カノンは目隠しされるのを抵抗せず受け入れる。抗うべきときは、今ではない。
目隠しをされたあと、銃をつきつけられるまま、車に乗った。
カノンは隙をうかがったが、車の後部座席に、カノンとひよのを挟むように銃をもった人間が二名同乗し、引き金に指をかけて胴体に当てている。どうにもつけいる隙がなかった。
ひとりを倒す間に、ひよのの側のもう一人がひよのを殺す。
そうでなくとも引き金に指がかかり、銃口は胴に向けられているのだ。倒した衝撃で引き金が引かれる確率も高く、さらに胴体のような大きな的では当たる確率も高い。
そして胴を撃たれればまず死ぬ。
つくづく可愛げのない。銃の効果と限界をよく承知している者のやり口だった。
この隙のなさからして、この手の犯罪行為をやりなれている者だろう、との予測もたつ。警戒させるのは得策ではなかった。
大人しくカノンはなりをひそめ、車は走り、目的地に到着した。
ふたりが通された部屋は、一時のカノンの住処にも匹敵する豪華なつくりだった。
◇
まずは監視カメラと盗聴器の確認。
すべて取り外すか、壊すか、使えないようすると、さてとカノンはひよのに向き直った。
「……状況を確認したい。どういうことだ?」
別人のようにするどいカノンの眼差しに、ひよのは一歩もひるまず微笑む。
……童顔。幼い朗らかな言動。
それに騙されていた部分があることは否定できないが、それにしても、とっぴすぎる。ひよのが―――非合法な手段を使ってでも手に入れたいと人が思うほどの、天才的な頭脳の持ち主?
ひよのの頭が切れるとは、カノンも思った。その態度のほとんどが演技であるとも、思ったことがある。
しかし論理に飛躍がありすぎる。頭が切れることと、「天才」の間には、オリンピック級の走り高跳び走者でも飛び越えられないほど広く、翼が必須なほど深い溝がある。
「言ったでしょう、ひよのちゃんの叡智は人類の宝だと」
確かに言った。冗談としか思ってなかったが。
「この人たちは、私のことを、主任技術者として迎え入れたいんですよ。一生タダ働きさせたいんです」
「それにしたって、普通まず」
カノンは言いかけ、やめる。
ひよのも同じ事を言っていた。普通は交渉から始めるものですよ、と。
暴力をふるわない、平和が一番。
多くの人にとって共通の常識。しかし……ときどき、その常識が通用しない相手がいるから困る。
カノンは質問の仕方を変えた。
「彼らは、何だ?」
「いまはやりのベンチャー企業の一角ですよ。ま、業務内容が犯罪というのが普通の企業と違うところですが」
要はマフィアか。
「彼らが目の色変えるほどのものを君は持っているのか?」
「ひよのちゃんの現在の年収はかるーく数千万ですからねえ」
「な……っ」
「私が持つ特許は十を越え、日々それだけの収入を私にもたらしています」
穏やかに微笑む少女の言葉をにわかには信じがたく、カノンは瞬きした。
一介の女子高生が実は天才で? その頭脳に、企業が動く?
あまりにドラマティックな、あまりに非現実な状況にまず猜疑心が働いた。
「……それが本当なら、なぜ」
「高校に通っているのかとかですか、あなたの聞きたいことは?」
ひよのの頭が切れるのは認めよう。
頭の回転がはやく、余計な言葉を費やす必要がない。
「日本は学歴社会であり、私はまだ17歳ですから。日本に飛び級制度はありません」
「……その、君の頭脳を望んで、彼らは君を誘拐したのか?」
「ま、そうです」
「……ほんとうに、それだけか?」
ひよのはあっさり前言を翻した。
「他にもあります」
「……その他にもというのは?」
「ロボットです」
カノンは瞬きする。
まさか―――。
ひよのの鞄もカノンの鞄も荷物も、―――あのロボットも、車に乗るときにすべて奪われてしまった。
「あれ、実は結構大した品なんですよ。いま、せっかく捕らえた私たちを何もせずに一旦放っているのもそのためです。今頃必死で分析してるでしょうね。……私のロックが解けるはずもないのに」
くすくすと、わらいさざめく彼女を見ているうちに、カノンの裡に一つの推論が浮かんできた。
「……結崎さん、確認するよ? ―――僕を巻き込んだのは、わざとだね?」
「ハイ」
ほがらかな笑顔に……怒るより前に脱力した。
「……僕を解放するよう要求したのも演技か」
「私にとってあなたが大切なひとだと思っていただければ、私に言う事を聞かせる材料として、一緒に招待してくれるでしょうから」
まったくかけらも悪びれないひよのの微笑の意味ははっきりしていた。―――私に関わると痛い目にあうっていったでしょう?
「あ、彼らが言ってたカノンさんの素性を知ってるうんぬんは、嘘ですよ?」
カノンはうなずく。アレは単なるはったりだ。
「わかってる。僕の素性を本気で知ってるのなら、即座に麻酔弾を撃ち込んでるさ」
「翼ある銃」が弱みを見せたというのに、何もしなかった。それがすなわち、「普通の高校生」という認識しかないという証拠だ。
カノンは頭を振った。
ひよのにとって今の状況が計算のうち―――それはわかる。
判らないのは、別のことだ。
「……ロボット産業は、それほど企業が目の色かえるほど旨味のある分野じゃない」
ひよのはほう、と目を見張った。
「賢いですねー、カノンさん」
ひよのの示唆をうけて、カノンもなにもしなかったわけではない。
ロボットというものについて、調べてみた。
「現在商用として、採算が取れているロボットは産業用ロボットだけだ。分野として、事業として成立しているのはそれだけだ。なのに、君が作ったロボットで狙われるなんてことが有り得るのか?」
資本主義の原則。
利益の出るものに人はとびつく。逆に言えば、銃まで持ち出した相手が、利益のないものを得ようとしたとは、ちょっと考えにくい。
AIBOもASIMOも、商業的に言えばせいぜいとんとんがいいところである。
「巻き込んだお詫びです、最低限の説明はしましょう。―――現在、ロボット技術者は切実に企業の参入を求めています。現在ロボットの部品として使われている物のほとんど全ては既製品の流用です。そのため部品コストが高くつき、ロボットの価格が下げられない。価格が下がらないと、売れない。売れないから、ロボット専用部品をつくってくれとはいえない。そうすると既製品を使うしかなく、コストが高くついてしまう……悪循環ですね」
にこり。
たいへん油断ならない笑顔である。
「文化祭で私が作ったロボットは、技術者から企業へのプレゼンテーションですよ。こんなロボットはいかがでしょう―――とね」
「……アレを商品化すると?」
「まさか。いくらなんでもあれをそのまま商品化するには無理があります。結構重いですし、安全性が確保できない、倒れたら壊れるという問題があるんです。私が見せたのは骨子ですよ。こんなロボットはいかがでしょう―――とね。あのロボットの眼目はおもに二つ。画像認識システムと、外見です。後者はともかく前者のセンサーは私が開発したもので、まあ、世界でもあんな小さい高性能のものはないでしょうね。開発費聞いたら目玉がとびでますよ」
「そんなお金どこから―――」
そういえば、あのパーティのときも。てっきり弱みを握っている誰かから借りたのだろうと思っていたが。
「ひよのちゃんには、ずっと以前からついてるスポンサーがいるんです。ですがまあ、あれは特許の収入でつくりましたが」
カノンは額をおさえた。
「……大体話はよめた」
今の話と、以前のひよのの話とつなぎあわせれば、答えはすぐそこにある。
ひよのは頷く。
「ええ。私が作ろうとしているのは、家庭用ロボットです。人型の。高性能セクソイドといっても構いませんけど? 私は、本格的にあのロボットの開発に着手します。そのスポンサーをくどきおとすための、材料としてのあのロボットだったわけです」
「……貴方の好きな女優、女の子、俳優の顔をしたロボットを手元においてみませんか―――かな。売り文句は。それで文化祭の手ごたえは?」
「上々。ロボットというものは基本的に、まだまだ採算がとれないものですから、あなたの言ったとおりに。それで渋っていたスポンサーも、あれを見て気を変えました。あそこまで人間そっくりにできたロボットと、そのロボットを見た人々の反応に、商品化したときの利益を見込めるとふんだんです」
……ひよのの作ったロボットは稚拙だった。だが、外見がそうで、二足歩行できるというだけで、文化祭にきた人々はどよめいた。
「ひよのちゃんの頭の中には、完全な動歩行のアルゴリズムも入ってますし、最大の難関である安全性と耐久性についても策はあります。いまだにASIMOの手は人間の手よりはるかに劣る。人の手と同等の『手』のロボットはいまだ世界の誰にも作れてませんが、私ならできます」
輝く瞳は自信と覇気。
ついさっき、あんなふうに、全て諦めていたように微笑んでいた少女と、とても同一人物とは思えない。
そしてまた―――やっと、カノンに、実感がわいてきたのもこのときだった。
いくらなんでも17歳の少女が「特許をたくさんもつ天才少女です」と言われてすぐに納得していたらそれこそ疑う事を知らなさ過ぎる。
このときまでカノンはほとんど零信全疑だったのだが、信じる気になってきた。
ひよのが「天才」と呼ばれる少女で。
銃をつきつけ誘拐するほどのなりふり構わない態度で、その少女の頭脳を欲しがっている輩がいるのだということを。
「……ところで、画像認識システムって?」
「人の眼と脳は非常に良く出来ていまして。一枚の光景から即座に必要な情報を摂取するんです。写真を思い浮かべていただければわかるかと。写真に走る縦横の線の、どの線の集合を人とよび、物とよび、風景とよぶのか。ロボットはその判別が人のように即座にできません」
「……でも、君のロボットはできた」
ひよのは花のように微笑む。
「はい」
動作が稚拙でも、いい。指なんて動かなくてもいいのだ。
ひよののロボットは、茶器の位置が変わっても、茶器が別のものにかわっても、茶器の前に移動してみせた。それこそが―――
「それに、フィードバック制御システムも難関でした。センサーで得た情報を、的確に行動に反映させるシステムは、難しいんですよ?」
悪戯っぽい声音。
「……それは、シーケンサロボットじゃないんじゃないか?」
「シーケンサを使っているのは事実ですよ。画像認識システムについても、もうすでに、特許は提出しています。なのにこんなことになって……いやー、暴力に訴える人っていやですねえ」
カノンはそれはそれは胡乱な眼差しで、ひよのを見た。
「誘い込んだくせに」
「やだなあ、カノンさん、それは誤解ですよ」
どのへんが誤解なのか、ぜひとも詳しく微に入り細に入り聞きたいところである。
が、聞いても何も答えない事は歴然としていた。
「……どうして隠していたんだ?」
「隠すというより……あのですね、信じられます? 私が実は天才だったんだよー、なんていって、信じる人います? 普通の一介の女子高生がそんなこといったところで、ああ頭が不自由な人なんだなとか冗談で終わりになるに決まってるでしょう」
真面目に常識を持ち出されて、カノンは天井を睨んだ。
カノンは、いたって常識的なカノンの理性もここにいたり、旗を振って降参した。
了解、信じよう。
目の前の、この、お下げの少女が、企業が目の色をかえて欲しがる天才だということを。
「話を元に戻しますと。近いうち、正式にあのロボットの開発についての契約書をかわすことになっています。今、技術者の間では家庭用人型ロボットの実用化まで最低十年とされていますがとんでもない、二年とかけずにこぎつけて見せます。でもさすがに、そんなロボットの開発には私の個人資産ではまかなえないほどの費用がかかるので、口説き落とすことにやっきになったのですが。……さてカノンさん、私が昔から懇意にしていただいている企業がありまして。その企業は私の数々の特許を実用化することで収益を急速にのばしています。一方、昔その企業のライバルで同規模だった会社は、いまやかなり水をあけられています。そしてそこに、またもや私の開発。しかもその内容は、これまでとはケタの違うビッグプロジェクトです。当然その会社はあせりますよね」
「……あせってそれで、君を誘拐したわけか」
カノンは息をはきだし、ひよのの前に膝をおって古めかしく挨拶してみせた。
「……それで、一体何をお望みでしょうか、お姫様?」
「まずは脱出を手伝ってください」
ひよのは服のあちこちをさぐって、細かな部品をたくさん取りだした。素人には何のことなのか判らないだろうが、カノンは一目で理解する。
「……物騒だね、君は。こんなのを隠し持ってるなんて、褒められないよ?」
「組み立て、お任せしてもいいですよね? 私は別にやることがありますから」
「ああ。―――何を……?」
カノンが銃を組み立てながら目だけで追うと、ひよのは部屋にあるゲーム機を―――破壊した。
外側のプラスチック容器を壊して中身をを引っ張り出し、何かいじっていたかと思うと、コントローラーを手に握る。
そのあたりでカノンの銃が組みあがった。
銃を懐にしまい、ひよのに近づく。
「何してるの?」
「最近のゲーム機は、充分パソコンの代用品になります。運のいいことに、ネットワーク接続のゲーム機でしたから」
そして、ゲーム機のコントローラーに導かれるまま、ハッキングという冒険ははじまった。
カノンは思う。
ひよのは前もって、誘拐を予感していた―――予感していれば対策をたてるのは容易い。そして、誘拐はかなりの確率で本日と予想できる。ロボットを持ち運ぶからだ。
月臣学園はその特殊性から、警備が厳しい。校内いたるところで見受けられる監視カメラに映らず、等身大のロボットを強奪するのは不可能に近い。
だからこそ、今日。
今日と予想していれば対策も簡単だろう。ひよのの性格からして、「危険を避けて狙われ続ける」より「一気にカタをつける」ことを選ぶことも理解できる。
そしてまた、「対策」のなかにはありとあらゆる種類の準備が入っていただろう。ハッキングのソフトだとか、銃とか、カノンだとか。
ため息をつきたくなる心境で、カノンはひとつの答えを導き出した。
―――結論。
今日のことで、ひよのが予測していない要素などひとつもない。
すべては彼女の手の内だ。
ひよのの指は少しの遅滞もなく、だかだか動き続ける。ゲーム機のコントローラーなんて傍目にも打ち込みに向いてないものでだかだかと。
テレビに映し出されているのは無数の英語。新たに生み出されているのも英語のアルファベット。
だかだかと防御防壁を突き破り、スクロールする画面。川の流れのようにたゆまず途切れず生み出されていく文字。だかだかだか。
やがてひよのは顔を上げて言った。
「カノンさん、現在地は山梨県甲府市。脱出のまえにやる事があるのでカノンさんには露払い役をお願いします。この部屋を出てまず右へ。次に左。その先は道なりに」
「……なんでそんなことがわかる? この家の見取り図なんて―――」
「防犯管理会社のパソコンに侵入させていただきました」
「は……」
うそだろう!? といいたい。切実に。
しょせんゲーム機はゲーム機だ。ゲーム機の性能で、そんなところにハッキングできるのはよほどの凄腕か、とんでもない天才か―――。
……その、とんでもない天才が目の前にいるのだと、やっと気づいた。
ひよのはポイとコントローラーを投げ捨てる。
「さすがにこんなおもちゃじゃ出来ることが限られているので、パソコンのところに行きます。この機会を奇貨として、あらいざらいデータなども欲しいですね」
何が奇貨だ。
「……最初から、そのつもりだったくせに」
カノンらしくない、すねるような子供っぽい口調になってしまった。
対するひよのは涼しい顔だ。
「判りきっていることを口にするのはやめませんか?」
カノンの負け。
ひしひしと敗北感をかみ締めながら、カノンは鍵を銃で撃ち抜いて、廊下に出た。
「な―――!」
宙に半孤をえがく回し蹴り。
見張りの人間を二人そろって一秒以内に床に沈め、カノンはひよのに手を振った。
出会った人間をことごとく一秒以内に無力化しながら、ひよのの指示通りに走る。足音でひよのがついてくることを確認しつつ、周囲の警戒もおこたらない。
運が良かったのか、最短ルートをたどったせいか―――両方だろう。たった三人と遭遇しただけでカノンはひよのの指示する部屋に辿りついた。
出会い頭の襲撃に備えて身体を傾けながら飛び込む。一瞬の半分以下で部屋全体に目を配り全体の間取り情報を脳に叩き込んだ。
不審な人影なし、壁際にパソコンデスク!
カノンの合図で部屋に入ったひよのはパソコンを起動させながら言う。
「カノンさん、五分、持ちこたえてください」
必要事項だけの伝達は非常時の必然。
カノンも最低限度の言葉を返した。
「了解」
―――その五分で、カノンが気絶させた人間は、十人を下らない。扉が一つだけだったからできることだ。
倒した相手から武器を補給しつつ、カノンは相手が狙いをつけようとした瞬間にはその手を撃ち抜いていた。
そして五分が経過したころ、ひよのの声がいった。
「今警察に連絡しました」
「え!?」
驚いて振り返ったカノンに、ひよのは微笑んで見せた。
「今の私たちの状況を、何と言うか知ってますか? 銃をつきつけられ、誘拐された被害者というんですよ?」
「……硝煙反応はどうする?」
「こういう実話があるんですが、ご存知ですか? 取り調べ室内、密室のふたり。そのうちのひとりが射殺体で発見、警察官は、容疑者が銃を奪い自殺したと主張、その主張をそのまま受け入れて、硝煙反応の検査すらされなかった……とね。つまり、硝煙反応の検査なんてものをやるかどうかは、そんな疑わしい限りなく灰色の状況でむしろやらなければならない状況でも、やるかどうかは胸先三寸なわけですよ」
話の途中でまた一人来た。カノンは無言で撃ち倒す。
ひよのも、それをちらとも気にしていない。
宝石のように輝く瞳で、彼女は口元を緩め、微笑んだ。
「山梨県警にも私の影響力は及んでいます。今向かっている警察の人は、私たちを粗略に扱えない人です。大丈夫ですよ、カノンさん。あなたは充分なことをしてくださいました。後の事はすべて私に任せてください」
とても、同い年の少女の言葉とも思えない。その断言を、無条件で信じさせてしまう力のある「強い」ことば。
カノンが―――『翼ある銃』が、全幅の信頼を寄せるに足る、頼もしい少女。
結崎ひよのとはそういう少女だった。
ほどなく、二人の耳に警察のサイレンが聞こえた。
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