「在りし日を夢見るさまよい人 5」



 復習をしよう。
 魔法をつかうためには、エナジーが必須条件となる。
 この、魔法の発動に不可欠な要素の呼び方は地方によって違う。エーテルとも、ラノーシュ(かけがえの無いもの)とも呼ばれている。
 このエナジーを体内に取り込める人間を、魔法使い、とよぶ。
 そして、このエナジーは多かれ少なかれこの世の大抵の無機質に含まれている。この地上を構成する無機質の、多くに。

 使い捨ての魔法道具は、そのエナジーを使用して使われる。
 しかし、無機質ゆえに、そこに含まれているエナジーを人間が取り込むのは難しい。石や、金属を、食事にできる人間はいないからだ。
 よって、魔法使いがエナジーを摂取しようと思ったら、大気中に含まれているものを摂取するか、もしくは魔法使いの血肉に蓄えられているものを摂取するかの、二択となる。

 これまではむろん、前者が圧倒的に高い比重を占めていた。
 しかし、元々のエナジーの源、エナジーを生産していたドラゴンがなくなった今、大気に満ちるエナジーは消えていくばかりとなるだろう。
 魔法を濫用すればするほど、「その日」は近くなる。しかし、現状を鑑みれば、魔物の攻勢著しい現状で、魔法の行使を躊躇うことなどできようはずもない。
 また、その事実を知っているのは、今現在世界で数名のみというのが、現状である。


     § § §


 クルーノの眼。 世界で唯一の秘宝を前に、ヘプライトの心は静まり返っていた。
 自分のしたことは、どんな言葉でも償いきれるものではなく、どんな行動も、埋めるには足りない。
 仲間内の誰も、何も言わずともヘプライトを無言で責めていた。
 魔法の消失は時間の問題。
 魔物が突如として攻勢に出たのも、ヘプライトのせいだろう。

 殺意がなかったといえば、嘘になるが、それ以上にまさかこんなことになるとは思わなかったというのが、真実の心境だ。
 一体誰が考える? 何の力もなく能もない平凡な農奴に、あのドラゴンが殺されるなどと。
 魔物に殺された子供と、その子供を庇ったのだろう両親の遺体。子供は胸のうちのしっかりと抱きかかえられ、母親ごと貫かれていた。父親は家の戸口で、包丁で戦ったのだろう、そんなささやかな武器を手にしたまま、殺されていた。
 どう、償えばいいのだろう。
 自分が死んで、それで済むならいくらでも死ぬ。でも、事態はすでにヘプライト一人の命でどうにかなるようなものではなくなっていた。

 このパーティで、最大の発言力を持つのはリーダーのケリーではなく、茘枝だ。
 彼女は言った。
「……まずは魔物を何とかしましょう。ドラゴンを復活させる方法は、それからでもいいじゃない」
 茘枝は必死にドラゴンを復活させようとしていた。しかしその奔走が何の実も結んでいないことを、ヘプライトは感じ取っていた。
 クルーノの眼は永年を旅するよう作られた宝珠。
 長い時間のうちで、どんな不測の事態が起こるかわからない。だから、クルーノの眼は壊れるようできていない。壊れないよう、できている。

 茘枝の発言はヘプライトをかばってのものであり、現状で最も妥当なものでもあった。
 ケリーは当然の質問をする。
「どうやって?」
 そして、茘枝は長い話を始めた。

「茘枝さま―――初代茘枝は、ドラゴンと一つの約束をしたの。とてもたわいない、どうでもいい約束よ。ドラゴンがあっさりその約束をのんだのは、してもしなくても変わらない約束だったから。―――もしも、ドラゴンが誰か人を好きになる事があったら、その人間に力を貸すと」
「……たしかにしてもしなくても変わらないですねえ。好きになった人間の頼みならドラゴンは受け入れるでしょうし」
「そう、その通り。ドラゴンが好きになった人間は、まあ―――ケリーの祖先なんだけど、彼はドラゴンに頼んで、一つの宝を手に入れたの」
「宝……?」
「ケリー。あなたは夜空に輝く綺麗な星をつかみたいと思ったらどうする?」
「……どうって……星をつかめるはずないだろう」
「そうそのとおり。星はつかめないわよね、もちろん。それが普通の人の常識であり固定観念よ。つかもうとするのは馬鹿のやる事よ。ところが、ドラゴンが好んだ人は、そういう『馬鹿』を大真面目に大いなる情熱をもって、やる人だったの。他の人には理解も共感もされないことを、くそ真面目に研究する人だったのよ」
 話を聞く一同の脳裏に浮かんだのは、それぞれ各国の言葉での、
 ……馬鹿?
 の一文字だった。

「で、彼は竜の尾の王族の出身だったから、ドラゴンの住まう神聖銀の鉱脈の場所も知っていて、研究のため、会いにいったの。ドラゴンはそんな彼に興味と好感をもって、彼のとんでもない研究に力を貸すことにしたのよ」
 そこでケリーが全員の懸念を口にした。
「……なあ、茘枝。その研究って、なんだ? さっきいった星をおっことすことか?」
「ざんねん! 近いけど違うわ。星をおっことして、海に新しい大陸をつくることよ」
 その場にいた全員、ぽかんとした。
 額を押さえるものあれば、首を振るものもいる。
 自分の聞き間違いかと思う者もいる。
 呆れるのにも疲れたようにケリーは言った。

「………………真面目にそんなの研究してたのか…………」
「ドラゴンはその変人さを気に入ったのよ。誰が聞いても荒唐無稽な事を、外側からは想像もできないぐらいの情熱と熱意をもって黙々と達成しようとするところがね。で、ドラゴンは前半は省略するとして、後半は実現させたの」
「―――え……?」
「ドラゴンにできないことの方が少ないのよ」
 茘枝はそうさとした。
「大陸を一つ作るぐらいかんたんだわ。ドラゴンは、直系王族としてうまれたくせして、何不自由なく暮らせるくせして、荒唐無稽な夢に夢中になって無心で努力する彼を面白がった。だから、その望みを叶えたのよ。大陸をつくり。……そこに亜人種を移住させたの」
 呆れが大きかった面々の顔に、はっと動揺がはしった。
 特に大きかったのは、巨人族のラークスだ。

「……俺たちを?」
「そう。最初にそれを言えばまだ周囲の協力とか好感も期待できたでしょうに、彼は大陸ができて初めて、それを口にしたの。そのころ既に茘枝様はなく、迫害は目に余るものがあった。地図にも載っていない、亜人種だけの大陸を作れば、迫害はなくなる。だって普通の人間がいないんだから。普通に亜人種だけの国をつくるため土地を分けてもらうにしても、絶対に異論や反発は出る。亜人種なんかにはもったいない、ってね。また、長期の展望を考えれば、侵略や迫害は絶対に起こる……。だったら、新しい大陸を作ってしまおう。それなら人間は知らないし、いずれ知られるにしても、遥かな海を隔てた土地だから侵略はむずかしい。―――実際は、ドラゴンが更に興がって大陸全体に魔法をかけて見えなくしたからいまだに誰も知らないんだけど」
「その見えなくした……っていうのは?」
「惑いの家と同じ方法。見えてても気づかなくて、無意識のうちに方向転換しちゃうのよ。……まあ、あんなところまで来る船なんてまずないけど」

「そんな遠くまでどうやって亜人種たちを―――」
 言いかけ、スクエアは舌打ちして口を閉ざす。どうして判らなかったのかという風に。
 そう、ドラゴンがついているのだ。できないことの方が少ない。
「その大陸に、行かなきゃならないわ。ドラゴンの眼くらましは、クルーノの眼が解いてくれる」
 さすがはマスターキーというところか。全ての魔力の封印はクルーノの眼のまえに無力だ。
「……まさかそこに魔王がいるのか?」
「答えはイエスであり、ノー。ドラゴンの消失だけじゃない……もっと厄介な要因のせいで、魔物が活発になっているの。でも少なくとも、ひとつの要因だけは、なくなるわ。……ただ問題がひとつあって」
「……なんですか?」

 茘枝はにっこり笑った。
「泥棒になる勇気はあって? スクエア」



2005 4/30 up


オリジナルのページに戻る

  トップへ行く