戦争が終わり、世界の終わりがはじまった 14


 ……つくづく目立つ人だ。
 雑踏の中、一人勝ちのように彫像の前にたたずんでいる青年(いや女性なのは頭ではわかっているのだが視覚が否定するのだ)は目立っていた。

 その彫像はかなり広い広場の中央に立てられたもので、彫像自体もかなり大きく目立つ。待ち合わせ場所としてはまさに最適なので信二たちの他にも何人もの人間が人待ち顔でたたずんでいるが、渡辺麻衣の存在感ときたら圧巻だった。

 白のロングコートに、長い茶のマフラーを巻き、先端を長く垂らしている。整った顔の眼差しが鋭い。刃の空気を潜ませた雰囲気。女性が惹かれずにおれない『危険な男』とはこんな男の事だろう。
 どこから見ても、洒脱でさりげなくセンスのよさをみせた男性である。危険な香りのスパイスつき。
(……これで女性に見えたら詐欺だ)
 うんざりしつつ、信二は近づく。……好奇の眼差しがイタイ。

「渡辺さん」
「やあ?」
 麻衣は信二を認めて、手をあげた。
「ひさしぶり。元気そうだね」
「……渡辺さんは、元気でしたか?」
 あんな形で追い払われるように別れてから、すでに半年が経とうとしていた。
 首を半分突っ込みかけた厄介事も、しばらくは何かの災難が降りかかるのではないかと怯えたが、幸いあれから何事もなくすぎた。

「んーまあ。いろいろと楽しかったよ?」
 どういろいろなのかは考えない方が世のため人のため身のためである。
「……で、信二くん。最近何かまずい事が起きてないかい?」
 まずいこと?
 信二は首を傾げて考える。

 買った魚が鮮度がよくなくて不味かった……ってちがう!

 信二の受験勉強になにか支障があるというわけでもなし、ミコトがどうかしたという話も聞かない。
「特に、なにもないですけど?」
「そうか。残念。僕はね、先日の借りを返しにきたんだ。僕は貸しを忘れないかわりに、借りも忘れない。じゃあ、信二くん。何か僕にしてほしいことはあるかな?」
「してほしいこと?」
「そう。何でもいいから」
「……とくにないですけど」
「僕の六年間、話そうか?」

 正直にいう。
 心が揺らいだ。

 信二にも洩れなく好奇心という……パンドラが箱を開けてしまうことになった原動力が、確かにあって。
 ものすごく聞きたかったが、考えれば考えるほど、自制の方が強くなる。
 やがて信二は肩をすくめて言った。
「やめておきます。聞きたいのは事実だけど、弱みを盾に、話したくないことを無理に聞き出すのは、いやですから」
 麻衣は―――その返答を予想していたように、桜の花のように優しく笑った。
「君は、そう言うだろうと思った」

「……そんなに読みやすい性格してます? 僕」
「褒めてるんだよ。僕はただ単にちょっとばかり、君と似た思考パターンの人とずっといたから、予想できたってだけ。誠実を絵に書いたような人だった」
 それが誰なのか、予想ついたので信二は賢く沈黙をえらんだ。

「思えば日本で、何の見返りなしに、真剣に、僕の身を案じてくれたのは君だけだった。―――だから、君がいいと思ったんだ」
「……渡辺さん?」
 いぶかしむ問いが、消し飛んでしまうほど強い瞳が、向けられる。

 息を呑む信二に、麻衣は言う。
「貸しも借りもない。誰でもなく、ここで、ただ一人何の裏もなく心配してくれた君に、聞いて欲しい。長い話になるから、嫌ならもちろん無理強いはしない」



2005 4/19up


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