「天使が悪魔になる日 13」
茘枝ははっとして顔をあげた。
次に、スクエアに目を向ける。自分そっくりの表情で、彼もまた天を……正確には大気をみつめていた。
スクエアは視線に気づき、茘枝を見る。
ふたりの表情に浮かんでいるのは同種のものだ。
「茘枝? どうしただか?」
「あ……ヘプライト。ちょっと……驚いたの」
「なにに?」とこれはケリー。
「エナジー濃度が高いのよ」
魔法の源となるエナジー。
十%程度の濃淡なら自然にあることだ。だがこれは、その範囲を超えていた。
一行はペイログリフに向かう途上にある。
茘枝の飛行術は二人までしか運べないし、スクエアはまだ瞬間移動ができないので、このパーティの移動はもっぱら足だ。馬は人数分買えるほどの路銀がないし、なによりあれで乗馬というやつは難しいものなのだ。ケリー以外の四人はまちがいなく腰を痛めるだろう。
ケリーは移動しながら行く先々の街で、瞬間移動のできる僧侶をさがしたが、そんな高レベルの僧侶がほいほいいるはずもない。
そしていま、彼らはペイログリフを二日の旅程にしていた。
その時はそれでふたりとも口を閉ざしたが、国境の関門にたどり着き、行列にならんで、順番をまつ時間の合間に、茘枝は腕組みして切りだした。
「……近づくにつれ、どんどん濃度が濃くなっているわ。異常よ、これは」
「同感ですね……濃度がとてつもなく、高い。もうすでにこの時点で、濃度はふつうの二倍ですよ」
「だからペイログリフは特殊なんだって言ってるだろ?」
ケリーは軽く肩をすくめた。
「ケリー、あなた、わかるの?」
「いや、二人みたいにはわからない。ただ、そうだろうなとは思う。国境の門をくぐってしばらくすれば、もっと驚くぜ」
「……? 何があるの?」
「竜の尾を訪れた旅人は、誰しもとても驚くものさ。竜の尾は七国中最古の歴史をほこる国。ほかのどんな国より古く続く、風光明媚にして険峻な国だ」
「……どういう意味だかさっぱりわからないわ」
「それより、茘枝。スクエア。聞いておきたい。エナジー濃度が高いと、魔法を行使する上で何か不都合があるのか?」
パーティのリーダーの顔になってケリーが聞けば、魔法使いふたりも表情を引き締めた。
「わたしは、特にないわ。むしろ魔法を使うのに必要な分量のエナジーを取り込みやすいから早く発動できて、得ね」
「私も同じですね。エナジーというのは……」
スクエアは大気に手をさらす。そこにある魔法の源をうけとめるように。
「魔法の発動の必須要素。これが少なくて苦労することはあっても、多くて苦労することはなにもありません」
「ねぇ、私ちょっと思ったんだけど竜の尾って、魔法使いの出生率が異様に高いわよね。このエナジー濃度が関係していたり……するのかしら?」
「どうなんでしょうねぇ……?」
首をかしげるスクエアに、ケリーはにやりとわらって、意味深な一言を言った。
「ま、期待していてくれ。絶対びっくりするから」
三人の話す声はまわりにも聞こえ、茘枝がそれに気づいたときはかなりの人数が含み笑いをしていた。
……そう。今ケリーが浮かべているのと同じ様な表情を。
どう見ても「同じ経験を経てきた熟練者が、初心者をほほえましく見ている図」である。ここに並んでいるのはたいがいが旅なれた商人だから、住民のように排他意識がないというのもあるのだろう。
茘枝はますます首を傾げたが、ひとつだけはっきりしていた。
ケリーはいくらたずねても、教えてはくれないだろう。
関所では、魔法使いふたりはフリーパスだったがケリーだけ少しちがった。
まず旅券を見せたあと、簡単な質問があったのだ。
「ペイログリフの紋章は?」
「雄雄しき竜。その竜の胸と尾に抱かれし剣」
「ペイログリフとは?」
「天空を駆ける力強き竜。その懐にかくまわれし愛し児。それは他のどんな国より長き年を重ねし国。年輪による皺は英明で叡智をしめし、おおいなる伝統と大魔術師の血統息づく国。正当なる王のなかの王」
「同胞よ。竜に祈りを捧げよ」
そのとき監督官は不思議な仕草をした。
まず両手をひろげると、顔の前で組み、頭をさげたのだ。
そっくり同じ仕草をケリーもし、すらすらと唇から文言が紡ぎ出る。
「懇々と湧き出でる泉のように無限に力強く英明なドラゴンよ、人の守護者にしてこの地上すべての守護者たるドラゴンよ。この世になんというよろこびか、あなたと同じ空気をすい、あなたの恵みにあふれた食物を摂ることができるこの喜びを祈りに帰しあなたに捧げます」
三人が無事関所をぬけると(ヘプライトはすでに姿を消している)、茘枝は囁いた。
「ヘプライト。いきなり人が現れるのはまずいから、人目のないところに移動するわ。ついてきて」
入った木陰で、ヘプライトは姿を現した。
茘枝が解除の粉をヘプライトがいるあたりに撒いたのだ。
「……ねぇ、ケリー。今のお祈り、なに?」
「この国じゃ、五つの子どもでも言えるぞ」
「あんな長ったらしくて難しい言葉がはいってるのに?」
「言葉の意味はともかく、音として憶える。子供ってそういうの得意だろ? 毎朝やって、毎晩眠る前にやるのが普通。まあ、さぼっている家庭でもかならず安息日には祈るな」
「…………」
茘枝はヘプライトと顔を見合わせた。
しかし、彼らの驚きはそれにとどまらなかった。
「―――……なにこれ」
「石畳」
「こんな街道にまで?」
関所をこえると、小さな町があるのはみな同じだ。
彼らはそこをスルーして、街道に入ったが、石畳はまだ続いている。
街で石畳というのはままあるが、街道にまで、というのは初めてだった。
「主要な行商路には、たいていある。この関所は、どこの関所より通行量が多いんだって言ったろ?」
ケリーが面白そうにいう。
再び納得して、一行が歩き始めて三十分。また、茘枝が難しい顔で言った。
「……ねぇ、この石畳、さっきから石の感触しかしないわよ……? これ表層だけが石……ってわけじゃないわよね」
「厚さ一メートルの巨石が埋め込まれてる」
さらっと言った言葉に三人は絶句した。
「竜の尾の土木技術は七国中随一だ。二十年三十年じゃ、びくともしない建造物をつくれる。」
道はよくみれば中央部がわずかに高いアーチ状に組まれていた。雨水は振れば自然と道の脇へと行く仕組みだ。
また、道の奥に水の気配を感じて、茘枝は首をかしげた。それだけなら珍しくないが、つかずはなれず、ずっと一緒なのだ。
それをケリーにいうと、
「さすが魔術師だな」
と微笑み、
「平行して、水道も走ってるんだ」
「すい……どう?」
この時代、水を得る手段といえば井戸と泉が圧倒的である。余程の知識層でなければ、「水道」というものの概念すら知らない。
「街道と水道は一緒の場所に作られている場合が多い。同時期にできたわけじゃないけど、道を走らせるのも、水を流すのも一緒だろう?」
「その水道は貴族たちのため?」
ケリーはわらって「まさか」という。
「一般市民のためさ。まあ金を払えば水道の本管から自宅までの配管を付け加えることもできるけれど、街の最低五箇所に給水場があり、そこに直結している」
「つまり……枝分かれみたいなかたちで、自宅までの配管を繋げることもできるのね」
「そう」
「……その水道管は何でできてるの?」
「多くは金属。竜の尾は何で栄えている国だ?」
―――鉱山。
「金山や銀山が有名だが、中でとれるもののなかに金属鉱石がまざっていることも珍しくない。金の不純物として漉され、精錬されて、そういうところで使われている」
「でも、それはすごく長い距離を移動するのよね? 推進力はなに?」
「基本的に流しっぱなしだ。つまり、管に水をいれる。どんどんどんどん入れる。……すると水はどうなる?」
「……反対側から、あふれてくるわ」
「そういう事。給水場でも、水はどんどんあふれてくるがどんどん市民が水を汲んでいくな。第一、そこに栓をつけるのは決して難しくない」
話を聞き終わり、茘枝はぽつりと感想をもらした。
「……驚いた」
更にすすみ、茘枝とスクエアは今度こそ驚きに目を見張った。
ケリーもにやりと笑って手を広げた。
「ようこそ、この世でもっとも古き神秘の国、竜の尾へ!」
すみません、はとりさまとの公約守れた嬉しさと忙しさに、間があいてしまいました。
週にかならず一度はアップ、を守っていきたいと思います……。
……明日もアップすれば再来週までは休んでオッケーだよな(にやり)。
2004 1/10 up
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