偽りの終焉 1

 


 どんな人間でも、自分のためにだけ生きることはできない。
 キールが、己の生涯を通じて大切にしようと決めたのは、自分の家族だった。

 キールは星空の下、夜空を見上げる。
 口の中で転がす名前。リルレーン、リルレーン、リルレーン。
 その名が全ての鍵。その名前の持つ力が、すべての分岐路。
 もしもその名にキールが思うほどの力がなければ―――……。
 キールはかぶりを振って思考を振り払う。
 時はきた。
 虚偽と欺瞞に満ちた十七年が、終わる。




 シンは、自分の年を数えるたびに嫌な気分になる。
 十七歳。
 そして、前回、キールが皇宮にやってきたのは、十二のときだ。
 十二足す五は十七。
 子どもでもわかる単純な数式である。

 皇族第二位、青の座。
 その地位を占める彼は年若く、美しかった。百人の人間が「絶世の美貌」と言われて想像するものを百人分積み重ねたところで、実物の足元にも及ばないほどに。
 物心つくかつかずやで伸ばしはじめた銀髪は腰で切りそろえられ、肌は白磁のように肌理が細かく、張りがある。
 神が彫琢した目鼻立ちは見事というほかなく、冷たい気品を無言のうちに漂わせている。そして長い睫毛の奥の瞳は、彼の印象を冬の空気に固定していた。

 その日、彼はいつものように仕事を決裁していた。彼にとって唯一上座にある人物、緑の座からの呼び出しが、本日届くのは知っている。
 しかし、呼び出されるまで暇を囲っていられるほど、皇族の生活は楽ではないのだ。
 それでも、時刻が夕刻をすぎ、夜の時間帯に入るころには、シンも変だな、と思いはじめた。

 今日は、キールが来るはずなのだ。
 父……皇帝の唯一同格の相手として。
 二人が具体的に何をするのか、緑の座でもなく調停者でもないシンは知らないが、五年に一度、彼らは出会う。
 父は人間の代表として。
 キールは、精霊の代表として。
 そして五年に一度、精霊と人は、相互不可侵協定を結びあう――はずだった。
 約束の時刻を相当すぎ、真夜中といっていい時刻になると、胸騒ぎがいっそう強くなった。

 シンはそれを押し殺し、無理に無視して仕事をつづけていたが、やがてはっと顔をあげた。
 東南の方向を振り返る動きにあわせて銀の髪が宙を舞った。
 鐘がなる。
 音も絶えた深夜の大気をあますところなく震えさせ、余韻の尾を長く引きながら。
 ―――鐘が、なる。

 今日という日が今終わった。
 けれどいまだ、調停者の訪れはない。
 それは今この瞬間に、契約が効力を失ったことを意味している。

 キールは、時間に悠長な方ではない。むしろ几帳面な方であることを、長い付き合いのシンはよく知っている。
 何かがあった、そう考えるのが自然だった。
 昨日、キールの家を訪ねた時は何でもなかったが、シンは知っている。事態が悪化するのには、一秒あれば事足りるのだ。
 そして、キールに「何か」があるはずがない、などという事は、口が裂けても言えなかった。

 シンは、こころの奥の底から、金剛石よりも固く、「キールを心配するのは無駄の代名詞だ」と確信していたが、キールのまわりにはキールの家族がいるのである。
 キールの父親のナギと、双子の弟のイールが。
 キールが死のうが生きようがシンの関与するところではないが(と、シンは自分がそう思っていると信じている)イールとナギについては心配していた。
 時機よく、父親からの命令も届く。

 ―――すべての責務の義務を一時免ずる。可及的すみやかに、調停者を保護せよ。
 …キールと保護という言葉ほど、違和感をかもす組合せはないだろう、と思いながらも、シンは恭しく頭を垂れ、恭順の意を示した。


 こんにちわ、杉浦明日美です。
 こうして最終話までこぎつけられましたのも、皆様のおかげだと思います。
 この最終話が生まれるまで、ちょっとした事情がありました。平たくいうと「もう長いから終わってくれ」という要望が連載していたビブリオ(寄り合い文芸サークル)の方から来たんです。
 その時すでに最終話はできていましたが、その分量がすごいこと。大体……ビブリオでの連載の四回分ほどありました。最終話だけで、一年以上連載するはめになってしまうんです。
 そして、自他ともに認める流されやすい性格の私は「これまでの伏線をできるかぎり消化して、かつ短いもの」という要望に沿った形で新たに最終話を構成、全く別の形で最終話を新しく書き直しました。

 それが、これです。
 更新速度はかなり早いと思います。今月中に完結が目標ですので。
 ……長い間、ありがとうございました。

 

 

2002 7/11 up

 

シリーズのページに戻る

トップへ  つづきへ