ブラックコーヒー  1




 その部屋はいつもかすかに珈琲の薫りがした。
 だから、その人の思い出にはその匂いも沁みこんでいた―――


◇ ◆ ◇


とぷとぷとぷとぷ……
それは薫にとってすでに子守唄のように馴染んだ音だった。
カタカタとキーボードを叩く音。
積まれた書籍のホコリ臭い匂い。
時折響くパチリという石の音。
そして一番は珈琲の芳香。部屋に染み込んだようなその薫り。
豆から挽いたまだ温もりが残る乾いた粉が初めて熱湯のお湯が注がれる瞬間かすかにたてるジュという音。そして紙のフィルターのふちギリギリまで絶えず湯を満たされ、燻されることで立ち込める薫り。
お馴染みのこの匂いを嗅ぐと、薫は落ち着く。何故か自分の家に居る時より余程リラックスできるのだ。

「さあ、出来た。お飲み」
 声と共にコトリと目の前に置かれた、取っ手まで温められた大ぶりのマグカップになみなみ注がれたのは黒い飲み物。この部屋での定番だ。と、いうかこれしか出ない。
 自分の分も側に置いてこの部屋の主はソファーに腰掛け、さっそく一口すすった。
「さて、結果を聞こうか。とはいってもおまえの顔を見れば一目瞭然かな」
 そうは言うが、あまり感情が表に出ない薫の顔つきだけで判断するのは親でも難しい。ほぼ完璧に察するのは眼前のこの人だけだった。
「―――受かった」
 その言葉に岸本聡は顔をほころばせた。
「そうか。これで一歩近づいたな。とにかく、よくやったね、おめでとう」
「……ありがとう、聡叔父さん」


12月の今日、じきに中学生になる岸本薫は、市ヶ谷の日本棋院会館で本日行われた院生採用試験に合格して、来年1月から念願の院生になるのだ。プロ棋士養成学校と云っても過言ではないココに入れたことはアマならかなりの腕、セミプロ同然となる。
「しかし、来年入ったら大変だな。囲碁の鍛錬と平行して2ヵ月後には中学受験か。まあ、おまえだったら本番よっぽど体調壊したとかでない限り、まず大丈夫だと思うが。兄さんも頑固だからな」
「約束だから絶対海王中学は合格してみせるよ。父さんに文句は云わせない」
 きっぱり言い切る甥に聡はちょっと苦笑する。
「きみらももう少し何とかならないものかね。あれであの人もいいとこもあるんだけどね」
 そういって呆れたように肩をすくめる叔父に薫は憮然とした表情になる。
 その顔はホントにあるのかと如実に語っていて聡はぷっと吹き出した。
「ある、ある。ま、それが分からないトコがまだ子供だな。せいぜい精進しなよ、青少年」
 そう言って朗らかにからから笑う叔父を見てると釈然としないながらもなんとなく苦笑する。叔父の醸し出す空気はそんなリラックスした気分にさせるのだ。だから足繁くここに通ってしまうのかもしれない。


◇ ◆ ◇


岸本薫の父親の弟である聡叔父は名付け親でもある。
 人生に自分の薫りを出すように、という意味らしいがあの父が自分の息子の名前をよく人に任せたと思う反面、次男だからどうでも良かったのかもしれないとも思う。
 そう、薫には兄がいる。かなり年が離れていて、9歳違いだ。
 だから薫が物心つく頃には兄はもう中学に上がっていて、部活や自分の学校の友達と遊ぶ方に夢中であまりかまってもらった記憶がない。どちらにせよこれだけ離れているとちょっと会話があまり成立しない。それなら遅く出来た分両親に可愛がられたかというと、これも微妙だった。
 父は忙しい人だった。
 本当に忙しかったらしい。父親は祖父に譲られて実権を握った中規模企業を時運に乗せて大きくした人間だ。会社に泊まりこむこともザラで、薫は小さい頃、マジメに父親の顔が曖昧だった。幼稚園の頃は両親の顔を描きましょうという図画の時間で、母親の顔はすぐ描けても、父親の顔が中々描けず、時間になっても終わらなかったという逸話があるくらいだった。
 それなら帰らぬ夫の代わりに小さい自分の息子を猫可愛がりにするというのがよくある傾向だが、薫の母親はその鋳型に嵌らなかった。別にキャリアウーマンだった訳ではない。
専業主婦であった彼女は家の事をキチンと完璧にこなし、チリひとつ転がらないピカピカに磨き上げるのが生きがいのような女性だった。食事も栄養のバランスを考えた、手の込んだものを作るのを物惜しみしない主婦の鑑のような人物で、子供にも優しい母親だった。多分。

薫が自分の母親の視線が上滑りしているような気がしたのは何時の事だろう。
幼い子供は案外自分に向けられる愛情の質というのに敏感だから、わりと早いうちだったかもしれない。
母親は確かに優しい人だった。それは確かだと思う。しかし、それは子供への愛情を深く自愛に込めたような接し方とは微妙に違って感じられた。当時は良く分からなかったその違和感は、今なら言葉に出来る気がする。
それは良き母親を模倣している、に一番近かったかもしれない。
しかし多分本人にはそんなつもりはないだろう。
だだ、はっきりしているのは、彼女の眼が、表情が、一番輝いて生気を見せるのが父が居る時だという事実だ。
彼女は母親というより恋する少女だったのだ。


薫の両親は俗に言う政略結婚だ。
彼らの両親が自分の会社に都合が良いように取り決めた結婚だった。
力的には母の実家の方が強い。だから、父が会社を大きく出来たのは彼女の実家の援助という資金面の助けがあった関係が強かった。
母親は実家で大切に育てられたお嬢さんだ。いわゆる良妻賢母を旨とする学校に通い、なまじ素直だった為にその通りに育った。父親から薦められた見合いもすんなり受け、そこで紹介されたのが薫の父親だった。
彼女にとって、ある意味ここが転機だったかもしれない。
当時の岸本の父は一般的に見ても中々のハンサムだった。
異性に免疫のなかった彼女はその見合い相手に恋したのである。

娘が旨い具合に見合い相手に夢中になったことは政略を仕組んだ双方の父親には都合が良かったし、母親達はきっかけはどうあれ、好いた相手と一緒になる事が出来る事に安堵した。それであっという間に婚約から結婚へと、とんとん拍子に話が進んだ。
そして彼女が女子大卒業と共に挙式した。新郎は30歳、新婦は22歳、8つ違いの夫婦の誕生である。


この二人の結婚生活は当初はそれなりに順調に進んだようだ。
結婚2年後には長男が誕生し跡継ぎが無事出来たことは双方の両親を喜ばせた。
それがその子が小学校に上がった頃に祖父が父に実権をかなり任せるようになって様子が変わった。忙しく会社の事をこなす父は会社に泊まりこむようになって殆ど自宅に帰らなくなっていった。父のために用意された夕食は手をつけられることがなくなり、無駄に残る事が多くなる。たまに帰っても深夜遅くに寝に戻り、翌朝早くに着替えを持って会社に戻るというすれ違いが増えた。
母は帰らぬ夫を待って、それでも今日こそ帰ってくるかもしれないと手の込んだ料理を毎回作る。日付が変わっても待ち続け、冷え切った料理が朝を迎えるとゴミ箱に捨てられるという日々が続くようになった。
それでも母はひたすら夫を待った。そしてたまに顔を合わせる事が叶うと少女のように顔を輝かせる。
そんな毎日が過ぎていく中、彼女は再び身ごもった。
そして期待した。この子が生まれてくれば、また結婚当初のようにいつも家に居てくれるようになるかもしれないと。
しかし、それは叶わなかった。
ちょうど薫の生まれた頃はバブル景気が始まった時期だった。
会社はますます忙しく、家から遠のいた。夫の忙しさは増しこそすれ、減ることはなかった。着替えも会社の人間が取りに来ることさえあった。

帰ってこない。

その事実は微妙に彼女を変えたらしい。
なにが、というわけでもない。ただ、認めただけだ。子供がいてもあの人が帰ってくるとは限らないのだと。
そしてまた彼女はいつか帰ってきたときの為に、毎回夫の料理を作り、待つ日々を再び重ねるようになった。あの人がいつ帰ってきても快適に過ごせるように、居心地よい空間、掃除のゆきとどいた室内。キチンとした我が家。
別に子供の面倒を疎かにしているわけではない。キチンとした家にはキチンとした良い子供達もいるはずなのだから。
彼女は夫の為に心地よい場所を提供したかった。良い妻の作り出す居心地よい家、それを象徴する良い母親。幸せな、家族。
全て恋する父のためだった。


こんな事を薫がなんとなく認識するようになったのは小学校の高学年になる頃だろうか。
別に教えてもらったわけではない。親戚から漏れ聞く噂と一緒に耳にした結婚の馴れ初め、たまに両親が顔を揃える時の二人の様子、これらから繋ぎ合わせて推測したものだった。
ただ、幼い頃はよく分からないなりに母親がちゃんと自分を見てくれてないようでなんとなく不安だった。父親は滅多に帰らない上に薫の生活サイクルと完璧にすれ違っていたのでまるで見知らぬ他人のようだった。随分大きく感じた自分の兄だという人は自分を置き去りにして外に遊びに行ってしまう。そんな中、ちゃんと自分を見てくれると思えたのがたまに家に来た聡叔父だった。自分はそれが嬉しくてよく懐いた。聡叔父もちゃんと相手をしてくれるのでますます夢中になった。叔父が居なくなるのが嫌でよく帰っちゃイヤだと泣いた。その内叔父が滅多に自宅寄らなくなって、それを追って今度は自分が叔父の住まう部屋に行くようになった。母親のいる家だというのに、余所余所しく感じる自分の家はいつも薫を落ち着かなくさせる。それより叔父の居る空間の方が余程居心地が良かったのだ。
そう、あそこはきっと母が父の為に作り上げた空間で、そこに子供がいることはどうでもよかったからだと今なら分かる

薫は思う。自分を育てたのは聡叔父だと。
薫にはきちんと自分自身を見てくれる相手が必要だった。

薫は色々な事を叔父から学んだ。
きっと聡叔父自身はそんなつもりもなかったかもしれない。
ただ、甥を子供としてより一人の人間として対した。
手伝いも気軽に頼む。洗濯物をたたんだり、食器の後片付けを一緒にしたり。
叔父が奏でるパチリ、パチリと音を立てて四角い盤に広がる白黒模様の丸い石も真似て打とうとすれば、優しく一から教えてくれた。
叔父がいつも飲んでいる嗜好品の珈琲も薫がせがめば飲ませた。
そして顔をしかめる甥っ子を笑って砂糖とミルクを与えた。
まだ子供には難解かと思えるような事も気の向くまま何でも話してくれた。

―――ねえ、薫。これだけ史記が残されている中国の歴史でさえ、記録に残されるのは勝者の歴史だ。歴史の記述にさえ残らなかった他の膨大な人たちの想いや考えや痛みがどれ程積み重なった上で人の営みが今まで培われたのだろうね。それでも影に隠れた沢山の事実の結晶が勝者の歴史を作るんだ。
―――人自身もそれとよく似ている。表に見えるのはその人のどれだけの部分なんだろう。隠されている部分がどれ程その人の性格や想いや考えに反映されているのだろうね。それを思うとその人をカタチ作っているモノを他人が推し量るのはとても難しい。まるで人の心は多面体のガラス細工のようだよ。壊れやすく、傷つきやすい。そして傷ついた部分さえ屈折して何かしらの光を弾く。
―――例えばこの囲碁。これはもともと遥か古の紀元前の大陸では神事の吉兆を占う重要なもので、帝のトップシークレットだったそうだ。それが唐の時代には娯楽として一般に定着している。その頃日本に渡来したものだそうだ。奈良や平安時代の宮中の貴族達の娯楽から、戦術のシミュレーション代わりに武士階級にも広まり、いつのまにか庶民の間でも大流行した。江戸時代には初代家康本人が認めた事もあって幕府自体が囲碁や将棋を保護して俸禄(ほうろく)を授けた。華道のような家元制度が出来たんだ。江戸初期にそれまでの置き碁のルールを廃止した流れは日本の囲碁を随分強くもした。近世には家元制度が崩壊した代わりにプロ棋士制度が出来た。それくらい日本に根付いたものが、肝心の本場の大陸では長いこと忘れられてこそないが停滞していた。それが今度は日本から大陸へ逆輸入されて今では韓国、中国の方がむしろ熱心なくらい夢中だ。プロ制度が両国に出来たように。不思議だね。これだけ長い年月が経っているというのにルールは多少変わっても囲碁の基本は遥か古に伝えられたものと殆ど変わらない。でも人の営みや歴史というのは寄せ返す波のようだ。互いに干渉し合って、はじけて、新たにまた生まれる。
―――人も同じだ。自分以外の誰かの想いや気持ちや干渉がいつのまにか自分自身に影響して何かをその人に与える。私も、君もそうだよ。他と関わる事で自分というものが少しずつ変化しながらカタチ作られる。自分というものが出来るのは己自身だけの気持ちからだけではない、絶えずなにかしら人の影響が己に浸透して自分の心が内から生まれ出てくるんだ。そしてまた、自分自身も誰かに何かを与えている。人は一人ではない、けして独りではないんだ。


叔父の口調は静かに、なんでもないことのように語る。
薫は物語代わりにそんな叔父の話を熱心に聴き、時にはそのまま叔父の膝にもたれて眠る。そのうち身体がふわりと浮いて、柔らかいベッドに寝かされる。そしてまた、叔父が仕事を始めた合図のカタカタ奏でるキーボードの音色を子守唄のように聞くのだ。


聡叔父は大学院で史学を学んだ。専攻は中国。研究室に残り助手を務め、ごくたまに非常勤講師として教壇にも着いている。その傍ら翻訳も引き受けて生活費の足しにしているようだ。
叔父は語学も趣味で向こうの言葉はかなり習得しているらしい。
英語、北京語、上海語、四川州の訛り、香港、台湾、ハングル、モンゴル語もかじったらしい。身体が弱いこともあって国外には出たことが無いから全て自己流だと笑うが、留学生も捕まえて教えてもらったことがあったそうだから、かなり本格的なのではないかと思う。何故英語も入っているのか聞くと、向こうは第二外国語に英語を習っていてかなり流暢に使うから、中国語や日本語で意思疎通が困難な時には便利なのだとケロリと言う。
こうなると才能なのだと思う。
これらの翻訳ものには小説も多数あった。仕事の関係か趣味の一つか境界線がはっきりしないが、和洋東西限らず、文芸書も相当数蔵書としてあった。
聡叔父は薫が小学校高学年に上がるころには助教授になっていた。
その合間にたまに入院もする。しかししばらくすると退院するのであまり気にしたことはない。これは薫が幼い頃からすでに日常と化しているのでそういうものだと認識している。
結婚をする様子はなかった。
良いヒトが出来たら結婚するさと叔父は笑うが、結局今でも独身のままだ。


◇ ◆ ◇


薫はこの頃父とあまり反りが合わなかった。
薫が小学校に上がる頃、バブルが崩壊して世間はにわかに不況の波が押し寄せた。
父の会社もそのあおりを受けた。それでもバブルの時に派手に手を広げずに手堅くやっていたのでそれほど影響を受けたわけでもないが、取引相手を受注するのには苦労していたようだ。それも薫が小学校の中学年になるころには落ちついてきたのか前よりも家に帰るようになって、ようやく父と顔を合わせることが増えた。
それでも他人と接しているような違和感は消えない。
薫は相変わらず聡叔父の元に入り浸っていた。
父はそれを特に止めたことはなかったが、息子が院生に入りたいと漏らした時に一言の元で言い切った。『無駄だろう。それより勉強をしろ』
この言葉で薫はこの見慣れぬ父が大嫌いになった。
普段父親らしいことをされたこともない人間にこんなことを言われる覚えはないと反発した薫はそのまま叔父の住まいに家出した。わかりきった処に来ても家出にならないのは承知だったが、それでもしないではいられなかった。
叔父は呆れながらも気の済むまで居ればいいさと放任した。
家事を手伝ってくれる相手がいるのは助かるしと笑った。

しばらく叔父の住まいから学校へ通ったが、その内叔父が正式に助教授に就く内示が出たのを契機に父から通達を受けた。
―――あいつもこれから忙しくなるんだ。いつまで邪魔をするつもりだ?
その言い草に腹が立ったが、無視も出来ない事実なので家に帰った。
この頃には碁会所に通い出して腕を磨いた。
幸い聡叔父の懇意の碁会所のオーナーが良い人で、ロハで出入りするのを許してくれた。小遣いは貰っていたが、毎日だとさすがに足りない。家に頼めば融通してくれたかもしれないが、あの父に借りを作るのはご免だった。それに父に従順な母も賛成する様子がない。薫はすでにプロになりたいことを明言していた。初めは叔父のする事は何でもしたくて始めた事だったが、覚える内に楽しくて、楽しくて夢中になって打った。
囲碁は対話だ。
最初は聡叔父だけとしかやってなかったが、初めて叔父に碁会所に連れていってもらって他の人と打ってみてこのことを実感した。
石の運びで相手を探り、推察し、語りかける。それに相手が応じる。それを正確に読んでいき、自分の思惑が読まれないか推し量りながら踏み込む。受け損なうとたちまち自分が追い込まれる。それをさせじと奮闘する。先読みの攻防はより相手が何を考えているか探るコミュニケーションと一緒だ。石を置くごとにより深く相手を知ろうとする。
この無言の対話はひどく薫の性にあった。
そしてもっと、と思った。
もっと色々な人と打ってみたい。息を呑むような刺激的な対局をもっと感じてみたい。
もっと上手の人たちに自分がどこまでくらいついていけるのか試してみたい。
今では叔父を含めて自分のまわりの者に負けることはなくなった。
さらに上を覗くには?
それを最も有効に出来るのがプロになることらしい。
この答えにたどり着くと同時にちらりとよぎった思い。
プロになれば、あの家を出る事ができる。一人で生きる手段になる。
そんな事を心の隅でひそかに思ったのを薫は自嘲と共に認めた。
それでも。
今では本気だった。それくらいのめり込んでいた。
だが、父には再度言われた。無駄だと。それより会社を継ぐ兄を助けられるように勉強しろと重ねて言われた。
―――ぼくは家は継がない、兄さんがいるんだからそれでいいでしょう
―――プロなんてなれる訳が無いだろう
―――やってみなくちゃ分からないでしょう!ぼくはなるっ。だから院生になります!
―――それより勉強の方が大切だ。囲碁なんて趣味でやれば十分だろう。
―――そんなの嫌だっ、プロになりたいんです!
―――半人前が何を言ってる、子供は勉学が本分だ
―――でも!
―――………いいだろう。好きにしなさい。だが、それには条件がある。海王中学を受験して、合格すること。そして高等部を卒業する。大学も進むんだ。これはプロになるならない関係ない。必ずだ。だが、中学合格も出来ないようなら院生になることは許さない

海王は父も兄も卒業した学校だった。
父はレールをはずれる事は許さないと言っているも同然だった。
それでも…チャンスがあるなら乗るまでだ。

―――………分かりました

これがスタートだった。
それから薫はさらにいくつかの碁会所を梯子してひたすら腕を磨いた。
照準を12月に定めて集中した。平行して勉強もした。
そして、院生採用受験当日。母を保護者として付き添ってもらい、臨んだ。
母親は困惑した様子だったが、父が許可したことなので反対はしなかった。
でも、目が云っていた。『あの人の会社のお手伝いはしてくれないの?』と。

薫は夢への足がかりを掴んだ。
小6の、冬に。




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