「在りし日を夢見るさまよい人 3」



「何を使っても傷一つつかないクルーノの眼とちがって、貴方に暴力が通じて、本当に良かった。おかげで力ずく、っていう手段がとれるんですもの。ほんとうに、助かるわ。―――大人しく命令に従うか、骨の髄まで苦痛を味合わされたのちに従わせられるか、選びなさい」

 茘枝は緩く笑っている。
 青い髪をたなびかせ、瞳は炯々とした光を放ち。
 一見彼女を知らぬものなら穏やかにすら見える表情で、捕らえた捕虜を見つめている。

 ―――困った事に、ケリーは茘枝がまじりっけなしの本気であることがわかってしまった。
 「否」と答えたら即座に実力行使で応じるだろうことは間違いない。生まれた事を後悔するほどの激痛でもって、従わせるだろう。激痛で泣き喚き、許しを請う姿を見ても、その心に揺るぎはないに違いない。
 まったく物騒な女性である。
 こんな女、どこの世界にいるんだ、茘枝以外。
 まったくもう。

 ケリーは苦笑しいしい、割って入った。
「―――茘枝。ちょっとまて。状況を説明してくれ。えーと、あんた。さっき、会ったよな? 一体何者なんだ?」
 答えたのは茘枝だった。
「さっき、クルーノの眼が言ったでしょう? 定住している神はドラゴン一人だと。つまり、ドラゴンは私たちの世界に定住しているの。ということは、この世界に住んでるわけではない。時々来ることはあっても。そうなるとどうしたって、管理人が必要でしょう?」
「ああ……、主が留守のあいだ、別宅をとりしきる執事のようなものだな」
「そのとおり。で、それが、彼。止めても、私はやるといったらやるわよ。―――ねえ、足が全部炭になったら、貴方は言う事を聞いてくれる? それとも両手両足やらなきゃ駄目かしら?」
「ちょっとまてまてまて! 茘枝、あのな。どうしてそういきなり脅迫から始めるんだ。ここは穏便に、まずお願いしてみるのが筋だろう!」
 この場合、ケリーの方に、一理あった。

 茘枝は「仕方ないわね」という顔で口をつぐみ、ケリーはせいぜい腰を低くして頼み込んだ。
「えーと……その、ケリーです」
「―――知っている」
「そ、そうでしたね、では、我々を元の世界に戻していただけないでしょうか……?」
「断る。どうして主人を殺した者どもに協力せねばならない」
 当然といえば当然ながら……にべもない返答である。
 ……ケリーだって、もしこの一件と自分が無関係で、ドラゴンを殺した人間が何か頼みごとをしてきても絶対に聞いてなどやらないだろう。自分でもそう思う。竜の尾の人間という程度のつながりしかない自分でさえ、そうなのだ。直接の下僕ときたら、当然……。

 冷静な声が割って入った。
「だから、お願いするだけ無駄よ。力ずくが一番手っ取りばやいわ」
「でもな、茘枝……」
 客観的に見ると、自分たちの行動ときたら疑問の余地もないほど、悪党ではないか?
 家に乱入した強盗が主人を殺したあげく、家人を拷問にかけて従わせるようなものである。
 一方、金髪の青年は決してケリーが思っているような無力な存在などではなかった。
 茘枝の物言いを、鼻で笑ったものである。
「ふん、力ずく? 人間ごときが?」
 同じように、茘枝も嘲笑を返す。
「管理人ごときがちゃんちゃらおかしいわね。私はクルーノの眼の主人にして茘枝の名を継ぐ正当な継承者。私の中には初代茘枝の記憶も受け継がれているのよ。あなたの組成式ぐらい、いくらでもそらんじられるわ。この意味、わからないほどあなたは愚か?」
 ……ふたりの顔色を見るだに、どうやら茘枝優勢のようである。

「……まてまてまて! 茘枝。あのな。ドラゴンを復活させる方法って、ないのか?」
「元の世界に戻ってから、探すわ」
「だったら―――」
 ケリーは金髪の青年に向き直る。
「貴方の主人を元に戻すため、その方法を探しに、我々は戻るのです。ドラゴンに戻って欲しいのは我らも同じ。どうか、ご助力ください」
 深く一礼すると、しばしの沈黙のあと、頭の上で声がした。

「……クルーノの眼は、世界で唯一の神殺しの道具。たとえそなたたちを殺して奪っても、その宝珠は私には扱えない。たしかに、クルーノの眼にとらわれし主人を助けることができるとしたら、クルーノの眼の主であるそなたたちしかいないだろう。……それでも、ゼロに等しい確率ではあるが」
「……」
「わかった。道を開こう。儚い望みであるが、私が協力しなければゼロでないものがゼロになってしまう。主人を助けることができるとしたら、そなたたちしかいないのだ……」

     § § §

 穏便に、なんとか元の世界に戻る方法をこぎつけてほっとしたのもつかの間。
 茘枝はふたたび、もくもくと魔法陣を書き始めた。
「……何しているんだ?」
「わからない?」
 正直、わからない。
「何の魔法陣だ?」
「ケリー、スクエアの話、聞いたでしょう?」
「? ああ」
「エナジーがドラゴンが出してるものだって、聞いたわね?」
「ああ。―――で、本当にそうなのか?」
「そう。エナジーを生産できるのは、神族だけだから。―――で、何をしているかというとね」
「ああ」
「このままもとの世界にもどるでしょ? ―――早晩、魔法が使えなくなるわ」
「…………」
「この世界にもエナジーはあるの。それらをかき集めて、固形化して、向こうの世界に持っていく。そうすれば、今あるエナジーを使い果たしてしまっても、私たちだけは使えるから……」

 ケリーはくるりと振り返った。
「スクエア。悪いが教えてくれ。エナジーって、なんだ?」
「……魔法を発動させるのに必要なエネルギーですよ。そもそも魔法使いというのは、エナジーを取り込める人間の事です。それ以上は……知りません、茘枝に聞いてください」
「神族の魔力のカスよ。要は、これがなきゃ魔法が使えないってことだけ、判ってくれればいいわ」

 四半時ほど時が経過した。
 茘枝の手の上にはレンガほどの大きさの、白い物質があった。

 茘枝はそれを魔法で分割、タブレットのような一口サイズにすると、二つにわけ、ざらりと予備の袋に入れて、スクエアに渡す。
「はい、これ。大体一錠あればどんな魔法も一回以上は使えると思うわ。数は30錠ぐらい入ってると思う」
「それなんですけど―――茘枝。……もとの世界に戻ったら、ドラゴンが消えた事を誰かに言うべきじゃ……」
「必要なし」
 言下に彼女は答えた。
「重大すぎる情報で、秘匿するのは怖いというのはわかるけど、鬼になってちょうだい。第一、意味なんてないわ。そもそも、ドラゴンがエナジーを生産していることさえ、事実として認定されていないのよ? ドラゴンが消えたということを言って信じてもらえるとは限らないし、信じてもらえたらどうして知っているのかを言われるし、そこを上手く誤魔化しても、……きっと、世界中の魔法使いは、魔法の使用をやめたりしないわ」
「なんでだ?」
 とケリーが疑問を呈すると、茘枝は理路整然と言った。

「だって、急激な変化なんてないもの。世界規模で満ちていたエナジーが消費されつくすのに、数年はかかるでしょう。……人はね、自分の首を絞めるとはっきりわかっている行動ですら、目先の楽のためにはおかまいなしなのよ? このまま魔法を使っていれば魔法が使えなくなる…かもしれない、魔法の濫用をやめれば、魔法を使える期間が長くなる…かもしれない、なんて事で、魔法の使用を控えたりしない。そうね、ケリー。あなたは毎日腕を動かすでしょう? もし仮に私が体の中で関節炎を起こしているから一年絶対使っちゃ駄目といっても、あなたに明確な自覚症状がないかぎり、あなたは腕をつかうわ。だって、足でものをとったり、人にものをとってもらうのは、とても不便で苦痛だから。―――人は、明確な自覚症状がないかぎり、楽な方向へ流される。いえ、自覚症状があり、因果関係が証明されていても、長期的な時間の経過に、慣れというものに感覚は麻痺し、破滅が目前になるまでやめることができない。
―――人はそういう生き物よ」



 茘枝の言葉はガソリンの関係ですね。
 人は、車の排気ガスが環境に有害であることを知っている。しかし、やめようとはしない(私もですが)。目先の便利に流されてます。
 毎年毎年、暑くなっていくのは、だれもが自覚していることでしょう。しかし、「慣れ」てしまっているから。だから誰も車の使用を控えたりしない。
 ガソリンが枯渇するか、いよいよ破滅が目前にならなきゃ、人は車の使用を控えないでしょう(私もですが。他はともかく、通勤のときだけはなあ……)。
 ほとんどの油田でガソリンが枯渇するのは、私の世代の老年期です。パンドラの箱は、時を未来に移しただけの私たちの生きるこの現実で、確実に、開きます。


追伸 本日ひさしぶりに仕事の部屋を更新しました。

2005 3/15 up


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