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戦争が終わり、世界の終わりがはじまった 22
麻衣は何事にも、一流があると思っている。
たとえば、あそこで麻衣をさっくりやるのが、冷徹さとしては一流だ。殺すに殺せず、とりあえず牢にというのが三流、何か使い道の魂胆があって「あえて生かしておく」のが二流になる。
日本には一流の人でなしはいないというのが麻衣の考えだ。
この国は、人の命が重過ぎる。
とりあえず、か今のところ、なのか。押し込められた牢には先住者がいた。
麻衣の姿を見ても動じず、結跏趺坐に組んだ姿勢のまま、首をほんのわずか上にあげて、
「やあ」
といった。
年はさほどいってない。麻衣と同年代―――二十代から十代の後半ぐらいまでだろう。頭は綺麗に剃りあげてある。薄暗い牢内のなかでも、青々とした剃り跡が見える。
牢屋にいるとは思えない、悲愴感の欠片もない洒脱なようすに、麻衣はふと、以前会った相手を思い出す。
まるで恐れるものが地上のどこにもないかのような、まったく別の空を見上げ別の大地に住んでいるかのような空気を持っていた。その後数年間にわたる麻衣の懊悩の原因をつくった相手。
会っていた時間は短かったが、麻衣自身あの頃は凄惨の極みをなめ、すさんでいただけに、印象は強い。
「やあ」
麻衣も軽くそう返す。手の一つもあげたいところだったが、後ろ手に手錠をかけられているので、できない。
それでもとことこと歩き、畳の上にすとんと腰を下ろす。
牢、といってもこの屋敷の牢は実に古典的な座敷牢である。照明も薄暗いがあるし、湿度も高くなく、じめじめと嫌な感触はない。
「先住者がいるとは思わなかった。あなたは何をしてつかまったの?」
「……きみは?」
「いやちょっと。一人殺そうとしてそれを止めた一人を病院送りに……ああいやここの人間は病院になんか行かないか、ともかく重傷負わせた」
「手錠を、かけられているようだね」
どこか食い違う会話のテンポに、楽しくなる。記憶のなかの彼もそうだった。
麻衣は背を見せ、
「ああ、見ての通り。危険人物だから、しょうがない」
無言で彼は結跏趺坐を崩すと、右手を麻衣のほうに伸ばした。不意に手首が軽くなる。
急いで振り向き床を見ると、ちぎれた手錠が転がっていた。
数秒それを見つめ、息を吐き出す。
「……あなたも、超能力者ってわけか―――。あ、お礼を言うのが遅れてすまない。助かったよ、ありがとう」
「君は、どうしてここに?」
さっきと同じ質問だったが、微妙なニュアンスが違っていた。
麻衣のような普通の人間がどうして、と聞いていた。
今しがたの反応で、麻衣が超能力者ではないことを悟ったらしい。
「嘘なんか言ってないよ。言葉どおり。一人に重傷を負わせたから。あなたは?」
「―――僕は、嵯峨の一族の者だから」
「…………ごめん、意味がわからない」
「ここは清和の一族で、僕は嵯峨だ」
……いや、だから意味不明なのですが。
それですべてを説明した気でいる僧侶の態度からして、この超能力者たちの間では、それですべてが説明されてしまうほど重大な事らしい。
麻衣はさっきの老人の言葉を思い出した。確か、四つの一族があるとか言っていた……。
「まさか……四つの超能力者一族は、それぞれ争っているとか?」
「知らなかったのか?」
冷静な声に驚きが混じる。麻衣は頭痛を感じた。
ますます、どこぞの三流ヒロイックファンタジー小説だ。
「……異世界の門がどうとか聞いたけど……ひょっとして、それも本当、だとか?」
こくりと頷きが返る。おもわず黙ってしまった麻衣に、逆に問いかけが返ってきた。
「どうして君のような普通人が、ここにいる?」
「それは―――まあ。首をつっこんだからだろうね、しかものこのこ自ら」
多少のうさんくささは大歓迎である。そう思い、首をつっこんでみたのだが―――大当たりだ。
麻衣はにやりと笑う。
「面白いな」
無論、すべて嘘という可能性は厳然としてある。だが少なくとも、まっとうな人々でないことだけは確かだ。
普通の家は手錠なんて常備してないし、牢なんてものを自宅内につくらないし、超能力なんて持ってない。
「普通人が、どうして驚かない?」
「驚いて金になる?」
逆に問いかけてはぐらかす。
「金がすべてか」僧侶の声に苦いものが走ったが、頓着しない。
麻衣はチッチと舌を鳴らす。
「そういう台詞はね、金に心底困ったことのない人間だけが言うんだ。逆にいえば、その日の食事にも困っているどん底の人間だけが、言っていいもんだよ」
何度も飢え死にしそうになった麻衣は、「金なんてどうでもいい」なんて言わない。ぜったいに、だ。
ヒトはパンのみにて生きるにあらず。
確かに金がすべてではないけれど、―――でも、パンがなければ死んでしまうのも確かなのだ。
2005 9/7up
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