「在りし日を夢見るさまよい人 6」



 ―――泥棒になる勇気はあって? スクエア。
 茘枝の問いかけへの返答に、間はほとんどなかった。
 即座に、スクエアは頷いたのだ。
「いいですよ、なにをすればいいんでしょう?」

 ヘプライトが見守る中、スクエアは席を立つ。
「どこから何を取る必要があるんですか?」
「……決断が早くて結構だけど、聞いてからの方がいいんじゃない?」
「人類の命運がかかっているんですから、全ては瑣末時ですよ」
「あなたの心境を心配しているんだけど……まあ、あなたがいいならいいんだけどね。スクエアのいたラミアス教総本山に仇なすことだけど、いい?」
「……やるのはいいんですけど、ばれるとイヤですねえ。ああ見えてもあそこは世界中に影響力があるので、ビラとか配られて指名手配されたら面倒です。ばれないようできますか?」

「上手くやれば、できるわ」
「なら何も問題ありません」
 大きく頷くスクエアに、ヘプライトは何やらもやもやしてしまった。いや、割りきりができていて、非常に話がスムーズでいいのだ。
 ここで「戒律が……」だの「信条が……」だの言って抵抗されるよりずっと、話が早くて楽でいい。
 しかし。
 いいんだろうか、それで。
 スクエアは仮にも僧侶なんでは……。

 ヘプライトが葛藤する間も二人の魔法使いの間でちゃくちゃくと話は進む。
「それで、何を盗み出すんでしょう?」
「船」
「……ふね?」
 スクエアが首を傾げたが、ヘプライトも首をひねってしまった。船なんてあっただろうか?
 スクエアのいた、唯一神ラミアス教の右派、ベネクトリア派の総本山は、大陸の内部にあって、海に面してはいない。
「そう。順を追って話すわ。―――目的地は、海のはるか彼方にある大陸。しかも茘枝様の死後にできたから当然、茘枝様も行った事がない。私も当然、行った事がない。だから魔法で移動はできない。物理的に行くしかないわけよ。となるとドラゴンの翼が必要になる」
「……でもドラゴンは」
「そう。封じられてしまった」
 茘枝の断言に、ヘプライトは体をちぢこませる。彼女が自分に対する含みなく言ったのは判る。しかし、その瞬間、パーティの仲間から矢のような目線が向けられ、体に突き立ったのがはっきり感じられた。

「でも、ドラゴンの体の一部は残っているのよ。ペイログリフ―――竜の尾の王家にね。さっき話した変人さんに、ドラゴンは自分の右目を貸し与えたの。いつでも自分と連絡がとれるようにと。その右目が代々王家に継承されてきた。それがあれば、私はそこからドラゴンの翼を生成できる」
「……どう、いうことだ?」
 ケリーが声を上げた。
「神族の体の構成は私たちとはまるで違うの。私たちにとって右目は右目で、足にはならないけれども、神族にとってはそうじゃない。翼も瞳も同じ材質の形状変化だから、たとえば鉄の塊を硬貨にしたり武器にできたりするように、私はそこから翼を生成できる」

 ケリーは息を吐き出す。
「わかった、それが、必要ってことは判った。でもそれはあくまでペイログリフの王宮にあるんだろう? どうしてそれと、スクエアに実家で泥棒して欲しいってこととつながるんだ?」
「王宮に忍び込むのに、スクエアの実家にある船が必要なのよ」
 ヘプライトはちんぷんかんぷんだが、ケリーは気づいたらしい。はっとした顔になる。
「まさか……」
「そう。地下水脈。ドラゴンが作った非常用逃走経路。その一本は王宮から、スクエアの実家に繋がっているの。ベネクトリア派はラミアス教の、最大勢力といっていいしね……各国王家とのつながりも深いわ」
「でも―――! ちょっとまて! じゃ、じゃあなんだ? ラミアス教と俺達竜の尾は仲が悪いんだと思っていたぞ!?」
 それが一般的認識というものだ。

 比率で言うなら、世界の九割までが、ラミアス教の信仰者といっていい。
 ヘプライト自身、その信者だ。生まれたときラミアス教の牧師に洗礼をうけたし、死んだ知り合いの葬式もラミアス教の教義に乗っ取って行われた。息をするように自然に、身近にある存在が、ラミアス教である。
 しかしその他の一割。その一割の大部分が、竜の尾の国民だ。竜を崇め信仰する人々。明確な宗教としての看板はかかげていないものの、竜の尾で、竜の恩恵を受けて暮らす多くの人々は、ラミアス教ではなく、空を舞う雄大なる金色のドラゴンこそを崇めていた。
 ラミアス教のように、聖職者などはいない。尊大な聖職者が人々の上に立ち指示するのではなく、ただ人々が信ずるもののため祈る。それが竜の尾のドラゴン信仰だ。
 その姿を見て、ヘプライトはこれこそが宗教のあるべき姿なのでないかとふと思った。

 が、それだけに、ラミアス教との仲がいいはずがない。
 信者が自分達で勝手に自己完結してしまっている宗教など、聖職者として信者の上に立つものにとっては目障りでしょうがない。そんな宗教が広まったら、聖職者はなんのうまい汁も吸えないではないか。
 しかしまた。
 毎日のように空を舞うドラゴンの勇壮な胸の熱くなるような姿を見ていれば、ドラゴン崇拝をするな、と言うだけ無駄である。感動というのは理屈で制御できない情動だからだ。
 噂ではあるが、ラミアス教はかつて公然とドラゴンを「邪悪なる生き物」と定義し、信徒全員でその打倒にのりだそうとした事もあったとかなかったとか……。
 ちなみに、結果は悲惨であったとかいう話だ。

 だからケリーの疑問はもっともな話だが、茘枝は事も無げに言った。
「だからこそ、いいのよ。仮に、ペイログリフで謀反が起こったとするわね? 逃げた王族をとらえようとする捜索の手がラミアス教の総本山にいくと思う?」
「……思わない。行ったとしても最後だろうな」
「そういうこと。仲の悪いふりをして実は裏で仲良くしてたってことよ。ペイログリフはペイログリフで、世界中に信者を持つラミアス教を無下に怒らせることは得策じゃないし、ラミアス教はラミアス教で、世界一の技術水準と豊かさを持つ竜の尾と仲良くするのは魅力的だった。貢納品も、いろいろもらえるしね」

「まあ……いがみ合ってるより仲良くしたほうが、いろいろといいよな」
 ケリーはそう納得させたらしい。
 茘枝は話を元に戻した。

「水路がある以上、多分小船ぐらいは用意してあるはず。その小船を泥棒して水路をつたって、ペイログリフの王宮に忍び込んで、こっそりドラゴンの眼を盗んでくるというのが、私の計画」

 ヘプライトは目をぱちぱちさせた。
 ……茘枝の言葉は、理路整然と筋が通っていて、見事である。しかし、―――誰も気づいてない、のだろうか? そのおかしな点に。
 ヘプライトは周囲を見回したが、だれも彼のように茘枝の言葉にひっかかりは憶えていないらしい。……おかしいと思う自分がおかしいのだろうか?
 ヘプライトは自分が馬鹿だということを良く理解している。とんちんかんなことを言って注目を浴びるより、黙っていた方がいい。ヘプライトはそう納得した。

 ドラゴンを封じてしまった自分に、メンバーの前で堂々と自分の意見を述べる権利などありはしない。体を小さくして、隅でただ会議を聞いている。それだけが自分の役割だ。


 魔法物語は、とても長い話です。
 どのぐらいかっていうと……第二話の分量があと二三話ぶんあるでしょう。まともにやっていたら一二年かかるほど、あんまりにも長いので、プロットの見直しをすることにしました。
 できる限り削って、できる限りコンパクトに、できる限りすっきりさせます。読む方にとっても嫌気の差すほど長い話ですから。無駄に長くても面白くないです。話の密度は濃いほうがいいのです。
 現在プロット見直し中で、どうなるのかは不透明な情勢ですが、できる限りすっきりさせますので、よろしくお付き合いいただけると嬉しいです。
 また。更新間隔がアホのようにあいてしまって本当にすみません。今後はこんな事は絶対ないようにします。

2005 6/5 up


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