「天使が悪魔になる日 9」
「リチャードが自分で出て行って自分が自由意志で失踪しました、ちゅーのは……駄目か?」
ふたりきりの部屋で、そう質問したヘプライトに茘枝はかぶりを振った。
「私も真っ先にそれを提案したわ。ここでパーティを離れて、リチャードだけ国に戻れって」
ところが……それに反対したのが、ケリーだったのだ。
「『茘枝は竜の尾国のことを知らないから説明しづらいんだけど……それは、ものすごく困ったことになると思う。あの国では、竜信仰がとてつもなく盛んだ。そして、その竜と唯一親しく接するのが王家。王室は、国の民にとって竜に成り代わって信仰をあつめる、現人神なんだよ。そして、神様は、失敗しちゃいけない。親しみと畏敬は相反するものだ。そして王家は当然、畏敬を優先させる。リチャードは自由意志で失踪なんてしちゃいけない。犯人が必要なんだ。リチャードを誘拐した、犯人が』……つまり、私たちはリチャード誘拐犯人としてつかまるってことよ……」
「……王族の誘拐ちゅーたら、どうひいきして考えても……」
「死罪は確実でしょうね」
ヘプライトと茘枝は、ため息をついた。
リチャードをこのままパーティ内に抱えているわけにはいかない。
かといって普通に戻せば、茘枝たちは誘拐犯として捕まってしまう。
「なあ。リチャードだけ国に帰して、おらたちは逃げる、ちゅうのは……」
「私が飛行術で運べるのは二人までよ。スクエアにはまだ瞬間移動なんて使えないし。それになにより、これからずぅっと手配されて追われつづけるのは、できれば選びたくない道よ。……まあ、最後の手段ではあるけれど……」
「リチャードがとりなすことはできねぇだか?」
「国王というのは、国のなかなら何でもできるのではないのよ」
茘枝は苦笑した。
「国王だからこそ、できることできないことがある。ましてや王太子ならなおさらよ。法の基に関わる問題だもの。王族の懇願だからナシにはできないわ」
茘枝は、そこで、一際おおきなため息をついた。
「ケリーは何かというと竜の尾国のことを知らないからわからないだろうけど、を連発するんだもの。いったいどういう国なのかしら」
「……」
何を言えるわけでもないのでヘプライトは一時黙ったが、ふと思いついて聞いてみた。
「ケリーはどうすればいいとか……そういうこと言ってたか?」
茘枝は指を一本立てる。
「一つだけ。とっても難しくて実現は不可能に近い可能性だけどって前置きして……、要はリチャードの失踪が誘拐でなければいいわけよ。そして、竜の尾国の特殊性はひとつの存在に収斂される」
「……竜?」
首を傾げてヘプライトがいい、茘枝は頷いた。
「竜がリチャードになにか用があって呼び寄せた。そういう風に話をつくれば誰も非難できない。ただ……ねぇ。竜と長年つきあってきた国なら、ハンパな目くらましの魔法で騙されてくれないだろうし……なにより魔術師がわんさかいる国だから、魔法をつかったらすぐにばれるだろうし」
「じゃあ……」
茘枝はヘプライトを見て笑って見せた。―――この事態を抜け出す、一番簡単な方法は決まってる。誰かをひとり、人身御供にさしだせば良い。……ヘプライトを。
平然とそう言ったリチャードに、茘枝は反発した。
「いくつもの道は、ある。けれど、全員無事で、助かる可能性は、たったひとつしかない」
無数の可能性のうち、全員助かる可能性は、たった一つ。
「―――結局私たちは、竜になんとかひれ伏してこれこれこういう作り話に協力してくださいって言うしか、ないわけよ……」
……本日何度目だろう?
茘枝はため息をついた。
「スクエアとケリーには話を通したわ。リチャードはこの国に居残っててもらうとして、私とスクエアとケリーとで竜に会いにいく」
「おらもいくだ」
岩のように絶対にここは譲らない決意で言うと、茘枝は口元をゆるめて見た。
「竜に会って、……ああううん、会えない可能性の方が高いのよ。会えたとしても、竜がこんな馬鹿げた作り話につきあってくれる可能性ときたら、皆無に近いわ」
「わかってる」
しっかりと頷く彼を見て、茘枝は自然と口元がほころぶのを感じた。
不退転の決意。
思えば、彼の人生はそういうものだったのだ。決意と覚悟。これほどヘプライトに似合う言葉は他に無い。
一年もの時間をかけての旅をやりとげ、不可能に思えた魔術師の協力をとりつけ、そして、今また竜に絶望的な頼みごとをする旅についていくという。
茘枝は内心大きくうなずいた。
いい人を自分は選んだものだ。
決して自分を裏切らないと……、そう確信を抱ける人間は、そういない。
2003 12/28 up
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