偽りの終焉 6

 

 擬音が聞こえそうな勢いで、シヴァースは立ち上がった。
「キールを止めなければ!」

『父親を憎んでいたのではないのですか?』
「この世で最も憎んでいるのは私でしょうよ! でも止めなくては! お忘れですか!? キールは調停者です! 緑の座には危害を加えることができないのに、あいつは何故そんな役目を請け負ったんです!」
 平時の交渉と、戦時の交渉。
 それは全く意味合いがちがう。

『精霊は嘘がつけません。ですからキールが最適だったのです。……それが?』
「なるほど―――、そういう論理で貴方がたを言いくるめたわけですね、あいつは!」
 吐き捨てるように言う。
 かなり説得力のある論理だ。シヴァースだとて、疑っていなければ騙されただろう。そしてまた、嘘でもない。真実の一部では、ある。
 脳裏に、これまでのキールの言動が蘇る。

 ―――調停者は緑の座に危害は加えられない、緑の座も調停者に危害を加えることができない。そうなってる。
 ―――永遠の命なんて、欲しくもないもの。
 ―――影は嫌いだ。
 ―――利用されるのは嫌だ。
 ―――でもその事に慣れたわけじゃない。
 ―――欲しいものは、たくさんある。
 ―――人は、慣れる生き物だ。

 シヴァースはぎっと彼女を睨み、叩きつけるように言った。
「前々からずっと不思議でした。どうして―――あれほど他者の道具となることを嫌い、利用されることを嫌うキールがどうして、唯々諾々と、あなた方の道具でいるのか!」

 言葉は鞭のようにしたたか彼女を打った。
「家族を人質にとられていたから? とんでもない。あれが脅迫されて大人しく従う人間ですか? 脅迫されたらされただけ、更に根深く徹底的に報復する―――そういう人間ですよ!?」

 シヴァースも以前考えた。
 家族を人質にとった上で協力を要請したらどうなるのかと。
 キールを、手に入れられるか、と。
 それを思索の段階で放棄したのは一重にただひとつ。
 ―――キールは脅迫されて諦めるような人間では断じてない。されただけ、倍にしてやり返す人間だった。

 なのに、精霊とキールの仲は、一見至極良好だった。
 ……一見。
 そう、あくまで一見だ。
 内面がどうだったかなど、キールにしかわかるものか!

 油断させ、警戒をとかせ、心を打ち解ける演技もし、相談にものり、信頼もさせ―――ここぞというタイミングで報復する。瞬時に、徹底的に、壊滅的な損傷を与える。それがキールの復讐だ。
 決して焦らない。
 じれない。
 用意周到に、すべてを細心の注意をはらって準備し、あつらえ、入念に支度する。
 準備が整うまで、相手が自分に心を許すまで、相手が隙を見せるまでいくらでもまち、そしてその信頼ごと心を、全てを木っ端微塵にする。――――それが、キールの、復讐だった。

 相手の信頼を得た上でこそ、裏切りは効果をあげる。そして、誰かの心をつかむことに関して、シミナー以上の適任者がこの世に存在するだろうか?
「キールは……、一旦味方となったらとことんまで献身的だったんじゃないですか?」
『……はじめ、キールを嫌っていた光の精霊は……もう彼を嫌っていた事すら思い出せないほど、彼に心を許しています……』
 ―――懐柔したのだ。

 キールは、目の前の彼女をはじめとする他の精霊たちにもそうやって働きかけ、隠然とした勢力を精霊内部に確保したにちがいない。すべては、今回のために。
 緑の座の根絶というのも何もかも、今回のための見せ絵だ。
 相手の望む絵を描き出してそれを見せ、その裏で本来の計画を進める―――、まったく、惚れ惚れするほどの手際だった。
 一体何年前から? おそらくは脅迫され、協力を無理強いされた瞬間から、キールの脳裏で、この計画は動き始めていたにちがいない。

 精霊の内部事情を知るにつれ、計画に変更はみられただろうが、その基本意思は変わらなかっただろう。
 自分の意志をふみつけ、自分を道具の身分におとしめた輩に復讐する、という。
 そもそも精霊というやつは度し難い。
 どこの世の中に脅迫されて、脅迫者に好意を持つ人間がいるというのだ?

『光の精霊の態度の軟化は、おそらくはキールが働きかけたのでしょう。かたくなな拒絶ですらほどけて消えてしまうほど。長い時間をかけて少しずつ。そんな事をしたのは何故―――ですが!』
 彼が私を裏切るはずがない―――。

 彼が、私を裏切るはずがない?
 悲痛な叫びにシヴァースは内心舌打ちを禁じえない。
 あいにくその中にこめられた否定と絶望と疑惑が入り混じりどれにも決めることができない痛々しい生の感情に、同情するような感受性のもち合わせはシンにはない。

 あれが、友情ごっこと、報復すべき事を混ぜるような人間か?
 シヴァースにはキールの思考が手にとるようにわかった。
 敵方に、どうしても勝てない敵にまわしたくない手強い相手がいるのなら、とるべき方策は二種類だ。人知れず始末するか、取り込むか。
 殺すのは困難だと見極めたキールは、後者を採った。
 シヴァースはむしろ、その嘘を貫きとおしたキールの強靭な精神力に感嘆する。
 高位の精霊に嘘は通用しない。キールお得意の「嘘でなく本当でもない」言い様を活用したとしても―――十年だ。
 よくもまあ言いぬけつづけたものだと思う。

 シヴァースは懇願した。
「皇宮へ行かせてください! お願いですから! あいつはあなたがたの味方じゃない! 調停者であるキールが緑の座を攻撃すれば、精霊は終わりですよ!?」
 調停者と緑の座。もしも攻撃したら、被害者側は、加害者側の生殺与奪の全権をにぎる。
 精霊はまだ信じられぬ様子でかぶりをふり、言葉でもって否定する。

『……まさか……。キールは私の友人です、そんな事をするはずが……』
 友人?
 ぴんときた。
「あなたは死の女王ですね? 名前は、……そう、リルレーン」
 彼女の肩が揺れた。
『…キールから聞いたのですか?』

「唯一の友人だと言っていました。あの、あいつが。信じられない気持ちはわかります。ですが行かせてください! 取り返しのつかない事になる前に!」
 シヴァース・イシス・サラディーはキールを愛していた。恋ではないが、それはとても大事でかけがえのないものだったのだ。
 そしてキール自身のことも、口に出して言うつもりは一生ないが、決して代わりなどはいない代替不可能な相手として、文句も言うし、喧嘩も日常茶飯事だけれども唯一そんな事ができる相手として、とても大切に思っていたのだ。

「お願いです! 行かせてください!」
 誇り高い皇族が、その誇りをふみにじるように、懇願する。
 地面に頭をつけて彼女の寛恕をこいねがう相手をリルレーンは見つめていた。


 というわけで、キールの本心はコレでございました。
 キールが他人の支配を受けるのが大嫌いだということ。
 そして脅迫されたら決して黙って服従する人間ではないということ。
 以上の二点は腐るほど繰り返し、出てきてましたよね。
 また、キールが敵わない死の精霊を「友人」にしたこと。
 そしてキールを嫌っていた光の精霊が、なぜか水の彩ではキールと友好的だということ。―――友好的になったのは、キールが働きかけたから、としか考えられませんよね。ならば何故、キールはそんなことをしたのでしょう? 誰かが自分を嫌っていても、歯牙にもかけない強靭な精神の持ち主がそんなことをした裏には、何らかの打算があると見るのが妥当かと。
 ちなみに闇の精霊の方は、ああいうことをやったので、お付きの精霊たちに「キールお前は闇の精霊さまに近づくな」とやられたので懐柔できませんでした。

 以上のことから、キールのこの行動、読むのは簡単だったのではと思っているのですが……どうですか?
 意表をつけたらいいなあと思っているのですが……どうでしたでしょうか?


 調停者は緑の座に危害は加えられない、緑の座も調停者に危害を加えることができない。そうなってる。―――白青緑6 ほか。
 永遠の命なんて、欲しくもないもの。―――
誰が駒鳥殺したの 2
 影は嫌いだ。―――いたるところで。
 利用されるのは嫌だ。―――いたるところで。
 でもその事に慣れたわけじゃない。―――
偽りの終焉 2
 欲しいものは、たくさんある。―――
白青緑 2
 人は、慣れる生き物だ。―――いたるところで。
 

2002 7/26 UP

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