「在りし日を夢見るさまよい人 7」



 巨人族のラークスが疑問を投げかけた。
「そんなことしなくても、茘枝の魔法で直接乗り込んでいって奪って来れないのか?」
 魔法に無知なラークスならしょうがないものの、茘枝とスクエアはそろって似た顔をする。
 ―――憐れむような表情を。

 茘枝は杖をもったまま腕組みをし、ラークスに説明する。
「できる、できない、で言うなら出来るわ。ただし、ばれずにこっそり、とか大騒ぎにならずに、とかは無理。不可能。ペイログリフは世界一魔法使いの多い国。魔法使いは魔法が使われたことを感知できる。つまり、私が魔法で王宮に近づいたり侵入した瞬間、すぐさまそれは察知される。しかも私の知名度って、半端じゃないのよ」
「魔法使い個別の固有の波動っていうのがありまして。その波動を知っていれば、探知の魔法でどこにいるのかもわかってしまうんですよ。茘枝はこの国にマークされています。王宮近くで不穏な魔法が関知されれば、茘枝じゃないかと思われるのは必定。探知の魔法を使われてその魔法を使用しているのが茘枝とわかれば……お尋ね者です。世界中に指名手配ですね。まあ……波動を隠すのはそう難しくないんですけど」
「自白も同然よ。だれか賊が王宮に忍び込んでいるとき、私が世界中どこにもいない、なんて」

「それに、魔法が使われた場所はすぐにわかる。すぐさま集まってくる雲霞のごとき衛兵は茘枝の顔を見ようとするでしょう。見られたら最後ですね……まあ、クルーノの眼ならたとえこの国の住民全員と対決しても一瞬で葬り去れるでしょうけど……」
 あいまいな顔で言葉を濁すスクエアとは対照的に、茘枝は決然と言い放った。
「ラークス。言っておくけど、絶対に、私はそういうことはしないわ。職務に忠実なだけのペイログリフの魔術師、魔法使い、また衛兵、住民。たとえあなたにとって彼らが殺してもあきたりない人間たちであろうと、あなたにひどいことばかりしてきた人であろうと、私はそんなことしない。クルーノの眼を使用しての大量虐殺は、絶対にしない。だから、国家単位でのお尋ね者にはなりたくない。この国にとって、ドラゴンの右目がどれほどの至宝か想像はつくでしょう? 盗むのが私たちだとは、絶対に知られるわけにはいかないの。それこそ草の根分けても探し出そうとするでしょうから」
 ヘプライトにですら、この国の王家にとっての、ドラゴンの右目の価値は想像がつく。
 国民の多くがドラゴンの恩恵に浴し、ドラゴンを信仰する。そのドラゴンの正真正銘の体の一部にして、人が、ドラゴンに連絡をとる、唯一の手段。

「ぱっと移動してつかんで、戻るっていうのはできないのか?」
「場所がわかればね。普通、強力な魔法のアイテムって言うのは多少なりとも気配があるものなんだけど……」
「さすがドラゴンというべきか。想像の埒外の魔法で気配を完全に消しています。場所がわからない。わからない以上、探すしかない。逆に言えばだからこそ、魔法使いのネットワークにひっかからず、世界中どの魔法使いもペイログリフの王室にドラゴンの眼があるなんて想像もしてないっていう今の状況があるんですよ」
「わたしも、クルーノの眼を継承しなければ一生知らなかったもの」

 ケリーが提案した。
「正攻法はダメなのか? つまり俺が父に連絡をとって、右目を借りるっていうのは……?」
「ちち?」
 ケリーの身分を知らないラークスが聞き返す。
「ああ、それは、まあ……このケリーはこの国の王子なんですよ」
 驚倒しているラークスを放置し、話は進む。

「悪いけど、ケリー。考えてみて。右目を借りる……借りるって形容がまずいわね。右目をもらう。ドラゴンが封印された事を説明し、魔物の親玉を倒すためにと右目をもらう。……もらえると思って?」
 ケリーの額にしわが寄る。短くとも深刻な葛藤の後、ケリーの唇から言葉が返された。
「…………無理、だろうな。人は信じたくないものほどかたくなに信じまいとする。もっと時間が経ってドラゴンの不在が確信的になってからならともかく、今は……信じないだろうし、くれるなんてとんでもないだろう」

 茘枝はぐるりと見回した。
「スクエアのいた総本山には行った事があるから魔法で一瞬で移動できる。でも、その前に一つだけ、どうしてもやっておかなきゃいけないことがあるの」
 何だろうかと首をかしげるヘプライトとは対照的に、ケリーはすぐさま気づいたようだった。
「……なんだ? って―――決まっているか」
 ケリーが、ほろ苦く笑う。

「そう、リチャードを見つけて、仲間に入れて……はあ。苦労するわよ」
「リチャードって?」
 尋ねるラークスにスクエアが端的に答えた。
「竜の尾の王太子。つまりケリーの腹違いの弟」
「ってことは……ケリー、あんたは妾腹なのか?」
「ああ。―――俺のことは一応秘密だったから知らなくても無理はないが、ラークス、リチャードの名前を聞いた事がないのか?」
「質問の意味が良くわからないんだが……」
「リチャードの名前と顔は、次期王位継承者として竜の尾では広まりきっていると思ってた」
「亜人種の里に、似顔絵描きや歌謡いが来ると思うか?」
 もっともな話である。

「リチャードは、第一位王位継承者だ。つまり、王宮内部の事を良く知っている。たぶん、ドラゴンの眼がどんな形状でどこにあるかもな。絶対に案内人として必要不可欠なんだ」
「更に言うなら、魔法が消えたとき、ペイログリフは世界で最も混乱の起きる確率の高い場所なの。世界で一番魔法使いが多いんだから。リチャードには、私たちの言葉に耳を傾けてもらわないといけない。そして、王位を継承する者として混乱を最小限に食い止める努力をしてもらわないといけない。つまり、私たちは、どうあってもリチャードを見つけて、説得しなきゃいけないんだけど……」
 茘枝は、疲れた眼差しでケリーを見た。
「……お願いできる? 説得と教育」
「―――俺が?」
「だって兄弟じゃない」
「そうだけどな、でもな……」

 醜い押し付け合いをしているリーダーとサブリーダーを置いて、ラークスがこっそりとスクエアに小声で話し掛ける声が聞こえてきた。
 二人の会話が聞くともなしに聞こえてくる。
「……リチャードって、どういう人間なんだ?」
「よく言えば闊達、自信に溢れた剣士。悪く言えば傲慢な典型的特権階級。たとえばケリーはあなたがパーティに入っても何も言いませんが、リチャードは言うかもしれません。ケリーは料理屋で出されたものに文句はつけませんが、リチャードはつけます。ケリーは自分の為に誰か死ぬなんてことは耐えられませんが、リチャードは平然としてます。まあ……ケリーは一般人の思考回路、リチャードは王家の者の思考回路をしています」
「……よくわかった。で、茘枝……は、そのリチャードが苦手なのか?」
「苦手というより嫌ってます。以前はそう嫌ってなかったんですが、リチャードが大失敗発言してからは露骨に嫌ってますね。茘枝は、貧しい階級の出身ですから、王家の人間のエゴで使い捨てられる平民という図式が我慢できないらしいんですよ。で、以前リチャードがもろにそれをやりまして。茘枝の逆鱗に触れたんですよ。ケリーはケリーで、いろいろある兄弟で決して仲のいい兄弟じゃなくて……」
「どうしてだ? 腹違いでも、兄弟だろう?」
 ラークスの顔は心底不思議そうだった。

 人口が少なく村民皆家族という巨人族の常識では「兄弟」でありながら仲が悪いというのは想像できないものらしい。
「人間の社会の、そこがあなた方とは違うところなんです。特に、王家とか玉座とか絡んでしまうとね……。ほとんど、他人に近い兄弟なんですよ。で、ここからが重大なんですが―――兄弟ふたりとも茘枝に惚れてます」
 ラークスは顔をあげ、ケリーと押し付けあっている茘枝を見る。
 青い髪をたなびかせた、当代一の魔術師。
 そして納得したように頷いた。
「なるほど……。で、茘枝はケリーを好きなのか?」
「そういうことは適任者に聞きましょう」
 ぎくりとしたが、すぐに予想は現実になった。
 笑いを含んだ声で、スクエアが手招く。
「ヘプライト、いらっしゃい?」

「……はあ……。なんの用ですか?」
「あなたが一番親しいでしょう? 茘枝って、ケリーの事どう思っているのか僕も実際気になっているんですが……」
「今の彼女は恋愛どころじゃないとおもいますよ。色恋にかまけてるゆとりなんてないみたいです」
 ふむ、それもそうですね、というスクエア。
「茘枝は―――まず間違いなく、隠し事をしてます。けれどもその嘘は、自分のための嘘じゃない。誰かのため、みんなのための嘘でしょう。彼女が言わないのは、言わないほうがいいという何らかの理由に基づいての事でしょう。だったら、私はその判断を尊重します。世の中には知らない方が何倍も幸せということがいっぱいあるんですよ」
 おおむね、ヘプライトも同感だった。
 茘枝は隠し事をしている。しかし無理に問い詰めて聞きだす気はない。茘枝はどう考えても口の軽い女性ではないし、言わないのは言えない理由があるからだ。

 間近に迫ったリチャードとの邂逅、スクエアの実家への忍び込み。
 いろいろと問題点は山積している。
 ……なにより、自分はこのパーティにいていい人間か。
 ほとんど何の役にも立ってない上に、ドラゴンを消してしまった自分は、このパーティにいていいものなのだろうか?

 その日の晩、ヘプライトはスクエアの部屋の扉を叩いた。
 茘枝とヘプライトは同室、他の大勢は同じ部屋というのがこのパーティにおける一般的部屋分けである。巨人族のラークスはそれを知ったとき目を吊り上げたが、ケリーにこんこんと、女性と同室なんてもってのほかだということと、路銀に余裕がないこと、さらに男四人すし詰めの部屋になりたいかと理屈で説かれて納得した。
 茘枝だけ別室なら、ラークスも怒りはしなかったろう。
 ヘプライトだけ茘枝と一緒に過ごせるのが癪に障るのだ。

 その部屋の戸を叩いて、ヘプライトは呼ぶ。
「スクエア、いるか?」
「―――はい、ヘプライト、どうしました?」
 少しの間の後、スクエアが扉を開けた。
「話があるんだ」
「……いいですよ」
 寝る間際だったのだろう。衣服を整え、ローブを羽織ってスクエアが出てきた。
 後ろ手に、扉を閉める音が響いた。

「どうしたんです?」
「茘枝の様子がおかしい」
「―――怪我でも!?」
「いや、悩んでる……んだとおもう」
 ヘプライトは言葉を切り、続く言葉をまつスクエアとの間に沈黙が出来る。
 辛抱を切らして、スクエアがたずねた。
「……でそれが? それこそあなたが聞けばいいじゃないですか」
「俺じゃ駄目だ。茘枝は多分今、自分から失われる魔法について考えてる。俺が……茘枝から魔法を奪ったから」

 スクエアの瞳が哀しげに変わる。
 魔法を奪われたのは、彼も同じだ。
 いずれ遠くない未来、彼らは己の半身として生きてきた大事なものを奪われる。「魔法使いとしての自分」を。
「だから、俺じゃ駄目だ。スクエア、茘枝の痛みのわかる、あんたでねえと。だから呼びに来たんだ。たのむ、茘枝の話を聞いて、助けてやってくれ」
 スクエアは息を吐き出し、足を組み替えて腕組みすると、ヘプライトを見た。
 その面には、苦笑に近い表情が浮かんでいる。
「ねえヘプライト。すこし、聞きたいんですがね」
 こういう声の調子のとき、ヘプライトにとって快い事を言われたためしがない。
 内心の覚悟を決めながら待っていた。

「どうして、あなたは私たちと一緒にいるんです? この先、私たちといても、つらい事ばかりですよ。そうでしょう?」




2005 6/21 up


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