それでも君は微笑うから2

「カノンを匿っているそうね」
「匿うなんてそれほど大したことじゃないですよ? 監禁されてるという自覚なく監禁しているだけですから」
「……カノンを引き渡す意志があるというの?」
「それはそちらの出方次第ですねー。でも、ひとつ言わせていただければ? カノンさんをアイズさんの必死の交渉があったとはいえあっさり外に出したあたり、あなた方の本気がとても怪しいんですけど?」
 カノンは物理的攻撃にはほぼ無敵だ。
 それをあっさり野に放つなど、本気で監禁しておく意志があったとはとても思えない。
「あれほどの大騒ぎをした相手を解放なんてとんでもない―――という見方と、あれほどの大騒ぎで結局誰も殺せなかった程度の相手―――という見方。優勢なのはどちらでしょうか?」
「……上層部がうんというはずないわ」
「申し訳ないんですけど、そちらの根回しはもう済んでいます」
 愕然とした表情。ひよのは確認を求める相手に、携帯電話を使う許可をする。
 電話の内容はひよのの求めるものだったようで、電話を切った相手は沈思する表情だった。
 そこにひよのは畳み掛ける。
「それに―――最初にもどるだけでしょう? カノンさんを遠くから監視して、生かさず殺さず観察しつづけるっていうのが、あなたがたの最初の予定のはず。それでも二の足を踏むというんでしたら、いつでもどこでもカノンさんを再び監禁状態にもどせる秘密の呪文を教えてさしあげますけど?」
 短い感情のせめぎあいの末、好奇心が勝ったらしい。
「……なに?」
「アイズさんを殺すと。そう脅すんです。賭けてもいいですが、カノンさんはあっさり捕縛されますよ」
 花のような微笑。
 ひよのは自分が年より幼く見えることを知っていた。
「さて、頭のいいあなたなら判るでしょう? カノンさんは自由を望み、抵抗する気まんまんです。捕縛しようとしたら、多数の犠牲者が出るでしょうね。その危険をおかしてまで、今更あの人を監禁する意味がありますか?」

     § § §

 ひよのが歩にパーティをすっぽかされたのは土曜日。
 その四日後の水曜日、月臣学園で、すっとんきょうな声が響いた。

「お、おまえっ! カノン!」
「やあ♪」
 語尾に音符をつけるほどの愛想のよさで、浅月に答えたのはもちろんカノンである。

 カノンが入りなおすことになった二年B組は以前彼が転入していたクラスで、教室前の廊下で、ばったり二人は出会ったのだった。
 同じ学園の同学年である。むろんいずれは必ずある再会だった。
「お、おまえ、どのツラ下げて……もぼ」
「はいはい、場所をわきまえろって」
 浅月の隣の亮子が公共の場もわきまえずに不穏なことをわめき散らそうとした幼馴染みの口をふさぐ。
 そして、カノンを見て目をなごませた。
「もどってこれたんだね」
「うん。これからよろしく」
「ま、いろいろあったけどさ。正直、こうしてお互い無事にまた会えて、嬉しいよ。積もる話もあることだし、場所移そうか」

 周囲の視線が突き刺さるのがひしひしと感じられて、言った言葉だった。
 カノンと―――その後ろのひよのに。

 屋上に場所を移した四人は、カノンから説明をうけた。
「彼女の尽力で、監禁状態から脱出。戻ってこれた。まあ……あのお祭りが始まる前の状態に戻ったってことかな」
「彼女の尽力……て」
 亮子はおそるおそるひよのに目線を移し、ひよのは微笑む。
「あ、お構いなく。私はお礼を言われるようなことしてませんから。カノンさんに貸しをつくったのは、当然それを後で返してもらおうって魂胆あってのことですし」
「いや、そーじゃなくてな、嬢ちゃん。あんた、ウォッチャーに影響力あるのか?」

「ウォッチャーにはありませんよ? その上の人たちにはありますけど」
 ……そろって沈黙する三人。
「月臣学園とその人たちに関係あるのなら、月臣学園の経営者を辿れば上層部に行き着くっていうのは自明の理でしょう? もしもの事を考えて、きちんとコネは作っておいたんですよ?」
「……脅迫の間違いじゃないか?」
 ぼそりと言った浅月のことばは全員の内心だったが、ひよのは悪びれずにしれっといった。
「ええ。そういうのも、人脈の内ですよね?」

 ひよのはぺこりと頭をさげた。
「ではこれからカノンさんはこれまでどおりに月臣学園に通うことになります。お昼とか休み時間に、鳴海さんがカノンさんを訪ねますから。クラスメートの前で適当に仲良くしてくださいね?」
 マスコミで報道こそされなくとも、カノンが歩に暴力をふるった場面を生徒は見ている。
 銃を取り出した歩が普通に通っているあたり、ここは普通でない高校である。直接あのシーンを見た生徒にはもうすでに手をまわしてあり、「カノンと歩の喧嘩」でひよのはすべてを収めるつもりだった。

 浅月はすでに言葉もなかったが、息を吐き出し言った言葉が。
「……お嬢ちゃん。あんたがいてくれれば、百人力だよ」
「ハイ、お役立ちひよのちゃんと呼んでください! じゃ、私はこれで」
 ひよのは笑顔をふるまって、屋上から立ち去った。

 残った三人はなんともいえない沈黙のなか、目をかわし……亮子がいった。
「あの子がこっちの味方でいてくれて、助かるよ」
「同感」
 浅月の同意に、カノンも同意を示す。
「まったくだね」

 二人の視線が集まるなか、カノンは息をはきだした。
 一週間とひよのは言ったが、その半分以下の三日でカノンのホテル生活は終わった。
 そんな短時間で制服を用意し、身分もなにもそろえて差し出した手腕には恐れ入る。
 『味方であるかぎりは』、ひよのはとても頼もしい少女だった。

     § § §

 結崎ひよのが今回のカノン復帰を前もって知らせておいたのは、鳴海歩だけである。
 カノンと死闘をくりひろげた彼に黙っていて、学校内でばったり出会い、絶叫されるわけにはいかなかったし、カノンと仲良くふるまってもらう必要性もあった。
 だから歩はカノンが学校にいても驚かなかったし、ひよのの要望どおりに仲良いふりをして人目のある学食で一緒にランチなどをとることに同意したのだが。

 食堂で会ったカノンは歩とひよのが取り出した弁当を見て、首をかしげた。
「そのお弁当、結崎さんのお手製?」
 もっともな疑問である。
 四六時中一緒にいる男女が、昼食時に同じお弁当をひろげていたら、そういう発想が普通だろう。
 だが、それは激しく違う。
 180度ほど、違っていた。

 ひよのはニコニコ笑顔で言う。
「ちがいますよー。これは鳴海さんのお手製弁当です!」
「あゆむくん……の?」
 目で本当か、と尋ねるカノンに、歩はぶっきらぼうに頷く。
「ああ。……誤解するなよ。久しぶりの料理に、リハビリしてるだけだからな」
「それでも鳴海さんのお弁当を毎日食べれる私は果報者です! ……いっときますけど、あげませんからね」
「それは残念。見た目にもとても美味しそうなのに」
 そういうカノンは本日コンビニで買ってきたパンである。
 手製弁当にくらべると、さすがに味気なさは否めない。

 そこからは世間話になった。
「どうしてあんた、コイツを手助けする気になったんだ?」
「もちろんタダじゃないですよ? この借りはいずれ返してもらいます……ね、カノンさん?」
 カノンは苦笑する。
「まあね。覚悟して待ってるよ。アイズのパーティで偶然会ったんだけど、話が早い上に、行動力が並外れてる。まさかその次の水曜日にはこうして再び月臣学園にかよえるとはおもわなかった」
「パーティ……っていうと、あれか」
「そう。鳴海くん、突然キャンセルしたんだって? もったいない。結崎さん、とっても綺麗だったよ。カメラで撮っておけばよかったと思ったぐらいだ」
 かなり本気でカノンが言うと、歩は渋い顔になった。
「仕方ないだろ。ねーさんが突然熱出したんだから」

 カノンと、歩と、ひよの。三人で一つのテーブルを占拠して仲良く雑談していると、外からは見えただろう。
 ただでさえ注目を集める三人だが、組になるとその比ではない。
 三人のテーブルを囲むように学食には人が席につき、ときおりちらちらと視線が投じられる。きっと三人についてのひそひそ話が繰り広げられているのだろう。
 いかにも親しそうな雑談のさなか、カノンの瞳は時々笑みを消して、歩を見た。
 その意味がわからないほど馬鹿でもない歩は、そっとため息をついたのだった。

 食事を終えた歩がひよのと別れて自分の教室に戻ろうとしたところで、その予感は実現した。
 ひよのと一緒に行ったはずがどうやって先回りしたのか、予想どおり、カノンに声をかけられたのだ。
「ちょっといいかな?」
「……嫌だといっても、あんたはどうせ実力行使するんだろう」
「まあね。―――君は、どういうつもりなんだ?」
 言いたい事はいやってほどわかっている。その上で、歩はすらっとぼけた。
「なんのことだ?」
「結崎さんのことだよ。君の行為は、友人としては規格外もいいところだ。毎日手作り弁当を差し入れるというのは、日本での『友人への好意』の範疇からかなり外れているとおもうけど?」

「規格外もときどきはあるから、規格ってものの価値があるんだろう?」
 歩の答えははぐらかし以外のものには到底聞こえない。
 すっとカノンの眼が細まる。その腕が上がり、反射的に殴られるかと歩は身構えたが、カノンは腕組みしただけだった。
「君の行動では、彼女に期待するなというほうが無理だ。君は、彼女と、恋人として付き合う気があるのかないのか、聞かせてほしい」

 とうとう聞かれた。歩は心中の鐘が音高く鳴るのを感じながら、答えた。
「ない」
 無情すぎるほど、はっきりと。

「……どうしてだ? 彼女は……」
「あいつは俺を好きでいてくれてるって、わかってる。俺だってあいつのことは嫌いじゃない。いや、好きだ。でも俺は―――どうしてもあいつを好きになれない。友達や仲間としては好きだよ。これまであいつが俺にしてくれたこと、言葉で言い表せないぐらいに感謝してる。弁当もその表れだ。……でも。恋はできないんだ」
 一人を除いて、誰にも言えなかった本心。

「あいつは俺にとって、最初から範疇外なんだよ。なにをどう頑張ったって、恋の対象じゃないんだ。あいつが俺のためにどんなに尽くしてくれても、どれだけのことをしてくれても、変わらない。感謝はできても、好意はもてても、恋はできない。俺にとって、あいつはそういう存在なんだ」
 どれほどの愛情を注がれても、恋にはできない。そんな相手は誰にでも一人はいるものだ。
 たとえば両親。たとえば同性の友人。
 カノンは腕組みをしたまま、頷いた。歩がひよのに恋をしていないのも、恋愛の対象としては問題外として除外してしまうような存在だということも、気づいていた。
 だから聞きたいのは、最初から別のことだ。

「では、どうして君はそれを彼女に言わない? どうして君は、彼女に期待させつづける?」
 カノンの脳裏には、白く可憐な、ひよののドレス姿がある。あのすべては、目の前の少年のためだけに用意されたものだというのに、―――見ることすらせず、踏みにじった。
 歩はぐっと唇を噛んだ。
「……その質問に答える前に、聞かせてくれ。あんたはあいつが好きなのか?」
「わからない。でも……、とても大事に思っているよ。―――何故?」
「単なる好奇心や親切心で根掘り葉掘り聞いてるんじゃなくて、あいつを好きな奴になら殴られても仕方ないって思えるからさ」
 歩は、肩をすくめてみせた。我ながら、最低と思うような理由だ。

「あいつに、今味方から離れられたら困るから。だから言わない」
 結崎ひよのの行動力。情報収集能力。
 どちらも貴重なものだ。それを繋ぎとめるために、歩は、ひよのに言わない。
 あんたがどれほどのことをしてくれても、絶対に恋愛の対象にはできないんだ、とは、言わない。

「だから、理緒とつきあっていることも、彼女には言わないと?」
「……ああ。アイズから聞いたのか? ―――理緒からだぞ。ひよのの力を失うわけにはいかない、と言ったのは」
 理緒と付き合い始めた当初、歩はひよのと決別するつもりだった。彼氏の義務として、別の女生徒と一緒に引っ付いているのはまずいだろうから。
 理緒と付き合うからもうまとわりつくなとはっきり言えば、子供のようなひよのはああ見えて、許されるわがままとそうでない駄々の区別ができる相手だ。引くべき場所を理解しているから案外あっさり諦めてくれるだろう、とも踏んでいた。
 それを止めたのは、理緒だ。

「なるほど……」
 カノンは頷いた。そして、殴りも蹴りも罵りもせず、その脇を通り過ぎる。
 そのあっけなさに逆に歩は驚いた。
「え……」
「僕は君に暴力をふるわないよ。彼女はそれを望まないだろうし、―――僕も君などを相手にしたくない」
 一瞬振り返った目は鋭い刃となって、歩を貫く。
 絶対零度の軽蔑がそこにはあった。

 歩は唇を震わせ―――しかし何も言わずにカノンの後ろ姿を見送る。
 まともな羞恥心を持つ人間ならば何も言えない。自分のしたことを棚にあげ、言い返すようなまとも以下の人間にはなりたくない。
 鳴海歩は、自分のしていることへの自覚ぐらいは備えていた。

     § § §

 カノンがその日の放課後、新聞部の部室を訪ねると、そこには二人の結崎ひよのがいた。
 思わず、凝視する。
 制服を二人とも着ている。二人とも背筋を伸ばして立ち、向かって右にいる少女が左手の少女を指し示した。
「こんにちは、カノンさん。どうです、いい出来でしょう!」
「……これは?」
「私が作ったロボットです」




あさってにはガンガン発売! わーい、とうとう謎が明らかになるんですねっ! 嬉しいです! ……て期待してたらまた焦らされたりして……。ありえすぎて笑えねえ。スパイラルの謎が明らかになるか、鳴ひよか、どちらかを思いっきり! 期待してるんですけど、駄目かなあ。


 






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