「天使が悪魔になる日 15」
「お待ちしておりました、茘枝様」
そう言って跪いたトカゲによく似た青年に、茘枝は慌ててとりすがった。
「ちょっと待って。こんなところで跪かないで」
こんな街中でこんなことをやられては、晒しもの同然である。茘枝は笑い者になるのも目立つのもまっぴら御免だった。
ただでさえ、亜人種は目立つのだ。
茘枝は彼を立たせると、仲間の待つ宿屋へ向かった。
急ぎ足で宿屋に入り、仲間全員を呼び集めると、茘枝は腕組みをして全く当然の権利として、説明をもとめた。
「さあ、事情を説明してちょうだい。古の盟約ってなに?
」
「ありがとうございます、茘枝様。この時期、我らが苦難している今、ご訪問くださったこと、感謝いたします」
「……は?」
「その昔、茘枝様はわれらと約束くださいました」
……疑問の眼差しは、ケリーからだ。茘枝は慌ててかぶりをふった。
「していないわよ! それって誰のこと?」
「茘枝様のことです」
「だから私は―――」
はた。
気づくのが遅い。
「……それって、初代の茘枝様のことね? 青の魔術師の」
「はい」
「その茘枝様はあなたたちと一体どういう約束をしたの?」
「我らが苦難に陥ったとき、お助けくださるという約束です。あなたはそのためにいらしてくださったのでしょう?」
「……」
かりこり。
茘枝は杖をもった手をあげて、こめかみを掻く。
「……整理するわよ、いい? 私は、初代の茘枝じゃないの。あなたたちと約束した初代茘枝は、あなたたちが危機に陥ったら助けると約束したかもしれない。でも、私はしていない。私は、まったくの別人なの。当然、初代茘枝のした約束を私が果たさなきゃいけない理由は、これっぽっちもないのよ」
「それでもあなたは茘枝様です。我らを助ける義務があるはずです」
全身鱗の青年がすこし身じろぎするたび、鱗のなかの光を反射してできる小さな虹もまた動く。青年は頑固にそう言いはった。
「私は、初代茘枝とは別人なの。一目瞭然、性別も女だし、外見もちがうわ。誰が見ても別人よ。あなたはそれをわかってる?」
「……はい」
「わかっていて、なお、約束だから守ってくれとそう言うのね」
茘枝は微笑んだ。……親愛の微笑ではない、彼女特有の、斬りつける刃の微笑みだった。
「ねぇ、平たくいえば、こういうこと? たまたま自分たちが困ってるときに、たまたま茘枝の称号をもつ人間がやってきた。同じ名前でちょうどいいから難癖つけて、助けてもらおう。ねぇ、こういうこと?」
―――こわい。
ケリーのみならずヘプライトもスクエアも、居並ぶ男性陣はみんなしてびびっていた。
喧嘩モードにはいった女性は、男には理解できないものがある、とよく言う。
しかし茘枝の場合はそうはならず、一貫して理路整然としているのだが……恐怖という点からいえば、比ではない。
「そんなことは……!」
「あら、だってあなたは、私と初代茘枝が別人だと百も承知のくせに、初代茘枝がした約束を果たせと言いにきたんでしょう? 知らないの? それって難癖っていうのよ」
「……」
「もちろん、私も魔術師だから現在苦難に直面している人から助力を乞われて無下に断ったりはしないわ。でも、ねぇ、聞くわ。古の盟約とやらは、いったいどんな報酬を差し出すの?」
「そ……れは」
「あきれた。何もないの。そしてまさか、私に対しても無報酬で働け、なんてそんなことを言いに来たの?」
冷たい微笑でやんわり責められて、とうとう相手の青年は爆発した。
「茘枝様はいつも我らを無償で助けてくださった! ならばその名を受け継いだあなたもそうすべきではないか!」
「ふざけないで。―――シールド」
茘枝の一言で、青年は淡く光る光の盾に全方向をかこまれる。さながら、光のクリスタルのように。元は防御の呪文だが、こうした使い方もできる。
「おーさすが竜の尾。呪文のききが違うわね」
「れ、れいし……」
ヘプライトは不思議に思いながらおずおずと声をかける。彼女はこれまで魔術師としての節度を守って、自分に危害を加えていない相手に魔法を使用したことは一度もない。
「リザードマンの一族は俊敏性は人間とはくらべものにならないもの。暴力に訴えられる前に、処置しただけ」
茘枝は光の膜に手をふれ、話し掛ける。
「この世でもっとも醜いものはね、何の縁も義理もない赤の他人に、善行だからと無償を強要する行為よ。私の助力が必要なら、あるかどうかもわからない大昔の約束で強制しようなんてせず、道理を尽くして代価を支払いなさい。私は高いわよ?」
せっかくの買い物を邪魔された茘枝の機嫌は、実は元々かなり悪かったのである。
一刻をあらそっているわけではないが、悠長にのんびり寄り道をしていられるわけでもなかった今回の旅。買い物に出かける時間がとれたのは、これが初めてなのだ。
スクエアは瞬間移動の呪文書を見つけたものの、そのあまりの値段に涙した。……パーティの会計を握っている茘枝はあとでパーティみんなにかけあってその代金をかき集めようと思った。それだけの価値がこの呪文書にはある。
ヘプライトは思うところあって、飛び道具を買い求めた。クロスボウに原理は似ているが、暗器に近い。ナイフからバネで刀身が飛び出すものだ。命中精度はかなり悪いが、彼なら練習して使いこなすだろう。不意打ちは多少の力量差をゼロにする。これならヘプライトでも敵を倒せるようになるだろう。
そして彼女は……七国一の豊富さを謳われるこの街の図書館。
そこにさあ出かけようかと足を踏み出したところで―――邪魔されたのだ。
それでも彼女は機嫌の悪さをそのまま相手にぶつけるような事はない。
きちんと場をもうけ、相手の話を聞こうとした。パーティの仲間全員を集めたのは、彼女がしっかりした心構えをしていたことの現れだ。
けれど、そこに出てきたのは彼女がいちばん嫌いなたぐいの話だった。
魔術師だから、力があるから、見返りをもとめず奉仕しろとはあつかましいにも程がある。
ヘプライトは茘枝に自分のもっているすべてのものを投げ出して助力をこうた。その中に、彼自身をすら含んで。
力があるから弱者を助けろ。これは一面正しいようで、間違っている。
力があるものには自由はないのか。
力があるものは弱者を必ず助けなければならないのか。
なぜ善意の行為であるはずのものを、力があるというだけで強制されなければならないのか。
弱いふりをして、強者からしぼりとる。そういう手合いが茘枝は大嫌いだった。
光のクリスタルの内側で、まだなにか青年はわめきたてていたが(父祖の名に恥ずかしくないのか、出せ、考えなおしなさい、などの単語が聞こえた)、……耳が腐る。
すでに聞く耳もたず、茘枝はさっと杖を振り、窓からクリスタルを墜落させた。
もちろん、窓からだす瞬間にシールドの呪文を解いたことは言うまでもない。
人の良いヘプライトは心配げな眼差しを窓に向けたが、茘枝は大丈夫と手をふった。
たかだか二階。リザードマンの鱗は丈夫だ。痣もできないだろう。
奇跡の連続アップ!(自分でいうか)
いや、だって前回のヒキがヒキだったから、皆さん誤解するんじゃないかと。
べったべたのべったーな展開……ではありませんでした。
四百年前の古の盟約なんて腐って糸引いてますよ。日本でいうなら、江戸時代成立した頃の約束なんて、誰が覚えてます?
フタをあければ、それを盾にタダ働きさせようとする口車にすぎませんでした。
2004 1/13 up
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