誰が駒鳥殺したの 2

 

 

 キールの家を訪ねると、キールは父と弟と一緒に食卓について食事をしていて、
「あ、おはよシン」
「シンいらっしゃい」
 というイールとナギの後に、キールはシンに言った。
「おはよシン」

 ―――いつも通りに平然と、挨拶をしてくる相手を、シンはたっぷり秒針二回転ぶん見つめた。一応確認する。
「……ナギこれキールですか?」
「キールだよ」よし。

「キール、ちょっと来い。話があるんだ。……という訳で、ナギイール。キールをちと借ります」
 外へ出て、盗聴防止の準備が整うと、シンは深呼吸を二回して、いきなりキールにつかみかかった。
「……お前な! 一体どういう神経してるんだ!」
 昨日の、今日だ。大量殺人のあと、家族と一緒に笑っている。

 キールはその手をうるさげに振り払って、
「正直言ってお前が、何を怒っているのか、俺には判らない。人殺しをやったことがない訳でもなかろうに?」
「あるさ。そりゃな。殺されるだけの咎持つ者なら! でも、お前は……!」
 そこで、やっと、気づいた。
「なんで、お前…あんなことをやったんだ?」

「神樹の本…ああ、お前らが持ってたあの本の名前だけど、そのなかには世に出てはいけない知識が存在する。その知識を受け入れるには、今はまだ早い…時期尚早だ、…って頼まれた」
 たの、まれた?
「…誰に?」
「秘密」

「……」
 キールの口のかたさを知っているシンは、話を変えた。―――その後キールが調停者と知り、この事件を思い起して依頼者は高位の精霊だろうと見当をつけた(正解)のだが、それは別の話である。
「頼まれたから、だから、殺したと?」
「そう」平然と肯定する。

 シンはしばらくキールを見つめ、ため息を吐くと地面を蹴飛ばした。
 色々な感情がぐるぐるしていた。だからシンはそのまま沈黙し、待った。今動いたら皇族としてあるまじきことに、感情のまま何か行いそうだったからだ。例えばキールをぶん殴るとか。
 キールを罪に問う事はできるか。できない。
 キールを罪に問いたいか。問いたくもあり、問いたくなくもある。…ナギもイールも悲しむだろう。
 こいつに、やった事の報いを受けさせてやりたいか。是非。
 ……なんでこいつは、こうなのか。

 感情を整理すると、キールに言ってやりたいことは、一つだけだった。
 真っすぐ、見つめる。それを動揺の気配もなく、受けとめる目。
「お前は、どうしてそう簡単に人を殺せる?」

 シンは、しずかに喧嘩友達を見つめた。
 耳にかかり流れる銀の髪、長い睫毛の下の澄んだ瞳は、揺るぎなくキールを見つめる。
 玲瓏とした、見事な美貌だった。
 キールはその美貌を鑑賞し、やんわり微笑む。
「…お前に言われるとは心外だな、人殺し」

「―――っ。…そうだよ、僕は人殺しだ。だから、可哀相なんだろうが! これから先の事も知らずに笑ってるお前が!」
 まだ、キールは十一か十だ。

 幼い頃に人を殺めたら、それは一度では済まない。自然と殺人への禁忌は失われ、これから先も殺すようになる。そして、平気で人を殺せる人間の出来上がりだ。
 皇族であるシンにとっては、それは長所にもなりえる必要悪の冷酷さだった。けれど、一般人にとっては、ただの短所だ。

 一方、キールは何と答えればいいのかさっぱり判らなかった。
 大体人間は人殺しを大事に見すぎている。一人殺したら、その人間は生涯人外鬼畜のように見られる。
 一人ぐらい殺したって人間は人間だし、名乗り出て罰を受ければ何十年後かにはまっとうな人間だ。…まあ、キール自身はたしかに人外外道だろうが。
 煙に巻くことにした。
「……俺が見ている視界をお前と交換したら、間違いなく一日も保たないだろうよ」
 シンは眉を寄せる。

「シン……俺はね、お前の精神強度はピカ一だと思うよ? でも、それでも、一日保たない。他の人間は、半日、もたないな。シミナーで、生まれた時からそうだった俺の気持ちが、お前にわかるのか?」
 恵まれてない人間が、恵まれた人間に対して、「俺の気持ちがお前にわかるか」と言うのは最終兵器に等しい。
 恵まれた人間は、恵まれているという一点において、負い目を持っている。よって、何も言い返す事ができなくなるのだ。

 しかし、シンもただ者ではない。
 硬く凍りついた顔で言い返した。
「……なら、お前にも僕の気持ちは判るまい。僕の目に一家がどういう風に写っていたか、お前には一生わかるまい」
 シンにとって、ナギ一家は、遠く遥かな幸せそのものだった。
 シンは頭を振る。
「……話がそれた。つまり、お前に罪悪感のかけらもないのはシミナーだからで、つまり一生そのまんまだという事だな?」

「…。んじゃ聞くけど。何で、人を殺しちゃいけないんだ?」
 キールは少し首を傾けて、子供らしいあどけない表情でシンを見ていた。昨日、二十人からを虐殺した犯人が。

「何故、人を殺しちゃいけない?」
 シンは自分が人を殺めた時の事を思い出していた。―――何故、人を殺してはいけない?
 キールの言葉が重くのしかかる。

 他人ならば、簡単に「人として最低限の倫理」だとか「そもそも聞くような事か」とか、答えにならない返答で、議論を終わらせるだろう。けれど、シンにはできなかった。
 それは、シンも殺人者だからだ。
「……お前だって、大切な人はいるだろう?」
 シンにはいる。―――兄上。

 しかしキールは笑い飛ばした。
「俺に? はっ、シミナーに、いると思うか?」
「家族は?」
 キールは大きく手を打った。
「なーるほど。……要するに、お前は、俺にとって家族が大切なら、俺が殺した人間達を大切に思う人もいる、って回答に辿り着きたい訳だ。……大切なひと、ね」
 そこで、キールは、シンですらぞっとするような笑みを浮かべた。
 それは子供のしていい顔では、断じてなかった。身震いする歪んだ老人の顔だった。

「愛している相手ならいるよ。だから、俺はシミナーの中では幸運な方だろうな。でも、大切な人なんて、いない。
俺には、死んで悲しいと思えるような人間なんて、ひとっこ一人、いやしないんだ。もう一回聞く。何で、人を殺したらいけないんだ? 人殺しさん?」
 満面の、純真爛漫の笑み。
 シンは深く黙考した。
 人を殺した事は―――ある。

 人を殺す方法は、護身術の教師から習っていた。本番は、びっくりするほど簡単にいった。ただ、習った通りにすれば、人は動かなくなって鼓動を止めて…、代わりに、死に際の全気力で生み出された恨みの念…瘴気が、自分に重く、のしかかってきた。
 その瘴気こそが、最大の殺人抑止力だった。
 レイオスの民は誰もが魔力を持つ。そして、人が最も精神力を高めるのは、死に際である。
 魔力を持つレイオスの民を殺せば、その瞬間に加害者は呪われ、遠からず死ぬ。
 そしてそれは、「殺人者」の目印ともなるのだ。

 しかし、皇族は、殺人を禁忌としない。抱える瘴気浄化能力者に瘴気を浄化してもらうからだ。
 兄が優しく抱いてくれて、瘴気も、気がついたらもう、浄化されていた。
 落ち着いていて、落ち着いた自分の心に、落ち着かなかった。人を殺したら、もっと動揺すべきなのではないか、と、そう考えて動揺していた。

 人を殺すというのは、それ自体は別に、何ともないただの作業にすぎない。そうはっきりと知った。身体に無数にある急所を斬り、突き、殴り、蹴れば息を止める。それだけに過ぎない。
 けれど、人はそれだけに過ぎない行為に、いろいろな重みを付け加える。同族殺しはいけないだとか、思考する存在を殺してはいけないだとか、そういう、いろいろな事を付け加える。

 シンは吐息とともに、答えを吐き出す。
「…僕は、たしかに、お前の問いには答えられない。僕の心のどこを見渡しても、殺人を絶対の悪として定義する理由が、見当らない。そもそも、皇族は殺し合いを前提として生まれた命だ。殺しを必然づけられている。殺すか、殺されるか、その違いはあるが。
―――そして私は、殺す側に回ろうと決めた」

 キールは、興味深げに聞いている。
「…だが、逆の理由ならば答えられる。
 なぜ殺すのか。それならば答えられる。
 ―――許せない事をしたからだ。
他者の人権を侵害する者の人権は、無視して一向に構わない。私はそう考える」

「なーるほど!」
 ぽん。
 朗らかな笑顔が、一転して闇に変わる。
「…となると、その法則は俺にも適用されるよな?」

「そうだな、適用の第一候補だな。ただし」
 シンは息を吐き出す。
「…私は勝てない戦いも、利益のない戦いもやろうとは思わない。お前と戦って、勝ってもシミナー減で損、負けたら死でこれまた損だ」
 そして、シンはどこか悲しげにキールを見やった。
「……お前は、壊れているな。僕もだけれど。
僕は冷酷になろうと努力している。けれど、お前は、はじめから何も感じないんだ」

 聞きようによっては物凄く痛烈な、皮肉である。
 けれど正真正銘「壊れている」キールは、むしろ微笑んだ。その洞察力と、観察力を讃えたのだ。
 シンはため息をついた。

「……いったい、何が書かれていたんだ?」
 キールは一旦、本の中身を見て確認した。それは、内容を知る人間にしかできない事だ。
 キールはあっさり答えた。……とんでもない答えを。
「死者復活、不老不死、時間回帰」

 ぶっ。
 驚愕の表情は一瞬。すぐさま不可視の障壁を張り巡らし、シンは苦々しげな顔になる。
「……なぜお前だけが、それを知ることが許される? お前にその知識を独占する権利があるのか? 
知らせるべきだ。それともお前には、独占する権利を保障する根拠でもあると?」

 キールはあっさり答えた。
「ないよ。でも―――これらの術は、使用に制限がある。術に、大量の人命を必要とするんだ。たとえば、一人生き返らせるために、千人の命を必要とするってふうに。
シン、お前は、全ての人間がこの術を知って、他者の人命を犠牲にしなければならないとも知っていても、その上で、ひとりも使わずにいられると思うか?」
 沈黙がおりた。

「……いや」
 シンは、短く否定する。
 彼は支配者一族の一員として育てられ、人間というものの本質をあますところなくよく知っていた。

「残念だが、人間には…できない」
 大切な人を生き返らせるために。自分の不老不死のために。自分の欲求のために。
 いくらでも他人の命を使って構うものか。
 そう考える人間は、絶対にいるだろう。シンだとて、兄が死んだら、そう思わないでいられる自信はない。
 けれど、たとえそう思ったとしても、できないから。

 現実的に叶わないから、人は、死を受け入れるのだ。

「俺が独占する権利はないよ、お前の言うとおりに。でも、知らせるには害がありすぎる。人間は独善的で、傲慢だから。誰にも知らせられない。けれど、誰かが知っていなければならない。…壊れている俺が選ばれたのは、至極妥当なことだと思うけど? 俺には、死んだとき生き返らせたい相手もいないし、永遠の命なんて欲しくもないもの。…お前と違って」
 最後の一言は痛烈だった。
 強張った顔のシンを無視してキールは背を向ける。

 ―――シンは頭が痛かった。

 客観的に見ればシンが学院をたずねた直後、死体の山ができた、である。
 後始末をどうするか。いちばんいいのは兄に打ち明けて協力を依頼することだが、そうなるとまず、ナギ家に来ることを禁止される。
 こんな危険人物のいるところに可愛い子供を置いておきたい親はまずいない。
 それは困るのだ。
 シンは、この得体の知れない、けれど知り合ったなかで間違いなく最強の術者である少年に、並々ならぬ興味を抱いている自分に気づいていた。

 


 これを投稿するとき、直前までタイトル考えてなくて、その場でつけたのを憶えています。

 私はもともと、時間さえあれば何度でも改稿するタイプなんですが、これはその中でも、ものすごく手を加えたものですね。
 作品のテーマ自体が「人を殺してみたいと思った」かの少年の事件に衝撃を受け、変わったものです。

 

 

シリーズのページに戻る

  前へトップへ