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「武器と盾、どちらがいい?」
キールの問いに、イールは少し考えこんだ末にこう答えた。
「盾。大事な人を、守る力が欲しいから」
キールは頷いて木片を手にとり護符をつくりあげた。
同じ重さの金より高価な木。護符魔術の素材として最上にして絶無。ほとんど伝説となっているもの。
護符に紐をつけて、イールの首にかけながらキールは諭し、イールはそれを素直に頷いた。
「シンにも誰にも決して見せてはいけないよ」
「うん、わかってる」
そのあまりの少なさに、存在すら疑われているその木片は、草の民にとって特別な意味を持つ。奪われてはいけない、見せてはならない。誰でもきっと、欲しくなる。―――シンですら。
「―――キールは? どちらを選ぶの?」
「俺? 俺は……とりあえずまだ今は、形もつくらずにとっておく」
「ナギはどちらを選んだの?」
「ナギもまだどちらも選んでない。……一旦護符にしちゃうと変更がきかないから」
そんな会話の数年後、真顔でイールは切り出した。
「―――シンに樹木様渡したのは、キール?」
「うん」
「ああそっか。―――で、なに代わりにもらったの」
「なにも」
イールの額に山脈ができた。
「……何の見返りもなくただであげちゃったわけ? キールが? よりによって樹木様を? 樹木様、を?」
「うん。一時だけ貸すって名目で渡したけど、返せって言うつもりもないしやるつもりだから」
「……えーと、何か便宜をはかってもらうとか、あるいは物々交換……は樹木様に見合う物品なんてあるわけないしえーと……」
「モノも気持ちも何の見返りもなく、ただ単に、やったの」
絶句―――だった。
人間信じられないことに直面すると、まず疑う。さまざまな疑惑要素をあたっていって、それらの逃げ道すべてをつぶされてしまうと、本当に、何も言うべきことばがなくなるのだと初めて知った。
「………………無償で、あげちゃったわけ……? 信じられない。樹木様だよ!?」
「あいつに、死なれると嫌だから」
「―――シンのことが好き?」
キールは天を仰いだ。考え込むような数秒をおき。
「……たぶん、そうなんだと思う」
「本気で?」
「どうやら」
こめかみがずきずきと痛み出していた。幻覚かと思ったが本当に痛み出している。
「……あれだけの量の樹木様と引き換えなら、シンは簡単に了承してくれるんじゃないの? キールはシミナーだし、仲いいしさ。シンは恋愛も欲得ずくでしそうだし。恋人候補に名前加えてくれるよきっと」
自分でも聞いていて嫌になるほど悪意のこもった讒言で、言った瞬間壮絶な自己嫌悪に襲われたが、キールは平然と頷いた。
「うん、言えばすんなりそうするだろうな、あいつの事だから」
イールは幼馴染みの性格を思い返して肩を落とした。
「……たしかにそうかも」
悪意から言ったことだが、改めてシンの普段の言動を思い返すと―――しそうだ。
「でも、俺はしたくないの。そういうの」
「うん、わかるよ」
誰だって、好きな相手に取引で交際されたら、つらいに決まってる。
「だからガンバリマス。でも、それ以前の問題で死んだら元もこもないだろ?」
「じゃ、ちょっとはシンに対する態度変えなよ。いくらなんでもあれはないと思うよ?」
先日キールがシンを半殺しにして報復に九割殺しにされたのは記憶に新しい。
「変えるよ。―――さすがに、もうちょっとしたら。イールはさ、努力すればなんとかなるって思ってるだろ?」
「……まさか。さすがにそんな金看板を素直に信じられる年じゃないよ、ぼくは」
苦味のまじった自嘲げな口調と表情は、ごく最近覚えたものだった。
世の中には、どうあがいてもできないことがある。そう、努力することすら許されないということが、存在している。
キールはシンを得るために努力できるだろう。キールのことだから根気よく続けるに違いない。けれどイールは、それができない。
どうしようもないことに、「気持ちわるい」という感情に共感してしまう自分がいる。禁忌とかそういう問題ではなく感情的にだ。家族間での恋愛沙汰には、そういう気持ち悪さがつきまとう。理屈でなく、感情で、そう思ってしまうのだ。
イールは身体に身に着けている護符を指でさぐる。大事な人を守りたいから。そうキールに答えた気がする。
大事な人を守りたいから、キールはこれを渡したのだ。シンに。
あーあ。
イールはため息ひとつ。樹木様を身体から外して放った。
「あげるよ。元はといえばキールからもらったものだしね、返すっていうほうが正解か」
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