カノンが感心するぐらいしっかりと、ひよのは文化祭の研究発表をまとめていく。
そしてまた、カノンは気づいていた。
ひよのがふざけているのは鳴海歩の前だけで、それ以外はかなり真面目だ。もくもくと、レジュメをつくり、壁新聞をつくり、プリントを作成している。
教室の手配もぬかりなく、学園祭の一週間前に配られた学園祭のパンフレットには、新聞部主宰のロボット披露が、しっかりと載っていた。
放課後の新聞部で、じっと彼女の奮闘ぶりを見ていると、ひよのが椅子を回して振り返った。
本日は鳴海歩は不在である。
「……さて、カノンさん。なにか、いいたそうですね」
「うん。君らしいというのはどういうことか、考えていた」
「ふうん? 君らしいとは?」
「ロボットに自分の夢を託しての代償行為は、果たして君らしいだろうか? しかし君らしい行為というのはどういう行為だろうか? とね」
パーティに出席した夜、カノンに対して、ひよのは言った。「鳴海歩のキャンセルは理緒の看病」と。
しかし、歩はいった。「義姉の看病」と。
……つまり、そういうことだ。
歩が言ったのは嘘で、ひよのはそれを知りつつ、騙されたふりをしていたのだ。
「禅問答に付き合う気はないんですが」
「……自己満足のためにあのロボットを?」
「ええ、そうですよ?」
後ろ手に、髪を払いながら言う彼女の言葉に、カノンは眉を寄せた。
カノンは結崎ひよのに並々ならぬ興味を抱いていた。
人間凶器の呼び名も高い、カノンヒルベルトを初めて屈服させた、同い年の少女である。興味を持つには充分すぎた。
カーニバルの際、彼女に言われた言葉は痛い。いまだに抉られた傷は治らず、その痛みが突きあがるたび、否応なく彼女のことも思い出す。
たぶん、カノンは結崎ひよのが鳴海歩だけをまっすぐ見つめているところもふくめて、好意をいだいているのだろう。
だからカノンはひよのについて、学園で聞き込みをしてみた。……でるわでるわ、悪評のオンパレードである。
噂話というのはホラが99%と疑ってかかるべきものだが、その嘘だらけの大海の中にも真実の一滴はある。
実際に自分で体験した事実を考えても、結崎ひよのが常識外れの情報網と人脈をもった少女ということは間違いなかった。
しかもそれは彼女の完全な独力で築いたものなのだ。
あれだけの情報網を、考えなしの、頭の悪い少女が作り上げ維持できるはずがない。
カノンはさして考えることなく結論づけた―――結崎ひよのは、本当はとても大人だ。
鳴海歩の前でああ振舞うのは、彼女の一面にすぎず、本当はとても頭のいい少女だ。
……その少女がどんな意図で、あのロボットを作って持ってきたのか、とても気になる。
「そういえば、どうやって持ってきたんだい?」
「パーツにばらした状態で、です。それでもかなりの大荷物になりましたが」
なるほど、等身大の大きさのロボットを人目につかずに持ち込むのは難しいが、分解できるならわかる。
「カノンさん、私も聞きたいんですが、―――どうしてあなたはここにいるんです?」
「……は?」
「私の近くにいると、あなたまで評判が悪くなりますよ? 私と距離をおいて、普通に楽しく学園生活を営んでください。新聞部にくる必要なんて、ありませんよ?」
ストレートに聞かれて、カノンは考え込む。
ひよのがカノンの復帰に求めたのは一つだけだ。
月臣学園の制服を手に、ひよのは言った。
―――これから先、ハンターもブレードチルドレンも一般人も、誰も、殺さないでください。それがこれを渡す条件です。
だからカノンはもう人は殺さない。その約束と、ひよのへの一つの借り。それだけが、ひよのとカノンのつながりだった。
今はひよのが借りを言い出して手を貸せといっているわけではないし、「借りはいつか返してもらう」と広言している相手に義理だてするほどカノンもお人よしではない。
ひよのに請われたときだけ、力を貸し、それ以外は放っておく。
確かに、それが一番賢い方法だろう。カノンがひよのと接触しなければならない理由などない。
理由があるとしたら、カノンの心にだった。
「そうだな、こういう理由はどうかな? 君が一体何者なのか、とても興味があるから―――といったら?」
ひよのは苦笑した。
「……そう来ましたか。でも、私と関わると痛い目見ますよ? それでもいいというなら、ご自由に。後でそんなつもりじゃなかった! ってわめいても知りませんからね」
「わかってる。君と関わることのリスクはきちんと認識してるし、覚悟してるよ。それに―――歩くんとの一時を邪魔する気もないから安心して欲しい」
結崎ひよのは鳴海歩と二人きりになりたいはずだ。これまでも、カノンはひよのと歩の時間を邪魔するつもりはなく、進んで席を移してきた。
「でも、できればもう少し、情報が欲しいな。その危険な目というのがどういうものなのか、少し情報を与えていてくれると、いざというとき対処しやすいんだけど?」
「そうですね、では一端を開示しましょう。―――ロボット、人型ロボットの展望を考えたとき、欲望という面を無視はできません。ITがここまで急速に普及した背景にアダルトサイトがあり、ビデオデッキの普及の背景に、アダルトビデオがある。これは仮定の話となりますが、もしも『家庭用ロボット』なるものがつくられた場合、普及にはダッチワイフとしての機能が大きな力を持つでしょう」
理路整然とした、知的で理系の喋り方に、カノンは眉を寄せる。
それは女子高校生の話し方ではなかった。教授と呼ばれる人々の、それも相当講義慣れした人間の言葉だった。
「現在人間型ロボットの開発には二つの潮流があります。一つは、ペットロボットなどに代表される、愛玩用のロボット。そしてもう一つは、介護や家事手伝いなどの実用的なロボットです。後者は技術的に、あと十年はかかると見られています。―――前者は、それに比べればはるかに容易です。そして前者のロボットを選択する場合、性欲発散の道具としての側面は無視できないものとなるでしょう。そういったロボットを使う場合に重要になるのは、主に外見と性機能です。もしも人間そっくりのロボットがあり、そのロボットが自分好みの顔にできるとしたら? 憧れの俳優や女優そっくりのロボットを手元におけるとしたら?」
カノンは、ひよのが作ったロボットを―――正確にはそのロボットがしまわれている方を、一瞬だけ見た。
外見だけなら、人間そっくりの、ひよののロボット。
―――……でも、それが?
ひよのが何を言いたいのかつかめず、カノンは眉を寄せる。
他人の思惑、思考を真剣に探ろうとし、それでも読みかねるのは久しぶりの事だった。
仕方なく、降参宣言する。
「……君が何を言いたいのか、わからない」
「判らなくていいですよ、とりあえず今言えるのはそこまでです」
「君はほんとに、得体が知れないなあ」
思わず感心した声がでた。それはカノンの本心である。ひよのの得体の知れなさときたら、拍手したくなる。とても現代の考えなし女子高生のひとりとは思えない。
ひよのは表情ひとつ変えず、即座に切り返した。
「カノンさんにだけは言われたくないって感じですが……」
『翼ある銃』の異名を持つ無敵の少年は、返す言葉もなかった。
§ § §
ひよのはキーボードを叩いていた手を止め、疼痛を訴える目元を指で押さえた。
フィードバック制御プログラムのエラー修正がうまくいかない。
それでも今日徹夜すれば何とかなるだろう。
文化祭は明後日。どうしたって今日中になんとかしないと間に合わないのだ。
すっかり陽の落ちた新聞部で、ひよのはコーヒーを入れるため立ち上がった。
そしてそこに、信じられない人間の姿を見る。
「……どうしてそこにいるんです? カノンさん」
カノンは雑誌を読んでいた手をとめ、ひよのをみる。
「最初の方からいたけど……すごい集中力だね。ずっとキーボード叩きっぱなし」
人形の腰部に、このロボットの頭脳中枢はある。腰部に重心がくる作りになっているため、必然的にそうしたのだ。
パソコンデスクの横にロボットを座らせ、CPUにケーブルを挿し、ひよのはパソコン経由でプログラム修正を行っていた。ロボットのデータをパソコンに送り、パソコンの前でいつものように叩いていたのだ。
うかつだった。
カノンは気配を消すことに長けているとはいえ、自分が集中していたとはいえ、かけらも気づかずにいたというのは、かなりのショックだ。もしカノンが自分を殺す気なら殺されている。もしカノンが敵方なら最悪の事態になっていたところだ。
ロボットの機構はブラックボックスになっていて、ひよの以外が手をつけることができないようになっているものの、今はプログラムの修正の真っ最中、当然無防備、何やってるんだといいたいところだ。
まあ、カノンが敵ではなく、無事だったんだからと思考を切り替え、ひよのは言った。
「お茶ください」
「……それは僕に淹れてくれって意味?」
「そこでぬぼーっと待ってられると、不気味です。とっとと帰るか、お茶ください」
カノンは反論の愚を悟ったのか大人しく急須にお茶をいれながら、尋ねた。
「君は何やってるの? 情報収集?」
ひよのは瞬間的に迷ったが、真実を答えるほうを選ぶ。
「ロボットに不具合がでまして。必死こいて修正してます」
「ああ、それで……。もう八時なのに」
「本日は徹夜ですよ。厄介なところにエラーが出てて、配線ほかいろいろ変えなきゃいけませんから」
一応、不測の事態に備えて「はんだ」など整備用具は全て持ってきているが、うんざりしてしまう。
カノンが差し出すお茶をうけとり、ふと思いついて言った。
「毒とか入ってないでしょうね」
「……疑りぶかいな、君は」
ひよのの手から湯のみを取り返して、カノンは目の前で口をつけた。
再度手に戻されたコップの、カノンが口をつけたところを慎重に避けて、ひよのはすすった。
温かい。
九月とはいえ、夜はまだまだ冷える。集中していて寒さは感じなかったが、やはり冷えていたのだろう。内側からぬくもりがやってくるのは何にもかえがたく心地よかった。
「でも、カノンさんが私に付き合う事ないですよ? ほんとに誇張なく徹夜ですから、もう夜も遅いですし、帰ってください」
カノンはそういわれて迷った素振りを見せたが、すぐにかぶりを振った。
「夜の道は、危ないよ。夜の教室も、いろいろあぶない」
へえ、とひよのは興味を抱いてカノンを見る。
「なにか、そういう動きがありましたか? 私をリンチしようとか?」
「こっちを窺ってる気配が複数。さすがに、この状況で、君を置いて帰る気にはちょっとなれないな」
「わかりました。では、好意に甘えさせていただきます」
好意を固辞しすぎないのも、自分を過大評価しないのも、ひよのの長所だ。
ひよのは素直に言って、お茶を飲み干すと、作業の続きに戻った。
プログラム修正に二時間、配線のしなおしに二時間、その中途で発生した新たな問題の修正にさらに二時間……
結局すべての作業が終了したのは明け方の、空も白む午前四時すぎのことだった。
修正がおわり、そのチェックも完了して、ほっと息をついた瞬間忘れていた疲れがどっと出た。
ひよのは時計をみて判断、新聞部の歩曰く『ないものはない』新聞部備品の中から毛布二枚と目覚まし時計を持ってきた。
「本日は付き合ってくださってありがとうございました。私はここで、一時間目まで仮眠を取りますがカノンさんはどうします?」
「ああ――僕もそうするよ」
二人は毛布にくるまって眠りについた。さすがにベッドはないのでそれぞれ壁を寝床に、もたれかかる形である。
その姿を、誰も見なかったのは幸運としか言いようがない。
スペースの限られた狭い新聞部内では距離を開けるにも限度があり、ひよのの最大限の努力にもかかわらず、それは寄り添って眠る一対の男女としか、見えなかったのだから。
いろいろ心配かけてしまってすみません。
とりあえず、「私のせいか?」と拍手やメールでおっしゃられてきた方々へは「ちがいます」。日記で書いてくださって、むしろ嬉しいです、ハルカさま。
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