水の彩(みずのいろ) 後編 2

 

 

 

 結論から行けば、死の女王には会わなかった。つまり、光の女王に会った。

 光の女王は、水…のような体をしていた。見た材質感は、どう見ても、水だ。透明な液体。そしてその水は自ら発光しているように白く輝いていた。だから、ひょっとして光そのものが集まっていたのかも知れない。

 そういう「発光する水」だったが、形は人間だった。それも、体の柔らい線と膨らみからして、女王の名のとおり、女性だ。
『ほほーう。なるほど、其方があの?』
 あの?
 視線でキールに問うと、キールは肩をすくめてみせた。
「随分、お暇なようですね、ゼ・ラ?」

 光の女王に会っているのは、以前行った不思議な水の中の宮殿ではない。
 その前に花畑に行きたいとシンが言ったので来たのだが、東西南北見渡すかぎりの花畑で彼らは光の女王と会っていた。

 精霊の領地であるこの花畑には、普通の人間は入れない。だから大抵の場合、無人だ。
「こんな所に来てくださるとは、とおーっても、お暇なんですね。あなたがここにいたら、傷負って形状壊れますよ? 以前俺が彼を連れて直接訪ねた時は、確か機嫌が大層お悪かったようでしたが?」

『……そう責めるな。一度殺しかけた相手に会うのは、誰だとて気分がわるかろう。そしてそれを承知でやるお前はまったく…』
 ……はい? 殺しかけた?

「シン。かいつまんで説明すると、この人は以前のお前を殺そうとした事があるの。で、だからお前に会いたがらなくて、で、俺はそれを承知で連れていった訳だな。どういうご尊顔になるのか興味を引かれて」
 ……大した性格で。

 キールが助けを精霊に求めなかったのは、以前、彼らがシンを殺しかけたからだ。そんな相手を瀕死のシンに会わせ、助けてと懇願するなど、隙を見て殺してくださいと言っているようなものではないか。

『案ずるな、大事無い。私はもう其方を殺める気は失せておるわ』
 堂々と言う潔さと威厳に感心するのも束の間、キールが冷静に言った。
「ゼ・ラ。限界です。そろそろ帰らないと」
『……お前は本当に口うるさいわ』
 舌打ち、という動作が精霊にあるのなら女王はそれをやっていただろう。そして、姿を消した。

 キールは女王がいた辺りの地面をがさごそやっていたが、不意に言った。
「あやっぱり。無理してこんなところに顕在化するから…もう。体が剥がれ落ちてる」
「ここに、いると?」
「闇に接触できない。そして、草木もヒトも、ほとんどは光と闇で出来ている。闇の女王も似たり寄ったりの理由で、ほとんど己の居城から出ない。死の女王は自由に出られるけど」

「…じゃ、死の女王だけ恵まれてるんだ?」
「……さあ?」
 キールは微かに笑った。それは肯定しているような否定しているような、不思議なほほ笑みだった。

 キールは起き上がった。
「……そろそろ、いい?」
 シンは息を呑み、ややあってこくんと頷いた。

      § § §  

 記憶の封印を解除するのは、決して時間のかかるものでも、特別な材料がいるわけでもない。
 家に帰ってシンを寝台に腰掛けさせ、キールが目と目を合わせて紋印を三つ空中に描くと、全ては終わった。

 シンは、しばらく、空白の顔で動かなかった。次いで、唇が震えだして、頬が一気に赤く染まる。
 そしてきっ、と近くのキールを見ると、枕をつかんで投げつけた。
「どっか行けっ! 今はてめーの顔なんざ見たくないっ!」
 ―――えーと。
 ぽん。
「あ。お前、記憶無くしてた間の事、憶えてるんだ」
「わかってんなら一人にさせろっ! ばか―――!!」
 こういう患者には逆らわないのが得策である。キールはとっとと逃げ出して扉を閉めた。

「あれ、キール、どうしたの?」
 顔をあげると、イールが立っていた。
 キールたちが出掛けている間に起きだしてたようだ。
「ああ、ちょっと…中でシンがぷっつん切れてる。危険だから入らないように」
 扉の中からは芸術的な音が響いてくる。
 イールはとてもとても疑わしげな顔になった。前述のように、家族のキールへの信頼度は、シンに関わる事ではかなり減退する。
「……また、何か、やったの?」

 イールの言葉が全てを表していた。
「シンの記憶を戻した。で、そしたら、この一月の事、憶えてた」
 キールは正確に、事実のみを伝えた。
「…………………それは。」
 世界中で一番嫌いな相手になついて、大好きだよとか何とか全身で表現してて更にいろいろと…。

「のたうち回りたい位の恥ずかしさだろうな。と、言う訳で、危険地帯だから」
 キールはそう伝えてすたすた行ってしまったが、イールはそこまで他人事にできない。
 扉の向こうを眺めてつぶやいた。
「気の毒に…」

 

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