「天使が悪魔になる日 41」
竜が築いた壁を前に、巨人族ひとりと人族四人はしばしの休憩をとっていた。
そんな思考の空き時間に、考えるまいと思うものほど考えてしまうのは、人も亜人種も変わりない。
茘枝様の名を頂く女魔術師は、冷然と言い切った。
ドラゴンが一人の人間の所業に怒るなんてそんなことあるはずない、そんなことはない、無実の人間を殺しただけ―――と。
思考が輪を描く。
何の関わりも無いというのなら、あの魔術師の言うことが本当だとしたら。
殺された人間とラークスは面識があった。
それはそうだろう。狭い村の中で生まれ育つ共同体だ。
……巨人族はたいてい、肉体的に壮健かつ頑健に生まれてくる。まるで約束のように。
けれども時として、体の弱い子供も生まれることがあるのだ。あいつはそうした子供のひとりだった。
呼吸器が弱く、あまり激しい運動はできない子供。彼らの村では肉体を使う遊びが主だったから、人の輪から弾かれて本ばかり読んでいたのを、憶えてる。
だからかは知らないが、一言でいえば「変わり者」だった。
識字率はあまり高くないこの世界で、本ばかり読んでいたその子供は当然字が読めた。字が読めたせいか、様々ないらない考えを村に持ち込んできては顰蹙を買っていた。
一言でいえば変わり者の学者肌。巨人族の村ではかなり珍しいタイプだ。
「変わり者」には変わり者特有の強さがある。どこでも変わり者への風当たりは強いものだ。その風にも負けずまっすぐ背を伸ばしていられる強さが、「変わり者」でいるには不可欠だった。
そして、あいつは間違いなくその強さがあった。
学者という言葉のもつ陽にも当たらぬひ弱な印象など微塵も感じられなかった。ふてぶてしく、自分の信じるところを貫いて、飄々としていた。
……その処刑の晩、牢の番に立ったのはラークスだった。
明日には殺されるというのに、そいつの不敵さは健在だった。
「なんだお前か、最悪だな。せっかくの人生最後の晩なんだ、もっと見目いい相手を配してくれてもいいのに、まったく長老は気が利かない」
その罪悪感のザの字も感じられない態度にいらついた。
「まるで反省してないんだな、お前は! 自分のしでかしたことで村全体を危険に合わせているっていうのに!」
「しょうがない。先人は必ず不遇にあうものさ。お前ら単細胞の馬鹿には百の言葉と先人の知恵もてさとしたところで、聞き入られん。逆にとっつかまってこの始末だ。思うにお前らの頭には特殊な言語変換機が備わっているんだな、伝統とかいう名の古い変換機が」
そして、嘆息する。
「仕方ない。迫害は先人の宿命だ」
まだチャンスはあったのだ。
生き延びるための、最後の機会は、あった。
「自分が悪かった」と頭をさげ、撤回すれば長老もそこまで厳しい罰は与えなかったろう。だが、あいつはにやりと笑って自分の主張を朗々と述べた。一切弁解せず、言い訳がましい態度などまるで見せずに、自分の信念に殉じたのだ。
自業自得だ。長老会は、最後の機会を与えたのに、あいつはそれを蹴ったのだから。
回想は、自分たちの行為に誤りがなかったと思いたい気持ちがはっきりと現れていた。
それに気がついて、思わず動揺する。
(……あんな人間の言葉を信じるなんて、どうかしてる)
野蛮な人族だ。
……けれども、魔法使いだ。
それも、茘枝様の名をつぐ魔術師だ。
人族の言う言葉など、欺瞞と偽りばかりで信じられるものか。
―――そう強弁する心の裏側で、もっと賢明な自分は答えをささやく。
(ちがう。信じたくないんだ)
……すべて誤りだとは、考えたくない。
だってもうすでにもとには戻らない。死んでしまった、殺してしまったのだ。
それがすべて誤りだったとは、とても考えられない。考えたくない。
あいつは神を恐れぬとく神者で、竜神を侮辱した大罪人だった。殺されて当然だったのだ。
けれども……。
馬鹿ではないラークスは、そうした自分の考え自体がすでに言い訳であり、弁解であり、自分たちの行いを正当化したいという思い自体が「自分が間違っている」と思い始めていることを表していることも、よくわかっていた。
§ § §
茘枝は自分の心拍数を冷静に数えていた。
彼女の平常時の心拍数は80。今は150を遥かに越えている。少なくとも、この数字が100を割るまでは動いてはいけない。
大きく胸を開き、深呼吸をゆっくり繰り返す。体が酸素を求めるまま、急いで呼吸数を重ねることもまた良くないから。
ドラゴンを説得できる見込みはさしてない―――たとえ、クルーノの眼を手にしていようとだ。茘枝は、ドラゴンが愛した魔術師ではない。
クルーノの眼は自分を守ってくれるというが、それだって怪しいものだ。ドラゴンが本気になったとき、ドラゴンの怒りから身を守れるものなどこの世に存在しない。
「茘枝」
茘枝は顔をあげる。
ヘプライトはなにやら真面目な顔をしていた。
「なに?」
「ちょっと聞きたいんだが―――クルーノの眼に取り込まれたら、絶対もどって来れないか?」
茘枝は真面目に答えるか、それとも建前を答えるか、少し悩んだが結局真面目に答えることにした。
肩をすくめ、心臓へ負担をかけないよう、ゆっくりいう。
「……世の中に絶対はないのよ。クルーノの眼に吸い込まれたものは、クルーノの眼が壊れたら、元に戻れるわ。もしくは、クルーノの眼の許容量を超えたら」
どちらも、まず実現不可能だ。
クルーノの眼は破壊できるように作られてない。破壊できないように、作られている。金剛石より硬く、無機質。ドラゴンの炎をも防ぐその材質は、いわゆる「物質」とは一線を画している。人の作り出す魔法では、かすり傷ひとつつけられないだろう。
また、その許容量ときたら、とんでもない。少なくともこの世のすべての人間ぐらいでは絶対に一杯にならない。この世界すべてのみこんでようやく一杯になるぐらいだろう。
許容量を超える事態が起きるとしたら、ひとつだけだ。
「え、戻れるのか? なら数百年前とかに吸い込まれた人間は……?」
「生きては戻れないわね。クルーノの眼に飲み込まれた時点で圧縮されるから、そのときに普通の生き物は原型をとどめていられないで死亡するわ」
通常の生物なら、そのときに死ぬ。物質に命の由来がある生き物ならば。
ヘプライトの質問はそれで終わって、しばらくの時間が流れる。
スクエアの息も落ち着き、その眼が茘枝に落ち着く。ドラゴンに会えると断言した人物を。ケリーたちも、つられたように茘枝を見る。
茘枝はその視線のなか黙って心拍数が下がるのを待ち、100を割った時点で立ち上がった。
ケリーが声をかける。
「どうやってこの壁を崩すんだ? ……ドラゴンがモンスターを差し向けたって言ったよな。ってことはいま……ドラゴンは俺たちを見てるよな。ここからドラゴンに話しかけて壁を開いてもらうのか?」
なかなか鋭い意見だったが無視して茘枝は土壁をかるく拳でノックする。
見た目は普通の土。けれどもこの周辺の壁はすべてドラゴンの魔力でシールドされていた。その証拠に、触っても手に土がつかないし、崩れない。
巨人族の召し使いもいう。
「力じゃ通用しないぞ。与えた力がそのまま跳ね返る。村一番の強力の持ち主が、つるはしを持った手首を折った」
それはそうだろう。普通の物質はしなる。崩れる。そうすることで与えた衝撃を逃がすのだ。
揺るぎもしない物質に、衝撃を与えたところでそのまま自分の身に跳ね返るだけだ。そして巨人族で一番の力の持ち主なら、その打撃が生身の人体に加わったら簡単に骨を折るはずだ。
当然、その力がすべて跳ね返ったときは、自分の骨も折れる。
「そんなこと、しないわよ」
茘枝はただ、こうするだけだ。
「出力1。範囲右に二歩左に二歩、高さ固定」
茘枝は懐からクルーノの眼を取り出して、壁にあてた。
すべての魔力あるものをとりこむ宝珠。―――魔力ある「もの」を。
人だけでなく、物質までも。
その場にいた面々はそろって絶句した。
ドラゴンの作った壁が、今、忽然と消去したのだ。
何が起こったのかわからなかったのではない。クルーノの眼のことを知らないラークスですらも、理解していた。「ドラゴンの作った壁が崩れた」というのは、まさに、誰にでも理解できる単純な事実だった。
何が起こったのか理解して……その恐ろしさに、言葉が出なかったのだ。
いみじくもケリーが言ったように、ドラゴンに訴えて魔法を解いてもらうことはできても、人にドラゴンの魔法は解けない。絶対に解けない。……はずだった。
大魔術師の家が四百年を経た今もなお所在不明であるように、数多の人間が多くの時間を費やしてすら、竜の魔法を解くことはできないのだ―――不可能だった。
その「不可能」が、いま、崩れたのだ。
スクエアが震える舌でもつれ気味に言葉を操る。
「ま、まさか―――それが……それは最後の鍵?」
ケリーは恐ろしく強張った顔でスクエアを振り返り、そして、すぐに茘枝に視線をもどす。
冒険者の間では有名な話だ。……単なる噂であり、「あったらいいな」という希望にすぎないものだと思っていた。
この世には、すべての魔法封印を解くかぎがあるのだと。
封印されたまま入れない先史文明の遺跡の数々を開く鍵があるのだと。
まさか、それを、すでに手に入れていたなんて。
「……その噂の鍵はまた別にあるかもしれないわ。少なくとも、これはそんな名前じゃないし。でも、これは全ての魔法封印を解けることは、事実」
ヘプライトはこの中でいちばん早く立ち直った人間だった。魔法使いのスクエアや、この国に暮らしているふたりほどドラゴンの力を知らないので、驚きも小さいのだ。
固まってる人々に首をかしげ、促す。
「……行くんだろ?」
茘枝はクルーノの眼を左手にもちかえ、右手でヘプライトの手をにぎった。
早いうちから相談はまとまっていたのだろう。茘枝はクルーノの眼に体の主導権を譲り渡していた。
「道案内します、それぞれ手をつないで。数珠繋ぎになってください」
ヘプライトの手をスクエアがつかんだ。スクエアの手をケリーがつかんだ。そしてケリーがラークスの手をつかむ。
「何があっても自分が握っている手の感触だけを信じて歩いてください。ちょっと人間には苦しい道ゆきかも知れませんから」
その言葉で、ラークスを除く面々は茘枝がクルーノの眼に体を使わせていることに気づく。
クルーノの眼は、茘枝の顔に笑顔をつくり、朗らかにいう。
「さあ、ドラゴンに会いに行きましょうか」
ケリーと、ラークス。
少年時代、ドラゴンと会う日を夢見たことのある二人の青年は、数十分単位で迫った夢の実現に一瞬体を強張らせ……まるで世慣れない少年のようにぎくしゃくと歩き出した。
やっぱり鍵と言ったらコレでしょう! はい、私はドラクエ好き。
ついこの間も、ドラクエ6をやり、その途中でデータ吹っ飛んで涙を流したものです(涙……わたしの鍛えに鍛えたメンバー返せーっ! ラスボス寸前だったのに。一旦ラストダンジョンをラスボス寸前のところまで行って、戻って、さあ今度こそ倒しにいこうかって時だったのに)。
今月中にこのお話は終わります、はい宣言します。自分を追い詰めないと、私みたいなやつはすぐサボりますからねー。
2004 5/19up
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