戦争が終わり、世界の終わりがはじまった 12


「六年のあいだに、あなたに、何が―――起きたんですか?」
 今まで、無数の人間が、なんどとなく彼女にしてきただろう問い。
 しかし、信二自身が彼女にその質問を投げかけたことは、一度としてない。

 人は、誰しも、誰にも踏み込まれたくない領域があるものだ。
 麻衣の場合、それが、その失踪だということぐらい、知っていた。
「……優しいあなたが、躊躇いなく人に暴力を振るえるようになるような、何が……あったんですか?」

「……君の物見高い好奇心に、どうして付き合わなきゃいけないのかな?」
「あなたが、心配だからです」
 気圧されず。
 まっすぐ麻衣の眼をみる。
「―――心配したのは君の勝手だろう? そんな気持ちを押し付けられて、さも話す義務があるように言われるなんて誰がきいてもおかしな話だ」
「わかってます。―――とても図々しいお願いである事も、わかってます。でも、話して、欲しいんです。……決して、あなたの不利になるような行動はとらないと約束します。駄目ですか?」
 ―――たとえ、それが、人殺しでも。
 信二は約束を守って、胸に秘めよう。

 麻衣は、苦笑交じりにかぶりをふった。
「信二君。―――君は僕を買いかぶりすぎてる。僕は、単なる一介のフリーターでしかないんだ。ほんのちょっと、人より違った経験をしてるだけの、職も見通しもない若造だよ」
「渡辺さん……」
 信二はいいかけたが。
 腕に、まるで上着をかけるように人を担いだまま。麻衣は言葉を継いだ。

「……そうだね。いつか、君には話すかもしれない。君は―――日本に帰ってきて初めて、打算なく僕を心配してくれた相手だから」
「いつか、ですか?」
「そう、いつか。……僕の思い出の人物より、君がいい男になったら教えてあげよう」
「そんなの、いつのことか―――」
 うすうす信二も気づいてる。麻衣の恋人は、麻衣にとって非常に、その、ぞっこんのいい男だったというのだ。しかも思い出の中の人物となっている。
 思い出は美化される。嫌な記憶でさえも美しく、華やかに……―――そんな相手に勝てる日なんて、くるはずない。

「どうでもいいことだろう? 僕の六年間なんて。とにかく。―――しばらく、僕に構わない方がいい。君の行動一つで、ミコトさんまで危険になるんだ。いいね?」
 アキレス腱を持ち出されては、黙って見送るほか、なかった。

     § § §

 その言葉どおり、麻衣は、完全に信二との接触を断った。
 図書館での約束にも来なかったし、日雇いの仕事もやめたという。
 ひと月、ふた月ぐらい姿を消しても心配しなければならない人物ではないが―――やはり気になっていた頃。
 麻衣は現れた。



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しばらく更新休みますので、申し訳ない。


2005 3/23up


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