「在りし日を夢見るさまよい人 9」



 少し考えれば、わかることだった。
 魔法使いは特権階級。
 ならばその特権を特権たらしめていた魔法が消失したら? 魔法使いにねたみを抱いていた人間は多いだろう、与えられる特権を羨んでいた人間は多いだろう。横暴な態度に憎悪を募らせていた人間も、さぞ多いに違いない。
 ―――弾圧が、始まる可能性は低くない。

「まあ……しばらくはその心配もないでしょうけどね。魔法使いを弾圧するより、魔物の相手をする方が先だから。でも覚悟しておいて。私たちは、もうすぐ魔法が使えなくなってしまう。その前に魔物を何とかしなければならない、そして何とかできたあとは、魔法を捨てて生きていく術を見出さなければならないの」
「……名前を変えて、髪をそめて? あの魔法使いの茘枝だと名指しされないように?」
「そう、そのとおり」

 頷く茘枝を暗澹とした気分で見やって、スクエアは過去に思いを馳せた。

 自業自得とはいえ、ドラゴンの怒りを買ったラミアス教。
 その愚行は知れ渡り、総本部は消滅し、権威は失墜した。それでもラミアス教が存続を許されたのは、総本部以外の地方の支部の指導者がそれぞれ優秀であったからだ。

 まず真っ先にドラゴンへの恭順の意を示したのはタナトス国にあった支部―――タナトス派だ。
 誰もが恐れおののくドラゴンの力。その怒りを買ったラミアス教。誰だってドラゴンの力を見せ付けられた今、その怒りを自分に向けられたくない。では普通の人々はどうでるか。―――ラミアス教から離反する人間が続出する中、タナトス派はドラゴンの機嫌を必死に取り結んだ。
 目もくらむような贈り物を唯一ドラゴンと接触できる人物―――初代茘枝に付け届けし、参拝ではドラゴンへの侘びの言葉を一日三回延々とぶち、なりふり構わず組織としての意地も体面もかなぐり捨ててひたすらに謝った。
 これが功を奏して、茘枝の苦笑を引き出す事に成功し、茘枝から要請されたドラゴンは茘枝を騎乗させてタナトス派の聖堂正面の広場に乗り込んで、深々とひれ伏す大神官らに『ゆるす』の一言を告げた。

 ブルーディノ国の支部は最も愚かな選択を取ったといえるだろう。ここでもドラゴンの怒りを恐れ、ラミアス教から離れるものは続出していた。そういう者に彼らは懐柔と説得ではなく、鞭と罰、「異端審問」でもってむくいた。ラミアス教を信仰しない全てのものは異端なのである、という姿勢を打ち出したのだ。しかし力で押さえつけるやり方に民は不満と反感をつのらせ、やがて茘枝の訪れで崩れた。
 青い髪をなびかせたドラゴン唯一の友である魔術師は、悠然と大聖堂のなかに現れたという。
 満座の信徒の中、すこしの怯えた様子も萎縮もなく、赤絨緞の上を歩む紺青の髪の貴人に、やがて聖句をとなえていた群集も気づいた。その瞬間に民に流れたのは、恐れではなく安堵であったという。それだけ、人心は離れていたのだ。
 やがて壇上で聖句を唱えていた大神官も気づいて顔を上げた。一斉に、血の気が引いたという。

 視線の中、青い髪の魔術師は唇を開いた。
「お前の信じるところでは、ラミアス教を信じないものは異端であり、処刑されて当然の罪状だそうだな?」
 ―――ドラゴンに滅ぼされた総本部は、千人も暮らせる規模の壮麗な建物だった。天文学的価値の名画も、フレスコ画も、壁画も、神像も、聖遺物も、すべてがドラゴンブレスの一撃で消失した。石すらも溶けた。残るのはただ、赤黒いクレーターだ。
「では、お前は私をどう遇す? 私は、ラミアス教などこれっぽっちも信仰していない。掟に従うのなら私も異端審問にかけるべきであろう?」
 茘枝。
 ドラゴン唯一の友にして、世界の調停をする大賢者。
 ドラゴンの恐怖も生々しい当時、茘枝に手を出すなど到底出来ない。ドラゴンは怒り狂い、今度こそ、綺麗さっぱりラミアス教すべてを灰燼に焼き尽くすだろう。
 かといってここまで堂々と多数の信徒の中で「ラミアス教を信じない」と断言した人間を無罪放免にしようものなら、権威は失墜する。異端審問にかけられ裁かれる人間にとっては納得できないだろう。

 それが低位の神官ならば、上位のものをよんで責任を押し付けられただろう。
 しかし、それはできない。なぜならこの支部を束ねているのは、彼だからである。
 多数の信徒が見守る中、脂汗を滴らせた大神官はこういった。
「あなた様は世界の調停者。他の信徒や私どもとは一線を画したところにいらっしゃる。私にあなた様をさばくことなど到底できませぬ」
「それが答えか?」鐘を打つ声。
「……はい」喉に絡んだ声。
「つまり、お前は、私に手は出せないが、一般の信徒の信教の拒否には異端審問にかけ、いくらでも手を出すという事だな?」
 挑発的な声に、とっさにかっとなったのか、決定的な言葉を大神官は吐いた。
「―――あなたがその地位でいらっしゃらなければ、よろこんで則に従わせていただきましょう」
 茘枝はにやりと笑ったという。
「では、その地位を乱用させてもらおう。この聖堂に集まっているものでラミアス教から抜けたいもの。心のままに行動するがいい、この大魔術師にしてドラゴンの友茘枝がその罪の一切を許す!」
 ―――この後の事はくだくだと述べるまでもない。
 この支部はあっさりとつぶれた。なんせ茘枝を敵に回したのだから、いつドラゴンのファイヤーブレスがとんでくるかわからないと恐慌状態におちいり、信者はいなくなり、神官など聖職者達も揃って別の国の一派に移籍した。

 そして最後のベネディクト国にあった支部―――ベネディクト派は、最もうまいやり方を取ったといえる。
 ドラゴンに手を出した、だから数千人が生きながらにして一瞬で焼き殺されても当然。
 ……そう考える人間ばかりではない。
 必ず、少なくない数、「それにしたってやりすぎだ」と感じる者がいるのが普通なのである。
 ドラゴンに対して徹底して腰を低くする一方、ベネディクト派はそういったドラゴンに不満を持つ分子をも吸収した。「博愛」の名の元に、本部が壊滅したとき外出していて生き残り、行き場のないものや、ブルーディノ派の難民を受け入れたのだ。
 そして、当然ながら組織の変質が起きる。いや、固定というべきか。ドラゴンの制裁の後も、ドラゴンを忌避する風潮は維持され続けたのだ。
 その信徒の数は膨張しつづけ、長い時間のはてに、ラミアス教最大勢力となりおおせたのが、ベネディクト派である。

 親ドラゴンタナトス派
 反ドラゴンベネディクト派
 ドラゴンが本部をつぶした後、ざっと数百年という長い時間の間に生まれた一派、サザン派。

 この三つが世界最大の宗教ラミアス教の三派である。
 長い時間の間にすこしばかり教義もそれぞれ違っていってしまっているが、それについては語ると長くなるので割愛する。

 問題は、スクエアの属するベネディクト派だ。スクエアの顔はそこではよく知られている。
 若くして高位の宮神官(ラミアス教内の地位としてかなり高い)となりおおせたのは、スクエアが教団内のトップ、大神官の隠し子であるから、である。ネタミもヒガミも結構な数、かっていた。周囲はおもねり、へつらう人間ばかりだったが、それを本心と思うほどスクエアはめでたくない。

 もしこの後、魔法がなくなり、逃げ隠れしなければならないのだとしたら、顔の知られた彼は大変なことになるだろう。



 お待たせいたしました! やっとヒカルの碁がおわったので、オリジナルの連載に力を……入れるヒマがなくてごめんなさい。
 現在投稿用小説を書いているので、それが終わるまでは。無事書きあがるようどうか祈っていてください。プロットがまとまらない状態で、難航してます。たったの○○○枚に収める事の難しさ……。


2005 8/28 up


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