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戦争が終わり、世界の終わりがはじまった 11
世の中には、無数の、いろいろな人がいる。
それは知っていた。
知識としては、「どうしようもない、日本人なのに日本語が通じない」人間がいることも知っていた。
しかし、現実に目の当たりにすると、さすがに……ショックだ。
どれほど言葉を尽くしても、通じない。できれば死ぬまで関わりあいたくない。そういう人種が、今目の前にいる。
その認識は全身に悪寒が走るほどの嫌悪感をそそった。
信二は一歩あとじさった。
その反応で、彼らは信二を組しやすしと見たのだろう。人間の、弱みを的確に察知する能力は動物としての本能だ。間合いを詰め、信二に向かって顔を突き出す。
「ムカつくよ、おまえ。謝れよ」
「そうそう、俺たちのたのしーい喫煙タイムを邪魔したんだから、土下座してな」
理性は、そうするのが正しいと告げていた。
なんでもいいから謝ってしまうことだ。
しかし……思春期の少年の、鼻っ柱だけは高いプライドは自分は悪くないと告げていた。
「いやだ」
そう、最近知り合った彼女なら、恐れる様子も無く言えるだろう。傷つく事を恐れない強さがあるから、心を曲げずに、言える。
しかし、信二には、そうやってきっぱり……言う、言葉が、出てこない。
こわいのだ。
やはりどうしても、体がすくんでしまう。
喫煙を、注意しただけの事だった。それも、ごく、軽く。
教師が来る前にやめたほうがいいよと、そのぐらいで。
「やめてください、だろう? ああ? それが人にモノを頼む態度かよ」
「折角いい気分だったのに……お前のせいで台無しだよ。謝れよ」
どうして、自分が謝らなくてはならない?
「そこに土下座して謝れよ。そうしたら許してやるから」
どうして、許してもらわなければならない?
自分は悪くない。―――なのに、その言葉は出ないのだ。
窮地の信二を救ったのは、クラスメートの呼びかけだった。
「信二ー、早くこいよー!」
あからさまにほっとした顔で振り返った信二を、彼らは舌打ちして解放する。
「いいか、二度とナマいってんじゃねえぞ」
窮地を救ってくれた友人と共に、足早にその場を離れつつ、蒼い顔の信二を気遣ってくれたのだろう、友人が話しかけてきた。
「……なに、あった?」
「いや……」
言葉を濁すと、クラスメートは忠告してきた。
「あんな奴らと関らないほうがいいぜ?」
「……肝に銘じる」
日本語は通じる。でも、通って当然の理屈が、通じない。
……恐怖だった。
§ § §
家に帰って家事をしながら養母のミコトにその事を話すと、ミコトはうんうんと頷いた。
「そうねー、同感! しんちゃんも、たぶん、世の中出たらわかると思うけどね。世間にはほんっと、驚くほどいろんな人がひしめきあっているんだから。世の中には、ほんとに、いろんな人がいるの。そのどれが悪いとか、一概には言えないくらい」
そういわれると、信二は不安になる。
日本語が通じない、そう思う信二のほうこそ、彼らから見れば間違っていて、日本語が通じないのだろう。
「僕が……間違ってるのかな?」
「だいじょうぶ! 私は―――私だけは、しんちゃんが間違ってるとは思わないから。でも、これだけは理解しなきゃ社会人としてはやってけないわよ? ―――世の中にはね、ほんとにいろいろな人がいるの。人の嫌がる事が好きな人ももちろんいるし、その気も無いのに人を傷つけるのが上手い人もいる。たとえばね、私や、しんちゃんは、できるだけ人を傷つけたくないと思うでしょう?」
「そりゃあ……もちろん」
「でもね、そうじゃない人もいるの。人を傷つけることを進んでやる人もいる。誰だって、傷つけられれば痛いのにね。それが、わからないの」
「自覚なしにそうしてしまうってこと?」
それならわかる。信二だって、これまで生きてきたなかで絶対に人を傷つけているはずだ……自覚なしで。
「ちがうの。醜い言葉を、すすんで使う人。人を傷つけようと思って傷つける人よ」
「……そんな人いるの?」
「いるわよー、たくさん。それに、……わかってない人って、いるのよね。例えば、しんちゃんがタバコを吸ってた彼をにちょっと注意したのは、いわば忠告よね?」
「ああ―――うん」
「でも、それを忠告と分からない人もいるの」
「―――うん。そうだね」
「どれだけ言葉を尽くしても、言葉の意味を曲解して、自分の思ったとおりにしかとらえない。そういう人ってたくさんいるのよ」
「……」
ここまでくると、なにやら身に包まされて、信二は黙った。
17年生きてきて。いままでの自分の行動で……そういうことは、なかったろうか?
あった、と思う。あったような気がする。
思い悩む信二にかかったのは、予想に反して柔らかい声だった。
「しんちゃんのそういうところ、好きだなあって、思うのよ」
ストレートなミコトの笑顔に、赤くなる。
「大丈夫。しんちゃんは、人の痛みの分かる人だから。そういう風に、自分はどうだったろうって、思える人だから。そういう人はね、大丈夫なの」
人のいたみのわからない人だけが、平気で、人を傷つけるのよ―――。
―――妙に含蓄のあるその言葉を、信二が思い出したのは、それから一月近くたったある夜のこと。
好意を持っていた女性(ただし外見および性格は男性としか見えないので、ほとんど感覚は男友達である)が、平然と、人を傷つけるところを見た時だった。
……彼女が、人を傷つけることを平気でできるということは、知っていた。その現場も、見たことがある。
なのに今になって気になるのは、ミコトの言葉が頭に残っているからだろう。
…平気で人を傷つけることができるのは、人の痛みがわからない人間だけ―――
ちがう。
彼女は、違う。
麻衣は信二に親切だったし、他の人にも親切だった。親切でないのは、「人を傷つける痛みを知らないような」輩―――それだけだ。
ミコトは、間違ったことはいってない。ただ、ほんの少しだけ、例外もあるというだけだ。
麻衣は、傷つく痛みを十全に知っている。彼女は高校生のとき誘拐され、つれさられた。六年、戻るまでかかった。知らないはずが無い。
だからこそ、彼女は人を、傷つけまいとする。信二の知る最も高潔な人間と同じほどに、彼女は他人を尊重し、暴力をふるわない。
―――ただし、知っているからこそ、暴力を向けられたときは容赦なくなるのだ。
彼女は、いったいどんな六年を過ごしてきたのだろう―――?
その思いを込めて、信二は聞いた。
「渡辺さん。以前、聞いたことをもう一度お尋ねします。―――あなたは、何者ですか?」
遥か昔過ぎて、忘れ果てたプロットを必死で思い出そうとしています。
予定ではここで信二バージョンに……移行する、予定でした。
この小説、掲示板連載していた文章をそのままあげるのではなく、当然書き足します。ここの部分は掲示板連載で、移行しそこねたところです。今回は移行します。
信二は、すごく重要な役割がありまして。
そのために信二視点の物語をしばらく書く予定です。その予定が決まった途端、序盤のチョイ役だった信二がイキナリ昇格して重要キャラになってしまったほどの役割です。
連続更新、途切れて申し訳ない。もう一度―――今度は血を吐いてぶっ倒れるまで、続けます。
2005 3/19up
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