「天使が悪魔になる日 37」
さまざまな亜人種が泊まるという宿舎は、探検してみるとなかなかに面白い。
ある一室を覗いて、ケリーはたずねた。
「スクエア、あの棒は?」
部屋の中央にどんと一本の棒が立っている。
「有翼人たちのベッドですよ」
「え……あんな、棒っきれが? 杭みたいにただ立ってるだけなのに?」
「有翼人たちは翼がありますから。だから私たちみたいに横になって眠るタイプの寝台はないんですよ。棒を抱いて眠るか、あるいは宿木に留まって眠るかです」
「有翼人……竜の尾にはいないタイプの亜人種だな。どういう人々なんだ?」
「体はかなり小柄ですね。ただし、翼は大きいですよ。翼を広げたら、かなりの大きさです。身長自体は私たち人族の子供程度で、それで成体です。私も見たことはありませんが……こういう棒があるってことは、竜の尾に住んでるんじゃないですか? ただあなたがたには知らせていないだけで」
「そうか……。何も国王にわざわざ仲間のことを告げ口はしないよな」
「有翼人は、空を飛べますからね。いろいろ有用で、それゆえに弾圧にあってきたんです」
「……手紙配達とか?」
「戦争とか、です。ケリー。有翼人たちが百人ほどで隊列組んで、空から矢の雨嵐を降らせたら、どれだけ有効だと思います? 相手の弓矢は届かない、こちらの弓矢は引力ですごい威力になって降り注ぐ、しかも城壁は何の役にもたちません」
別の部屋の扉をあけると、そこは一面に土がまぶされていた。
「あの土は?」
「樹人の寝床だと思いますよ。たぶん、亜人種のなかで一番珍しい人々です。ほとんど伝説に近いですね。樹木の性質を持っているのでめったに動きませんし、森の木々のなかに埋没していると、どれがどれだか判りませんから。あ、いやそれとも……」
スクエアはそこで、はっとした様子で顔をあげた。
素早い動きで振り返る。
ある一点を凝視する僧侶の様子に、ケリーはいぶかしんで声をかけた。
「スクエア……?」
スクエアは答えない。じっと大気の、ケリーには感じ取れない波動に耳を澄ませている。
その唇から呟きがもれた。
「これは……、茘枝? 茘枝が、攻撃呪文を?」
疑念の響きが濃いつぶやきだったが、ケリーはさっと表情をひきしめた。
「敵か!?」
「判りません。でも茘枝が今攻撃魔法をつかっています。―――彼女は魔法を濫用しない人ですから、その可能性は高いでしょう。でも……」
スクエアはそうとも言い切れずに口ごもる。
茘枝は勿体をつけるのをよしとしない。敵と出会った場合、大抵は第一撃でカタをつける。
それなりの威力のものを、一発。それがこれまでスクエアが見てきた茘枝の戦い方だった。なのに、今のは―――。
スクエアは考えを振り払うと、顔をあげた。
行けばわかることだ。
「行きましょう!」
§ § §
ヘプライトは、おおいに困惑していた―――主に、茘枝に。
果たして彼女はこうまで攻撃的な人物だったろうか?
茘枝の目の前5メートルほど離れて、巨人族の青年が倒れている。
巨人族の青年と茘枝を中心に、ぐるりと取り囲む群衆の層は厚く、かなりの人数がいる。ひょっとしたらこの村のすべての人口かもしれない。
それだけの人数がいるというのに、そこに満ちていたのは沈黙だった。目を見開き、唇を震わせ、何か言おうとしても言葉にならない―――そんな沈黙。
その体格からも想像できるように、巨人族の人々は戦いとなったら非常に勇敢だ。
なのに、言葉が出ない。
事態のあまりのあっけなさへの衝撃と畏怖が。周囲の圧倒的に勇敢な巨人族の人々の言葉を奪っていた。
青年は、茘枝がたたきつけた決闘状を受けた。ぎりっと歯軋りし、獰猛に笑いながらだ。
ヘプライトはよほどやめておけと言おうとしたのだが、できなかった。声をかけることもできないぐらいぴりぴりと殺気だっていたのだ。そんななか、茘枝の連れである自分が、「茘枝にこてんぱんにやっつけられるに決まってるからやめておけ」とはとても言えない。
そして、この巨人族の村には「名誉と人生をかけた戦い(ティニアン)」というものがあるらしい。負けたほうは勝ったほうにその後の人生の全てをかけて仕える。いつの日か、再び勝てる日まで、それは続くというものが。
茘枝はその正式な作法にのっとって決闘を申しこみ、手袋を投げつけたのだ。
そしてこの村ではティニアンは30年ぶりかになるという。それほど重い勝負は中々やれるものではないのだろう。
それからは話は大きくなる一方で、なんせ道端での決闘申し込みだ。噂は光の速さで広まって見物人はやってくるわ、細かな条件を詰めるため、村の長までやってきて、さまざまな条件を検討するわと。
そして茘枝は、そのすべてを相手側にゆだねた。曰く、「どんな条件でも構わない。全ての条件をそちらに合わせましょう。私に不利な条件を山のようにつけてくれて構わないわ」
戦士と魔術師の戦いだ。
戦闘開始の際の状況は勝敗に大きく影響すると誰もが考えた。
特に、開始の際の立ち位置は重要だった。
茘枝はああいったが、公平で善良な巨人族の長はまずまず公平な条件をつけた。
両者の立ち位置はおよそ二十歩離れた位置と決まる。
そして決闘の場所は―――自分たちが現れた、あの柵の内側でするのが、慣例なのだそうだ。
条件を聞いたときは茘枝はむしろ哀れむような表情を見せた。
ヘプライトも同感である。
巨人族をはじめ、亜人種たちは魔法抵抗が強い。ある程度強い魔法でなければ、ほとんど効かないのだ。
茘枝が茘枝でなく、普通の魔術師なら二十歩という距離は呪文の詠唱が終わるかどうかというぎりぎりのところだろう。しかし、茘枝は呪文の詠唱を必要とせず、杖で念じるだけで魔法を発動できる。
巨人族の青年に勝機があるとしたら、せいぜい三歩の距離までだ。
となれば、結果はいうまでもなかった。
「光弾」の、ごく弱い呪文を四発。
それで両手両足を、貫いた。
戦闘開始直後、三秒たたないうちに、たたずむ茘枝と、血を流して倒れている青年という、誰の眼にもわかる勝敗がはっきり現れた。
あまりの早業に、見物の観衆もことばを失った。
そんななか茘枝は判定人を見やる。
「勝敗の宣告をしてくれる?」
「えっ、あ……はい。茘枝殿、勝利……なされました」
茘枝は倒れている青年にすたすたと近づき、杖の一振り。
優しい光の粒が舞い落ちる。
血で傷口が隠れていてわからないが、その傷が跡形もなく無くなっていることをヘプライトは確信した。
痛みが無くなったことをいぶかしんでか、巨人族の青年が顔をあげる。
茘枝はローブの裾を払ってかがみこみ、その顔を両手で包んで宣言した。
「これであなたの名誉も人生も、わたしのものよ」
絶大な力をもつ魔術師、妙齢の美女にこんなことを言われた衝撃はどれほどか。
ヘプライトは深い同情を覚えた。
雷にうたれたように硬直する巨人族の青年をおいて、茘枝は立ち上がった。
ヘプライトの方へやってくる。
……茘枝が呪文を使えない相手に対して、こうまではっきりとした暴力に出たことは、初めてのことである。少なくとも、ヘプライトの知る限りにおいては。
それに、茘枝はあれぐらいの侮辱で決闘を申し込むほど怒りっぽくもないし、この村の慣習を最初から知っていた。
「……最初っからの予定通り……か?」
茘枝は輝くような笑顔をみせた。
「そういうあなたの勘のよさ、私は好きよ」
ケリーとスクエアがその場に到着したのがそのときで、人垣を掻き分けてやってきた二人に、人垣のただなかで、茘枝はかなり大きな声で宣言した。
「無給の召使いをひとり、調達したわ」
巨人族のルールは、強い者を是とする。
そして、ティニアンに勝った以上、あの青年は茘枝のものだ。……あの青年が茘枝に勝つまで、だが―――それはなかなか実現が難しそうだった。
よって、茘枝のこの言葉を聴きとめた多くの村人は、それを至極当然のことと受け止めた。茘枝が敗れていたら正反対のことが起きていたのだから、それは勝者の権利というものだった。
村人が茘枝を見る目にはこれまでとはちがった敬意と尊重が含まれていて、茘枝が通る道筋をさっと開ける。
敗れた青年の縁者らしい少女(といっても背丈はヘプライトと同程度にあったが)が青年に駆け寄る。立ち上がった青年は確かめるように両手両足をぎこちなく動かし、腕の血をぬぐう。
傷が消えていることに、周囲からどよめきがあがった。―――ここまで、彼らは茘枝が傷を癒したことに気づいてなかったのだ。
茘枝は振り返った。
「あなた、名前は?」
誰の目にもあきらかな惨敗をきっした青年は、悔しげに唇をゆがめ、吐き出すように言った。
「ラークス」
「じゃ、ラークス。あなたは私たちの、召使いになったの。いい? 二日後私たちはドラゴンのもとへ行くわ。一緒についてきなさい。そのために、二日後までにすべての準備を終えているように」
「茘枝―――何があったんだ?」
ケリーの当然の疑問にも、茘枝はさらっとあしらう。
「後で説明するわ。―――ラークス、返事は?」
「……了解、しました!」
ふて腐れたような口調に、茘枝はふわっと鮮やかに笑った。
「口は災いの元。勉強になったでしょう」
ヘプライトは思う。
勉強にはなったことは確かだろうが、はたしてその「勉強」を生かすときが来るのかどうか。
傍で見ていても青年と茘枝の実力差はあきらかで、茘枝に勝てるのは……何十年後という遠い未来だろう。そのあいだ、召使としてこき使われるのだ。
たしかに、魔術師への侮辱は高くついた。
2004 4/25up
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