戦争が終わり、世界の終わりがはじまった 3


 信二は隣を歩く青年(誰が何と言おうが、信二にとって彼女を女性と見るのは困難だった)をうかがった。

 ……謎の多い人である。

 ひとことで言うと、彼女は「異邦人」だった。
 生まれも育ちもれっきとした日本人の彼女には、信二の想像もできないような修羅場をかいくぐってきた気配がぷんぷんしている。異国の空気が宿っていた。

 名前は渡辺麻衣。
 信二が麻衣について知っていることなど、箇条書きにできるぐらいに少ない。
 女性なのに、外見が筋骨逞しい男性にしか見えないこと。といってもボディビルダーのような見せるための筋肉ではない、外見はどちらかといえば細身の鍛え上げられた体をしている。
 その外見は、ある程度彼女が意識的に作ったものであること。声もつぶれているので、本当に本人に言われるまで、性別がわからない。本人曰く、必要があったから、とのことだが……信二はどんな「必要」なのかを考えたくなかった。それは、平和ボケの自覚ある小市民の信二にとって想像するだけでも怖いものだったのだ。
 いや―――恐ろしいのはそういう状況があるということではないのだろう。そういう状況に実際に遭遇して戻ってきた人が目の前にいるということが怖いのだ。
 どんな状況も、遠い他人事としてなら平静に聞ける。けれど、身近にそれに接してきた人がいれば、それはもう他人事にできない。

 だから麻衣は男性的な、男性としか思えない容姿の持ち主である。太い首、鍛え上げられた僧帽筋、逞しい肩から続く上腕二頭筋。
 ただし、麻衣自身は同性愛者ではなく、普通に異性が好きな女性である。
 ……この外見で、と思うが、実際麻衣は魅力的な人物であることはまちがいなかった。
 特筆すべきは、その性格だろう。
 まったく女性らしからぬことに、渡辺麻衣という女性は、暴力沙汰が大好きなのである。しかし信二がなんとか許容できることに、彼女はその暴力をけっして暴力をふるわれる咎のない普通の人に向けようとはしない。だから信二も付き合えるのだが、彼女はその嗜好を、俗に言う「オヤジ狩り狩り」で発散させているのだ。
 信二が彼女と出会ったのも、危ないところを彼女に助けてもらったのがきっかけだった。

 現在23歳という彼女は現在、大学入学資格検定に向けて特訓中であり、現役受験生の信二は、土日に図書館へ行くかたわら、彼女に勉強を教えている。
 頭の回転も速く飲み込みもよく、意欲と集中力のある彼女にものを教えるのは苦ではない。教えることで復習にもなる。
 危ないところを助けてもらった恩もある(実際助けてもらったのは信二自身ではなく信二の家族だが)。しかし信二が彼女とかかわりつづける最大の理由は、彼女が身にまとう異質の空気に、好意と好奇心を抱いているせいだろう。
 そう、異質、だ。

 信二は自分という人間がわかっている。人生万事規範と規律に縛られ、良心や道徳に背くことなくまっすぐ道を歩む平凡な人生、それが信二のたどる道だろう。殺人犯や凶悪犯として悪に染まるわけでもなく、偉大な偉人として名を残すわけでもない、どこまでも平凡な普通人という評価を高校二年にしてしてしまっている。
 そうした「普通」から踏み出せない人間は規格外の人物に惹きつけられる。そう、そういうことで信二は麻衣に惹かれるのだとわかっている……。

 麻衣は信二の好奇心もなにもわかっているのだろう。珍獣をみるのにも共通する無礼な「ものめずらしさ」から付き合っているのだと判っているだろうに、大人の彼女は信二を咎めた事がなかった。
 ……それにしても、死体(たぶん)の引き上げ。

 歩きながら麻衣の言った事がのしかかってくるのを感じる。さながら日本の民話に出てくる妖怪のように、いまさらながらに自分のしようとしていることへの自覚がわいてきたのだ。
 まして、麻衣が、思いつきでもその場のはったりでもなく、結構根拠があって言っているとわかったときには……。
 夜中に死体の引き上げ。……物凄く嫌かもしれない。

 つい今しがた、麻衣の誘いを断れなかった自分を悔やんだがもう遅かった。

2005 2/16up


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