「天使が悪魔になる日 31」



「魔法というのは、四角四面の杓子定規ではないのよ」
 茘枝は説明した。
「魔法は理から成っている。つまり、理さえ知れば、誰かに習わなくとも、魔法を作ることは可能なの。作り方さえ知っていれば、綿から衣服をつむぐことが可能なようにね。そして、理さえ正確に知っていれば、個人個人で細かなアレンジが可能ということでもあるわ。―――たとえば光明の呪文は一時間ほどで消えるけれど、私はアレンジして半日もつようにしているわ、ただし光量は25%ほど落ちるけど」
「つまり、魔法というのは、個人個人で細かな微調整が可能なんですよ……。そういう細かな変化まで数えあげれば、毎日世界中で、いろんな魔法が生まれていることになります。本当に新発見の魔法は、一年に数件ですが」
「一年……に数件も!?」
「ええ。魔法というのはそういうものです。理さえ知っていれば、また新しい理を見つければ―――」
「または、理と理を適切に併用させれば、新しい魔法は作ることが可能なの。魔法は、ある程度以上の魔法は、すべて魔法と魔法の合体と言えるしね。まあもっとも、そうしてできる新しい魔法のほとんどはつまらないものだけど。たとえば通信の魔法―――この魔法の基本は魔法使いの場所を探知する魔法と、その中から特定の魔術師を探し出す選別の魔法、それと文字や音声を他人に伝える魔法の三種類が掛け合わされて使われているわ。その通信をしたことを他人に気づかれたくないと思ったら、それに隠匿の魔法を掛け合わせて隠す。あるいは全ての魔法使いに知らせたいと思ったら、選別の魔法をはずしてそのかわりに広範囲に魔法を広げる魔法を掛け合わせる。そういうアレンジは誰でもこなすし―――力ある魔法使いなら、理から魔法そのものを作り出すことも可能なの。じっさい、私がさっき使った魔法も、即席で作ったものよ」
「……と言えるのは彼女だからですからね。鼻歌まじりに五桁の掛け算を一瞬でするような芸当が必要だと思ってください。で、茘枝。あとで組成式教えてくださいね。さっきの魔法は、少なく見積もっても四つの理が必要でしょう。エナジーが何かということを解明する理と、そのエナジーを動かす理と、排除したまま仕切りの壁を保つ理と、それらすべてを一瞬で行う理とです」
 茘枝はスクエアの言葉を無視して続けた。
「だからね。魔法をアレンジすれば、いくらでも苦痛の中身は替えられるのよ」
 ケリーがたずねた。
「今さっき魔法を封じたのはどうやったんだ? エナジーがなきゃ魔法は使えないんじゃ」
「指を傷付けたでしょ。私は魔術師。だから私の血肉にはエナジーがたくさん詰まっている……って以前話したと思ったけど。血に含まれるエナジーを使用したのよ。―――そしてこれから使う魔法は、拷問の魔法」
 穏やかに、彼女は微笑んだ。

「肉体には傷をつけず、痛みだけを伝えるって魔法があるのは知ってるけど……」
「魔術師がする魔法は単なる幻覚だけど、僧侶がするのはえぐいわよ。実際に相手の精神体を抜き取って、痛みを与えるんだもの。実際の拷問はひどく困難な汚れ作業だしね……。これなら相手の肉体の消耗を考えず、間違えて殺してしまうなんていうこともなく、たっぷり痛みだけを味あわせることができるの」
 そう断言する茘枝の表情は、機嫌がいいとすら表せるものだった。
「あ、あの茘枝……」
 気のいいヘプライトが同情を感じつつおずおずと口をひらくと、茘枝は小気味よく断言した。
「だめ」

 ケリーが肩に手をおいた。
「……ヘプライト、諦めろ。あっち行っていよう」
「で、でも……」
「あいにくと、相手の隠していることを暴いて自白させる魔法はないの」
 そこでスクエアが声をあげた。
「……ちょっと待ってください。茘枝様は……、使われてましたよ、ね? あなたの中にその理の知識はありませんか?」
「使っていた……わ、ね。ちょっと待って。―――ああ、うん、あった。これを元に……」
 茘枝は腕組みして、目を閉じる。

 かなり長い五六分ほどの沈黙のあと、茘枝は目をあけた。
「できた」
 スクエアが感慨深げにいう。
「茘枝様を除いて……最初の使用者になりますね」
「人の心は、誰にでも許された最後の聖域だもの。それを力ずくであばくような魔法、乱用されたらたまったものじゃないわ。だから茘枝様は誰にも教えなかったし、めったな事では使わなかった。……私も無闇に使わないよう、気をつけないと……。即席で組み立てた魔法だから、作りが粗いわね。あとで推敲しなきゃ。まあ、苦痛を味わうのは私じゃないし」
「いたみ?」
 ケリーがけげんな顔で尋ねる。
「新発明は、失敗と双子なんです。かけられた相手に多少の副作用は、普通にあることですね。新発明には犠牲がつきものです」
「新しい薬の開発みたいだな……」
 ケリーがもらした慨嘆に、スクエアが大きく頷いた。
「言いえて妙です」
「その魔法の理は、一体どこから得たものだ」
 彼らが話をしている間ずっとその傍らにいた捕虜のうちひとりが口を開いた。

 四人は一斉に振り返る。顔に、軽い驚きを漂わせて。
 捕虜の魔術師は傲然と顔をそらせる。
「教えろ。教えてここでこの戒めをといて両手をついて謝るのなら、許してやる」
 四人は揃って珍獣でも見る目つきで―――縄で縛られ、額に魔法封じのしるしをつけられた魔法使いを見下ろす。
「……ねぇケリー。この人……ばか?」
「馬鹿だな。魔法を封じられてる捕虜の身分のくせに、ここまで堂々と言うか、普通?」
「自分の都合のいい情報だけを取り入れたあたり、馬鹿だとは思っていましたが、心底きわめつきに、馬鹿ですねぇ」
「……立場が下のとき、上の人間の神経を逆撫ですんのは厳禁だって、農夫なら子供でも知ってるだよ」
 三者三様の「馬鹿」評価を目の前で言われても、捕虜の傲然とした冷たい光は揺らぐようすがない。

「……人間は悪いことにも慣れるのよね。あなたはこれまで、自分が傷つけられたことは、一度もなかったんでしょう。権威を傷付けられたことも、なかったんでしょう。そして、心のどこかでなんとかなると思っている。『なにもしなくても』何とかなると……。だからあなたにはわからない。自分がどれほど切実な危機に陥っているか、殺されかねない立場にいるという事が、わからない。わからないから、そうして胸を張って命令する。……ほんとうに、なんて、馬鹿」
 茘枝はクルーノの眼を取り出した。
「ね、欲しい? これは世界にたった一つの至高の宝玉。私が手に入れて、私だけしか扱えない私のものよ。私はこうして素手で触れられるけど、あなたは決して触れられない。仮にこれを手に入れても、あなたには絶対に扱えない。……だって、馬鹿だもの」
 茘枝はさびしげに嘲笑した。
 そしてそのまま、手を離す。
「―――茘枝!」

 ある意味、慣れた光景が現れた。
 忽然と消えた人間と、それを愕然として見やる人間。
 もう一人の捕虜は、同僚の突然の消失に言葉を失っている。知識としては知っていても、それが自分の身にふりかかることだとは、想像しえなかったのだ。

「……なんてことを!」
「あらスクエア。あなたが、そういうの?」
「魔法使いの体がまるごと一体あれば、どれだけの魔法道具ができると思ってるんです!」
 茘枝は―――思わず目をしばたかせた。
「……確かに。それはそうね」
「そうですよ。どこかに冷凍保存しておけばいいのに。あ……っ、クルーノの眼の中から取り出すことは……?」
 茘枝はかぶりを振った。
「それは無理。そういう構造になってないのよ。同様の理由で脱出も不可能だけれど」
「となると……あー、もったいない!」
「ごめんなさい、これから・・・・、気をつけるわ」
 何とも恐ろしい宣告だった。
 ただひとり残った捕虜は体を震わせる。

 そして、毒気にあてられた戦士二人は正しい判断を示した。
 逃げ出したのである。
「……ヘプライト、あっち行ってようぜ」
「……ああ」
 扉を閉めると、魔術師ではない一般人は、そろって同じ反応をしめした。深海まで届きそうなほど深いため息をついたのだ。

「……なあ、ヘプライト。茘枝がどういう風に目覚めたか、教えてくれないか?」
 ヘプライトは手短に―――ただし茘枝が誰にも話すなと言った経緯だけは除いて―――説明した。
 ケリーは頷きながら聞き終えて、疑問を呈した。
「ふぅん……。なるほど、で―――炎が差し迫ったとき、一体誰が消したんだ……?」
「……茘枝、じゃないか?」
「その状況じゃ、どんな詠唱も間に合わないぞ。となると、魔法道具だよな。茘枝が身に着けてる魔法道具のうち、どれかが効力を発揮したんだ」
 論理のすじみちに無理はない。ヘプライトは頷いた。
「にしても―――魔法使いの体ってそんな風に見られてるのか? 貴重なアイテムの材料って、そりゃないだろっ。ううう、今頃なかで何が起こっているのか、確かめるのが怖い」
 同感だった。
 彼らが考えていることをまとめると、一言ですむ。
 ケリーもヘプライトも、嬉々として人体を解体している仲間の姿など見たくないのだ。
 それだけだった。

 と―――、ヘプライトが顔をあげる。
 扉一枚へだてた室内から響いていた物音が、何一つ聞こえなくなったのだ。
 ケリーは頭をかかえた。
「……防音の魔法使ったな。となると、拷問から解体のフルコースだよな……」
 室内で何が起きているのかという想像に、彼らの心臓はちぢこまりっぱなしだった。頼むから解体はやめてくれ、解体は。

 ふたりが戦々恐々としつつ、時間が過ぎるのを待っていると、だしぬけに扉が開いた。
 内側に開く内開きの扉を振り返ると、茘枝とスクエアが切羽詰った様子で飛び出してきた。
「五秒でいいわ、時間をかせいで!」
「時間をかせぐ……って何から!?」
 問いかけながらも剣を抜く。
 茘枝の返事の前に、答えが来た。
 思わずケリーはヘプライトを突き飛ばす。
 まだ武装を解いてなかったのが幸いした。神聖銀は、この世で最も魔法への抵抗力が高い。ケリーの剣に切り裂かれて、魔法は四散した。
 背後で呪文の詠唱が完成する。

邪悪なる闇、神聖なる光。
 そのどちらとも相容れない聖なる四角、螺旋の力より舞い降りて、遥かなる遠き地へ我らを運ばん
――」

「おい!」
「ヘプライト、ケリー来て! 多少体が痛むのは我慢してねっ!」
 背後を振り返ると、すぐそこに光り輝く四角形があった。その隣で青い髪の魔術師がケリーに叫ぶ。
「早く! この中に飛び込んで!」
 ヘプライトが迅速に動いた。ケリーの足元から体を起こし、なにも言わずにとびこむ。
 しかしケリーはあまりに異様な物体に足がとまってしまう。
「お、おい、なんだこれは……っ!」
「うだうだ言ってる時間があったらさっさと飛び込んで!」
 焦るあまり言葉も惜しい様子の茘枝の口調に、一瞬で覚悟はきまった。
 それ以上、なにも言わず飛び込む。
 茘枝もまたその後姿を追って、光の扉に自らを飲み込ませた。


     § § §


 全身が痛かった。
 ずきずきと痛む全身を地面に転がしながら、空の青を眺めていた。
 隣からは、朗らかな声が聞こえてくる。
「我慢してね、すぐ治してあげるから……。あれ? ケリー、どこか怪我してない? 体力値が刻々と減ってるんだけど……」
「……肋骨と足の甲が痛い」
「ああ、ひびが入ってるわね。なにか心当たりある?」
「二階から落ちた」
「全身鎧で!」
「……なんでそれで足を折らないのか、不思議でしょうがありませんねぇ……」
 ……ケリーの世話をしているうちのひとりでいいからこちらに来て治してくれないだろうか。

 全身が痛かった。
 ケリーの治療が終わると、茘枝はヘプライトのところへやってきた。
「大丈夫? ヘプライト」
「……ちょっと、見てもらえねぇか?」
「……ええっと……全身打撲ね」
「あんの光の扉は……?」
「瞬間移動の魔法を扉の形で固定したのよ」
「……あんたが、か―――?」
「そう、私が。……今の私にはそれができるの。スクエアにもスクロールを作ってあげられるわ」
 答えて、茘枝はヘプライトに杖をかざす。
 いつもの感覚―――全身がハーブに包まれたような、清涼感のある匂いがして、痛みと熱のこもった箇所が冷えていく。

「はい終わり」
「なにが起こった……」
「かは、今説明するから。あ、現在地はね……」
「巨人族の村だろ?」
 茘枝は一瞬目を見開き、その表情が笑みに変わる。

「そう。その通りよ」





2004 3/28 up



 現在ドラクエ5をやり途中。必然的に、更新速度はおちちゃいます、ごめんなさい。
 ドラクエが面白いのが悪いんです(きっぱり)


オリジナルのページに戻る

  トップへ行く