「天使が悪魔になる日 12」




 魔法はエナジーを費やして行使される。
 どのような、どれほど優れた魔法使いでも、覆らない法則だ。

 そして魔法道具は、外界からエナジーをとりこんで使うもの、素材のエナジーを取り込んで使うものの二つに分かれる。
 およそ、ありとあらゆるこの地上の構成物に、エナジーは含まれている。
 ただし……エナジーを消費した物体は、崩壊するが。
 石だろうと金属だろうと、塵ひとつ残さず消滅する。
 だから、「使い捨て」なのだ。

 茘枝は難しい顔だった。
 腕組みをして、しばらく、じっと考え込む。―――茘枝の称号をもつ魔術師に、「不得手」は存在しない。およそありとあらゆるスキルに長けている。
 彼女は魔法道具(マジックアイテム)の鑑定も製作も高レベルだ。
 ―――やがて彼女は顔をあげる。
「ヘプライト」
「な、なんだ?」
 突然名を呼ばれて驚いた様子で顔をあげたヘプライトは、茘枝の真摯な瞳にかちあった。
「言って」
「……え?」
「私にその魔法道具をつくってくれと、言って」
 困惑しつつも、真剣そのものの茘枝の気迫に威圧されたかたちで、ヘプライトはその言葉を唇からつむぎだした。
「あ、ああ。―――茘枝。お願いしますだ、おらたちが神聖銀の発掘地帯に入れるような魔法道具を作ってくだせえ」
 茘枝はこくんと頷き、ケリーの方をむく。

「小刀を、貸してくれない?」
 こちらも訝しげな顔をしながらも、小刀を手渡す。
 茘枝はテーブルに左手をつくと、パーティの疑問の眼差しのなか、無造作に右手を振り上げた!
「…いっ!」
 カシン、という音とともに傷が刻まれたのは木の机。

「ヘプライト。邪魔しないで」
 とっさに茘枝の手を突き飛ばしたヘプライトのせいで、小刀は狙いを外した。
「な、なにするだ!?」
「四人分の使い捨ての魔法道具をつくるには、たくさんエナジーが詰まった物体が必要なの!」
 ケリーも口をだす。
「だからってなんで自分を傷つけたり……」
 スクエアがはっとして、
「そうか……この世で一番エナジーが詰まっているのは、外からエナジーを取り込める魔法使いの血肉」
 やっと思い至ったという風に言ったスクエアの言葉に、茘枝は頷いた。―――スクエアは僧侶だ。魔法道具の作成などしたこともないだろうから、すぐにわからずとも無理はない。
「私だって好きで自分の小指を切り落としたりしないわよ。魔法道具は多かれすくなかれ、術者の血肉を媒介に使用するわ。『ただの物体』がエナジーを取り込めるはずがないでしょう。魔法使いの血肉を媒介にすることで、エナジーをとりこむ機構を得るの」
「じゃあ……おらの指輪も?」
「ええ。―――もっともこの場合は素材としてだけど。だから邪魔しないで。幸いスクエアもいるから、傷は治してくれるでしょう」

「そりゃ、まあ……魔法使いの指一本あれば、どんな魔法道具でも作れるでしょうねぇ」
 納得したように、どこかのんきに言ったスクエアとは対照的に、魔法使い以外の三人は色めきたった。
「冗談じゃねぇべさ」
「指一本だなんてとんでもない!」
「絶対反対だ。もっと別の方法があるだろう」

 茘枝は肩をすくめた。―――彼女だって、何度もいうが好きで自分の指を切り落とすわけではない。いくらスクエアが直してくれるとはいっても、自分の手に刃をつきたてるなんて、どうして好きになれるだろう。魔術師として、これまで一度も前線に出ることもなく、傷を負うことも一度としてなかった彼女にはかなりの覚悟が必要だった。
「あることはあるけど、命の危険があるわよ」
「それは?」
「血を抜くの。ヘプライトが国に入るときはそれで作ろうと思っていたんだけど、四人……いえ五人分も血をぬくと、下手しなくとも死にかけるのよ」
 ヘプライトが国境を越えるとき一回。
 そして、ケリーたちが神聖銀の鉱脈に入るときに四回。しめて、五回ぶんである。

 スクエアがたずねる。
「一回に必要な血の量は?」
「お椀に二杯ぐらい」
「そりゃ……たしかに命にかかわってきますね」
「でしょ?」
「魔法じゃなくて変装ってのはどうだ?」

 ヘプライトの言葉に、注目があつまる。
 もっとも今回は、いつもの、馬鹿にした注目とは違っていた。
 ケリーは顎に手をあてた。
「……入れるのは御用達の出入り商人だけだ。けどその通行許可証を発行するのは王家――。何とかなる、かもしれない。いちおう、俺も元王子だ。それも、この間「元王子」であることは公認されてるし、その前から俺の存在に対して王宮は同情的だった……。父にかけあってみよう」

「じゃ、それでひとまず侵入路はおいときましょう。もし通行許可証が発行されなければ、そのときは私が血を流せば済む話よ。―――ドラゴンは神聖銀の鉱脈のどの辺に棲んでるの?」
 ケリーは両手をあげた。
「それが、わからない」
「……え?」
「巨人族はドラゴンに近しくてね。徹底した秘密主義でドラゴンを奉っているんだ。毎月決まった量の神聖銀を発掘して納めはするものの、中の様子はさっぱりわからない。―――リチャード。お前は何か聞いてるか?」
 リチャードも同じく両手をあげる。
「さっぱり」

「……まあ、いちおう、鉱山の位置はわかる。この情報、国の重要機密だからな。絶対他人には洩らしてくれるなよ。位置でいうと、―――この辺」
 ケリーは靴下型の国の、足首のあたり……ちょうど国の中央にあたる部分を指で指し示した。
「……ど真ん中ですね」
 茘枝も意外だった。なんとなく、国境の山脈に近い辺境にあるものとイメージしていたのだ。
「便利だぜ? 国のど真ん中だから、西にいくにも北にいくにも南にいくにも東にいくにもいい」

「じゃ、そこから先の予定は臨機応変ね。入って見ないと、何もかもわからない……」
「ドラゴンに会えたら、最初に何を聞きます?」
 にっこりと茘枝がわらう。
「あら、決まってるじゃない。誰かと会って、まずすることは挨拶でしょ?」

 もっともだった。



 本日で今年もおわり。
 年末更新は……マジきつかったです。
 手持ちにストックないんで、毎日書いちゃああげてました。アップ時は純粋に書き上げ日時だと思ってください……。結局年末までにドラゴンちゃん出てきませんでした……残念。

2003 12/31 up


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