がった。
「ふ…ァアっんっ」
―――なんで?
自分の上げた声が信じられず、ヒカルは混乱した。
アキラはかまわず、行為を続ける。勃ちあがる突起を舌で嬲り、甘噛みをし、また嘗め
上げる。もう片方は、頂きに爪を立てたかと思うと次の瞬間にはひねるようにつまみ上げ
られる。そうかと思うと今度はやさしく指の腹で撫で上げる。
塔矢の間断無い責めは自由になったヒカルの手の存在さえ忘れさせて、必死に噛み殺そ
うとする声を上げさせる。
「…ぁっあっ、フッ…んっ…ャ…ンんっ…ぁあっ…ヒッ、んんっ」
ヒカルは自分の甘ったるい嬌声を耳を塞ぎたい気持ちで聞いていた。
まさか、と思っていた。男の自分が感じるなんて。反応しない身体に塔矢もそのうち気
がうせるだろうとも思っていた。それなのに今自分は女のように胸を嬲られて声を上げて
いる。
執拗に嬲られる両の突起は充血した様に赤く染まり、今やちょっとの刺激だけでとんで
もない感覚をヒカルに与える。
考えることもできない混乱さの中でいつのまにかヒカル自身は反応し始めていた。
それを確認し、アキラはズボンの上からそっとそれに手を這わせ、少し力を込める。
「ぁ、ああっっ!」
突然受ける、自分自身への刺激にヒカルは声を押さえる事ができない。
男のそこはダイレクトに刺激を吸収する。
アキラは進藤のズボンのベルトを緩め、そこを解放するためにジッパーを下げ、ズボン
を下着ごと引き下ろした。
ヒカルは羞恥のあまり、ずり上がって逃げようとするが、半端に脱がされたズボンが膝
で足の自由を妨げていた。そうこうするうちに直に手を這わせられて愛撫を受け、それど
ころではなくなった。
「ぁやっ、塔…矢っ!のけてっ…ああっ、ンっ…ふゥッ…んんっ」
自分ではなく、他人の手なだけでこんなに強烈に感じるなんてヒカルは知らなかった。
的を得た、刺激の与え方にヒカルは惑乱する。胸への刺激も続いていて、2つの場所から
与えられる強烈な感覚に声を殺すことも忘れて喘ぎ続ける。
すがるものを求めてヒカルの両手はベッドの上をさまよい、ギュッとシーツを掴む。
アキラは熱心に手を動かした。下肢への刺激だけではなく、進藤の身体のあちこちを探
るように愛撫する。それだけでなく舌先で胸への刺激も忘れない。進藤の声をもっと引き
出す為に。
アキラは夢中で進藤の身体を堪能する。夢の中で触れていた身体が、実体をもって今目
の前に存在するのだ。リアルな質感、薫る体臭、熱い肢体、滑るように馴染む肌。どれも
これも想像の中の進藤より強烈にアキラを魅了し、むさぼるように欲しい気持ちが止まら
ない。
「あっ、あっ、もぅ…ダ…メッ!はなし…てっ、放して!塔…矢っ」
ヒカルはビクビク身体を震わせるとシーツを握り締めてひときわビクンと大きく身体を
のけ反らせた。それと同時に塔矢の手を濡らし、放心したように虚脱した。
肩で息をするように喘ぐ進藤の身体をアキラはそっと横抱きにした。
そして膝下でまとわりついているズボンを完全に抜き取る。
進藤はまだぐったりしていて反応を返さない。
アキラは手早く自分の着衣を剥ぎ取り、濡れた自分の手をそっと彼の双丘の膨らみに添
わせ、窪みにそっと指を這わせる。
びくっとヒカルは唐突に自分に触れる指の感触に意識が覚醒し、蒼白になる。
頭が勝手にアノ日の記憶を巻き戻し、恐怖に身体が悲鳴を上げる。
「ァアッ…ヤ…ヤあっっ!!」
さっきまで上気していた肌は急速に冷めて、蕩けていた身体がひきつるように強ばる。
「アアッ、ヤあっ、…ヤ…ダッ!」
目を固くつぶり、がむしゃらに力の入らぬ腕を振り回して逃れようとする。
尋常でない暴れようにアキラはもしやと思ってハッとする。
「進藤、進藤!目を開けて!キミの前にいるのはボクなんだっ、進藤っ!」
めちゃくちゃに暴れる進藤にかまわず抱き込むように腕をまわし、激しく首を振る進藤
を正面に向き直らせる。
「進藤っ、目を開けてっ、ボクを見て!」
塔矢の必死の呼びかけにようやく少し反応を返し、恐る恐る瞼を開ける。
視界に写る塔矢の真剣な顔に知らずヒカルは身体の力が抜ける。
前にいるのはあの濁った充血した目で自分を舐め回すように見つめ、興味有る人形を弄
ぶように自分をモノとして扱ったアノ男たちではない。
塔矢は自分をヒカルとして見ている。
ヒカルは塔矢の頬にソロソロと手をあてて、そのまますべらせるように首筋に両腕を回
し、肩を抱き込むと安堵するように大きく息を吐いた。
正気に戻った進藤にアキラはホッとし、腕に手を這わせ、しばらくそこを撫でる。
「進藤、ごめん。でも、止められない」
アキラは懇願するように見つめる。
困惑するようにヒカルは瞳を揺らし、それでも回した腕に少し力を込めた。
アキラはそっと、それでもキツく進藤の身体を抱き締めて、首筋に軽く唇を押しあてる
とすぐ離し、行為を続けた。
「ハ…ぁあっ…ぅうんっ」
今度はヒカル自身をやんわり包み、少し身体の力が抜けた瞬間に指をすべり込ませる。
ヒカルの身体は突然の異物の侵入にガチガチに強ばる。
「ヒッ…ァア…ッ」
緊張に青ざめるヒカルを宥めるように手の中の愛撫を強くし、身体をほぐしながらさら
に指を進ませる。
「ィ…痛ッ…ぅ」
血の気を下がらせてヒカルは体の中に感じる硬いものを意識する。爪なんだと思って本
当に指の存在を強く感じる。
アキラは狭く固く侵入を拒む内部に指を含ませたまま身体をズリ下げ、ヒカルへの愛撫
を続けたまま、入り口に潤いを与えるべく唾液を送り込む。
ヒカルは信じられないところに感じる濡れた感触に一気に羞恥と混乱に訳が分からなく
なる。
やみくもに体をズリ上げようと足をつっぱろうとするが、それを阻むようにがっしり腰
を抱き込まれ、足に力を込めようとする瞬間に強く自身に愛撫を受けてそれもままならな
い。
塔矢は一度指を引き抜いて本格的に内部を濡らす為に舌を差し入れる。混乱したヒカル
は濡れた感覚だけに気をとられ、内部に指がなくなっていることにも気づかない。
アキラは一度入れた指先に感じた内部の熱さに自分の欲望が膨らむのを強く感じた。
早く、早く中に入りたい。
しかし、進藤の中はとんでもなく狭く、入り口は頑なに侵入を阻もうとする。
潤いが足りない。
アキラは自分のすでに乾いた指ではダメだと判断し、無意識にそこに唇を押しあててい
た。キタナイなんて思いもしない。進藤の身体はどこもかしこも触れていたかった。
丹念に入り口を濡らし、叶う限り舌を内部に潜り込ませる。それと同時に進藤自身への
愛撫も続ける。それは次第に成長し、再び蜜が滲むようになる。
ヒカルは内部に感じるものに意識がスパークするような訳の分からぬものを感じる。濡
れたやわらかなものは指と違って容易く侵入を受け入れてしまう。それと同時に受ける局
部への刺激に次第にそこが柔らかくなるのにヒカルは気づかなかった。
アキラは随分ほころんだ入り口を確認し、進藤から滴る蜜をそこに塗り込めるような愛
撫をした後、濡らした指先を再度侵入させる。
今度はするりと指先はくぐり、さらに奥に進ませようと力を入れる。しかし、途端にキ
ュッと締め付け拒もうとするのに局部を強く摩り上げる。
「アッンんっ」
高い声とともに力が抜け、そこをすかさず指が進む。
ようやく指の付け根まで内部に入り、それと同時に中を撫でるように指が動く。
「あ…ヒッ…ァア」
濡れたものの力を借りるように指が内部をグルリとさぐり、出し入れするように上下す
る。ヒカルは異物感とこみあげるような圧迫感を感じ、緊張して体が強ばると内部の指の
感触を強く意識して慌てて力を抜く。するとさらに出し入れが容易くなり余計に混乱する。
いつのまにか指がもう一本増えていた。
すると今度はたちまちキツくなり、緊張して体が強ばる。そこにすかさず自身への愛撫
が強くなり、感じて思わず力が抜ける。そこをついて重ねた指がさらに奥を探ろうと侵入
を深める。
ヒカルの中はその繰り返しで次第に内部の粘膜が扇動を覚えて指に纏わり付くような動
きをし始める。
アキラは次第に含ませた指に感じる粘膜の動きに辛抱が押さえられなくなった。
それでなくとも先程進藤をイカせた時に見せられた、感じるごとに身動きし、身体が震
え、声を漏らして喘ぐ姿に欲求は膨らむばかりだったのだ。
指を引き抜くと、手早く進藤をうつ伏せに返し、腰を持ち上げ、足の付け根を広げるよ
うに手を添えた。そして自分の欲望を進藤に押し付ける。
ヒカルは突然のことにびっくりし、ついで後ろに感じる熱い塊に顔が青ざめる。
「…ア…ヒッ」
また怖い記憶を再生しそうになり、必死に頭を振って記憶を締め出そうとする。
アキラは身体をガクガク震わせて首をブンブン振る進藤に様子のおかしさを強く
感じ、身体をひっくり返し仰向けに寝かせ、顔を凝視する。進藤の目が焦点をボカして恐
怖に顔をひきつらせていた。
「進藤」
びくっと肩が震える。
「進藤、ボクだ。よく見て」
次第に身体の震えが止み、視線がかみ合う。
「キミを抱くのはボクだ。よく見ていて」
ヒカルはホッと体の力が抜け、落ち着かせるように呼吸を繰り返す。
アキラは視線を合わせたまま、腰を抱きかかえ、深く息を吸い込んだ瞬間を見計らって、
腰を押し立てた。
アキラの男は既に滴る自身の液で濡れていて先端はヌルリと中をくぐろうとしたが、す
ぐに阻まれた。
ヒカルは指とは比べものにならない質量に身体が縮み上がる。
それを見て取り、アキラは進藤に手を這わせ、再び愛撫をほどこす。
「アッ…」
感じて思わず力が抜けたところで先端がずぶりと侵入した。
「ハッ…アアアッッ」
ショックにまた身体が強ばる。
「…くっ」
固く締め付ける内部にアキラは痛みさえ感じたが、それにかまわず進藤自身の愛撫を深
くする。擦って、摩って、なぞり上げるように刺激を与える。
その都度、力がわずかに抜ける瞬間を見計らって、侵入を続ける。
ヒカルは息もたえだえにその侵入に耐えていた。
すがるものを求めた手は引き絞るようにシーツを掴み締め波立たせる。
内臓に直接受けるような強烈な圧迫感と内部に侵入する熱い塊に痛みが湧き上がるが、
局部に受ける強い濃厚な愛撫にも身体が反応するようで訳が分からない。快と不快を交互
に感じるようで頭がやわくちゃになる。
そうこうするうちに動きが止んだ。アキラが中に収まったのだ。
それを悟ってヒカルは羞恥に顔が真っ赤になる。
アキラは荒い息をついて呼吸を整えるようにしながら進藤を見下ろす。
ドクドクと熱い塊が脈動するのを内部にダイレクトに感じてヒカルは眩暈がする思いが
した。まるで焼け杭を捩じ込まれたようだ。
―――熱…い
――――――熱い
アキラは呼吸を乱しながら内部のとんでもない熱さに体中の血液が集まるような感覚を
覚える。指で感じた時とは比べものにならない。剥き出しの欲望に直接感じる粘膜の熱さ
は想像以上で、自分が今確かに進藤の中にいるんだと強く意識する。
そのアキラの思いはそのまま自身の成長を促し、さらに内部を圧迫し余計に感じさせた
た。
ヒカルは中でさらに大きくなるものに恐怖さえ感じて身体が強く緊張する。
それはそのまま中のものを強く締め付け、余計に存在を強く意識する。
結果、アキラをさらに刺激させ、暴走を促すことになってしまっていた。
アキラはキツい締め付けに声を漏らしてブレーキがきかなくなる。
「ごめん」
と早口に零すと、動きを再開し、進藤の中を行き来する。
「あっ、アアッ!…ヒッ…い…ツッ…や…痛ッ!…ハッああっ」
内部を激しく動く熱い塊にヒカルの意識は飛びそうになる。中を侵すものが突き上げる
度に息がつまるような圧迫感で身体が一杯になり、粘膜を擦り抜けるように下がる動きに
捩れるような痺れとともに内臓が吐き出るような気持ち悪さを感じる。
そしてそれを全て打ち消すような、痛み、痛み、痛み。
「ぁやっ、…うンぅっ、…い、痛っ、…ヤッだっ、抜い…てっ…」
もがく進藤にアキラは痛みで萎えている彼を刺激する。
「あっ、ふっ…ゥん、…つっ…ア…ん」
進藤のそこは待ち侘びたように刺激を受け入れ、ピクピクふるえて反応する。
ヒカルは局部の刺激に一瞬力が抜けかけるが、休むことなく動き回る内部にまた、混乱
に突き落とされる。
「ア…ア…ヒッ、…い、痛っ」
アキラは衝動のまま内部を蹂躙し、さらに奥に進めようと深く腰を沈めた。
「アッああっっ―――っ」
ヒカルは突然強い圧迫感とともに、何かとんでもない刺激を感じて声が跳ねる。
アキラはさらに打ち付ける。
奥を突かれる度にわけのわからぬ刺激で喘ぎが乱れる。
「ああっっ、んんっ…ふ…ぅんっ、ア…ああっ」
ヒカルは脳裏に光が点滅するような混乱のまま出てくる声を押さえられない。
「ハッ、ァあ―――――っっ!」
ひときわ強く奥を抉られた瞬間、真っ白になり、ヒカルは意識をはじけさせた。
突然ぐったりした進藤にアキラは意識の隅で失神したことを感じたが、止められなかっ
た。ベッドに沈み込む進藤を愛しげに抱きかかえて、終わりに向けて動きを速めた。
はあ、はあ、アキラは息を乱して腕の中の進藤を見る。
うっすら涙を滲ませて、細く、静かに呼吸する進藤を壊れ物を扱うようにそっと抱き締
める。
見れば下肢は自分の放ったものをじわじわ吐き出し、それと一緒にわずかな血が滲んで
いた。慣らしの途中で押し入ったので切れたらしい。
それにとんでもない罪悪感を感じながらも、初めて進藤を抱けた、たとえようもない幸
福感があるのをズルイ自分を意識しつつもアキラは認めた。
シーツに乱れる長い髪を梳くようにかき上げ、一房すくい上げると愛しげにくちづけた。
そして、もう一度強くかき抱く。
震える指先で進藤の唇を撫で、今度は拒まれないそこに自分の唇を軽く重ねると、アキ
ラは進藤の身体をキレイにする為にベッドから降りた。
◇
翌朝、ヒカルは太陽がかなり昇った時間に目が覚めた。ここ最近の寝不足がスッキリし
ている。
「夢…見なかった…?」
ぼんやり呟きながら身じろぎした途端、下肢に走った痛みに眉をしかめながら、ハッと
する。
「――塔矢っ?」
身体のきしみも構わず辺りを見回すと、姿が、無い。気配もしないことに部屋にはいな
いことを認識する。
どこかがっかりする気持ちを抱えて、ふと気づく。汚れたハズの下肢が妙にさっぱりし
ていて、汗をかいたはずの肌もべとつかない。見ればパジャマをきっちり着ている。
視線を下に落とせばシーツも真新しいモノに替わっていた。
慌てて辺りを見渡すと、下のテーブルにさっきは見落としていた物に気づく。
数種の弁当とサンドイッチやパン、飲み物が何本かのっている。隅にメモ用紙があるの
に気づいて、ベッドから手を伸ばしてそれを手元に引き寄せた。紙には達筆な塔矢の字で
一言。
『仕事が朝から入っている。カギはポストに入れておく』
そっけない文章に思わず笑ってしまう。
「――ばっかだなあ…」
早く出なくちゃいけないのに、ここから随分離れた所にあるコンビニまでわざわざ行っ
て買ってきたのかとクスクス笑う。なでるように文字に触れ、落とした目線の先の紙にポ
タリと雫が落ち、シミがじわりと広がった。
―――莫迦はオレだっ!
今日を迎えるのが不安で、怖くて、あいつの想いに付け込んで、縋った…っっ!
ヒカルはうずくまって嗚咽をこらえた。
◇
翌週、ヒカルは走って市ヶ谷の駅を出た。ここ最近、用心の為5月5日を中心に極力手
合い以外の仕事を断っていた。今日は久々の出勤だというのに手合いの時間に遅れそうだ
った。
棋院会館が見えたところでスピードをゆるめる。どうやら間に合いそうだ。
入り口をくぐり、エレベータで上に上がったところで、塔矢が、いた。
どんな顔をしたらいいのか分からないまま見つめる。顔が強ばっていたかもしれない。
「身体、大丈夫…?」
一瞬、痛い表情をした塔矢が気づがわしげな様子で聞いてくる。うろたえて思わず顔を
伏せて答える。
「平気」
「そう…」
細く息を絞って安堵の息を吐く。何か言いたげに口を開きかけたところで、時間になっ
た。それにせかれて2人は無言で対局場に入り、別れた。
そのまま進藤と話す機会がつかめないまま、次の週から若獅子戦がスタートした。
アキラは対局中は気にすまいと思ってても進藤のことが頭の隅に気に掛かり、集中がと
ぎれ、らしくないミスをして、危ういところで勝ちをつないだ。かろうじて初日敗退など
という醜態を晒さずに済んだが、誰が見ても首をかしげるような酷い内容だった。
アキラは自分の不甲斐なさを罵りながら足早に棋院を出た。
「おい、塔矢」
ビクリとして、足を止めると、あれほど話したいと思っていた進藤が外の横壁にもたれ
て立っていた。
「進藤…」
ヒカルは真っ直ぐ塔矢に向き直ると鋭く切り出した。
「さっきのアレはなんだ」
見られてた、と思い、カッと顔を背ける。
「おまえ、必ず決勝に上がってこいよ。それまでオレとは当たらないんだから」
思いがけない言葉にハッと振り返る。
「この大会は、今年で最期なんだから」
一瞬、意味が掴めず進藤の眼を見つめる。
「それともおまえ、来年もオレと同じ土俵で出るつもりか」
進藤はつい最近4段に昇段したばかりだ。自分は5段。どういうことだと思ってハッと
する。昇段は4段から5段が一つの壁だ。対局料も極端に変わるし、待遇も変わる。しか
しそれより何より5段に上がるのが難しい。それを進藤は来年の今頃必ず5段になってい
ると明言したも同じだ。そしておまえはそこに留まるつもりなのかと云っている、6段に
ならずに。アキラが昇段を果たせば、来年の若獅子戦の出場資格を失う。そうなれば本当
にこの大会に出るのは今が最期になる。進藤は来年はもうアキラが出ないという前提で言
っていたのだ。
アキラはカッと血のたぎる高揚を感じて、力強く、返した。
「キミに追いつかれたりはしないっ」
ヒカルはハンッという顔をして見やった。
「おまえって、そういうヤツだよな」
そう言い捨てて踵を返し、帰って行く。
それを見送り、アキラは絶対決勝で進藤と戦うと決心した。
それからアキラはいつも通りの他者を寄せ付けない力強い碁を放ち、決勝まで順調に勝
ち進んだ。一方のヒカルも宣言どおり決勝まで進み、2人の一騎打ちとなった。
そして激しいせめぎ合いの末、一目半差でアキラが連続優勝を果たした。
6
つかまらない。
ここ一ヶ月ほど、アキラは憂鬱な気持ちを抱えたままイライラしていた。
若獅子戦の後、今度こそ進藤と話をしたいとつかまえようとした。
進藤とは仕事先が重なることは滅多に無い。唯一の機会になる手合いの日は話しかけよ
うとすると、巧い具合に逃げられてしまう。そのくせ他の人たちと雑談しているところに
アキラが混ざっても特に様子は変えないし、話にも応じる。それが、2人きりになろうと
すると察してするりとかわす。ならば、人のいる時に約束を取り付けようとすると巧く言
いくるめて約束もさせてくれない。思い余って何度かアパートも訪ねてみたが、その度、
留守のようで部屋は真っ暗だった。
避けられてる。
それはすぐに分かった。それに、仕方ないとも思う。いきなり男に告白されて、弱って
いるところにつけこんで、抱いた。あんな嫌な記憶を抱えているのに。
そう、進藤は不安定だった。思えば4月の終わりの頃からか。あの日、それがピークに
達したかのように叫んだ。弱々しい声で。
この時期、いつも進藤の様子はおかしい。
プロになったばかりの頃も長期のサボリが続いた。『もう、打たない』と言って。次の年
もそうだ。仕事こそ休まなかったが、周囲のウワサになる程の絶不調。単に調子が悪いだ
けなら、誰にでも起こり得る事だったが、あの頃の青ざめた顔、こけた頬、会館の外で吐
いていた姿、どれも何か事情がありそうな気配を漂わせていた。
そして、今年。勉強がしたいからとしばらく手合い以外の仕事を積極的に断っていたら
しい事は聞いていた。そのかわり引き受けた仕事や手合いは必ずこなしていたようだ。今
はまた徐々に仕事を増やしてもう、いつも通りの量をこなしているらしい。勝ってもいる。
戦績に問題はない。しかし、以前、たまに見かけた時のあの不安定な眼、ときおりひやり
とするような手を放ち、それを何とか取り返して勝利した対局がいくつか。
それは、自分との事がある前からのものだった。
周囲は気づいてないようだ。進藤は表面上特に変わったそぶりは見せてないからだ。
5月。それが何かのキーワードのような気がする。
しかし、それを進藤本人に聞けない。
◇
自分がそれに気づくのはそれだけ進藤をよく見ている証拠のようなものだった。
進藤のことが好きだと自覚したのはアノ事件がきっかけだったが、いつも進藤を見てい
た気がする。
いつからだろうか。
初めは確かに進藤の放つ碁に惹かれてそれを知る為に気にしていたはずなのに。それが
今はそれだけに止まらず、進藤自身の事が気になって仕方ない。
自分の興味はいつも碁だけだった。幼いころから。
強い感情が沸くのも碁に関するものだけだった。
だからこそ自分と同い年の者に完膚無きまでに打ち負かされた悔しさがそのまま強い感
情ごとその相手に向くのは自分にとって当然の結果だった。相手にとっては迷惑でしかな
くとも。自分が人に対してあそこまで関心を持つのも初めてなら、執着するのも初めてだ
った。だからこそ他人への配慮など忘れ果てて、はた迷惑な程、無我夢中だったのだ。
いつの頃からか、自分の目指す碁の高みに手を伸ばすには相手が必要なのだと気づいた。
自分一人では辿り着けないのだと。対局という前に座る誰かと一緒でなければ行けないの
だと。
そしてそれはすでに自分より高い所に君臨する先人ではダメなのだ。
自分と同じように上へ上へと道を進むことを望み、今、自分のように走っている途中の
者でなくては共に掴むことが出来ないと。
だからか。はっきり自覚している訳ではないまま、誰かを渇えるように欲していたのは。
そして進藤に会って、キミだと思った。探していた何かはキミなのだと。
だからこそ、それが裏切られたと思った瞬間、あれ程激しい怒りと、憎しみと、失望が
襲ったのだ。そして、そういう思いをさせた進藤を手ひどく拒絶した。
我ながら勝手だと思う。あの時はそれが自分にとって当然だったが。
でも、それがボクには必要だった。『いつかと言わず、今から打とうか』と馬鹿にするよ
うなイヤな侮蔑の言葉を吐きながらも性懲りも無く受けてくれたらいいのにと思ってしま
った自分自身を切り捨てる為にも。
しかし、進藤にしてみれば、勝手に自分を追い回したあげくに勝手に失望して、激しい
感情をぶつけて去っていったのだ。さぞ腹立たしかっただろう。
それなのに、キミは、追ってきた。
たとえそれが酷い仕打ちをした自分を見返す為だとしても、追って、来た。
3度目の対局の時の進藤ではプロどころか院生になることすら無理だったはずなのに、
信じられないスピードでキミは迫ってきた。1度目と2度目の時の進藤なら何程の事でも
ない。しかし、越智から聞き出した話ではそんな訳は無いと云う。それに、以前本気では
なかったとウソぶいていたが、ボクに負けたひどい落胆が嘘だったとは思っていない。そ
れは以前の自分の姿と同じだからだ。ならばキミは3度目の時の実力からここまでのし上
がってきたのか。それを思うと戦慄と隠しきれない歓喜が沸き起こる。進藤がもうすぐ自
分の前に現れる。一度失ったものが還ってくるのだ。
それからは絶えず、進藤の動向を窺い、姿を捜し、追った。最高の対局を得るために。
それがいつのまにか変化する。
進藤自身をも得るために。
そんな自分の身勝手な欲求を彼はどうとらえているのだろう。
思えば、ボクは進藤の前できちんと笑顔を見せたことがあっただろうか。キミは時折全
開に笑った顔を見せてくれてるのに。一見物静かなと思われている自分が実は気性が激し
いと知っているのは極わずかだ。進藤は初めから知っている。それだけのものを叩きつけ
てきたからだ。ボクはキミの前では怒った顔ばかり見せている気がする。
しかし、ふと気づく。初めて会った時は笑っていたことを。
自分と同い年で。同じく碁に興味があって。何のてらいもなく笑いかけてくるのがくす
ぐったくて。自然にボクも笑っていた?その後のことが強烈ですっかり頭の奥に追いやら
れたままだったけど。
そしてキミを追って市ヶ谷まで行って。見つけたとき、進藤が意外な偶然のように屈託
なく笑いかけてくるのに妙にドギマギしたのはなぜだ?
ボクは常に名人の息子という眼で見られてきた。いつも、いつも。それこそ物心つく前
からだ。
そしてボク自身も碁の世界に魅き寄せられてその世界にドップリ浸かったとき、それこ
そ周りは全てそういう眼で見てくる者ばかりとなった。それを後悔したことはない。それ
が自分にとって自然だったからだ。
しかしそれが異質なのだと認識したのは小学校に上がってからだろうか。息をするよう
に当たり前だった碁というものが、自分以外の子供にとって見知らぬものだった。そして
ボクは周囲の子供達にとって見知らぬ異物となった。
誇らしい自分の父親は他の子にとって変な職業に就いている変な大人だった。
ボク自身が他の子たちと同じものに興味を抱き、同じものを見ようとしていれば、そん
な事もなかったに違いない。だけどボクの興味の中心である、碁を忘れるフリなど出来な
かった。そしてそのことは変な職業に就いている人の息子もまた変なのだという認識を周
囲に決定づけ、いつも異質という特別な視線を向けられる事を日常とすることになった。
だからだろうか。久しく向けられた事の無かった、自分を異質だと認識しない、真っ直
ぐ対等に見つめる視線。自然に笑いかける屈託ない笑顔。それがたまらなく懐かしく、新
鮮で、得難い、ひどく嬉しいものだった。
その後の彼の暴言ですっかりその時の感情を忘れてしまった。
そうすると、このときか。彼を意識したのは。
それに彼はあの視線を変えなかった。ボクが名人の息子だと知っても。
同じ碁の道を進もうとする年の近い他の子たちは皆特別な眼で見てくるのに。
キミは同じ世界を追ってきたのに視線は以前のまま。
ボクに負けてからもその対等な視線を変えようとはしない。
だからキミは、特別なんだ、ボクにとって。
7
アキラは昼の一服に自動販売機で買った缶をもて遊びながらぼんやり窓から覗く景色を
見ていた。街路樹の葉っぱが奇麗に色づき、チラホラと風に飛ばされるのを楽しむ。
午後からは多面打ちだ。それが済めば今日の仕事は片付く。
「おい、アキラ」
「芦原さん」
そういえば午後から合流する人たちのリストにこの人の名前もあったことを思い出す。
兄弟子のこの人とはよく仕事が重なる。
芦原はチラリと周囲を窺い、誰も近くには居ない事を確認して切り出した。
「ちょっと、おまえに確認したい事がある」
「何です?」
「おまえ、最近ウワサになってるの知ってるか」
「……?」
「『塔矢アキラは女を千人斬りしている』」
「…デマですよ、それ」
「何も事実だとおれだって思っているわけじゃない、だけど火の無い所には煙は立たない
っていうのは一理あるんだ」
「…それで?」
「女性と付き合ってないわけではないんだろ?」
「そうですね」
「別に一人とじっくり付き合っているんだったらこんなヤボなこと言わないさ」
「……」
「とにかく、何とかしろ。先生の耳に入ったらどうするんだ。それにおまえにこんなウワ
サはマイナスだ。注目されているっていう自覚はあるんだろ?」
「……」
頼むぞと言い置いて、芦原は立ち去った。
アキラはぼんやり天井を見上げる。
「何とかしろ…か…。何とかなるものならね…」
手の中の缶は握られたまますっかり冷え切っていた。
◇
進藤に避けられてからというもの、この感情を殺そうと努めてきた。
進藤が受け入れるわけがない。得られないものを追うのは無意味だ。
だから今まで目にもくれなかった女性の誘いを積極的に受けてみることにした。その気
になればアキラの周囲にはそういうコナをかけてくる者には不自由しなかった。
だけどダメだ。どんな女性と付き合っても進藤ほど魅かれる人間には巡り逢わない。
単に塔矢アキラという名前に吊られてやってくる人間は簡単に抱かれようとする。そし
て抱いたところでそれなりの快感は得られても、ただ、それだけなのだ。
進藤を初めて抱いた時の、あの血が沸き立つような高揚も、感じる姿を見た時の感動と
それを遥かに上回る欲情も、その身体に身を沈めた時の征服感も、そして何よりそれら全
てを覆い尽くすような愛しさも、何も、感じない。
それに素直に自分に好意の感情を向けてくる女性にも、好かれて嬉しいとは思っても興
味が沸かない。どんな好感の持てる女性でも、恋人として付き合ったらいかにも親が喜び
そうな、誠実そうな女性にも感情が向かないのだ。そんな状態で彼女らの好意を受けるの
は自分の不誠実というものだ。
なんて正直なんだろう。自分の感情は。
ごまかすことも、忘れたふりも出来やしない。
自分の心が進藤という存在に囚われている限り、どんな人間にも感情が向かないのだ。
なら、どうする―――?
この感情を抱えたまま進藤とはただのライバルとして接するのか。
この感情が冷めるまで進藤とは距離を置くのか。
どちらも、難しい。
姿が見えるだけでひそかに満足していた時期は過ぎた。
会話を交わせなければ。
親しく接すれば今度は触れたいと思う。
体温を感じればもっとと―――
今更碁を打ち交わすだけでは満足できないのだ。
自分は、もう、こんなに渇いている。
進藤という水を啜らないではいられないほど。
それでも抑えなければ。
彼の望まぬ事を強要できない。
この感情を彼に押し付けてはいけない。
いつか、壊死するまで。
そんな日がくるなんてとても思えないけど。
自分の感情がどんなに貪欲なのか自分が一番知っているから。
それでも、いつかただのライバル同士として向き合えるようになれれば。
だけど、今はまだ、こんなにキミに、会いたい――――
◇
食事だけでも。
そう言い聞かせて、クリスマスを口実に進藤を誘った。断られるだろうと承知しながら。
が、意外な事に彼は了承した。
―――おごるって云うから来たんだぜ?
彼はこう言ってニカッと笑った。
この笑顔のまま帰さなければとアキラは言い聞かせて表面上は何事もなかったように
取り繕い、予約した店に案内した。
「げ、ここ、フランス料理?」
オレこんな格好で入れないんじゃないの?と敷居の高そうな店にたじろぐ。
ヒカルはジャケットこそ羽織っているものの、中身はラフなのだ。
「大丈夫だよ、ここはネクタイ無しでも。行こう」
アキラはスルリと店内に入り、ギャルソンに席に案内してもらう。
ヒカルは気後れしたように続いたが、やがて出てきた料理の方に夢中になった。
「うわ、マジ旨い、これ。だけど、一皿の量ってわりと小さいのな?オレ、足りっかな」
「この期間の特別メニューとして組んであるらしいから、中身は充実しているはずだよ。
足りないなら追加すればいいさ」
「ふーん。おまえ、詳しいのな?もしかして隠れグルメ?」
「まさか。接待とかで覚えただけだよ」
そんな会話を皮切りに、自然に最近の碁界の話に移り、面白い棋譜の感想やタイトル戦
の動向などの話題で明け暮れ、長いこと会話も交わしていなかったブランクなど感じさせ
ない終始和やかな食事となった。
そろそろデザートに突入かという頃にはすっかりリラックスしたヒカルはようやく辺り
を見渡す余裕が出来、そしていささかギョッとした。
―――マジかよ。そういえば今日クリスマスじゃんか、まずったー
周囲の客は一部家族連れがいるものの見事にアベックばかりだった。
―――その上、おフランス料理ときたら定番か…
その中でヤロー同士で食ってるオレたちって一体…と周囲にどう思われるか眩暈を感じ
ながら、早くここから出ようと食べるスピードを速める。
チリンとベルが鳴り、店のドアが開いた。
「はー、旨かったー!だけどホントに良かったのか?ココ高かったんじゃねぇの?」
「いいよ。おごるって、言ったろ?」
「んじゃ、ごちそーさま。だけど、今度からこんなトコは女連れてけよな、視線が痛かっ
たぜ?」
「……」
「おまえ、もててんの知ってるんだからな。誘う女には不自由してねーだろ?メシ食うの
に、一人じゃ来ずらかったのは分かっけど、ヤロー誘うことねぇじゃねーか」
「……」
「この時分だと誤解されっぞ。オレじゃなくって、彼女誘えよ」
ヒカルはそう言いつつヒョコヒョコ先に歩く。
アキラの足がふいと止まる。
「――食事がしたくて誘ったんじゃない」
ヒカルの足が止まる。
「キミと逢いたかったから誘ったんだ」
一拍おいてヒカルが答える。
「…なーに言ってるんだよっ、オレとはいつでも会えるじゃねーか。こ−ゆーイベント外
すと振られっぞ?――あ、それとも昨日中にもうすませたのか」
そりゃそーだよな、イブだもんなとうんうんヒカルは納得する。
「――――――っ、誘ったのはキミだけだっ、ボクが、キミと、居たかったから誘ったん
だっ」
聞き流せばいいと思いながらも黙っていられなくなり、とうとう言葉が飛び出してしま
う。
「忘れたのかっ、ボクは、キミが、好きなんだっ。好きだから側に居たかったんだっ。キ
ミが迷惑だというのなら、もう、気持ちは押し付けない、キミが嫌がるようなことはしな
いっ、ただのライバル同士になるよう努力もしよう、だけどっ、まだ、好きなんだっ」
頭の隅でこんな話がしたかったんじゃない、と思いながら、激昂したアキラは止まれな
かった。
ヒカルは何て言ったらいいのか分からぬまま、一歩後ずさった。
それが、アキラの何かを弾けさせた。
アキラは進藤の腕を掴むと、引寄せ、無理やりくちづけた。
「こんなことがしたいと思うのもキミが好きだからだ」
ギュッと握る手に力がこもる。
「キミは違うんだろうけど」
「……」
「キミは、あの時、身体を許してもキスは拒んだ」
ヒカルはハッと顔を上げる。
だけど、とアキラは続ける。
「他の人には違う。――前に、眠っているキミにくちづけた事があった」
「……その時、キミは呟いた。―――sai―――と」
殴られたようにヒカルは狼狽する。まさか――と。
「……saiはキミのなんだ?」
「……」
「キミの打つ碁には、saiの匂いがする」
「――!」
「saiはキミの師匠か?」
「saiにはキミは唇を許すのか」
「――キミは、師匠と寝てるのかっっ!」
「――――――っっ」
進藤が抱かれるのは初めてだったという事を、自分が一番知っているクセに昂ぶる感情
のまま暴言が口から飛び出す。
ヒカルは反射的に塔矢の顔を殴り付けていた。
そしてギッと睨み付ける。
「オマエにはそんなこと言われたくない」
ボタッと地面に水滴が落ちる。
「佐為はそんなんじゃない」
ヒカルの頬に涙がすべる。
「それに」
涙が溢れて止まらなくなる。
「佐為は、もうっ、どこにもいないっっ!!」
激しく叩き付けるように叫び、ヒカルは身を翻して走り去る。
アキラは殴られた頬に手をあてた。
飛び出した言葉はいまさら、取り消せやしない。